星空の下の天使。
こんにちは! 岡田屋です。
今回はあらすじにもある通り、久しぶりにデータを見返していたら出てきた短編小説を、ほとんど変更することなく投稿させていただきました。なかなか頑張った方だと思います。
私は天使を見たことがない。当たり前だ。天使は天国に住むもの。一度も死んだことのない私が、見たことあるはずがない。
でも私は、生きているはずなのに天使を見た。スマホ片手にコーラを飲んでる、天使と見紛うほどの美少女を。
冬真っ只中の頃。外が寒くて、私は散歩を中断して喫茶店に入った。
店内は暖かくて、外との差に思わず目を丸くする。なんでこんな時期に散歩したんだろうなあと考えながら人口密度の高い店内を見回す。すると、店員さんが現れて、言った。
「すみません。当店は、今客が混んでおりまして……相席でもよろしいでしょうか?」
別にどうということもないので頷く。そして通された席には、氷が数個入ったコーラが置かれていた。しかし、他の客の姿はない。
「あの、他のお客さんは?」
「あ、相席でいいとおっしゃられた後、お手洗いに……注文がお決まりでしたら、お呼びください」
「はい、今でもいいですか?」
訊ね、店員さんがメモを取り出して頷くのを見届けると、カフェオレのホットでと告げる。店員さんは「はい」と呟き、メモに書いたものを読み上げる。
「えー……カフェオレのホット、一つでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
すると、店員さんはそそくさと奥に戻っていった。私は、コートを脱ぎ、それを膝におきながら席に座る。
ガタンッ、と音がなり、見上げると、金髪を光らせながら誰かが向かいの席に座っているところだった。
よく見れば、金髪にはところどころピンクのメッシュが入っていて、くりくりした瞳は薄く茶色がかっている。その可愛らしい顔立ちに、どこか抜けている印象を受けた。
そんな天使にも見える美少女さんは、私を見やるなり、ペコっと頭を下げる。
私も会釈し返し、それを見届けると彼女は黒いスマホを取り出して操作し始めた。薄い唇には、コーラのストローが挟まれている。気のせいか、抜けるように白い肌が、かすかに赤く火照っているようにも見える。
恥ずかしがり屋なのかしら、と思いながら割と早めにきたカフェオレを飲み下す。
暖かい何かが喉から下に落ち、体全体に染み渡っていくのを感じた。
そんな事はよそに、空気感は気まずい以外の何者でもない。やはり相席は特有の気まずさがあるよね〜と思いながら、せめて早く飲むべく喉を開かせるイメージを脳に送る。
じーっと美少女さんを見つめていると、その視線に気付いたのか、彼女はそっぽを向いた。いやこの雰囲気やべえなとそう思い、話題を探る。
「あ、あー最近、寒いですよねー」
無難な話題だし、答えられない事はないだろう。彼女はチラリとこちらを見て、無言で首肯した。
反応があったことにホッとしつつ、さらに言葉を重ねる。
「その髪、染めてるんですか?」
「……染めてるけど、ピンクの部分だけ」
「そうなんですね」
頷き、あれ? 初対面にしては話し過ぎた? と首を傾げる。幸い彼女はコーラを飲みきり、立ち上がった。最後にチラリと私を見据え、目を逸らす。
「何か悩みがあるなら、そこの駅前の公園、今日の夜九時、集合で」
「はあ」
不思議な人だなあと思いつつカフェオレの入ったマグカップを傾け……ふと、思う。
な、悩みがあるなら……??
ないですけど!?
いやあるけど、でも彼氏に振られただけ。あの子、なんで知ってるんだ!?
