閑話その2.舞衣と子猫
「ケイちゃん、今度はこっちだよ~。」
「にゃ~!」
結は今日もケイと楽しそうに遊んでる。
ペットショップで最初に買ったねずみのおもちゃ。ケイはそれがお気に入りのようで、結が動かす先を一生懸命追っている。
普段賢くて大人しいケイもやっぱり子猫なんだなぁ、って思える。結がケイと遊んでいるのを見てるとほっこりした気持ちになる。
(結はすごいなぁ…)
これは私の本音である。
結は私がなんでも知っててすごい、っていつも言ってるけど、本当はそんなことない。
私が知ってることなんて結よりちょっとお姉さんだからなだけ。それに先回りしてネットで情報検索してるだけだから。
あとはたまたま猫を飼ってる友達がいるからかな?
結はいつも「お姉ちゃんすごい!」って言ってくれるけど、本当にすごいのは私じゃなくて結だと思ってる。
だって私は諦めたんだから…
あれは2年前、私が結と同じようにパパにお願いしたときのお話。
『あ〜!あ~!』
「うわ〜、かわいい!!ちっちゃい!!いっぱいいる!!」
私は学校の友達の美羽ちゃんの家に遊びに来ていた。美羽ちゃん家の猫が子供を産んだって聞いたから見に来ていた。
美羽ちゃんは見た目通り中身もとっても優しい子で、今年初めて同じクラスになってすぐに仲良くなった友達だ。
ちょっとふわっとした長い髪を後ろに束ねて、少し垂れ目なところも優しい印象を与えて、とても女の子らしくてかわいい子。
「サクラがんばって4匹産んだの。まだ産まれて2週間ぐらいなんだよ。最近やっと目が開いたばっかりかな。」
「まだ『にゃー』じゃなくて、『あ~』って鳴くんだね。あ、この子こっち見てる!」
母猫のサクラにしがみつくように固まってる4匹、その中の1匹が私の方を見てる。キレイな青い瞳がとても印象的だった。
「この子目が青くてキレイ…」
「目が開いたばかりの子猫には瞳が青っぽい子がいるんだって。そのうち黒くなるかも。」
「そうなんだぁ…」
私はその青い瞳の子猫から目が離せなかった。とても澄んでいてキレイでつぶらな目。まだ全然生え揃ってないけど、サクラと同じ真っ白な毛並みになりそう。
『あ〜!あ~!』
「『あ~』って鳴くのかわいい。こっち見て鳴いてるのかわいい!」
「もしかして舞衣ちゃんのことが気になってるのかもしれないよ。」
「そうなのかな?だったら嬉しいな。」
「よかったら抱いてみる?まだちっちゃいから手のひらに乗せる感じになっちゃうけど。」
「いいの?お願いしたいけど壊れちゃわない?怪我させちゃわない?」
触ったら壊れちゃいそうなぐらいにちっちゃくてかわいい子なのにいいのかな?
「そんなに心配しなくても大丈夫。サクラもいいよね?」
「にゃ~」
「ありがとうね。」
美羽ちゃんはサクラにそう言って頭を撫でる。サクラも気持ちよさそうに目を細めて、なんだか本当に会話してるみたいに見えて不思議だけど、優しい美羽ちゃんらしいと思う。
「それじゃあ、はい。」
美羽ちゃんが私に子猫を差し出してくれる。子猫は本当に小さくて、美羽ちゃんの両手に収まるぐらいしかない。
「うわぁ…軽い。ちっちゃいのにあったかい。」
私の両手に乗っかる重み、伝わる暖かさ。それはこんなに小さくて軽いのに確実に生きているのだという生命の重み。
「昨日測ったときは200グラムぐらいだったかな?」
「そんなに軽いの?」
「産まれてすぐは50~100グラムぐらいだったから。」
「そんなに…」
私が感動して見ていると、子猫はジタバタしながら私の腕を登ろうとしている。
『あ~、あ~』
「わっ、ダメだよ。暴れたら落ちちゃう!美羽ちゃん、どうしよう?」
私は子猫が落ちないように手を動かしたり抑えようとしたり。でも強く持ったら怪我させちゃうかもしれなくて怖くて…
「ほら、暴れないよ?ママのところに帰りましょうね。」
美羽ちゃんは慣れた手つきで子猫を持つと、サクラのところへ返してしまった。
「どうだった?」
「すごくちっちゃくてかわいい!あんなにちっちゃいのに生きてるんだなって思った。」
私は大興奮していたのを今でも覚えてる。子猫が生きてるのなんて当たり前なのにね。
『軽いのに重い』今でも忘れられない不思議な感覚だった。
「うん、すごいよね。こんなにちっちゃいのにちゃんとがんばって生きてるんだもん。」
「うん…」
子猫はサクラのところに戻っても私を見て鳴いてる。私は子猫にそっと人差し指を近づける。
『あ~!あ~!』
すると子猫は私の指を抱き寄せるようにして口に咥えてちゅーちゅーしてきた。
「ふわぁ…」
なにこれ!?かわいい!!
