03 視察先には金の丘
その日、シャーレ、クプルム、リービッヒはオーラムとカチオンの案内で領地の南部、フラスコ山脈の麓を視察して回っていた。
彼方此方の国を訪れた事の有るクプルムとリービッヒも、メイラード領は地図や文献・書籍ベースで把握していただけで、実際に訪れるのは初めての為、何かと見ておきたいのだと言う。
お昼を回った頃に緩やかな起伏を繰り返す丘に到着した。
短い丈の草や所々に小花が咲いており、離れた所に放牧されている羊の群れと羊飼いもいる。
此処は、冬になるとすっぽりと雪に覆われて淋しい場所になるらしい。
「っきゃーー!!!」
突然、耳をつんざくシャーレの悲鳴が上がった。
真っ先に駆けつけたのはオーラムだった。
「大丈夫ですか!?」
シャーレはオーラムの胸に飛び込んで小さく震えた。
何が起きたのが不明だが、怯える彼女を庇うように抱きしめた。
「む、、む、むしきのこ」
「むしきのこ?ですか?」
初めて聞く言葉にオーラムが首をかしげる。
が、シャーレの様子に、ただ事では無かったのだと悟る。
シャーレはオーラムの胸に縋り付いて顔を埋めたまま、右手で少し離れた地面を指さした。
其処に転がっていたのは、15cm程の茶色い細長いグロテスクな物だった。
ーーー遡ること10分前。
シャーレは敷物を敷いて貰い、鼻歌を歌いながら、皆でランチを取るための準備をしていた。
「オーラム様の分、父様の分、叔父様の分、カチオンの分、私の分。」
口に出しながら、皿やおしぼりを並べると、
『私ってば、人妻みたい!きゃ!』
と一人浮かれていた。
慌ただしい早朝の出発にも関わらず、厨房の料理人が、バスケットいっぱいのサンドイッチを準備してくれた。
男性陣は短い合間でも有効活用しようと、周囲を回っていた。
『シャーレ!シャーレ!』
『何かしら?』
『ねぇねぇ!面白いのがいるよ!』
『凄いのいるよ。』
『むしきのこー』
『珍しいのー!ねぇ見て見て!』
彼等の声に乗せられて見た先には、地面からビヨーンと細長い10cm位の棒状の物が突き出していた。
「むしきのこって何かしら?」
不思議に思って指先で掴んで引き抜いてみた所、棒の先には干からびた幼虫が着いており、冒頭の悲鳴に繋がる。
遅れて駆けつけた3人は、オーラムからシャーレは無事だが、謎の「むしきのこ」にすっかり怯えてしまい、馬車の中で休ませてくる旨を聞いた。
たった今しがた愛娘の悲鳴に心臓が潰れる思いがしたクプルムだったが、地面に転がる「むしきのこ」を見た途端に、キラキラと瞳を輝かせた。
ポケットから取り出したハンカチの上に丁寧に乗せると、あらゆる方向からソレを観察すると興奮気味にリービッヒを呼んだ。
「リービッヒ!これは冬虫夏草だ!!」
「え!?」
「見てくれ!私も1度しか実物を見た事は無いが、間違いない。」
「冬虫夏草って、金よりも高価な、あの冬虫夏草ですか!?」
「ああ、そうだ。まさか国内でお目にかかれるとは思わなかったが、、、」
「此方にも同じ様な物が、沢山生えていますよ。」
カチオンが周囲を見回すと、草に紛れて至る所から冬虫夏草の傘が飛び出し群生していた。
「、、こ、これは、、何と言うか、凄まじいな。」
この変哲も無かった丘の価値に、冷や汗が背中を伝った。
「産地は内密にして、市場価格を崩壊させぬよう少しずつ交易ルートに乗せましょう。」
「ああ、その方が間違いない。」
メイラード領は金のなる木ならぬ、金の生える丘を発見したのだった。
この丘の存在は秘匿にされ、冬虫夏草でひっそりと得た収益は、領内の道路整備や平民の教育施設等に充てられ、領民へと還元された。
勿論、国への税金は真っ当に納めた。
そして、シャーレの前では一切、冬虫夏草の話はされなかった。
※冬虫夏草:昆虫の体にキノコの菌糸が付き、夏になるとその体を栄養にしてキノコが育つ。
この地上に出てきたキノコの事。