バッと出入り口を見れば、お金を払った彼女が出ていくところだった。ごった返した入口の中、少女(多分私より年下。おそらく中学生)は外の景色を眩しそうに見つめていた。
……うん。
駅前の公園。時刻は九時ちょうど。あの子に指定された場所と時間だけど、まあ来ない。
あーやっぱりイタズラかあ……。
そう嘆き、降ってきた雪に、思わずわあと声を漏らす。
「……まあ、雪も見れたことだしよしとしよう!」
正直親の許可を取るのは大変だったが、それも含めて許してあげよう。私は別に、ねちっこいタイプじゃないし。
白い息を吐きながら振り返った、その時である。
「おい、嬢ちゃん」
太い、男の声がした。
少し不安になりながらも声の聞こえた方を見る。そこには、大柄の、いかにも悪そうな男が計三名いた。恐怖で体が震える。
「高校生くらい? なんでここにいんの?」
「ぁ……えっと……」
喉が渇き、舌がわななく。白いコートの裾を握り、心の芯まで寒々しくなっているのに気づいた。
「ま、いいや。ちょうどここらへんに……」
「ちょっと、俺の相手なんだけど?」
大柄の三人をかき分けて、いつかの少女が現れる。相当可愛らしい少女だ。当然、男たちから相手にされると思ったが。
なぜか、ペコペコと頭を下げられる始末である。
「あ……悪いですぜ。体調が悪そうだったから病院にと」
少女は、ハァ〜と白い息を吐き、男たちを睨んだ。
「何かあったら報告するよう言ったじゃん。お前ら中身はともかく、見た目が怖いんだから自制しないとでしょ」
「す、すみません」
女の子は、ふとこっちを見て微笑み、ごめんねと囁いた。伸ばしたピンクのパーカの袖に、白い雪が落ちて消える。
「こいつら、見た目はともかく中身はいい奴だからさ。許してあげて。あと、俺もごめん。待ったでしょ」
「あ……いえ」
この際一人称はともかく礼を言い、私も控えめに微笑んだ。そういえば、この子は中学生(あくまで予想)だったじゃないかと思い直し、口から出てきた言葉を、急いでタメ口に変えた。
「で、これはどういう状況なのかな? 私、とりあえず意味わかんないんだけど?」
「う、うん。それはそうだと思うけど」
可愛らしい凛とした声が、あたりに響く。彼女がこくこくと頷くと、金色の光があたりに散った。
「とりあえず、寒いでしょ? 暖かいお茶でも……」
「その前に説明して!」
そう詰め寄ると、彼女はふぇ……と声を漏らした。私は眉を吊り上げ、畳み掛ける。
「大体ね! 昼のあれも何よ! 急に言われても来ない人が多いんじゃないかしら!?」
「ひえ……ご、ごめんなさい!」
「謝って済むなら警察はいらねえの! 私はそこんとこ上手くなってるから、警告のために来てあげたの! そこを履き違えないようにね!!」
「は、はい!!」
「決して悩みはないからね!!」
「はいぃ……!!」
ごめんね。本当はあるけど、乙女としてちょっと……ってこの子も乙女か。いや、この強面のおっさんどもには晒したくない。
「で、でも……な、悩みはありますよね……? だって、ううんと、そんな目してたし」
「目ぇ? ……それで見抜かれるのなら占いはこの世にいらないわよ!!」
「ごめんなさぁい……!!」
すると、ん? というふうに彼女が眉をあげた。
「え、でも……占いとそれは関係な……」
「……何か問題でも?」
「いえ特には……」
少女は振り向き、後ろの強面どもにもう帰って良いよと告げる。
茶色の瞳が瞬き、こちらに向かって微笑むと、それじゃあと言葉を紡ぐ。
「悩みがないってことだよね。俺も見る目がないなぁ。……あ、今のは、性格的なことを言ってるんじゃなくて……」
「ふぅん。いや別に気にしてないけど?」
少女の後ろを覗き見て、男らがいなくなったのを確認すると、ホッと息をついた。
それを見てか、少女はあー……と頬をかく。
「ごめんね。あいつら怖かった? 良い奴なんだけどな」
「良い奴そうな感じはしたけれど、見た目からだめ。怖い。何度お巡りさんが来るか戦慄したわ」
「え、ごめんー」
軽く手を合わせ、けらけらと笑う。何が面白いのか全くわからないが、その愛嬌で許してあげよう。尖らせていた唇を元に戻す。
