放浪騎士リードマイヤーの滑落 9
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シルサンの山中にある洞窟に、マーマンの影を認めたものは、その後だれもいない。
巨大な洞窟は、やがて盗賊団の住処となり、人々を襲い、恐れられ、討伐隊が送られ、多くの血肉を食らうことになるのだが、その深い洞窟の奥に何があるのかは誰も知らず、また探ろうともしなかった。まれに、物好きが踏み込むことはあっても、誰ひとりとして帰ってくるものはなかった。やがて落盤が起きて、多くの穴がふさがれ、人が立ち入ることもなくなった。
地の底にあった王国がどうなったのか。知るものはひとりもいない。
さらに半刻ばかりも費やし、どうにかしてリードマイヤーは地上へとたどり着いた。
洞穴は、思った以上に横道が多く、狭く、曲がりくねっており、リードマイヤーを難渋させた。彼を導いたのは、かすかに伝わってくる、地上からの空気だった。その蜘蛛の糸を伝うようにして、ようよう地上へと這い出したとき、さすがのリードマイヤーも立ち上がれないほどに疲弊していた。
夕暮れ時だった。空気は冷たく、しっとりと湿っていた。あたりは無愛想な杉の森で、洞穴の入り口に倒れこむリードマイヤーを、末高い木々が無言で見下ろしていた。遠くに見える山並みが、残照を受けて、生肉のように赤々と照らされていた。
「もう動けん」
リードマイヤーはぼやいた。
「思えば食料も、路銀も、みんなあの年寄り馬のところじゃないか。鎧と剣と空き腹を抱えて、山を下れというのか。笑い話にもならん。俺に殺される七人の王にかけて、運命は俺にいったい何を望んでいるのだ」
愚痴もぼやきも、聞き手がいなければ山に吸い込まれるだけだ。リードマイヤーは目を閉じた。このまま寝てしまってもいいと思った。寝れば何かが改善するとはつゆとも思わなかったが、とにかく何もする気が起きなかったのだ。
馬のいななきと、ひづめの音が、ゆっくりと近寄ってきた。
目を開き、顔を上げると、そこに老馬アルセの姿があった。痩せた鼻ツラと、しょぼくれた目もそのままに。
「うそだろ」
思わず呟いてしまったが、夢でも幻でもなかった。老馬は、実に大儀そうにリードマイヤーのところまで歩み寄り、鼻を鳴らした。どういうわけか、この馬がなにを考えているのか、はっきりと察せられた。
「まさか、お前」
笑い声で、言葉がかすれた。
「俺を振り落としたことを、気に病んでいるんじゃあるまいな?」
アルセはそっぽを向いた。そのしぐさがまた滑稽で、リードマイヤーは腹を抱えて笑い出した。山並みに日が沈み、藍色の夜がゆっくりと森に下りつつあった。リードマイヤーの笑い声だけが、森のしじまを破って、いつまでも響いていた。