88.猫の健康診断(その2)
「今日は検査項目も多いから私がサポートしますね。」
そう言って、我の前に現れたのは真っ白な服を着た女性。年齢は母親と同じか、少々上ぐらいに見える。
「あ、ママさん。よろしくお願いします。」
結が女性に向かって頭を下げる。
(ママさん?誰かの母親ということだろうか?)
そうなるとゆう子の父親が医者なのだから、その夫人ということなのかもしれない。
なるほど、つまりこの病院を夫婦で切り盛りしているということか。
「それではまず体温を測りましょう。」
そう言って医者はいつもの棒を取り出す。こんなもので体温が測れるのだから不思議なものだ。
「それではケイくん、大人しくしていてくださいね。」
そう言って医者は我の肛門に棒を突き刺す。
以前のように我を押さえつけないのは、何回かの検査で我が抵抗しないことを理解したからであろう。
「にゃ…(うっ…)」
相変わらず肛門に入れられるのは嫌な気分だ…いつになって慣れないし、こんなことに慣れたいとも思わん。
「はい、38度5分。平熱ですね。」
いつもと似たような数値を読み上げる医者。
どうやら猫の体温は人間の体温より高いらしく、この数値だと人間には結構熱がある状態らしい。
結が最初に聞いたときは、
『ケイちゃん病気なんですかっ!?』
って大慌てしていたな。
「次に体重ですね。」
我は医者に抱えられて鉄の板の上に置かれる。体重を測るのもこれだけで終わってしまう。
「2800グラムですね。少々小柄な体格ですから、十分な数値ですね。」
「ケイちゃんって他の猫ちゃんよりちっちゃいんですか?」
結は少し不安げに尋ねる。
「ちょっとだけですよ。成長が悪いとかではありませんから心配しなくても大丈夫です。」
医者がそう言うと、結はホッとしたような顔に変わる。
「それでは触診しましょう。」
そう言うと医者は我の身体を触り始めた。
「にゃー(少々こそばゆいぞ。)」
何かムズムズする感じと、身体をマッサージされている気分のような心地よさとが入り交じる。
「だいぶ骨付きもしっかりしてきてますね。それと筋肉の付き方も家猫ですからこの程度で問題なさそうですね。」
「他の猫ちゃんと違うんですか?」
「そうですね、野良猫と家猫だと違いますね。これは単純に生活環境が違うので野良猫の方が筋肉が付きやすいだけです。野良猫の方がいっぱい動きますからね。だから心配することはありませんよ。ケイくんは家猫としては十分な筋肉がついていますから。」
「よかったぁ。ケイちゃんいっぱい動いてるもん。」
「そうですね。結ちゃんがいっぱい遊んであげてるのがわかりますよ。」
そう言って結に優しい顔を向ける医者。
(なるほど、結の性格はこのような優しい環境で育ったからなのだな。)
戦争ばかりの我が国ではなかなか難しいかもしれんが、このような環境が人の心を豊かにするのかもしれんな…
「それでは聴診に移りましょう。」
これは過去にも受けたことがある。あの金属を我の心臓部分に押し当てて音を聞くやつだ。
聴診自体は知識として知ってはいるが、あのような道具を用いて音を聞くのは初めての経験だった。
医者が我の身体に金属を押し当てる。少々ヒヤッとする感触は嫌いではない。
「はい、こちらも問題ないですね。順調に成長しているようで何よりです。ここまでで何かご質問ありますか?」
聴診が終わった医者が尋ねる。
「私からは特にありません。結、なにかある?」
母親が結に向ける。
「あの、なんでもいいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
「ケイちゃんの肉球ってなんであんなにプニプニしてるんですか?なんか最初お家来たときよりプニプニになってる気がするんですけど。」
肉球?あぁ、この足の裏に付いてるやつか。
そういえば結といい舞衣といい、この肉球のプニプニに大層ご執心であったな。
我を構う度に触られてたのを思い出す。
「これはですね、ネコ科は野生では狩りをしますよね。そのときに獲物に近づくのに足音を立てないようにする役割があるんですよ。それに細くて足場が悪い、例えば木の枝とかを歩くときに滑らないようにグリップの役割もしているんです。」
「そうなんですね、プニプニなのは?」
「それは脂肪ですね。結ちゃんのお家で栄養状態がいいからちゃんと脂肪が付いてプニプニになったんですよ。栄養状態の悪い野良猫とかだとプニプニしていない子もいますから。」
脂肪だとっ!?それは我が太ったということかっ!!
「それはいいことですか?」
「ええ、もちろん。ケイくんは今のところの診断では健康状態も良さそうですので。脂肪が付いてると言っても肥満というわけでもないですからね。」
そうか、なら安心だ。
「わかりました、ありがとうございます。」
「はい、それでは次は尿検査に移りましょう。」
こうして我の健康診断は続いていく。