「それで、もし悩みがあったらどうするつもりだったの?」
持ってきたスマホで時間を確認しながら訊ねる。九時からもう十五分も経っている。十時には帰らないといけないから、何かあるのなら早めに済ませたい。
少女は、「えっ……」と声を漏らし、くりくりした瞳をもっと丸くさせた。
「い、行くの!?」
「どうするのって聞いただけ。行くとは言ってない。それに、行くってことは場所があるってことよね。どこなの?」
「あ、えっと、近くの建物だよ。でも、その……あいつらもいるかもだけど……」
「あいつら?」
あーさっきの強面のおっさんたちかーと思考を巡らせてから、「ま、良いんじゃない」と肩にかかった雪を払った。
「どのくらいかかるかによるけどね。何分くらい?」
「えっと、そんなこと言っても十分くらいだよ。ぁえっと、行きたくないならいいけど。女の子が好んでいくところじゃないし」
「でもあなたは行くんでしょ! じゃあ私も行くわよ‼︎」
「なんの対抗意識……」
少女は、んーと髪をいじってから、にぱっと笑った。
「ま、良いか。何時までに帰ればいい?」
「最悪でも十時十分。それまでに帰らないと家に入れて貰えないわ」
「なら大丈夫だね。さっさと行こうか」
くるっと振り向き、細く暗い路地に向かって歩き出した。ひょこひょこと動くパーカーのフードをぐいっと掴む。
慌ててこっちを見た少女は、訝しげに私を見た。
「……なんですか?」
私はといえば、ふんっと顔を背けて睨み返すしかない。
「あなたの名前! 教えてもらってないわ」
「ああ、それね」
彼女は、しばらく考えるように顎に手を当てていたが、すぐにいたずらを思い出した子供のように破顔する。
嫌な予感がして後ずさるが、右腕を掴まれて、引っ張られる。少女の愛らしい顔が、すぐ近くに現れた。甘い吐息が、耳元にかかる。少しだけ、胸がどきんとした。
「俺の名前は葵。よろしくね」
……相手は女の子なのに。
私は、火照っていく頬をおさえた。
「ねぇ、ほんとにこっちなの……?」
私は、ゴミやら落書きやら、いかにも暗い雰囲気を醸し出している道を見下ろした。目の前で、金髪が僅かに揺れる。
「俺の方向感覚が信じられないの?」
「そうじゃなくて。いやそうでもあるけど。なんかこう、さ。嫌な感じがするのよ……」
「だから言ったんだよ。女の子は好んで行かないってさ」
言ったけどさ〜と返しながら、目の前の少女……『葵』の背中にしがみつく。ちょっとだけしがみついた先が震えた気がするが、気にせず体を預ける。
「……てあなた、つんめた! 冬にそんな格好してるからでしょ絶対!」
慌てて体を離し、ジーンズにピンクのロングパーカーといういかにも寒そうな格好を指で差す。振り返った葵は、え〜? と自分の姿を見下ろした。
「そんな寒くないけどなあ。中はもこもこだよ。見る?」
そう言って、パーカーを脱ごうとする葵を全力で止める。
葵が、不思議そうにこっちを見た。
「どしたの」
「どしたのって……女の子が街中で……」
するとさらに葵がきょとんと首を傾げるので、「あー」と目を逸らす。
「冬だし、寒いじゃん。風邪引いちゃうよ」
「いや逆に俺、体温上がったら興奮するタイプのホモサピエンスなので。それに元々の体温も低いしさあ」
「なんも安心要素がない……っていうか、体温低いの? 先に言いなさいよ」
寒さで悴んだ手をコートのポケットに突っ込む。そこから、カイロを取り出した。
「これあげるわ。あっためたらさっさと行きましょう」
スマホの画面を見ながらカイロを振っていると、葵の細い華奢な腕が私の背中に回った。私は驚きすぎて葵の顔を直視できない。
葵の甘く柔らかな香りが、頬を撫でる金髪とともに、風に流されてきた。
「あ、あおい……」
「ごめん。ちょっとこうさせて。……君、名前なんて言うんだっけ?」
「……急にハグしてくるような人には教えないわ」
「ごめんってば」
そうは言いつつも、葵はもっと深くぎゅっと私を抱きしめた。かと思うと、ぱっと離れていく。
「ぁ……」
支えがなくなってよろけた私の腕を、葵が掴んだ。掴まれた左腕から、体がかぁーっと熱くなる。
葵は女の子。葵は女の子!
