イケブクロターミナルにおける歓談
【夜魔の王】によって反転し、赤黒い太陽と青白い月が交互に昇る異空間と化した東京。
まっとうな明るさを失い、常に夜が続いているようなありさまになった大都市には、王の従僕たる異形【夜魔の眷属】が徘徊するようになった。
そんな東京において、人は基本的に無力。
例外は、魔性に魂が汚染された十代の少年少女だけとなる。
辛うじて人間の領域にいる者から、濃く魔性と交ざった者までピンとキリ。共通しているのは、魔性に対抗できる力があることと、東京の外には出られないという二点。
少年少女は退魔士となり、この夜の世界を生き抜くため、あるいは東京に朝日を取り戻すため、夜魔の力を使って眷属との戦いに明け暮れる。魔性の力を使い続ける代償として、いつか自らの全てが魔性になる日が来ようとも……。
――――以上が、公式でお出しされている大まかなゲームの概要である。
現代伝奇RPG。
通称、RTN。
その没入型オンラインVRゲームは、一年と半年とちょっと前、満を持して発売された。
舞台モチーフは、現代日本――厳密には旧現代日本――の東京23区。魔性の力に魂が汚染された少年少女は退魔士となり、異形たちと同じ力を振るいながら戦う。いわゆるダークファンタジーものだ。
異世界系ファンタジーのゲームが主流だった中、現代が舞台、そしてアバターが学生服を着た中高生というRTNは、その物珍しさから世間の注目を集めた。
物珍しさで釣ってくるゲームはクソゲーになりがちだが、プレイヤーをして中二病罹患者御用達ゲームと呼ぶRTNは中二病が好きな層に大いにウケた。舞台とアバターに制限をかけている分のリソースが開発に注がれているのか、VRゲームとしての出来もかなり良かったというのも、人気が出た一因だろう。
どうあがいても題材が大衆向けではないため、大人気ゲームとは言い難い。
それでもニッチ層にぶっ刺さったRTNは、リリースから一年半経った今でもコアな人気を有している。平日の夜でも結構な数のプレイヤーがこの夜の世界に接続しており、退魔士ライフを謳歌していた。
俺もまた、そんなプレイヤーの一人。
《ヨシツネ》
レベル:99(MAX)
種族:人間
スタイル:魔狩人
HP:10000 SAN:500
STR:A(900)+
AGI:S(999)+
CON:A(870)
DEX:S(999)+
POW:B(710)+
LUC:B(750)+
装備品
両手:雷光の角
防具:破邪の布
首:不屈の枷
両腕:黒小人の手甲
手首:真化・四葉の鎖
腹部:雷神の帯
両足:韋天将軍の靴
夜の世界で得た力を引っさげて、俺は今日も魔都を往く。
都内のターミナル駅は、一部を除き、プレイヤーの拠点として設定されている。
ここには魔性が出没せず、プレイヤー同士の争いが発生しても警備ロボがやってきて強制的に鎮圧する。つまり、ゲーム側が用意した安全地帯というわけだ。
ゲーム内で死ねば、プレイヤーは最後に立ち寄ったターミナル駅にリスポーンする。
リアルタイム進行のため、セーブ&ロードは存在しない。だから、この拠点がいわばセーブポイントの代役を担っていた。そのため、ターミナル駅はRTN内で一番プレイヤーの往来が多い場所でもある。
イケブクロ駅も、そんな拠点の一つ。
ホームにリスポーンしたばかりの俺は、改札を抜けると構内に足を向けた。
駅の中を行きかう人々の大半は、制服姿の少年少女。
制服の改造、染色は当たり前。いじりすぎてもはや制服じゃないようなのもちらほら。
それに加えて、剣やら槍やら銃やらといった武器、色とりどりの光彩異色に、青白い顔から覗く八重歯、側頭部から生えた獣の耳に尻から伸びる尻尾、エトセトラエトセトラ。
まるで、十月の月末を連想させる格好のバーゲンセールだ。
仮装の祝祭と違うのは、露骨な怪物の仮装や、フィクションキャラのコスプレが見当たらないことか。ともあれ、十人十色の個性がひしめく構内を、俺は腰から吊るした二振りの鉈を揺らしながら進んでいく。
様々な個性の中で、俺が着ているのは至ってシンプルな白の学ランだ。着崩し方も含めて、服だけ見ればリアルにいそうな感じである。ゲームの中だとこういう格好の方が逆に浮くんだから、マジョリティーの影響というのは思いのほか大きい。
設定でオンにすれば、フィールドBGMが会話の邪魔をしない音量で流れる。
しかし俺は没入型VRだとBGMオフ派なので、耳に届くのは人の喧騒だけだった。
「……おっ」
雷光の角をかちゃかちゃさせながら歩いていると、探し人の姿を捉えた。
「おーい、アーサー! 待たせたな!」
声をかけつつ、壁に寄りかかったそいつに近寄る。
