閑話その3.とある世界の勇者のお話(その1)
今回の閑話は2部構成となります。
??視点
私は人間を信じていない。
人間は残酷だ。
私は産まれたときから勇者だった。
両親の記憶はない。大魔王を倒すために、国が私を管理していた。
そんな私は物心がついたときから過酷な修行を課せられていた。
普通の子供ならとっくに死んでしまうようなことも、勇者の私にはこなせてしまった。
そしてそれは成長するほどに過酷になっていった。
「勇者なのだから、このぐらいは当然だ。」
「大魔王を倒すために強くなるのだ。」
そうして私は大魔王を憎むようになっていった。
「私がこんな仕打ちを受けえるのは大魔王がいるからだ。」
「大魔王さえいなければ、私は勇者として生まれることはなかった。」
いつしか私は大魔王を殺すためだけに生きるようになっていった。
そして幾年、私は大魔王討伐のために単独行動を取っていた。
過去に大魔王と戦った勇者達は討伐隊を率いていたらしい。
しかし私は人間を信じていない。仲間など不要だ。
私は単独行動をするために隠密スキルを磨いた。
勇者として以外のスキルを磨くことを国の人間達は許さなかった。
しかし私はそれを無視し、ときには力でねじ伏せた。
いつしか私に誰も意見を言えなくなっていた。
私が大魔王討伐に出立するときなど、あからさまにホッとした奴らの顔があった。
なぜこんな奴らのために大魔王と戦わなければならないのか?
そう思うこともあったが、大魔王を殺さなければ私の生きる意味がない。
私は大魔王を殺すことで初めて身も心も自由になれるのだ。
(この森を抜ければ大魔王の城。)
隠密スキルのおかげでここまで大きな戦いもなく順調だ。
流石に城に入ったらそうもいかないだろうが、体力の温存は十分だ。
私が森に足を踏み入れようとすると、急に嫌な予感がして横に飛ぶ。
すると先程までいた場所に突風が吹いたかと思ったら、地面に深々と切れ目が入った。
そしてその切れ目は数十メートル先まで広がっていった。
(風の刃!それにしては規模が大きい!!)
風の刃は風を操る魔法ではごく初歩的な攻撃魔法だ。
当然私も使えるが、ここまでの威力を出すためにはどれだけの魔力を消費するか…
「魔王様にお逢いになるには少々不躾な作法ではありませんか?」
私の前にはいつの間にか一人のエルフが立っていた。
「人間を裏切ったエルフか。なぜ見破った?」
エルフは元々人間と魔族の争いには中立を保っていた。しかし数百年前に突然魔族についた裏切り者だ。
「素晴らしい隠密スキルではありますが、この子たちの目を欺くことはできませんよ。」
そう言ったエルフの手元には風の精霊が飛び回り、足元には土の精霊がじゃれついている。
精霊を見るのは初めてだが知識はある。
確かに隠密スキルを使っても身体を動かしたときの風の流れを全くなくすことはできない。
そして当然ながら地に足をついて歩いているのだ。土の精霊が気づかないわけがない。
「死にたくなければそこをどけ。」
城に入る前に敵と遭遇するのは想定外だが関係ない。大魔王に与する者は全て殺す。
「魔王様にお逢いになるだけでしたら邪魔はいたしませんけど、そうではないようでしたので。」
「当然だ。」
「それでは残念ながらお引取りいただかないとなりません。」
そしてエルフとの戦いが始まった。
(冗談でしょっ!こんなの戦いにすらならないじゃないのっ!!)
相対して数時間、私はエルフに一太刀すら浴びせることができていない。
普段何も考えずに踏みしめている大地が邪魔をする。
普段何気なく受けている風が刃となって襲いかかる。
普段ほとんど気にしない大気中の水分が私を苦しめる。
まるで自然を相手に戦っているみたいだ。
いくら勇者の力とはいえ所詮は一人の力、自然を相手にして勝てるわけがない!!