ぎゅっと目を瞑ってそう心の中で叫び、ありがとと実際に葵に告げた。顔を上げると、葵が少し赤くなっていて、あれ……と思う。
「あ、あー……えっと、今のは充電って言ってですね……」
「はいはいわかりました。どうせあの強面のおっさんたちともやってるんでしょ」
カイロを押しつけ、徐々に真っ赤になっていく『少女』を睨む。すると彼女は、ふるふると顔を横に振った。
「やってないやってない。だってあいつらといたら、部屋の温度二度くらい上がるし」
「さっさと目的地」
「あいあいさー……」
カイロを手に、葵は前へ進む。と、くるっと横を向いて、ボロいビルに入っていった。カビ臭い匂いが、葵の甘い匂いとともに鼻腔をくすぐる。
「ぶえっくしょん! ……で? ほんとにここなわけ?」
「イエスイエス。ていうか乙女らしからぬくしゃみだったね」
「……殴られたい?」
「いいえ全く」
厳かに金色の光を撒き散らしながら首を振り、葵は私の手を掴んだ。てっきり、殴られ防止かと思ったが、妙にその手の体温が高かったので、軽く突っ込んでおく。すると、彼女は、みゃっ!? と震えた。
「い……いやこれは、ううん。そう言うことにしておいても良いけど。えーと」
全く、何が言いたいんだか。ため息をつき、こんな廃墟にかすかながら入る月光にもキラキラ光る金髪を見て、私は首を傾げた。
「そういえば、染めてる? って聞いた時にあなた確か……ピンクの部分はって言ってたけど、じゃあ金色の方はなんなの?」
そこで、葵がピタッと足を止めた。あ、これ聞いちゃいけないやつだったのか、と後悔しはじめるが、どうもそうではないらしい。葵は振り返ると、奥に手をやり、にこっと笑った。
「あそこにある梯子に登れば目的地に着くから、お先にどうぞ」
……どうやら、先ほどの質問には答えてくれないらしい。
とてつもなく気になったが、とりあえず無視することにして、手で差した方を覗き見る。そこには、月光に照らされた錆びついた梯子が上に伸びている光景があった。
「……あれに登れっての?」
「え、うん。……あ、そっか。君ってば女の子じゃん。錆びてるの無理だよね」
「は??」
ちょっとまじこいつ、何言ってんの。天下の私がさあ、錆びてるの怖いとか、イメージで決めすぎ。いくら美少女でも、梯子くらい登れるしー?
「いけますけど? え逆に? 連れてきた葵さんが登れないとか? うっわーないわー」
「えっ……なんか急にキャラが……ま、まあいいや。登れるならいいよ、俺が先に行く」
「いやそこは私っしょ。先に行くから泣きべそかくなよ!」
「いやほんとにキャラが変わっ……あ、すいません」
私にペコペコ頭を下げる葵をひと睨みし、私は平然と梯子に手をかけた。そこからゾワッと寒気が走るが、あえて平気な顔で足もかける。
「ぷにゃあ⁉︎」
「っ、えなに⁉︎」
三段ほど登れた頃、急に下の葵が奇声をあげるので、慌てて見下ろした。すると葵は、顔に両手を当て、うずくまっている。
「……ば、バカなの?」
「いや目にちょっとゴミが入っただけだし。早く上がれし。上がったら言えし」
しの連続な言葉に首を傾げるが、さっさと梯子を登り切る。錆びた匂いが手にくっつき泣きたくなるが、意地で涙を引っ込め、下に向かって叫んだ。
「登りましたよーだ!」
「はいはーい」
ものの数秒後、ひょいひょいと言った感じで梯子を上った葵は、平然とした顔で両手をパンパンと叩いた。
「さて、ここは落ちそうで危ないよね。こっちにどうぞ、お嬢様」
「う、うん……」
綺麗にお辞儀する葵を気味悪く思いながら、その横を通る。すると葵は、金髪をきらりと輝かせた。
「ほら、上を見て!」
「え……?」
導かれるように上を見て、私は口元に手を当てた。
「うわぁ……」
私の視界に映ったのは、劣化して崩れた屋根の向こうに輝く、満天の星空。
星空に目を奪われながらぽつりと呟く。
「……これ、雨降ったらやばいね」
