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大魔王→黒猫  作者: (著)まっつぅ♪ (イラスト)SpringFizz
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閑話その4.とある世界の勇者のお話(その2)

新年明けましておめでとうございます。

連載3年目に突入した「大魔王→黒猫」を今年もどうぞよろしくお願いします。

(まさかこのスキルをこんなことに使うことになるとは思わなかった。)

暗闇に紛れて私が後にした建物を見てため息が出る。

ここは王都の大神殿の前。エルフの言葉で戦う気力を失った私は真相を確かめるべく大神殿の書物庫に忍び込んだ。

そしてそこにある古い書物から、戦争を始めたのは占い師の言葉を信じた当時の国王だと言うことの確証を得てしまった…

また前回の戦争でスタンピードが早期に収束したことも真実であった。

(ならば何故戦争を続けるの?)

その答えは簡単だ、人間が始めた戦争を正当化するためだ。

魔物が暴れるのは魔族が悪い、大魔王が存在するのが悪い。

そう国民に信じ込ませることで、自国の責任を転嫁していたのだ。

私にはもはや何を信じていいのかわからない。

元々人間など信じてはいなかったが、これで本当に私の人生は無駄であったのだと証明されてしまった…

大神殿の外壁には大きな魔石が2つはめ込まれ、それぞれ赤と白に光り輝いている。

これは大魔王と勇者の魔力に反応するらしく、大魔王が復活すると赤く輝き、国民に警告を示すためだ。それを見て国は戦争の準備を開始し、国民は魔物に備えるのだ。

そして勇者が産まれると白く輝き、人々に希望を与え、国は勇者を探すのだ。

これは王都の大神殿だけでなく、どの街の神殿や協会にも大なり小なり似たような魔石が埋め込まれており、国民に周知する役割を担っている。

私はその光を忌々しく見つめると、その場を後にした。


「…」

私は再びあの森の前にやってきていた。

しかし、前回のように森に踏み入れることはしない。

「まあ、お久しぶりですね。本日はどのようなご要件でしょうか?」

しばらく森の前に立っていると、いつの間にかあのときのエルフが私の前に姿を現わす。

「…」

私は無言で剣を抜く。

それを見ても微動だにしないエルフ。

私が地を蹴ると同時に戦いが始まった。


(…空が青い。)

数時間後、私は大地に倒れ込んで天を仰いでいた。

(負けた…当然だな、世界に勝てるわけがない。)

あの敗戦から数年間、私は強くなるために魔物を狩りまくった。それこそスタンピードで湧いてきた雑魚などではなく、山の祟り神と言われるような凶悪なドラゴンや、海の主と呼ばれるような巨大なミドガルズオルムのような魔物を、だ。

「この数年間でずいぶんとお強くなられたのですね。」

エルフは変わらず最初に現した姿のままで立っている。

いや、最初と立ち位置が違うし、長いスカートが僅かながら切れていた。

(私の数年間はスカートを切っただけか…笑える。)

そもそも自然を味方にし、数百年も生きているエルフにたった20年そこそこ生きてきた人間が勝とうなどと思い上がりも甚だしかったのだ。

「…これで終わった。」

私の人生はこれでおしまい。

人間に良いように使われ、操られ、最後は目的も果たせず誰の目にもとまることなく死ぬのだ。

私に存在価値などなかったのだ。

「貴女はこの数年間何をなさっていたのですか?」

エルフは私に問いかける。

「何を今更…大魔王を倒すために、強くなるために戦っていたに決まっている。」

それも全ては無意味だと知りつつ、私は戦いを止めることができなかった。

「人間が世界の敵と知っても、でしょうか?」

「そうだ、人間など信じるに値しない。守るに値しない。」

「それなのに何故ですか?」

「私は自分の存在が無意味だと認めるわけにはいかなかった…それだけ。」

エルフはまた悲しそうな目で私を見る。今の私にとってはそれすらもどうでも良く感じた。

「もういいでしょう、早く殺して。早く私を自由にしてよ…」

私はもう死ぬことでしか解放されないのだ。

「貴女は…私の話を聞いていただけますか?」

エルフの吸い込まれるような美しい緑の瞳に見つめられ、私は拒否することができなかった。


(…終わった。)

私の目の前には大魔王が倒れている。

大魔王が最後に私を睨みつけた目が忘れられない。

魔族を愛し、人間を憎み、私を憎んだあの瞳。それなのに、この世のどんなものより美しいと感じてしまうあの黄色と緑のオッドアイ。

人間を憎んでいるだけの私とは違う…それがわかってしまった私はどのような顔で大魔王の最後を見ていたのだろうか?

畏怖?困惑?それとも…羨望?