私は攻撃を防いだり躱したりするだけで大量の魔力を消費し、数時間による戦いとも呼べぬ防戦により体力も尽きかけていた。
「これでお引取りいただけますか?」
対するエルフは出会ったときと全く変わらぬ位置で、涼しい顔をして私に問いかける。
あれだけの攻撃を仕掛けてきたというのに魔力もほとんど消費していないというのか!!
「なぜ貴様のような者が大魔王の味方をするっ!!自然が敵対するなど、まるで私が世界の敵のようではないかっ!!」
自然を味方にするエルフが世界を混乱に陥れる大魔王に与することが理解できない!!
「何故と言われましても、戦争を始めたのは人間なのですから。人間が世界の敵というのはあながち間違いではないと思います。」
エルフは困ったような顔で答える。
「大魔王が魔物を操って人間に危害を加えるからだろっ!!」
そうだ、人間が戦争を始めたのは大魔王が先にしかけてきたからだ!!
「それは人間が都合よく伝えた偽りです。本当は…」
そしてエルフは戦争の経緯を語り始めた。
「嘘だっ!!」
エルフが語った戦争の真相は、到底信じることができるものではなかった。
「それではどこに否定できる内容がありましたでしょうか?」
「魔物のスタンピードと大魔王の転生周期が偶然一致?そんな偶然あってたまるか!!」
それなら大魔王がスタンピードを起こしていると考えるほうが当然だろう!!
「私は1世代前の魔王様にも仕えていました。そのときは歴史上最も人間と魔族が長く戦争を行っていたことはご存知ですよね?」
「それは知っている。」
確か前回の戦争では人間側に裏切り者が出たせいで戦争が長引いたとこは歴史として残っている。
「そのときは普段より100年ほど長かったのです。勇者も幾度となく撃退していました。そして戦争終期にはほぼスタンピードは収まっていました。しかし戦争は終わらずに魔王様は最後には勇者に討たれたのです。魔王様が原因でスタンピードが起こっていたのならば、魔王様が討たれてからスタンピードが収束するはずではありませんか?それに…」
エルフは続ける。
「戦争が始まったのは数千年前とはいえ、エルフにとってはせいぜい10世代ほど前のことなのです。当然文献も残っていますし、語り継がれてもいます。それなのに何故数百世代も前の人間の言い伝えを信じるのですか?」
「…」
確かに私の常識はあの信じるに値しない人間共の言い伝えだ。
「では魔族は魔物と共謀して人間を襲いましたか?魔族は人間に侵略された領土以外に進軍しましたか?」
「それは…」
悔しいがエルフの言葉を否定する材料が見つからない。
だがしかし、
「認められない!!もしそれが真実だったとしても認められるわけないじゃない!!」
「なぜそのように頑ななのでしょうか?」
エルフは困ったような顔で問いかける。
「もしそれが真実だとしたら、私はどうなる!?生まれたときから勇者として生きることしか許されず、大魔王を殺すためだけに育てられた私の人生はなんだったというのっ!?」
そうだ!そんなことを認めたら私の存在を否定することになる!!
「そうですか、貴女はそんなに辛い生き方を強いられてきたのですね…」
エルフは悲しそうな目で私を見る。
「同情して欲しいなんて思ってない!!大魔王を殺さないと私に存在価値はないのっ!!私は自由になれないのっ!!」
気づいたときには私の頬に涙が伝っていた。
「勇者は自由になれません。魔王様が討たれると、勇者は後を追うように息を引き取るのです。それも歴史が証明しています。」
エルフの言葉に息を呑む。
(嘘…私は自由になれないの?)
「申し訳ございませんが、今の貴女を魔王様に逢わせるわけにはまいりません。お引取り願います。」
エルフはそう言い残すと私の前から消え去った。
しかし今の私には追うことも、大魔王の城に行くこともできなかった…
人間族と魔族の戦争の始まりに関しましては『大魔王→黒猫 ~とある世界の大魔王のお話~』で語られています。





