放浪騎士リードマイヤーの滑落 4
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一匹のマーマンだった。いや、胸のふくらみやほっそりした胴まわりなど、おそらくマーメイド、あるいは女マーマンだろう。どのみち人間のリードマイヤーに、彼らの雌雄など容易に区別できはしないのだが。
その女マーマン、あるいはマーメイドは、顎の下のえらをぱくぱくさせて、呼吸を整えていた。顔色も表情も分からないにせよ、相当に驚いていたことは間違いない。やがてそいつは言った。
「あなたを……追ってきました」
その甲高い声は、やはり女性のものを思わせたが、リードマイヤーに明確な判断を与えるわけではなかった。彼は聞いた。
「何のためにだ?」
「外……外を見たいのです」
「外?」
「そうです」
ようやく落ち着いたのか、そのマーメイドは胸をおさえて、大きく息をついた。
「私は、生まれてこのかた、外の世界をみたことがありません。私のような若い者は皆そうです。あの地虫が住み着いたのは、百年ほど前と聞いていますが、われらの集落が外とつながっていたのはその前のことです。あなたが通ってきた川の道は、谷底につながっているから、人間のみならず我々だってそこから出ていくことはできません」
だろうな、とリードマイヤーは思った。そうでなければ、マーマンがこんな人界の近くに、誰にも知られることなく、隠れ住むことなどできない。
一時期、人魚の肉が不老不死の妙薬であるという噂が流布し、大勢のマーマンが人間に殺されるということがあった。もちろんそれはただのデマなのだが、今でも学のない者のなかには、そう信じている輩も少なくない。
「ですから、私は、あなたの後についていけば……外の世界にいけるのではないか、と」
「お前のところの長老は、俺が外に出ることなど不可能だといったぞ」
「それは……その、では、なぜあなたは、この道を通って、外を目指すのです」
「他にできることがないからだ」
「もしや、あなたには地虫を倒す何らかの策が、あるのではないですか」
リードマイヤーは口をつぐんだ。
「もし、そうなら……お願いです。私を、外の世界まで、つれていってはくれませんか」
「お前は人間を信用するのか?」
リードマイヤーは顔をしかめた。
「マーマンはだいたい、人間に対して深く疑念を持っている。仕方のない部分はある。俺でさえ、同類である人間を信用していないくらいだ。お前の真意が、俺にはわからない」
「そうかもしれません。たぶん、私が、人間に会ったことがないからでしょう。あなたは、私が見た初めての人間です。お願いします。私は、あんな地の底にずっと閉じ込められて生きるのは、いやなのです」
リードマイヤーは首を振った。
「外に出て、どうするつもりだ?」
「分かりません。とにかく、外に出たいのです。外の世界を見たいのです。いけませんか?」
「いいも悪いもない」
リードマイヤーは投げやりに言い捨てた。
「ついてきたいのなら、そうするがいい。俺は知らん。どんなことになってもな」