「この子、舞衣ちゃんのこと気に入ったのかな?」
「そうなの?うわ~、嬉しい!」
私のこと気に入ってくれるなんて、なんてかわいくて嬉しいんだろう。
「それにしても美羽ちゃん家はすごいね。これから5匹の猫と一緒に暮らせるなんてうらやましい。」
私も猫と一緒に暮らしたいな。それにこんなにかわいいんだったらなおさらだよね。
「ううん、さすがに5匹は無理だから。1匹残してあとは里親に出すことになってるんだ。」
「そうなの?」
「うん、3ヶ月ぐらいまで育てたらね。」
「そうなんだ…寂しくない?」
「これからどんどん成長していくの見ていくからきっと寂しいけど、やっぱりこの子たちが幸せになってくれるのが一番だから。」
「そうなんだ…もう決まってるの?」
3ヶ月も育ててからお別れだなんて…私だったら寂しくて泣いちゃうかもしれない。
「ううん、これから里親募集するの。どの子を家に残すか決めてからかな。」
いいなぁ、この子欲しいなぁ。
私が伸ばした指を一生懸命ちゅーちゅーしてるのを愛おしそうに見ていると、
「この子舞衣ちゃんのこと気に入ってるみたいだから里親になる?」
美羽ちゃんがそう言ってきた。
「いいの?」
この子と一緒に暮らせるの!?
「うん、舞衣ちゃんならちゃんと育ててくれると思うし、私も会いに行けるから。パパとママに言えば大丈夫だと思うよ。」
あ…
「そっか、飼うならパパとママに相談しないとなんだ。」
「そうだね。ちゃんとお家で許可が出たら、かな?」
どうしよう?ちゃんと説得できるかな?それに結も子猫大丈夫かな?
「どうやって説得しよう?」
「そうだね…猫の飼い方とかいろいろ調べてまとめて『こんなにやる気あるんだよ』アピールしたらどうかな?」
なるほど、確かにそれならわかってもらえるかも。
「でもどうやって調べたらいいの?ネットで調べればいい?」
「ネットで調べてもある程度わかるよ。そこに私がわかること教えてあげる。」
実際飼ってる美羽ちゃんが教えてくれるならすごい心強い!
