60.陽菜
「結」の名前が「唯」になっていたので修正しました(2022/01/23)
誰視点かを追記しました(2022/11/23)
陽菜視点
結ちゃんの家からの帰り道、私はとっても浮かれていました。
(魔王様、やっぱり魔王様でした!!)
私はなんて幸運なのでしょう。まさか魔王様がこの世界に転生なさるなんて!!
物心がついた頃からずっと魔王様に憧れ、やっとの思いで仕えることができ、魔王様のために生きていた私にとってこの転生は耐え難いものだと思っていました。
転生して意識がはっきりしたとき、私はほんの小さな赤ん坊でした。
そして記憶があることに酷く混乱したと同時に歓喜しました。
(これで動けるまで成長したら魔王様の下に行くことができます!!)
そう考え、成長するのが楽しみでしかたなかったのです。
しかし成長するにつれ、この世界が違うことに気づきました。
世の中に大きな争いはありません。
存在しない魔法技術。
代わりに大きく発達した科学技術。
そして魔族が存在しない世界…
私が異世界に転生したと理解するのに時間はかからなかったのです。
この世界に転生して10年、最初は転生前の記憶があることを呪ったこともあります。
家族に大きな不満はなく、生活にも不満はありません。大切に育てていただいたこともわかっています。
ただここには魔王様がいらっしゃらない…私を苦しめるには十分すぎる理由でした。
ですので私は小さい頃はとても暗く内向的な子供になっていました。
それでも小学校に入ってから、結ちゃんやゆう子ちゃん、杏奈ちゃんがお友達になってくれて、少しずつ前向きに生活できるようになっていきました。
ですが記憶さえなければ何も知らない一人の少女として、この平和な世界で幸せに暮らせたのではないのでしょうか?そんな考えがずっと頭から離れることはありませんでした。
(でも記憶があったおかげで、また魔王様にお逢いできました。)
今までの苦悩はきっと魔王様にお逢いするための試練だったのだと、今の私はこんなに前向きなことまで考えられるようになっていました。
(我ながら現金ですね。)
でもそれもしょうがないことだと思ってしまうほどに魔王様との再会は私にとっての幸せなのです。
(それにしてもあのような愛らしいお姿になられるなんて…)
以前の魔王様はとても凛々しくて逞しく、私達を力強く導いてくださる方でした。
それなのに今は、変わらない瞳の色なのにとても愛らしい目、ふわふわで美しい漆黒の毛並、抱きしめたら壊れてしまいそうな小さな身体…
(お姿は似ても似つかないのに、何故私は魔王様だとわかったのでしょう?)
結ちゃんに学校で写真を見せていただいたときは『かわいい猫』としか思いませんでした。
ですが結ちゃんの家で初めてお逢いした瞬間にわかったのです。
『あぁ、私は魔王様に再会できた』のだと。
そこからの確認は簡単でした。私は前の世界で魔法に長けていたからでしょうか、今の姿でも体内に魔力を持っています。ですから翻訳魔法で魔王様の言葉を聞いてほぼ確信していました。それに魔王様も翻訳魔法を使っていることもすぐにわかりました。
(以前の凛々しいお姿も素敵ですけど、皆さんに翻弄されてる魔王様はとても愛らしくて素敵ですわ。)
私が確信を持ってカマをかけたときも『ビクッ!』ってとても愛らしいリアクションをしてくださってました。
(どのようなお姿でも魔王様は素敵ですわ。)
結局のところ私は魔王様が好きなのです。
(そして今、魔王様は私のことをお考えになられているに違いありませんわ。)
あのようにお伝えしたのは当然わざとです。今頃魔王様は『私が何者なのか?』とずっとお考えのはず。魔王様が私のことだけをお考えになってくれているのです。
(魔王様の思考は私一色…なんて幸せなのかしら。)
私のような者が何故前世の記憶を持っているのか不思議でしたが、これはきっと魔王様をお助けするために神様が与えてくださったに違いありません。
(あぁ、でも神様は意地が悪いですね。)
魔王様を私の下に転生してくださればよかったのに…何故結ちゃんだったのでしょう?
いえ、それでも結ちゃんだったからこそこんなに早くお逢いすることができたのですけれど…
(なんにしてもこれからやることは決まっています。)
『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』この国の言葉通りにこれからはもっと結ちゃんと仲良くしないとですね。
(そして全力で魔王様をサポートすることが私の役割ですわ。)
今の私はこの世界に転生してから一番やる気に満ち溢れています。いつもの帰り道のはずなのに目に映るもの全てが輝いて見えるような気にもなっていました。
(生きる目的ができると全てが別物になるのですね。)
やはり我ながら現金なものですね。でもそれでもいいのです。これからは以前のように魔王様にお仕えできるのですから。
(いえ、猫のお姿で以前よりご不便をなされているはずです。)
ということは以前にも増して魔王様をお支えできるということです。
(あぁ、なんて素晴らしい世界なのかしら!)
私はこの世界に転生してくれた神様に感謝するのでした。