コーヒーブレイク&エアブレイカー
「おまたせしました、コーヒー二つです」
「ん、ありがと」
「夜を駆ける討ち手、夜の力を借りて夜を狩る者。またのご利用をお待ちしています」
にこりと笑みを浮かべながら、メイド姿の売り子は常套句とともに頭を下げた。
店を出た後に軽く後ろを振り返れば、客商売特有の愛想笑いを交じらせつつも確かな敬意がこもった、人間味のある表情が目に入る。何度見ても生きた人間と遜色ないAIに感心しながら、俺とアーサーは近くにあったベンチに腰を下ろした。
ひとまず拠点に戻ろうという話になり、道中で遭遇する雑魚エネミーを張り倒しながら、俺たちはシブヤ駅の前に辿り着いた。
途中で別チームの手伝いをしていたのもあって、リアル時刻だともうAM二時近い。
拠点に到着した後はひとまずさまよえるデュラハン以外のドロップアイテムを換金。そして、美人のお姉ちゃんがHP回復アイテムを販売している休憩スペースにやってきた次第である。
何か忘れているような気がするが、少し考えても思い出せない。
まあ、思い出せないということはそこまで重要なことじゃないはずだ。思い出した時の俺がなんとかしてくれるさと、コーヒーに口をつけた。
「はー……」
そんな俺の横からは、辛気臭い溜息が聞こえてきた。
「戦闘に夢中になって目的忘れるとか……」
プロの配信者としてはなかなかに凹むミスだったらしい。雑魚戦は真面目に動いていたが、安全圏に入ってからは溜息を連発していた。
基本前向きなアーサーが辛気臭いのはレアだが、いい加減可哀想になってきた。コーヒーの瓶を片手に、ぽんぽんとアーサーの肩を叩く。
「まあまあ。俺も一緒に頭下げてやるからさ」
「あ、それは別に大丈夫です。大丈夫だよ。間に合ってるから大丈夫」
「なんで三つ重ねた?」
「プライベートの親友を仕事に巻きこまないようにっていう配慮だゾ」
「心こもってねえんだよなあ!」
とまあ、こんな感じに馬鹿なやりとりをするうちに、アーサーの気分も軽くなったらしい。コーヒーを飲み終えるころにはいつもの調子に戻っていた。
「んー……っ、と」
ベンチから立ち上がったアーサーは、大きく伸びをしてから槍を取り出す。
インベントリに収納されていたさまよえるデュラハンのレアドロップアイテム、【首無し武者の槍】だ。銃使いのくせに器用に槍の柄を手の中で回転させてから、放り投げたそれをぱしっとキャッチする。お前の方がよっぽど曲芸みたいなことしてるじゃん。
「倒してしまったものは仕方ない。このレア泥アイテムを差し出しつつ、別の企画を提案することでなんとか許してもらおう」
「あ、その槍だけでいいなら馬の蹄鉄もらっときたいんだけど」
「いいけど、馬でも飼うつもり?」
「飼わねえよ。詳細調べたらLUCに高倍率補正がかかるアクセサリーっぽいからさ」
「えっ」
怪訝な顔をしたアーサーの前に、インベントリから取り出した蹄鉄を見せる。
【幸ち多き歩みを守るもの】という、こっちの方がレアドロップではと思いたくなるような名称のアクセサリーは、装備しているとLUCに補正をかけてくれるとのこと。
「……」
アーサーはアイテムの解説画面をしばらく見た後。
「レアドロップじゃんこれ」
「あ、やっぱ? これもコラボ相手さんにあげる?」
「んー、まあヨシツネにただ働きさせるのもな。お前のLUCで落ちたとこもあるだろうし、こっちはあげるわ」
「マジかよ。愛してるわアーサー」
「ははは、いくらでも惚れ直していいぞ」
LUC補正の装備品はかなり貴重だし、何よりLUCは俺のプレイスタイルには欠かせないステータスだ。できることならもらっておきたかったので、その申し出はとても助かる。ありがたくインベントリに蹄鉄を戻した。
状態異常を弾く時に参照するのは体力《CON》や精神力《POW》だけど、即死だけは幸運《LUC》なんだよな。
「しかし馬蹄のお守りか。幸運とは真逆の馬から落ちるアイテムじゃないだろこれ」