「ありがとう、私がんばってみる。」
「うん、上手くいくように協力するね。」
こうして私の子猫お迎え作戦は始まったのだった。
「パパ、あのちょっと相談があるんだけど。」
美羽ちゃんとまとめた資料が完成した日、私はさっそくパパに見せることにした。
あのときは子供ながらに結構必死に作ったから、夏休みの自由研究規模の物が出来上がったんだっけ。いや、実際にかかる費用とかも表にしたから自由研究なんかよりもっと凄いものだったかもしれない。
「相談?何かあったのかい?」
「うん、これ見てほしいんだけど。」
私はドキドキしながらパパに資料を渡した。
「猫の飼い方?どれどれ…」
パパはそう言うと、渡した資料を真剣な顔で読んでくれた。
「…なるほど、舞衣は猫を飼いたいんだね。そのためにがんばって調べてまとめたんだね。ここまでの資料はけっこう大変だっただろう?」
「うん、美羽ちゃんの家の子猫の里親になりたいからがんばったの。」
私はパパに伝わるようにとても真面目な顔をしてお願いしたと思う。
「ここまでちゃんとしたものを持ってきたのだから動物を飼う責任感に関しては言うことないかな。舞衣も当然わかっているよね?」
「うん、責任持ってお世話をする。途中で放り出さない。最後まで面倒を見る。」
これは美羽ちゃんにも言われたこと、飼い主としての責任はとても重要だと。決して中途半端にしてはいけない。野良猫にしちゃうなんて以ての外だ。
「そうだね。でもね、それだけじゃないんだよ。」
「それだけじゃない?」
「『最後まで』というのはね、本当に最後までなんだよ。猫の寿命は長くて20年ぐらいなんだ。今は子猫だけど舞衣より早くいなくなっちゃうんだよ。最後までというのはそういうことなんだよ。」
「あ…」
私はすごく動揺した。『最後』というのは当然猫を最後に看取るところまで、ということなのだと気づいた。そしてそのときがどれほど寂しくて悲しいことなのかということも…
「舞衣はとてもいい子に育ったと思ってるよ。結のお姉ちゃんもちゃんとやってしっかりしてると思う。だから猫のお世話については何も心配してないんだ。」
パパが私を褒めてくれてるのに頭の中がぐちゃぐちゃでよくわからなくなってる。猫を飼うことの『最後』を理解させられた私の動揺はよほど隠せるものではなかった。
「でもね、舞衣は優しいから猫の最後に耐えられないかもしれない、って心配してしまうんだ。」
パパの言う通りだった。何より私自身が認めてる、『最後』なんて無理だって…
それにパパは『優しい』って言ってくれたけど、本当は私が『弱い』ってこと知っているんだと今なら理解できる。
私は何も言えずに気がついたら泣いていた。
そんな私をパパは優しく抱きしめてくれた…
「そっか、じゃあ里親は諦めるんだ。」
「うん、美羽ちゃんごめんね。」
私は次の日に美羽ちゃんに謝りに来ていた。せっかく私のためにいろいろしてくれたのに期待に応えられなくて申し訳なくて…
「しょうがないよ。それに舞衣ちゃんのお父さんが言ったこともその通りだし。」
「美羽ちゃんすごいね。私はたえられない、って思っちゃった…」
「そんなことないよ、まだ実感ないだけだと思う。それにそのときはいっぱい泣いちゃうと思うよ。」
「やっぱりそうだよね…」
私だったら泣くだけで済むかどうかもわからない…
「ならあの子は家で育てようかな?サクラに似てるし、それにあの青い目もそのまま残りそうでキレイだし。そしたら舞衣ちゃんも会いに来れるでしょ?」
「ホントに?」
里親に出されたらもう2度と会えないけど、美羽ちゃん家にいるんだったらいつでも会いにこれる。
「うん、実はパパとママとも話してたんだ。舞衣ちゃん家がダメだったら家で育てよう、って。」
「そうだったんだ。」
「だからいつでも会いに来ていいからね。」
「ありがとう、美羽ちゃん。」
私は美羽ちゃんの言葉に泣きそうになっていた。ホント、私って弱いなぁ。
『にゃ~』
そろそろ生後2ヶ月になる子猫たちは随分と大きくなっていた。体重も500グラム以上、目もぱっちりしていっぱい動くようになってるし、何より『にゃ〜』って甲高い声で鳴くようになった。
「相変わらずこの子は舞衣ちゃんのところばっかりに行って。」
あの子猫は座ってる私の脚に登ろうとしてる。フワフワした身体が私の脚にしがみついて本当にかわいい!
私はそっと子猫を撫でながら、
「ごめんね、あなたのママになれなかった…」
そう言って泣いていた…
それからも美羽の家にはよく遊びに行っている。
多分付き合いとしては彩乃に次ぐぐらいかな?
深さでいったら彩乃より上かも…なんて言ったら彩乃に怒られるかな?
