【短編】あれ?予想していた婚約破棄と違うんですけど……。
設定がばがばです。
「ルリア。婚約を、破棄しよう」
うおーーー!やったーーー!
異世界に転生した私が一番見たかったものだ。婚約破棄、というものを。
ルリアという名前の女はさっきまで笑顔を浮かべていたが急に驚きの表情に変わる。
「なっ……何故ですか」
「ルリア……貴様が、クリティを虐げているからだ」
これよこれ。本当は虐げなんてしてなくて後からのざまぁ展開。この目で見れて私は幸せだわー。
心が躍る。だって、私は婚約破棄される異世界恋愛小説が大好きだから。
「そんなことしてませんわ」
「証拠はあるぞ?映像もあるしな」
んんん?映像?そういう魔道具があるのかな?
最近、この世界に来たからどういう魔法があるかわからない。
「これを見ろ。証拠だ」
その男、第一王子殿下が手を目の前にかざすとパッと映像が現れた。
ルリアが、クリティを殴っている映像。でも、どういうことだろう。王子がわざわざ作ったのかな?
「言い訳はあるか」
「……」
王子の言葉に無言を返すルリア。なんでだろう。やってないって言えば良いのに。……もももももしかして……本当に虐げてたんですか……?
頭の中で考える。なんか、私の見たい婚約破棄と違うような気が。いや、ルリアが言い訳をしないのはしても意味がないと思っているからだ。うん、そうだ。
「なにも喋らないと言うことは、やったということか?」
「……」
「おい、喋れ」
王子が命令口調で言うとルリアは声を出す。
「もう言い逃れは出来ませんのね」
え???どういうこと?本当に、ルリアはクリティを虐げていたんですか?こんな展開、あるの……?
「私はクリティ様を虐めていましたわ」
「何故だ。クリティがルリアに何をした」
「私はなにもされておりませんよ。ただクリティ様は殿下と仲良くしている、それだけですわ」
こうなると。私の見たい婚約破棄からのざまぁ展開はない……?
「ふんっ!クリティ、こいつをどうする」
王子が少し遠いところから見ていたクリティに声をかけるとクリティは肩をビクッとさせる。顔を見ると涙目だ。あれ、確かクリティの性格って優しい子だったような。それなら最初から私の思っているような婚約破棄にはならないってわかるのでは?なんで気付かなかったの私!バカバカバカ!
「わ、私が。殿下に近付いたのが悪いので……。ももも申し訳ありません」
うん。完全に優しい子っていうより弱い子だ。いやだって「私が殿下に近付いたのが悪い」って。私だってクリティがどんぐらい殿下に近付いたかはわかんないけど、クリティみたいな女は婚約者がいる男にベタベタするタイプではないと思う。だから少ししか近付いてないのにそれだけで殴られたということ?しかもそれで自分が悪い?いやいやどう考えてもルリアが悪いでしょ。弱いわー。自分は王子にそこまで近付いてないって言えばいいのに。
「……」
ルリアはクリティがそう言うとは思ってなかったのか一瞬目を見張ったがすぐやめてクリティをキッと睨む。
「婚約破棄に異論はあるか?」
「……ございません」
あーヤバいよ。これまでずっと主人公だと思っていたルリアが頭の中で悪役令嬢になっていくわ。これで髪の毛グルングルン巻けば完璧悪役令嬢の完成だ。
「ほら、書け」
王子が紙とペンをルリアに渡す。紙は、婚約破棄手続きのものだろう。どこに隠し持っていたのか。
ルリアが悔しそうに唇を噛み締めている。絶対痛いと思う。そしてスルリと紙に何かを書いた。
その瞬間、紙は光って。サラサラと消えてしまった。
わあ、と声があがる。私も「わー!」といっておいた。隣にいる幼なじみの婚約者に変な目で見られたけど。
「ちなみに俺は新しい婚約者を見つけないといけない」
お?この流れはもしかして……。
「だから、クリティと婚約しようと思う」
「わわわ私!?」
「おー!」
クリティと私の声が重なる。隣の婚約者には「お願いだから黙って」と言われてしまった。
「どうだ?クリティ」
「い、いや……え?な、何故私なんですか?」
クリティは断りたい、と考えてそうだ。だけど王子の願いだから断れなくて。そんな感じだと思う。
「お待ちください!殿下、クリティ様は子爵家ですよ。それにクリティ様が王妃になって国を支えるのは無理だと思います!」
さっき王子に婚約破棄されたルリアが声をあげる。確かに、クリティは子爵家で、ルリアは公爵家。普通王族と婚約するなら侯爵家以上だ。それにクリティの性格的に王妃には向いていないだろう。
ちなみにクリティは、ルリアの侮辱と見られる言葉に不快感を出すわけでもなく、頷いている。
「クリティが王妃を望まないなら。俺は国王を弟に譲り、クリティとこれから生きていこうと思う」
王子の言葉にここ全体がざわりとする。そりゃあそうだろう。国王の立場よりクリティ、言い換えると子爵令嬢のほうが大切と言っているのだ。皆驚いているだろう。
「クリティ」
王子がゆっくりと、クリティに近付いていく。クリティの周りにいた人がサッと横にずれて自然とクリティの周りに人がいなくなる。
「俺と。婚約してください」
日本だったらそこ、結婚してくださいだけどね!それはいいや。それよりも返事よ返事!クリティ、どうするの!?
「わ、え、えっと。な、なんでですか……?なんで、私?」
「俺が、クリティのことを好きになったからだ」
クリティが「私を……お慕い?」と呟いたのは耳がいい私とクリティの周りの人しか聞けなかっただろう。
「ほ、本当に、ありがたいのですけど。私のせいで、殿下が国王にならないのだったら……」
その後に続く言葉は「お断りしたいです」だろう。それを察した王子が少し焦る。
「も、元々国王は弟に譲る予定だったのだ」
「そんなはずないでしょ……」
思わず言葉が漏れ、すぐに口を噤ぐ。チラリと横を見ると婚約者がニッコリ笑顔を浮かべていたので視線をずらす。
「……殿下は、い、いいのですか?私のために。国王にならないなんて」
「ああ。それで、返事は」
「わ、私で良ければ。……よろしくお願いいたします」
おおお!と声があがる。これは私も声に出していいのだろうか。隣の婚約者を見ると私が言いたいことがわかったのかコクリと頷いた。だから私も声をあげる。
「おめでとうございます!」
普通こんなこと声に出せないが他の声が大きくて掻き消され、誰の耳にも入らないだろう。私達の周りに人はいないし。
そしてそのまま。この、忘れていたが元々は貴族が通う学校の卒業パーティーは終わりの流れになってきた。
「エリーア」
婚約者が、私の名前を呼ぶ。
「俺達も、身分差がある。だけどこれのお陰でそこまで気にされなくなるだろうか?」
「なるわよ。いずれね。身分差も私達のほうがないし」
王子とクリティの身分差は子爵、伯爵、侯爵、公爵、王族と間に三つあるのだが、私達は二つと少し少ない。
「挨拶に、行ってきたら?」
「うん。少しお話したら戻ってくる」
婚約者に軽く手をふってクリティのほうに向かう。クリティは私に気付いたようだ。王子のほうを向いていたがこちらを向く。
クリティの前まで行って。私はニコリと微笑んで、言った。
「お兄様を、よろしくお願いいたしますね」
最後まで見てくださりありがとうございます。