59.黒猫と陽菜(その2)
「結、ちょっと手伝ってくれる?」
どこかから結を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。
「はーい。陽菜ちゃん、ちょっと行ってくるね。ケイちゃんよろしくね。」
「はい、いってらっしゃい。」
結はそう言ってリビングを出ていった。
そして我は陽菜と二人(?)でリビングに残っている。陽菜はずっとニコニコしながら我を撫でている。
「気持ちいいですか、魔王様?」
突然陽菜が我にそう言った。
「にゃっ!(なっ!!)」
我は陽菜の言葉に激しく反応してしまった。
(どういうことだっ!なぜこんな小娘が我のことを知っているっ!)
「あぁ、やっぱり魔王様なんですね。」
(謀られたっ!!)
陽菜は我が魔王であることを知っていたわけではなかった。この世界で我を知る者などいるわけない、そんな油断があのような単純な手に引っかかってしまったということか。
「にゃー!!(貴様、何者だ!!)」
我は陽菜の膝から飛び降りて警戒心を顕にする。
「落ち着いてください。せっかく二人きりになるのを待っていたのですから。」
陽菜が我にそう言うが、落ち着けというほうが無理であろう。
「しゃー!!(もう一度聞く、何者だ!!)」
コイツは油断ならない!今まで人間に言葉が通じなかったが、陽菜には我の言葉がわかるのではないかと思ってしまう。
「そんなに警戒しないでください。私は魔王様の味方ですよ?」
陽菜はニコニコしたまま我を見る。
「私のことを思い出してください、魔王様。」
陽菜は我にそう告げる。なんだ?我の知っている者か?
「ほら、もう結ちゃん戻って来ちゃいますよ?ちゃんと猫ちゃんにならないと疑われちゃいますよ?」
陽菜がそう言うと、リビングのドアが開いて結が入ってきた。
「あれ?ケイちゃん、陽菜ちゃんのお膝から降りちゃったの?」
結が我と陽菜を見て言うと、
「くすん、ケイちゃんに振られちゃいました…」
陽菜はわざとらしく残念そうな声を出した。
「それではそろそろ帰りますね。」
陽菜は我をチラリと見てそう言った。
「にゃー!(待て!貴様には聞きたいことがある!)」
こんな中途半端で終わらせてたまるかっ!
「もう帰っちゃうの?ホントにケイちゃんと遊ばなくていいの?」
「はい、こうやってケイちゃんとゆっくりできたのでとっても楽しかったです。」
「そっかぁ、陽菜ちゃんはケイちゃんのこと大好きになってくれたんだね。」
結が嬉しそうに言う。
「はい。私ケイちゃんのこと大好きですよ。」
陽菜は我を見て嬉しそうにそう言った。しかし我はそれを鵜呑みにすることはできない。
「それではまた遊びに来ますね、ケイちゃん。」
陽菜は我にそう言うと、結と一緒にリビングを出ていった。
陽菜を追って話を聞きたい気持ちはあった。しかし、
『ちゃんと猫ちゃんにならないと疑われちゃいますよ?』
陽菜に言われた言葉に我は身動きが取れずにただ見送るしかなかった…
我は一人残ったリビングで先程のことを考えていた。
陽菜は何者だ?どうも他の小娘と毛色が違うと思ったが、とんでもなかった。
魔王の存在を知っているのは何故だ?それに我に『思い出せ』と言っていたということは、元の世界で我の知っている者だということになる。
(考えられるとしたら我と同じくこの世界に転生したということか?)
そうだとしても猫の姿の我をどうして魔王だと気づいた?もしかしたら我と同じく翻訳魔法を使っているのか?そして猫である我の言葉を聞いて魔王だと予測したのか?それに味方と言っていたのは?
(考えても埒が明かない、か。)
とはいえあのようなことがあっては考えるな、というほうが無理であろう。
(直接聞くしかなかろう。)
我は陽菜から必ず聞き出さなければならないと心に誓うと共に、この世界で生活するにあたっての要注意人物として警戒しなければならないと考えていた。





