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籠の鳥令嬢は、吸血鬼にさらわれる  作者: りつ
プロローグ
3/4

癒しの歌


 どうか彼の目が再び開きますように。




 そう心を込めて、すぅっと息を吐く。


 その瞬間に一際眩しいような光を受けたかのようにステンドグラスが虹色に光った。ロイをはじめ周囲の人々は息を飲みその光景に魅入る。みるみるリーリアから光の粒が溢れはじめた。その光の粒までもが虹色に輝いている。


「__未だ光を知らぬ我らに、光を

 この歌をあなたに捧げましょう

 風よどうかこの歌を届けて___」


 これはコウモリに向けて歌った歌。だがこの歌では多分、まだ足りない。体の奥底がじんじんと熱い気がする。その熱を力に変えたいと心から願うと、リーリアの体からさらに光が溢れるのだ。大聖堂はリーリアの鈴のような美しい声をよく響かせる。周囲の人間は固唾を飲んでその奇跡を目の当たりにしている。


「___私の心は水のようにあなたを流れ

 深い闇は星座を連れ去り あなたに安らぎを届ける

 私はあなたのためだけに 今、この祈りを捧げましょう_______」


 リーリアから放たれる旋律が、光の粒になり大きくなって、耐えきれなくなりシャリン__という音を立てはぜる。その粒子がクラウスの右目に吸い込まれていく。それだけではない、ずっと気になっていたロイの"引きずっていた足"にもその粒子は吸い込まれて行った。ロイが最初にリーリアたちの方に歩いてくる際に感じていた違和感は、ロイのわずかに片足を庇うかのような靴音であった。何か怪我しているのだろうかと思ったが、暗殺者からの襲撃があったと聞いたことによりなんとなく辻褄があったのだ。ロイは本当に驚いたような顔をした。そしてその光の粒子を愛おしそうに撫でると、リーリアの歌に身を任せるように目を瞑った。クラウスも最初こそ自分の目に近づいてくる光の粒に警戒していたが、触れた瞬間に満たされていくような感覚に見舞われ思わず涙がこぼれる。そう気づけばその場にいたほぼ全員が涙をこぼしていた。光の粒は全員に降り注ぎ、小さな怪我から長年苦しんできた怪我まですっかり治してしまったのだ。そしてなぜだか懐かしくなるような、そんな不思議な心地よさが美しい旋律に乗ってやってきて、そしてまどろみに似た感覚のようなものを覚える。


 リーリアは歌い終わると、なぜか右目に鋭い痛みを覚えくらりとして思わず意識を失いそうになる。


「リーリア嬢っ!!」


 ロイが慌てて駆け寄り、倒れてしまうより早く抱きかかえた。本気で心配したような眼差しで、羽のように軽いリーリアの上半身を支えてくれる。リーリアはなんとか意識を手放さず持ち直すと、深呼吸をした。鋭い痛みもなくなり、体にはいつものような倦怠感しか残らなくなった頃合いを見て、ロイに「すみません、ありがとうございます。もう大丈夫です」とそう伝えようと口を開こうとしたその時__


「み、見えるぞ!目が、見える!!」


 クラウスが涙を流しながら、眼帯を投げ捨て信じられないと叫んだ。周りの騎士たちもクラウスの目が本当に治っているという奇跡を確認して、また自分たちの怪我も治っていることに気づき、どっと歓声が上がった。大きな体をした大人たちがこんな荘厳な大聖堂で大騒ぎしているのだが、ロイは仕方ないなと笑った。先ほどリーリアに話しかけてくれた下級神官は地面にぺたりと貼りつき、もはやリーリアを拝んでいたので見なかったことにした。


ロイは笑っていた表情をふと真剣な表情に変え、抱きかかえたままのリーリアを見つめた。真剣だがその眼差しは優しい。思わずリーリアも気持ちを緩める。


「…本当にありがとう。彼とは僕がずっと小さい頃からの付き合いで、僕に剣を捧げた唯一の騎士だったんだ。だけど、あんな怪我をして右目を失ってしまっては死角からの攻撃に反応できない。だから引退すると言っていた彼を僕がずっと引き止めていたんだ。なのに…またこんな日が来るなんて」