「それは今、あなたの視界に入っていない」
「えーなに? 入ってきたことあんの?」
「ありますけど何か?」
ていうか気づいたんだけど、今の会話からしてこの人、ここに住んでるっぽいぞ。やばいな。やばい趣味の人に会っちゃったな。
隣を見ると、くりくりとした瞳に星屑を浮かべて、葵は空に見入っていた。切り替わり早えなオイというツッコミは置いといて、私は彼女の美しさに魅入る。
陶器のように白い肌。僅かに赤い頬。くりくりと丸い、茶色の瞳。薄い唇。顔立ちは、どこか人形めいた雰囲気だ。何より、金を溶かしたかのような髪が、月光を受けてきらきらと輝いているその姿は、あり得ないほど幻想的である。
しばらく何も言わずに時間を過ごしていると、不意に彼女が、甘い声で言った。
「……ほんとさ、この空見てると、いろんなことがどーでもよくなる」
「うん、どこかアニメめいた、漫画めいた、現実ではなかなか言わないよランキング上位のセリフだな。んで?」
「うー……」
葵は唇を尖らせてしばらく唸ると、話すのを続けた。
「……でね、俺は、悩みがあったらここに来るようにしてんの。たまーに雨が降ったり、今日みたく雪が降ったり」
手に落ちて溶ける雪を見てから、葵は両目をこする。
「夏で蒸し暑かったりするけど、でも俺は、すごい大好きなわけ。あいつらともたまにくるようにしてるんだよ。全然乗り気じゃないけどさ。でもね……」
「…………」
「でもね、それって独り占めだなあって思ったわけ。ほら、俺って優しいし。でもさあ、だからといって、今日君を呼び出したみたいにしたら気味悪がられるし、やっぱあいつと俺だけの場所にしようって思ったわけです、ガラスのハートの葵様は。けどね、だからかな。君が来てくれたとき、すっごく嬉しかったの。ほんとに、涙が出ちゃうくらい」
葵はこちらを見て、へへっと涙を浮かべながら笑った。漫画とかだったら、まあ私だっていいシーンだなあとしんみり思うものだが……今この場は、虚構の世界ではない。だから私も、捻くれたままだ。
「……きんっもー」
「へっ⁉︎」
彼女は、慌てたように金髪を跳ねさせ、どんどん赤くなっていく顔を隠しもせずに喚いた。
「え、待って待って待って。……え? 今俺、すごい良いこと言った気がすんだよね。ていうかそのつもりだったんだけどね。それでその言葉の後開口一番それ⁉︎ もうちょっとこうさ、いいのがあるじゃん? 気まずくて話逸らすとか!」
「うるさい、私は虚構の中に生きてないの。だから、紙にも映像にも写真にも残らない現実でいいこと言っても虚しくなるタイプなの。わかる?」
「なんとなく、君が捻くれてることはわかるよ」
そう真顔で言われれば、とりあえず脇腹に肘打ちをお見舞いするしかない。
うひゃっ、と、少し変な声が隣から聞こえてきた。その方向を見れば、彼女がけたけたと笑っている姿が見えた。
「…………何? 笑う要素、一個もないんだけど?」
「いやさ……んーん、やっぱ言うのやーめた。だって、また君からきもいって言われるし」
「自覚を持ってくれてよーござんした。ていうか葵ってほんと可愛い顔してるよね。モテモテでしょう?」
「え? 誰から?」
美少女さんは、その天使のような顔をキョトンとさせる。
私は首を傾げつつも、あ、こっちは自覚なしなのかと結論を下して少し微笑む。
「もう、そういう無自覚系モテキャラっているわよね。だから、モテモテなんでしょ? 男子に」
「は?」
「ん?」
すると、さらに首を傾げるので、私はさっきとは違う方向に首を傾げた。モテてる人は大抵、そんなことないよ的発言をするのだが……どうも、様子がおかしい。
「え? 男子にモテる? 俺が?」
「え、うん……そうじゃないの? だってあなた、可愛いし」
「可愛いはよく言われるけど……男子にモテたことはないよ。女子からラブレターはよくもらうね」
「ん?」
「え?」