(いいえ、ありえない。)

私は軽く首を振って自分の考えを否定する。

それにしても、あのエルフ…ソルミオの足元にも及ばない私が大魔王を倒せるなどと思ってもみなかった。

勝てたのは勇者の力のおかげとしか言いようがない。

勇者の力は大魔王に対して絶大な効力を発揮するらしい。

もしこの力が自由に使えれば、ソルミオとも対等に戦えるのかもしれない。

だが大魔王を倒した私もまた満身創痍だった。

(力の代償か。確かにこれでは大魔王を倒した歴代の勇者も死ぬな…)

勇者の力は私から全てを奪っていった。

剣を一振りする度に私の命が削られていった。

今の私はほとんど抜け殻のようなものだ。それこそ立っていることすら不思議なぐらいに。

しかし私は今倒れるわけにはいかない。

私は重い身体を引きずって約束を果たすために歩き出した。


「…」

私はまたあの森の前に立っていた。

(これで3度目か。)

1度目は知りたくもない敗北と真実を知らされ、2度目は死に場所を求めるため、そして3度目は約束を果たすために。

「私の愛しき魔王様を奪った勇者が何をしにいらしたのですか?」

私の前には鋭い瞳で睨みつけるエルフ。

「貴女が条件付きで大魔王を倒すことを承諾したのでしょう?」

正直返事をするのも億劫なのだが、話が進まないとどうしようもない。

「前回の勇者といい、貴女といい、私がこの森を動けないのをいいことに…」

そう、ソルミオはとある事情によりこの森を離れることができないらしい。

だから私は大魔王の城に乗り込むことを諦めた。

そして渋々ながら国と協力し、大軍を持って魔族領土に攻め込み、魔族軍を率いた大魔王を強襲することで、やっと挑むことができたのだ。

そのために払った犠牲も尋常ではなかった…まあ人間が払った犠牲など私にはどうでもいいけど。

「憎いなら殺したら?今の私なんてアリを踏み潰すより簡単でしょ?」

どうせすぐに尽きる命だ、今殺されても変わらない。

「理性と感情は別なのです!頭ではこれで魔王様を人間との争いから開放できる計画を始められるとわかっていますが、感情では愛しき魔王様がいなくなってしまった事実を受け止めることができないのです!!」

誰かを愛したことも、誰かに愛されたこともない私には理解できない。

「私が守っているこの森を抜けようとしたなら、全力で止めることもできましたのに…」

「だから城に乗り込むのを諦めたんでしょ。」

私がソルミオと戦って勝てるわけがない。だからこそ大魔王を倒すためには外に出てくるチャンスをじっと待ち続けるしかなかったのだ。

「それより早くしてくれない?正直言って立っていることも話すことすら億劫なのだけど。」

ちょっとでも気を抜くと倒れそうだ。そして倒れたら二度と目覚めないことも理解している…

「わかりました。それでは儀式を始めさせていただきます。」

先程まで憎しみの瞳で私を見つめていたソルミオの表情が穏やかになる。

「待って、その前に一ついい?」

私にはどうしても気になっていたことがあった。

「なんでしょう?」

「どうして私なの?」

そう、今までも勇者はいたはずだ。それなのに何故私なのだろうか?

「話を聞いてくださる方がいらっしゃらなかったのです。特に前回の勇者は酷かったです。感情もなく、言葉を発することさえなく、ただ人間の言われるがままに力を振るうだけでした。洗脳されていたのか、または感情を壊されてしまったのか…私にはわかりませんでした。」

…奴らならやりかねない。

一歩間違えば私も同じ道を辿っていたのかもしれないと思うとゾッとする。

「そう、わかったわ。」

「もうよろしいのですか?」

「ええ、これからのことは前に聞いたもの。」

「そうですか。それでは始めさせていただきます。」

そう言うと、ソルミオの足元から優しい風が吹き上げてくる。いつの間にかその風に光がまとわりつくように幻想的な光景を作り出す。

気づくと私は優しい光に包まれていた。

「これから数百年、もしかしたら千年以上、この世界から魔王様と勇者はいなくなります。しかし、その間も魔物によるスタンピードは起こるでしょう。そしてそのときに、人間は初めて過ちに気づくことでしょう。」

神々しさまで感じるソルミオの言葉は続く。

「これはエルフの秘術、数千年もの争いで傷ついた魂を癒す時間を作るための転生の儀。」

私を包み込む光が強くなり、もうソルミオを見ることもできない。

あれだけの疲労感も全く感じられず、今は心地よい光に包まれている。

(あぁ、私はやっと自由になれる…)

抵抗する気のない私はこのまま溶けてしまいそうだと感じた。

「どうか貴女も人の優しさに触れて、愛すること、愛されることを知ってください。」

光の中で意識を失う私にソルミオが優しい笑顔を向けてくれていた気がした。


ソルミオ視点


『どうして私なの?』ですか…

儀式が終わり、光の中に消えた勇者を見送った私は先程の言葉を思い出していました。

「それは貴女が私の出会った勇者の中で最も強く、そして最も未熟だったからですよ。」

そして未熟だったからこそ、貴女は最も美しい勇者なのです。

「そんなことを聞く好ましい貴女だから、私は貴女に賭けたのです。」

この計画が始まったのは数百年前。

そして私にとって唯一の親友フィアナとの約束。

(フィアナ、随分と待たせてしまいましたね。)

親友を何百年も待たせてしまうなんて、私も酷い女ですね。

でもこれでやっと始められます。

「さあ、こんなところでゆっくりしていたら、私が乗り遅れてしまいますね。急ぎましょう。」


そう、これが物語の始まり。

魔王様を愛する者達による、世界からの解放の始まりなのです。

3年目に突入した新年一発目で今まで語られなかった物語の始まりを書かせていただきました。

ソルミオに関しましては『大魔王→黒猫 ~とある世界の大魔王のお話~』をご参照ください。

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