白星タイムトラベル不時着海岸
私はタイムトラベラーの女。
少し昔、いえ、幾つか前の世界では量子力学の研究をしていた科学者よ。
科学者として研究していたのも今は遠い昔のように感じるけど、これでもタイムリープをするための理論を発見し、装置を作り上げるくらいのことは成し遂げて見せたわ。だからもう、其の方面では未練はない。
まぁ今となっては全く自慢にも栄誉にもならないけどね、寧ろ自分に背負わされた罰みたいなものだわ……なぜなら。
私がタイムマシンで3度のループをしたせいで、地球は人のいない星になってしまったのだから。
公転の道を転がるだけの生命という概念が存在しない漂白されたこの星の上に私が一人ぽつんといるだけ。
私のタイムリープの影響で人類文明が真っ白に掻き消えてしまったのか、それとも生命が誕生しなかった世界線の星に流れ着いてしまったのか。まぁ、どちらにせよ自業自得な一人旅をするハメになったと言うわけ。
なんでそんなことをしたかと言えば、私はただもう一度だけ好きな人に会ってみたかったの。本気で恥ずかしいけど、言うなれば恋のパワーが研究に私を突き動かし、実行に移させたんだわ。
私の元夫。1度目の世界で死んでしまった彼。事故死だった。二徹した私を迎えにきてくれた彼が、足元がふらついて誤って車道に出てしまった私を引き戻す代わりに……
ダンプカーの下敷きに。即死だったわ。
最初の一年は立ち直れなかった。眠れないのはいつものことで、自分を自分で何度も傷つけた。
何度も彼に謝罪を直接言いたいと思ったし、その度に彼に会いたいと思った。だからある日、自分が量子力学をやってるのわけなんだから、タイムマシンを作ればいいじゃない! なんて子供じみた発想をまかり通らせたんでしょう。
ヒモ理論やら相対性理論やら時間対称性やらから着想を得ては袋小路な理論に絶望しを何年も繰り返した。
だけど、本当にできたの。
私はできたタイムマシンを使ってすぐさま彼のいる世界の過去へと飛んでいった。研究とか権利関係とか発表とかもすっ飛ばして。
彼の影帽子を追って、時を跳躍して戻った。本当に戻れた時は、最初は実感が湧かなかったけど、徐々に込み上げてきた。それで腰を抜かして泣き喚いたわ。それが嬉しさだったのかなんだったのかは自分でも理解できなかったけど。
私は彼に会った。もう一度やり直したいと思った。
でも、2度目の世界で彼は別の女と付き合って、結婚してしまった。
そりゃあ、そうよ。
数年間の苦労が刻まれた顔に人と話すのは数年ぶり、それに年だって食ったわ。自分の欠点はいくらでもあったし、ちょうど私が戻ったタイミングは本来彼と私が出会わないところだったもの。
自分に言い聞かせるようにするたびに自分のことが嫌になった、でも彼が生きていてよかったとも思った。この世界で彼が幸せに生きれるなら、喜んで彼の隣を明け渡すべきだったんでしょう。でもまぁ、そんなにあっさり諦められていたなら、タイムマシンなんて作らなかったわけで。
私は御法度にもう一度使った。
3度目の世界でも彼は私と付き合おうとはしなかった。けど、他の女とも付き合わなかった。彼もまた最初の彼とは何か違っていた。孤独に取り憑かれていたようだった。
いくら愛を囁いても、何しても、彼はあまり反応を示さなかった。拒否もしなかった。本当に、抜け殻のようであった。
程なくして分かったのはこの世界の彼は表面化しない重篤な精神病の果てに廃人になってしまっていた。
だから、またしても私はタイムマシンに乗って、今度こそ理想の世界に返り咲こうと思った。
3度目の世界に……彼はいなかった。
そして気づいたの。このタイムマシンの理論では過去にいくのではなく、今いる世界線と近似値の情報量を持つ派生世界の過去に向けて時空平面xyの合計値が変わらないように動いているから、本物の過去には辿り着けないのだと。
いわば平行世界ではなく、偏差世界。タイムラグのある世界を渡り歩いていただけなんだと。
自分で作った理論ながら、簡単な予測すら立てて無かったことに今更気づき、唖然とした。
彼のいる世界からどんどんと私は離れてしまっていたんだろう。だから今度は彼のいる世界に行きたかった。例え嫌われてもいい、彼から見向きをされなくてもいい。ただ彼の健やかな幸せが願えるところにいれたならば、そう思って4度目の世界。つまりは3度目の時間跳躍を行った。
そして、気づけばこの白い地球。地表が全て火山灰のような物質に覆われた砂の星。どうやら私は入力する数値を正確なものではなく、概算した値を使ってしまったらしい。
タイムマシンはこの世界ではエネルギーチャージすることはできない。今までの世界に人類文明があったから、電力を使って跳躍できていたけど、最早ここには山も谷も海さえもない。
私の旅の終わりだわ。泣き別れを書き換えようとしたら、最後はこんな白紙で終わるのね。ま、いいわ。これも映画みたいでお似合いじゃない。
そうして私はタイムマシンから飛び降りて、砂の地平に飛び込んだ。ふかふかとした砂が勢い良く舞って星のように煌めく。
のんびりと待ちましょう。地球最後の人類として。
そうやって何もかも諦めて空でも眺めていたら、流れ星が落ちるのが見えた。
微かな瞬きに、もう願うことはない。せめて良い夢が見られることくらいだろうか。
と、流れ星が大きく軌道を変えてこちらに落ちてくる。
え、え?
タイムトラベラーの女は砂に埋めた上半身を起き上がらせた。目を凝らしてよく見れば、それは自分の乗ってきたタイムマシンと同系統の物体。
それが、不時着!
砂煙を上げて女の前方10メートルのところに落ちる。
混乱する女、ここに来て宇宙人でも現れたのだろうか?
否。
真実は乗ってきた彼の言葉を聞けばわかる。
「やっと……やっと会いに来られた」
聞き馴染んだ彼の声。
なんど恋心が破れても、もう一度と思って思い返していた懐かしいトーンの声。
「僕は、君に会いたかったんだ……!」
不時着したタイムマシンが二隻。
人のいない白砂の海の星に浮かんでる。
其の間に抱き合って涙する男女の姿があった。