しばらく顔を合わせ、私は恐る恐る訊ねた。
「えっと、葵ってさ……女?」
「え?」
葵は、『こいつ何言ってんだ』的表情をするとゆっくりと息を吸った。そして、それらを吐き出すように囁く。
「男だけど……」
「は?」
「ひ?」
ふぅ〜? 葵は、女の子と思ってたけど、ほんとは男だったってこと? これは、人を見た目で判断するでないという神からのお告げね……で、何か重要なことを……。
耳にかかる金髪。甘い吐息。背中に回った華奢な腕。
……。……………。…………………あ。
「は、ハグ……し、してっ」
ぼふんっ、と顔が、蒸気をまといながら熱くなっていった。
ぎゅるんっと『彼』の方向に顔を向けながらそれを睨む。目に、涙が滲んだ。
「あ、ああああんた、しょっ、初対面の女の子に急にハグとか……や、やばっ……!!」
「へっ? ………わああああ誤解だよー! あ、あれはただ単に……それに!」
「何があろうと変態よ! 女の子のふりしてどさくさに紛れてハグとか……メンタル化け物なの!?」
「お、女顔なの気にしてるのに!」
彼の茶色の瞳も、涙で濡れる。それにさあと反論の言葉を投げてきた。
「あいつらがいってたんだよ。『あってから数分経って、一度も嫌だって言われなかったらそれもう、脈ありっすよ』って!」
「もうばか! 思考がバカ!! 強面のおっさんたちに影響されすぎぃ!!」
喚き、泣き、怒り、叫び、黙り。
そんなことをしてふと、時間のことを思い出した。慌てて、スマホを取り出す。そこに表示されていた時間に驚き、涙をゴシゴシ拭いていた金髪少年の前に画面を突き出す。
「ぁ、もう……十時八分……」
「ぜ、絶対に無理だわ間に合わない! 怒られるしかないじゃないの、もう!」
苛立ちげにそう喚くと、葵は流石にやばいと思ったようで「んー……」と片手を上げた。
「案として出すけど、あいつらに送ってもらうのはどうかな?」
「え!? あの人たち、車持ってるの!?」
「も、持ってるよ一応……いかついけど」
金髪をかきながら言う葵に向かって、私はありがとう! と口早にお礼を言った。
「うん、じゃあ連絡するね?」
「お願いね」
私はそう言って、八分から九分に変わった画面を見つめた。
「わ、あと一分! ほんとに間に合うの!?」
「俺、間に合うよって言っちゃったわけだし、そうだよって言いたいけどちょっと微妙! あ、もしもしお前ら? 今から車出せる? え? いける? よかったわ、じゃあ星空の見えるビルにいるからなるはやで!」
電話を切った葵は、パッとこちらを見た。茶色の瞳が、キラキラと輝いている。
「いけるみたい! 多分あいつら全速力でくるから準備しとこ! えっと、家の場所はわかる? それなら教えて!」
「わかるわ。えーと住所は……」
速やかに住所を伝えると、葵はおっけーと頷いた。その華奢な背中を見て、いろんな感情を乗せたまま、思いっきり叩く。
「いてて……何?」
「……別に。さっきは怒ってごめんなさい。ハグしたの、寒かったんでしょ?」
「いや……虫がいて怖かっただけだけど」
「……殴られたいの?」
「さっき殴られました〜」
振り向いた彼と、目が合った。お互いにけたけた笑って、笑う要素がひとつもないことを思い出す。
ブゥンブーンブーンブゥーン……キキーッ
車の音がした。彼が、嬉しそうな声をあげる。
「あ、あいつらだ。ほら、早く行こ!」
「……ねえ、葵くん」
「ん?」
時間がやばいことなんか脇に置いて呼びかけると、彼は梯子で降りながらこちらを見てくれた。その様子に、思わず微笑む。
「私ね、名前……みやびっていうの」
「え、うん今?」
「うん、今! ……今度会ったとき、何か奢りなさいよ」
葵は私の目をじぃっと見て、ふわりと微笑んだ。うん、と首が動く。
空に浮かぶ星が、きらりと輝いた。
読んでくださった方、誠に感謝でございます!
よければ、感想や評価、ブックマークお願いします。