2.動揺そして呆然
加筆修正しました(2022/05/04)
(どういうことだっ!なぜこんな姿にっ!!)
川に映る姿はどう見ても黒猫だった。威厳のある角もない、風格と畏怖の象徴の翼もない、むしろ愛くるしい黒猫だった…
我は酷く動揺した。無理もあるまい、今までの経験からしてもおかしい転生だとは思っていたが、こんな姿になるなど予想できるはずもない。
(落ち着け、とにかく落ち着くんだ。)
我は自分に言い聞かせるように頭の中で唱え続けた。
(手がかり、何か手がかりはないのか?)
我は動揺する心をなんとか落ち着かせようとして周囲を見渡した。
周りには我を映した大きな川、我が最初にいた巨大な草が生える森(?)、そして今立っている草原が広がっていた。
(それにしてもなんて大きな川だろうか。我の数十倍、いやそれ以上の川幅ではないか。)
もしかしたら湖か海なのではないか?とも考えたが、規則的な一方通行の流れ、そして潮の香りがしないことから川だとわかった。
(こんな大きな川は記憶にない。ここは本当にどこなのだろうか?)
目覚めた所にあった大きな草といい、この川といい、世界にこんなものがあった記憶はない。
何度も転生して数百年は世界に降臨しているのだ、我の知らない場所などそう多くはない。
(今回の転生は明らかにおかしい。すぐに転生したのもおかしければ、こんな知らない場所で目が覚めるのもおかしい。そして何より…猫の姿というのが絶対におかしいっ!!)
信じられるか?大魔王と恐れられ、世界を闇に陥れていた恐怖の象徴ともいえるこの我が、よりにもよって猫に転生だとっ!!絶対に認められん!!
現実を受け入れることができずに何度も自分の姿を確認する。
その姿は全身が真っ黒でフサフサした毛で覆われ、頭の上にちょこんと生えた特徴的な耳、そして目は前世と同様の黄色と碧色のオッドアイなのだが、恐怖も何も感じさせないようなつぶらな瞳になっている…
何度確認しても川に映る我の姿は黒猫のままだった…
どのぐらい自分の姿を見ていたのだろう?太陽はいつの間にか西日となって川を赤く染めていた。
(…このまま見ていてもしかたがない。これが現実だとしたら我は猫の姿に転生したということなのだろう。)
現実を受け入れることがこんなにも難しいことだとこの姿になって初めて知った。
今までは多くの人間の現実を破壊してきた大魔王だったというのに…
(いや見た目は弱そうな猫だが、まだ弱いと決まったわけではない。まずは自分ができることを確認せねば。)
なにも大魔王というのは見た目だけで存在しているわけではない。他の追随を許さない身体能力と魔力、それを自在に操る能力、それさえあれば見た目が多少アレでも問題ない。
とにかく現状の能力を把握しないことには何もできん。それこそ勇者に復讐など夢のまた夢だ。
(そういえば喉が乾いた、転生してから何も飲んでなかったな。)
目の前の川の水はとても澄んでいて飲むこともできそうだ。我は川縁から身体を伸ばして水を飲もうとした。
(川縁から水までちょっと距離があるな。)
獣型の身体など初めてでどう動かしたらいいかよくわからん。もうちょっと伸ばせば届くか?
我がそう思って身体を伸ばしていると、
「猫ちゃん、危ない!!」
どこかから何か聞こえてきた。初めて聞く言語なので何を言っているかはわからん。
我は気にせずに川に向かって身体を伸ばしていると、
『ツルッ』
(えっ?)
『ボチャンッ!!』
我は川縁から足を滑らせて川に落ちてしまった。