キヨさんの結婚
キヨさんは3人姉妹の次女です。
ほんとうは末っ子長男の弟がいたのですが、待望の男の子をかわいがりすぎて、1人だけ避暑地の親戚にあずけていたら、いつのまにかそこの家の子になってしまいました。
姉が惣領娘となり、婿をとって家を継いだのですが、その婿も、2人子供を設けた後、流行り病であっけなく亡くなってしまいました。
「うちは男に縁がない家なのかもね。あんたはちゃんといい人に嫁ぐんだよ」
という姉に
「あたしは結婚なんかしない。職業婦人になって、皆をあたしが養ってくから!」
と高らかに宣言するキヨさん。
姉はびっくり。だって家は材木問屋で、キヨさん達はいわゆるお嬢様ってやつで、働く必要なんか全然ないのです。第一、社長である父はピンピンしていますし、姉の息子達は、今は小さいですが、父が引退する頃にはどちらかが跡継ぎになってくれるはずです。
姉は一生懸命説得しましたが、変な使命感に燃えているキヨさんにはとどきません。
おまけに悪ノリした妹が
「キヨちゃん結婚しないの?じゃ、あたしも結婚しないでずっとうちにいる」
とか言い出す始末。
姉は最後にはあきらめて
「勝手にしなさい」
と呟きました。
キヨさんは市役所で事務員をしました。
ほんとうはバスの車掌さんになってみたかったのですが、時代遅れの父に
「ハレンチだ!絶対に許さん」
と言われたので諦めました。(ちなみになにがハレンチなのかはさっぱりわかりません)
で、父の口利きで市役所へ。いわゆるコネというやつでしたが、キヨさんは働けることが本当にうれしくて、頼まれれば何でもやりました。
「あたしも結婚しない」
とのっかってた妹にも働かないかと誘ってみたのですが、
「明日考える」
とのらりくらり。
とうとう怒った姉に
「結婚もしない、働かない、そんな遊民みたいな人はうちにおいておけません!」
と縁談をまとめられ、キヨさんが働き出した1年後くらいに結婚して家を出されました。
キヨさんにも何件か縁談は来たようですが、
「あのね…」
と姉が話だそうとする度、
「私は働いてるんだからうちにいていいでしょ」
と妹の例をあげるので、姉も言い出せなくなり、断ってくれているようでした。
働いて3年経ったある日のこと。
「ただいま帰りました」
仕事から帰ると、姉が神妙な顔をして立っていました。いつものあれです。縁談です。
「私は働いてるんだからうちにいていいでしょ」
いつもの台詞を言いましたが、姉は、わかった、といつものようにはいってくれません。
「ごめんね。断れない所から縁談が来たの」
いつもなんとか断ってくれる姉が断れない縁談。
それは隣村の地主さんからでした。
「ごめん、一回会ってくれるだけでいいから」
と言いますが、1回会ったらそれは了承の意味です。2回目には結納です。
しかし、断れない。でも結婚はしたくない。
「…考えさせて」
ようやくそう絞り出したキヨさん。姉は
「わかった。町の写真屋さんに写真があるそうだから。参考に見てきて」
そう教えてくれました。
市役所からの帰り道。
キヨさんは少し遠回りをして、駅近くの写真館まで歩きます。
「…何かしらあれ」
写真館前の掲示板にはなにやら人だかりができていました。
女学生が集まってキャアキャア言いながら群がっています。
…今はやりのブロマイドかしらね。はしたない。
そう思いながら通りすぎ、店の中へ。
「あのー、姉が電話したと思うのですが、見合い相手の方の写真…」
「ああ、津田野さんのね。外にありますよ」
えっ…外って…あの人だかりの?!
「店内暗いから。見やすいと思って外に掲示しておきましたよ」
ニコニコと人の良さそうなおかみさんがそういいます。
もう一度、入り口脇の掲示板をそっと覗いてみました。
やはり、女学生が群がっています。しかもさっきより人だかりが大きくなっている気がします。
あそこに割り込む勇気はない…。
「どうしたの、お嬢さん」
入り口から出ようとせずにモジモジしていると、おかみさんが声をかけてくれたので
「あのー、ちょと見づらいっていうか、勇気がでないっていうか」
暗に店内で見せてはもらえないか、と言ったつもりでした。
「ええ?」
おかみさんは方眉を器用にあげると、なんとキヨさんの手をひいて、
掲示板の真ん前に突っ込んで行きました。
「はい、どいて。見せ物じゃないから。この人の見合い写真だから」
とのセリフつきで。
一瞬で、カーっと顔が真っ赤になり、もう地面から目がはなせません。写真を見るどころではありませんでした。
おかみさんは周りの女学生をけちらすと、そんなキヨさんに気付かずに、「ゆっくり見てっていいからね」というとさっさと店の中へ入ってしまいました。
まさかこんな、恥ずかしい思いをするなんて、ただ写真を見に来ただけなのに、見合いするかどうかも決めてないのに、と地面を見つめながらうじうじいじけていましたが、見ないことには帰れません。
観念して顔をあげると、そこには、海軍兵学校の制服をまとった男性が、二人、いました。
さすが女学生が群がってキャアキャア言うだけあり、どちらも俳優顔負けの美男でした。しかも、二人で写っている記念写真のようなものの他に、一人で何種類かポーズをとり写っているもの、顔だけをいろんな角度から撮ったものまであり、まるで本当のブロマイドのようです。
なにこれ。思わず一瞬見とれちゃったけど、見合い写真てこんなに撮るもの?私だって妹だって、座ったのと顔写真、一枚ずつしか撮らなかったような…ていうか二人ってどういうことよ…ん?二人?!
キヨさんは写真館に駆け込みました。
「あの、ところで私の見合い相手はどちらでしょうか?」
「さあー。そこまではわたしにはちょっと。それより写真いっぱいあったでしょう?あんまり美男子だから、主人が調子に乗っていっぱいポーズとって頂いて撮影したのよ」
あっけらかんとおかみさんは笑いました。
「キヨちゃん、どうだった」
「二人いた」
「え?」
帰宅早々、玄関先で聞かれましたが、そういうしかありません。
写真館でもらった六切の写真を見せました。
「津田野の奥様はそんなこと仰らなかったんだけど…」
姉も困り顔です。
「どうする?なんとか頑張って断ろうか?」
「いや、見合いする。なんかこんな振り回されて逆に興味深いわ」
それに、何より確信があったのです。
「私、こっちと結婚すると思うわ。ピンときた。」
キヨさんが指差したのは、姿勢よく立って軽く微笑んでいるほうではなく、座ってこちらをにらんでいるほうでした。