放浪騎士リードマイヤーの滑落 8
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地虫はその長い胴体のおよそ半ばを岩壁に寄りかからせ、頭を隧道につっこんでいた。まきまきと骨をかみ砕く音が聞こえてくる。リードマイヤーは足音を立てぬよう、ゆっくりと歩いて、尻尾の方へ回った。
長い尻尾が、所在なげに左右に揺れている。それを横目に、地虫の背、のっぺりとした堅い肌に覆われた背に、視線を向けた。
鱗こそないが、堅い皮膚と骨を持つ地虫に、刃物を突き通すのは至難の業だ。それでも、しっかりと研がれた槍、あるいは剣先ならば──
砂地を蹴って、リードマイヤーはその平たい背中をかけあがった。
どんな生き物にも、致命的な弱点というものがある。頭。心臓。そして……首だ。
両手で剣を構える。思い切り降りかぶって、頭の付け根、首の一点をねらって、よく研がれた切っ先を、突きおろした。
思った以上に柔らかく、地虫の肌は剣先を受け入れた。ほとんど根本近くまで、剣身がずぶりと沈んだ。同時に、世界が揺れた。信じがたいほどの巨大な咆哮とともに、地虫の頭が跳ね上がり、八本の脚が、てんでんばらばらな方向にひきつった。剣の柄を握る手が千切れそうなほどに、強烈な振動が伝わってきた。
それ以上の動きはなかった。唐突に、地虫の身体は死んだ。岩の斜面によりかかったまま、最初からその形だったかのように、完全に固まっていた。舞い上がった埃と砂が、ゆっくりとその上に降りつもっていった。
リードマイヤーは剣を引き抜いた。
砂を振りかけて、血糊をふく。地虫の血は、少し濁った緑色だった。すべての生き物が赤い血というわけではない。血の色が同じだからといって、分かりあえるわけでもない。
「なんてことを……」
かすれ声がして、リードマイヤーは顔をあげた。
あのマーマンの長老が、隧道の入り口に立ち、呆然とした表情で死んだ地虫を見下ろしていた。その隣にいる槍を持ったマーマン二匹も、同じような顔をしている。どうやら、ついてきたのはあの娘だけではなかったらしい。
「どうした? お前たちを悩ませていた地虫は死んだぞ。もう少し明るい顔をしてもいいのではないか?」
リードマイヤーは言った。その言葉にも、長老はこわばった表情を返すだけだった。リードマイヤーは鼻で笑った。
「それとも、何か困ったことでもあるのかな? この、お前たちをここに閉じこめると同時に、人間たちから守ってきた、一種の守り神でもあった地虫が死ぬことは?」
「初めからおかしいとは思っていたさ。こんな人里の近くで、誰にも気づかれることなく、マーマンが生きていくには、それなりの理由が必要だ。お前たちと、地虫と、どちらが先にいたのかは知る由もないが。不可抗力だったのか、それとも望んでのことか、それも俺は知らん。だが、俺を生贄として選んだのは失敗だったな。このリードマイヤーを」
「リードマイヤー?」
長老の声がかすれた。
「リードマイヤーだと? お前が、王殺しのリードマイヤー? エルフの王シャナールを殺し、仙界から追放された、そのリードマイヤーなのか?」
「俺のことを知っているのか? 俺の悪評など、せいぜい人界限定のものだと思っていたが」
「知らいでか。七王殺しのリードマイヤー……人界と仙界、冥界の王を殺し、己の王国を倒し、やがてくる滅びの階を上る男。なぜだ? なぜそのおまえが、我らの元に……」
「そんなことはどうでもよい。マーマンの主、七海の支配者、ウェンベルンホイナよ」
その名を聞いて、マーマンたちがざわついた。恐れと敬意の視線がかわされるなか、長老だけが微動だにしなかった。
「違うのかな? "大いなる災い"を潜り抜けたマーマンは数少ない。こんなところでコロニーを維持できるのは、先王の遺児、海神の末たるウェンベルンホイナしかありえぬと思ったが。まあどうでもいいことだ。どうやら、お前はもう七海の王としての資格を失っているようだから。それに、ここは俺の土地ではない。お暇しよう。お前たちは、永遠にこの地の底に引きこもっているがいい」
そう言い残して、リードマイヤーは立ち去った。
マーマンの群れは一言も発することなく、それを見送っていた。