表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放浪騎士リードマイヤーの苦難  作者: 青井するめ
9/20

放浪騎士リードマイヤーの滑落 9

 9



 シルサンの山中にある洞窟に、マーマンの影を認めたものは、その後だれもいない。

 巨大な洞窟は、やがて盗賊団の住処となり、人々を襲い、恐れられ、討伐隊が送られ、多くの血肉を食らうことになるのだが、その深い洞窟の奥に何があるのかは誰も知らず、また探ろうともしなかった。まれに、物好きが踏み込むことはあっても、誰ひとりとして帰ってくるものはなかった。やがて落盤が起きて、多くの穴がふさがれ、人が立ち入ることもなくなった。

 地の底にあった王国がどうなったのか。知るものはひとりもいない。



 さらに半刻ばかりも費やし、どうにかしてリードマイヤーは地上へとたどり着いた。

 洞穴は、思った以上に横道が多く、狭く、曲がりくねっており、リードマイヤーを難渋させた。彼を導いたのは、かすかに伝わってくる、地上からの空気だった。その蜘蛛の糸を伝うようにして、ようよう地上へと這い出したとき、さすがのリードマイヤーも立ち上がれないほどに疲弊していた。

 夕暮れ時だった。空気は冷たく、しっとりと湿っていた。あたりは無愛想な杉の森で、洞穴の入り口に倒れこむリードマイヤーを、末高い木々が無言で見下ろしていた。遠くに見える山並みが、残照を受けて、生肉のように赤々と照らされていた。

「もう動けん」

 リードマイヤーはぼやいた。

「思えば食料も、路銀も、みんなあの年寄り馬のところじゃないか。鎧と剣と空き腹を抱えて、山を下れというのか。笑い話にもならん。俺に殺される七人の王にかけて、運命は俺にいったい何を望んでいるのだ」

 愚痴もぼやきも、聞き手がいなければ山に吸い込まれるだけだ。リードマイヤーは目を閉じた。このまま寝てしまってもいいと思った。寝れば何かが改善するとはつゆとも思わなかったが、とにかく何もする気が起きなかったのだ。

 馬のいななきと、ひづめの音が、ゆっくりと近寄ってきた。


 目を開き、顔を上げると、そこに老馬アルセの姿があった。痩せた鼻ツラと、しょぼくれた目もそのままに。

「うそだろ」

 思わず呟いてしまったが、夢でも幻でもなかった。老馬は、実に大儀そうにリードマイヤーのところまで歩み寄り、鼻を鳴らした。どういうわけか、この馬がなにを考えているのか、はっきりと察せられた。

「まさか、お前」

 笑い声で、言葉がかすれた。

「俺を振り落としたことを、気に病んでいるんじゃあるまいな?」

 アルセはそっぽを向いた。そのしぐさがまた滑稽で、リードマイヤーは腹を抱えて笑い出した。山並みに日が沈み、藍色の夜がゆっくりと森に下りつつあった。リードマイヤーの笑い声だけが、森のしじまを破って、いつまでも響いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