そいつの見た目は、一言で言うなら前時代的な不良だ。
コートかと思うくらい裾を長くした黒い学ランに、全体的にだぼついたズボン。制服の裏地は赤く、頭は金髪のオールバック。まさに昔ながらの不良テンプレートだ。
こいつとは別ゲーからの付き合いなのだが、キャラメイクに自由度があるゲームをやると絶対にガラが悪いキャラをビルドする。プロ配信者曰く、中身とアバターのギャップがあると視聴者のウケがいいのだとか。生身だと絵に描いたような優男が正反対のアバターを使ってゲームしている図は、確かにギャップがあるが。
そんなエセ不良のハンドルネームは猗々冴々《アーサー》、通称アーサー。
本名と通称ではイントネーションが違うなどという細かいこだわりを持つ男は、呼びかけられたことで俺に気づいたらしい。手元のコンソールを消すと、改めて俺に顔を向ける。
動きに合わせて、二挺の拳銃を収めた腰のホルスターが揺れた。
「おっす、アーサー」
「よお、ヨシツネ。今日のデートは終わったのか?」
もう一度声をかければ、アーサーも気さくに応じる。
源で良だから、ヨシツネ。我ながら実に単純なハンドルネームである。
「もっとイチャイチャしたかったんだけどなあ。攻撃を捌くのに夢中になりすぎて、スキルのリチャージ管理ミスってさ。【立待月】避けきれずに首はねられた」
「エネミーとの戦闘をボディランゲージって言うの、お前くらいだよ」
「体を張ったコミュニケーションなんだから間違ってないだろ」
「キモい」
呆れた顔で言われた。人の必死な求愛行動になんて言い草だ。
とはいえ、軽口なのはわかっているので別に腹も立たない。仲が良い間柄だからこそ、これくらいのやりとりは禍根の残らない冗談になる。
エネミーMobに惚れこむ俺に、大抵のプレイヤーは変人を見るような眼差しを向ける。面白半分で近づいてくる奴もまた多く、フレンドになるのはアーサーのように別ゲーから仲が良かった友人――アーサーは親友と呼ぶ。気恥ずかしい呼び方だが、好意を向けられるのは嬉しい――か、チームを組んだ時に気が合った奴となっていく。
もっともこれは、俺が彼女に入れ込むあまり、ゲーム内コンテンツの参加がおろそかになっているのも一因ではあるのだが。
ルー・ガルーのエンカ日とゲーム内イベントがかち合ったら、迷わず前者を優先する。
それがヨシツネというプレイヤーのゲームライフである。
そんな感じなので、RTNはかれこれ一年プレイしているが、フレンド数は辛うじて二桁。ちなみにアーサーは、かなり厳選しているらしいのに俺の五倍はいる。さすが配信者。
……もうちょっと真面目に交流しようかな、生きた人間と。
閑話休題。
「で、今日は何すんだよ、アーサー」
「明後日、他の配信者とのコラボでのシンボルエネミーの討伐生配信をするんだよな。予行練習しときたいから一緒に凸って♡」
予定を聞けば、アーサーはしれっと無茶ぶりをしてきた。
二人で高難易度に凸かよ。
「ちなみにどいつ?」
「さまよえるデュラハン」
「二人だとレベルカンストでも苦労するやつじゃねえか。マジで?」
「いかにも面白そうだなって顔で言っても説得力ないなあ」
ばれたか。小さく舌を出して肯定した。
想定人数を揃えてロジカルに挑む高難易度も楽しいが、どちらかといえば少人数でぎゃあぎゃあ騒ぎながらごり押しする方が好きなのである。
「この手の無茶ぶりに二つ返事で乗ってくれるのはお前くらいだよ、ヨシツネ」
「おだてても何も出ねーぞー」
そう言って肩をすくめるが、内心まんざらでもない。頼られるのは嬉しいもんだ。
「エンカ範囲広いけど、なんか当ては?」
「討伐に誘ってきた人が行動パターン掴んだっぽいから、それで当たってく」
「やったぜ」
うろうろするデュラハンさんをしらみつぶしに探す必要はないようだ。
徘徊型の敵って、出てきてほしくない時は呼んでもいないのに出てくるくせに、いざ倒そうとなると全然補足できないんだよな。
「そういや、なんで実装当時は声かけなかったんだ? 配信じゃないなら参加したのに」
「ヒント、他のチームメンバーと予定合うのが満月の日」
「OK、把握」
|絶対に用事が入る日《ルー・ガルーとエンカウントできる日》だった。そりゃあ誘わないわ。
「よーし、新技をデュラハンくんにお見舞いしてやるかぁ。ついさっき本命にはあっさりかわされたけどな!」
「だっさ。これはルーちゃんも失望ですわ」
「おっ、デュラハンくんの前に巻き藁になるか? ん?」
「真顔で武器に手をかけるのやめてくれない?」
馬鹿なやりとりをしながら、俺たちは他の拠点に移動すべくプラットホームへ向かった。