「そっ、そんな、私は当然のことをしたまでで…」

「それに僕のこの足の怪我も知っていたのはごくわずかの人だけだし、足音で気付いたんだろうけどあなた以外にこれまで気づいた人はいなかったよ。…本当に、ありがとう」


 ロイはリーリアの手を取ると、軽くキスを落とした。リーリアはこんな経験はなかったため、顔がとてつもなく熱くなって思わず声が出なかった。だからロイから離れて、自分で立とうと試みると、ロイは見透かしたかのようにひょいとリーリアをお姫様抱っこで抱きかかえた。


 そして歓喜に震えていたその場の人々を「静かに!」の一言で黙らせた。リーリアも恥ずかしさであわあわとしていたが、その声に律された。とはいってもそんな様子をみんなに見られてとてつもなく恥ずかしいのだが。


「リーリアは我が護衛騎士の恩人だ。クラウス」

「はっ!」

「礼を言うのだ」


 そういうとクラウスは膝をつくと、腰につけていた剣を下ろした。


「リーリア様、本当にありがとうございます。これで私はまた、大切な主人を守る剣となり盾となれます。本当に…ありがとうご、ざっ…うぅ…います…」


 後半はクラウスは泣いてしまって、それでもつっかえながらも最後まで言い切った。ロイは優しい眼差しでリーリアを見た。多分間違えでなければ、何か言え、ということだ。


「い、いえ。見えるようになってよかったです!…けど、ご自分のお体もお労りください」


 盾になると言い放ったクラウスに対しての不満を少しだけ漏らしてしまうと、ロイはふっと吹き出した。騎士たちは感激したように再び涙を流し、クラウスは「なんてことだ、女神様なのか…」と呟いた。リーリアは状況が飲み込めずぽかんとしていたが、要は今リーリアはロイに支えられなければ立っていられない状況__いや、下ろしてもらえたら立てるかもしれないのだが__であるのに、騎士の身の心配をするなんて、なんて優しいのだと感激したといったところであろうか。


「ふふっ、君はクラウスの女神だそうだ。ああ___でも確かに、君は女神のように美しい」


 ロイは恍惚としたような表情をし、腕の中にいるリーリアを支える力を強めた。リーリアは気恥ずかしさにもう頭がパンクしてしまっている。


 だがこのような雰囲気に水を刺したのは、やはりリーリアの父であるクロードだった。


「どうですか、殿下!私の娘は聖女の名にふさわしいでしょうか!」


 大きなこえで叫ぶと大袈裟に両手を広げた。この奇跡を起こしたのはリーリアであるのに、あたかも自分が起こしたのだとでもいいたげな態度だ。そんな様子にスッとそこにいた人々が静かになる。殿下は一瞬不愉快そうに目を濁らせたが、ため息をつき、リーリアの軽すぎる体をその腕で確かめ、そして顔をしかめた。


「ええ、彼女の力は本物でしょう」

「そうですとも!!ですのでこれを貴方様の___」


 ロイはクロードがリーリアのことを『これ』と呼んだと理解すると、その美しい顔立ちから表情を失った。そしてクロードの言葉を遮るように続けた。


「一言よろしいでしょうか、クロード公爵」

「え、ええ、なんなりと」

 クロードは言葉を遮られて一瞬不快そうに顔を歪めるが、すぐに媚を打ったような笑顔に変わった。


「__なぜリーリア嬢はこれほどまでに軽く、そして足首に何かで繋いだかのような跡があるのでしょう?」


 クロードはギクッと効果音がついてもおかしくないほど動揺した。


「そっ、それは…リーリアは病弱だからか食事には手をつけず、鈍臭いので足に何か落として怪我をしたのです」


 食事はメイドの気分で部屋に持ってきてもらえるから、食欲があれば手を付けるけど食欲が湧かないほどひどい食事の時はあえて食べなかった。そんな生活は慣れていたから、今更不満を持つことはなかったがあれはおかしいことだったのかなあ、とぼんやりと考える。


