放浪騎士リードマイヤーの滑落 6
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一瞬の間にも、人はいろんなことを考えるものだ。
リードマイヤーはなぜか、郷里の銀行に預けた雀の涙ほどの債券のことを考えていた。大昔に人から譲りうけて、あそこに預けたのだ。運用は、大まかな指示だけを与えて、古なじみの行員に任せていた。あれが巨利を生んでいたらどんなに喜ばしいことか。しかし、あれがただの紙切れに化けている可能性も同じくらいあった。いや、そちらのほうが、もっとずっと大きそうだ。
郷里には長いこと帰っていない。帰るつもりもない。あの債券がどうなったかを知ることは楽しみでもあったし、恐ろしくもあった。知らないままにしておいたほうが、世の中にはよいこともある。
そんなことを考えていたら、砂に埋まった。
柔らかい砂だった。落ちる途中で、岩壁に体をぶつけなかったことは幸運といわねばなるまい。もしそうなっていたら、鎖鎧をつけているとはいえ、骨の一本や二本、無事ではすまなかったはずだ。
受けた衝撃はなまなかなものではなかったから、しばらく動けなかった。息が苦しい。重い手足を動かして、体をよじり、どうにか顔を砂の中から引き出したところで、その声を聞いた。
声と言ってよいものか。それは地虫の口から出る地鳴りのような咆哮だった。大嵐が、井戸の底で暴れているかのようだった。砂が踊っている。地虫が動き始めた。鈍そうな外見に反して、地虫は実に素早く動く。リードマイヤーは、腕をつっぱって体を起こした。笑ってしまうような勢いで、地虫がこちらへと走ってくる。
短剣はどうした?
もう右手には握っていなかった。素早く視線を左右に振る。あった。遠い。およそ二十フットも離れているか。とても手の届く距離ではない。
とはいえ──リードマイヤーはうなずいた。ここでしくじらなかったのは、自分の才覚と幸運が、まだ神々から見放されていない証だった。
巨大な地虫の頭が、岩壁に激突した。
地虫に鱗はないが、そののっぺりした肌の下には、非常に堅い骨がある。それが身体を覆っているから、刃物であれなんであれ、貫き通すのは容易ではない。そしてその骨は、頭の前面──鼻先のあたりがもっとも厚い。
すさまじい衝撃が、洞窟を揺るがした。リードマイヤーは必死に飛びのいて、その突進をかわしていた。岩と地虫に挟まれ紙のようになるのも、踏みつぶされて砂に埋まるのもごめんだった。
天井から、岩の破片が降ってくる。耳の奥がジンジンした。なるべく、音を立てないよう、ゆっくりと立ち上がった。もっともそんな配慮が必要かどうか。あれほどの音は、地虫の耳だって、完全にしびれさせていてもおかしくはないだろうから。
悲鳴が聞こえた。
猪だったら、壁に頭をぶつけて昏倒することもあるかもしれないが、地虫にそんな繊細さを期待するだけ無駄だった。どのみちあの巨大な頭の中には、ろくに脳味噌もつまっていないのだ。槌のように壁につっこんだあとは、ゆっくりと八本の足を動かして、岩壁をはい上がり始めた。
その先に、隧道の入り口があった。
そこで女マーマンが、血を流して倒れていた。