転生後
気づくと、刃物の先端が突き付けられていた。
反射的に目をつぶる。
同時に手で剣を遮ろうとしたが、体が満足に動かない。
目を開けるのはまだ怖いので、伝わってくる感覚だけで状況を把握しようと試みる。
刺さっていてもおかしくない程の強い力が加わっていることがおそらく触覚を通して伝わる。
同時に何かに守られているような感覚によってスキルを得られていることを実感した。
聞こえてくる音から察するに今、俺を剣で刺そうとしている奴の仲間がこの室内に少なくとも2人以上はいる。
「なんだこのガキ、剣が通らネェ」
刃物が自分から離されたことを感じて、うっすらとゆっくり目を開けていく。
声の主は黒ずくめの恰好をした目つきの悪い男。
剣というわかりやすい武器をこちらに向けていることからも父親ではないことがはっきりとわかる。
全身の震えと圧倒的な恐怖感。
痛みを感じないことはスキルを得ているせいか直感的に理解できる。
ただ前世から引き継いだ記憶が、危険だと脳内で喚いていた。
「お新入り、そいつ加護持ちだな。こういう変な奴は売れば高いからな、さっさと運んどけ」
「いいんスカ? 今回は全員処分って話ッスよね?」
「そんな赤子1人盗ったところで、バレねぇよ」
視界がぐらっと揺れる。
片手で持ち上げられたらしい。
一瞬だけリーダーと呼ばれていた男の足元が見えた。
「ば」
驚きと不快感で意図せず俺の喉から声が出る。
大人が2人倒れていたんだ。
男性と女性で衣服は血でぐちゃぐちゃだったが、少なくともこいつらと同じ服ではなかった。
部屋は荒らされていて、赤子に対しても殺そうとしてくるような奴らだ。
もう生きていないんだろう。
両親、だよなぁ。
まだ俺からすれば何の思い出もない他人という程度の関係だ。
人が無残に死んでいて、驚いたが悲しいという気持ちは正直湧かなかった。
でも、何も感じなかったということが一番悲しいことのような気がして、心がすこし寂しくなった。
それ以上に、今この状況に対する危機感、恐怖感が大きくて、悲しむ余裕すら俺にはないのかもしれない。
建物の外は夜だった。
月といくつかの星が前世の世界で見た空と同じようにきらきら光っていて、それがどうも自分の存在の小ささを主張しているようで泣き出したくなった。
本当の赤子のように泣き喚くと、何をされるかわからないから必死にこらえている。
「リーダー・・・赤子1人でも命令違反ッスよ・・・」
下っ端と思われるこの男はぼそりと俺にしか聞こえないほどの小さな声で呟く。
上手く首を動かせないので、聞こえてくる音や視界の端にちらちらと映りこむ情報から状況を把握するしかないのがもどかしい。
少し経つと荷馬車のような乗り物がいくつか見えてきた。
鉄製の檻が荷物として乗っていることがわかる。
檻に入れられて誰かに売られるのか。
そう思っていると、男は俺を抱えたまま荷馬車を通り過ぎた。
そのまま少し離れた建物の影まで移動すると、視界が一瞬で切り替わった。
さっきまで視界の大半を埋め尽くしていた夜の空が消える。
何が起こった?
わからないが、室内に移動したのは確かだ。
一瞬でどこかに移動したのか?
そういう技術がこの世界にはあるのかもしれない。
天井が遠くなる。
男がしゃがんだらしい。
俺はこれからどうなるんだろうか。
世界最強どころか、自分の命も守れそうにないな・・・。
冷たい感覚が背中を伝う。
地面に寝かせられたらしい。
「ただいま戻りました。ご報告が2つあります」
男の言葉遣いがさっきまでより丁寧になった。
なんだ?
「あら、監視ご苦労様。聞かせてもらえる?」
相手の声は女だった。
監視と言っていたな。
つまり、この男は密かにあの集団を見張っていたのか?
新人という体でそれを隠して入り込んでいたんだろう。
それから、この見張りと女の会話を聞いた。
報告していたことはリーダーが命令違反をしたということの他にもう一つあった。
それが俺のことだ。
「へぇ、剣が通らない赤子ねぇ。『鑑定』――っな!」
そこから女の様子がおかしくなった。
「・・・この子は本当に人間の子なのかしら」
声が近くなり、女の顔が視界に入る。
釣り目で目つきが常に悪いことを除けば、きれいな顔だ。
スキルを見られたということか?
まずいな。
いや、逆に良かったんじゃないか。
俺は正直スキルをまだ信用しきれていないが、この世界で生活している人は信用しきっている。
つまり攻撃が効かないとわかれば、無意味な攻撃はしないはず。
「この子は加護持ちではないわ。スキル持ちよ。それもかなり凶悪そうなね」
「そ、そんなことって、あるんです、か」
「ないはずなのよ。本来スキルとは――」
修練なくして取得できないものがスキルで、それを赤子の状態で取得していること。
そのすべてが未知のスキルであることの2つが前代未聞の事態とのことだ。
「本部会議に上げるけど、大方この子は本部で育てることになるでしょうね」
「そんなに強いスキル持ちなんですか?」
「ええ。強いなんてものじゃないわ。単純な防御面は既に完成されているもの」
こうして俺は両親を殺した謎の組織で育てられることになった。