「保守派のお守り?」
「馬の靴でホースシュー。保守派のお守りってなんだよ」
曰く、幸運のお守りとして世界的に有名なんだそうな。
また一つ賢くなってしまった。
「――――さて、と」
しばらく雑談をした後、コーヒーの瓶をゴミ箱に捨てながらアーサーが伸びをした。
「方針も決まったことだし、今日は解散しようかね」
「ん? 話しつけにいかなくていいのか?」
構わないと言われたものの、企画のネタが潰れたのには俺にだって責任はある。一緒に謝りに行く気だっただけに、少し肩透かしを食らった。
「ヨシツネ、そろそろ寝ないとダメだろ」
「あー、そうだな」
言われて、今の時間を思い出す。そういやもう二時だった。
普段は遅くても一時にはログアウトしている。確かにそろそろ寝なければまずいだろう。
何せ明日も平日だ。成人し、かつ自由業であるアーサーと違い、普通の高校生たる俺は朝起きて学校に行く義務がある。
さらっとこういう気遣いするんだよなあ、こいつ。
「じゃあ、罰ゲームが決まったらメールしてくれ」
「罰ゲーム受けるの前提で話すのやめてくんない?」
軽口を叩きつつ、コンソールを出してチームの解散を選ぼうとしたその時。
「――――ヨシツネさーん!」
快活な、アルトの声が耳に届く。
手を止めて振り返れば、学ランの少年が駆けてくるのが見えた。
中学生くらいの小柄な体でポニテを揺らす姿は、一風変わった学園青春ものの後輩を連想させる。もっとも、普通の後輩キャラは大きな槍を背負い、ポニテと一緒にけもみみ&尻尾を揺らしたりはしないだろうが。
見覚えはめちゃくちゃあった。何せ、ついさっき前まで一緒に戦っていたのだから。
名前は確かきんつば。アバターは男だが、声はバリバリの女の子だ。
二週間くらい前にRTNを始めた初心者らしい。クラスは誰でも選べるコモンスタイル、槍を始めとしたリーチの長い白兵武器を使う槍使い。そして種族は、RTNというゲームではあまり人気がない【半妖】である。
そんな彼の後ろからは、同じく一緒に影人狩りをした死圀というオッドアイの少女が慌てた様子で駆けてくる。声が高めなのでわかりづらかったが、あっちも中身は男だとか。
ちなみに彼女の種族はRTNの中でも人気が高い【魔眼使い】だ。オッドアイが標準装備の種族が人気なあたり、プレイヤー層が透けて見える。
閑話休題。
彼の到着を待って反応しようかと思ったが、その前にきんつばさんが言葉を発した。
「死圀さんに聞きました! ヨシツネさん、朔のルー・ガルーと戦ってるんですよね?」
「ああ、うん。そうだけど」
思わずきんつば氏の肩越しに死圀氏のことを見ながら、その質問に頷き返す。
源氏というよくわからないあだ名で悪目立ちしているのは知っているが、どういう話の経緯で俺の話を出したんだ、彼女。首を傾げていると、きんつば氏はさらに話を続ける。
「そんなヨシツネさんにお聞きしたいことがあるんです! いいでしょうか!」
「はい。えーっと……何?」
丑三つ時ではあるが、プレイヤーの姿はまだまだ多い。拠点の休憩スペースということもあり、大きな声を上げたきんつば氏(と俺たち)には視線が集まっていた。
つまり居たたまれない。さっさと会話を終わらせたいオーラで応じる俺とは対照的に、きんつば氏は周囲の視線にも俺の気持ちにも気づいたそぶりもなかった。無敵か?
「ちょ、ちょっと、きんつば。た……ヨシツネさん困ってるからっ」
追いついた死圀氏が、そんな言葉で彼女を制そうとする。
野良チームだと言っていたのに面倒見がいいなあなどと思っていると、死圀氏の言葉も綺麗にスルーしたきんつば氏は本題を口にした。
「今度、先輩フレたちが朔のルー・ガルーを倒すって言ってたので! もしよければ、その朔のルー・ガルーってエネミーの情報、教えてもらってもいいですか?」
「…………………………………………は?」
前触れなく投下された爆弾に、頭が真っ白になった。