いつの間にかお互いに『舞衣』『美羽』って呼ぶようになっていた。
「また『ソラ』は舞衣のところばっかり。飼い主は私なんだぞ。」
あの子猫は『ソラ』って名前になって今は立派な大人になっている。青い目が空色みたいだから、ということで私が名付け親にさせてもらえた。
「美羽にはサクラがいるからいいでしょ。よしよし、ソラはいつもかわいいね。」
私は膝の上で丸くなってるソラの白くて綺麗な毛並みを撫でる。
美羽の膝の上にはサクラがいて同じように撫でている。
「ソラって他の人が来たときは絶対近寄らないのに、舞衣だけには懐いてるんだよね。やっぱり最初から舞衣はお気に入りだったんだ。」
「意気地なしでママになれなかったけどね…」
私はつい自虐に走ってしまう。
「家に来るたびに自虐するのやめなさい。」
「…ごめんなさい。」
だってこんなに私を好きでいてくれるソラに申し訳ないんだもん。
「結ちゃんが飼い始めた子猫はどうなの?」
ケイのことは当然美羽にも話してある。というか、猫飼ってる友達って美羽しかいないからいろいろ相談に乗ってもらってる。
「今のところ順調かな?美羽から聞いたいたずら対策も上手くいってる。」
「そっか、ならよかった。」
「それより私は自分が心配だよ…」
まだ十数年は先の話だけど、正直今から不安でしょうがない。
「まだ先の話でしょ?それよりソラが先かもしれないんだから。」
「やめて!!こんなかわいいソラのこと想像させるのやめて!!」
想像するだけで泣いちゃうでしょっ!?
「相変わらず弱いなぁ、見た目とは大違い。」
「なにそれ?私見た目もか弱い女の子ですけど?」
ちょっと失礼しちゃう発言なんじゃないかな?どこからどう見てもか弱い女の子ですけどね!
「しっかり者のお姉ちゃんが何言ってるのよ?」
「言わないで!ハリボテの私のことイジメないで!」
こんなこと美羽にしか言えない…彩乃でも知らないことなんだから。
「本当に舞衣って弱いよね。ケイをちゃんと育てて心も強くなりなよ。」
「私だってそうなりたいよ。でも全然自信ない…」
過去に逃げてるからなぁ…
ゆっこちゃん家の『リク』の最後看取りに行けなかったもんなぁ…
他の家のペットでこうなのに、無理だよなぁ…
「にゃ~」
『ペロペロ』
ソラが私の手をなめてくれる。もしかして慰めてくれてるのかな?
「ソラ~、私を慰めてくれてるのはソラだけだよ~。」
そう言って私はソラを抱きしめる。今度はソラが顔をなめてくれる。
本当にソラって優しい!
「ソラに逃げるのやめなさい。」
「はい、ごめんなさい。」
こんな私を見せられるのは美羽とソラだけだよ…
パパを説得するときに結が見せたあの強さ。
私も結みたいに心が強かったらもっと違ったのかな?もしかしたらとっくに猫飼ってたのかな?
でもそうなるとケイが家に来てくれなかったかもしれないからこれで良かったのかな?
それとも白黒2匹で仲良くしてたのかな?
「お姉ちゃん、今日もケイちゃんよろこんで遊んでくれたよ。」
どうやらケイは遊び疲れてソファで丸くなっちゃったみたい。
「そっか。楽しかった?」
「うん!お姉ちゃんがおすすめしてくれたおもちゃ、ケイちゃん気に入ってくれてホントによかった。」
「たまたまだけど気に入ってくれて良かったよね。」
「お姉ちゃんが選んでくれたんだもん。気に入るに決まってるよ。」
「だからたまたまだってば。」
「そんなことないよ、お姉ちゃんっていつもすごいもん。私、お姉ちゃんみたいになりたいもん。」
「…ありがとう。」
これだもんなぁ。
私は結にとって『良いお姉ちゃん』でありたいと思っている。
それは結が『大好きな家族で大切な妹だから』ということも当然あるけど、『姉としてのプライド』があることは否定できない。というか、結構ある…
それなのに結はそんな私を当然のように超えていくんだもんなぁ。
こんなに素直で真っ直ぐで心の強い結。
(お姉ちゃんでいることもプレッシャーなんだぞ。)
私はいつまでこの子の尊敬する姉でいられるのかな?いや、いつまでも尊敬する姉で居続けたい。
私と嬉しそうに話をする結を見て、そんなことを思っていた。
ペットを飼いたい、と思うことは誰でもよくあることだと思います。
でもペットと飼い主が幸せになれるかは飼い主次第です。
『最後まで面倒を見る』と、言葉で言うのは簡単ですがとても難しいことだと思います。
命を預かる意味をちゃんと理解できれば、パートナーととても幸せな生活を送れるのではないかと思います。