 足に何か落として怪我というのは誰から見ても嘘というのはわかった。なぜなら、両足首にまるでアンクレットのように赤いあざが巻きついているからだ。

 クラウドをはじめ、周りの騎士達は殺気のようなモノを放ちながらクロードを見ている。アッシャー家の騎士たちでさえも冷ややかな目でクロードを見ていた。さすがにクロードも自分が不利な状況であることを悟ったのか口をつぐんだ。ロイはクラウドを嗜めるように一瞥すると、雰囲気に怯えたように縮こまっていたリーリアに優しく微笑みかけた。


「今日はもうお疲れでしょう。もしよろしければこの城の部屋でおくつろぎいただけたらと思うのですが、いかがでしょう。僕ももう少し貴方と一緒にいたいのです」


 リーリアはロイは自分が置かれている状況を見破った上で提案してくれているのだろうと考えた。今日ここで泊まれば確かに枷のない一時の安らぎが得られるかもしれないが、そんなことよりも自分の部屋にいてくれる___あのコウモリと今は話がしたかった。不思議だ。本当に話をしている訳でもなく、全てリーリアからの一方的なものなのに。


「お言葉は嬉しいのですが、私は自室でないと寝られないのです」


 そう断ると、


「そうですか、本当に残念です」


 と、ロイはしゅんと眉を伏せた。



「では馬車までお送りいたします。本当でしたら何か一緒に食事でもと思ったのですが、あまり顔色がすぐれませんね」


「ありがとうございます。そうですね、今はあまり食欲はなくて…」


「ええ、いいのです。このまま失礼しますね」


「お、重いのでおろしてください…!」

「貴方が重いと言ったら世の中のご令嬢たちは貴方に嫉妬の目を向けるでしょうね」

「ひっ…」


 その様子を想像し、リーリアは口をつぐんだ。そしてされるがままにすることにする。


 そういってすっかり治った足取りで、リーリアをお姫様抱っこの状態で馬車まで送ったのだ。クロードは始終何か言いたげだったが、とても発言できる様子でなかったため押し黙っていた。


 ロイは乗ってきた馬車ではなくて、王家の紋章が入った馬車にリーリアを乗せると、名残惜しそうな顔をした。


「また、お会いしたいです。それはもう近いうちに」


 リーリアは社交辞令と捉え、「はい」と言ってこくんとうなずいた。なんとなくロイもそれがわかったようで、真意が伝わらず少しだけ不服そうな表情を見せる。だが当然リーリアにはそれさえも伝わらなかった。


「リアと…そう、お呼びしても?」

 そう呼ばれるのは母が生きていた時ぶりだった。公爵家の人々は名前でさえも呼んでくれないから。それが嬉しくて思わず首を縦にふる。まあ王族からのお願いを断ることはできないのだが。


「僕のことは、ロイとお呼びください」

「そんな、恐れ多くて…」

「いえ、臣下の恩人は主人の恩人でもあるのです。何より僕がそう呼んでもらいたいのです」


 そこまで言われたらさすがに断れなかった。


「わ、わかりました……ロイ、殿下」

「ふふ…殿下はいらないんだけどなあ」


 さすがにそれは恐れ多すぎて、首をブンブン横にふると、ロイは諦めてくれたようだ。


「君の父親は、後ろから最初にきた馬車で帰ってもらうから、ゆっくり一人で休むといい」


 いつの間に手配したのか本当にわからなかったけれど、ロイのその心遣いに今は甘えることにする。


 そうしてロイやクラウドに別れを告げ、リーリアは帰路に着くのだった。







 一方、完全に除け者にされ馬鹿にされたその人物は、リーリアの後ろの馬車の中で座席をダンッと殴った。


「…たかが私の道具の分際で…帰ったら覚えていろ…」




 橙色の際に、ほんのりと桃色の絵具を混ぜたような___そんな美しい夕焼けのもとで彼は静かにそう呟いた。


______今宵はきっと満月だ。



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