困る話
「まあ、今は違う人と付き合ってたんですけどね…。」
あの人の話をすると、自然と過去形になってしまう。それがなんだか悲しくて、さびしくて、私の声は震えていた。
「…大丈夫ですか?」
平川さんの優しい声が降ってくる。
「大丈夫です。…実はさっきその人と別れちゃって…。高校の時からずっと付き合ってた人だったのでけっこうダメージが大きかったみたいです。」
私は平川さんを困らせてしまわないように、明るい声で話した。
「そうだったんですね…。」
平川さんの声が、心なしか沈んだような、思い詰めたような声になった。
「あ、ごめんなさい…!!こんな話、急にされたら困っちゃいますよね。」
私はあわててあやまる。
「いえ、大丈夫ですよ。…じゃあ僕も、大友さんが困りそうな話をしてもいいですか?」
「え?…あ、大丈夫ですよ!どうぞどうぞ。」
私は首をかしげた。私、平川さんに名前教えたっけ…?
平川さんは不思議そうにしている私にかまわず、ゆっくりと話しはじめた。
「僕には好きな人がいるんですよ。それも、中学の時からずっと同じ人。その人は努力家で、思いやりがある人だったんです。他人のことを第一に考えてしまっていたので、見えないところで涙を流してしまうような人です。そこがすごく、大好きだったんです。でも、告白出来ずに中学を卒業してしまって。高校は別だったけれど、それでも好きでした。」
平川さんはそこで一息ついた。
私はなぜかドキドキしている。なんでだろう。外の寒さも、別れたあの人のことも気にならない。平川さんの話が聞きたい。
平川さんは大きく息をすって、また話し始めた。
「でも、ある日噂で、その人に彼氏ができたってことを聞いたんです。これは諦めなきゃいけないって思いました。でもやっぱりダメで。男のくせに重たいやつだなって自分でも思います。高校を卒業して、大学も卒業して、就職したとき、電車で僕がずっと恋していたその人のことを見かけました。一瞬目を奪われちゃいましたよね。その人は中学のときよりもずっと大人に、ずっときれいになってました。」
平川さんはそこで言葉をつまらせた。暗くて良く見えないが、顔が少し赤い気がする。
私の手をにぎる平川さんの手に力が入る。ぎゅっとにぎられて、私はドキッとした。
平川さんは意を決したように私の目をまっすぐ見て、話し始めた。
「その人のことを電車で見かける度に、僕はその人のことがもっと好きになっていきました。そうしたら、今日、僕の好きな人がホームで一人で泣いていたんですよ。訳を聞くと、彼氏と別れたって言ってて。この人は相手を困らせないために、傷つけないために、また一人で泣いているんだって思ったら、ますます好きになりました。」
「え…。」
平川さんのまっすぐな眼差しが私の目を、心を射抜く。
私の顔が今、真っ赤になっていることは自分でも分かった。
そうか、この人は私が恋していたあの翔くんだったのか。
翔くんは少し照れたように笑った。
「唯花ちゃん。好きです。ずっと前から大好きだったんだ。…困った?」
私の顔をじっと見る翔くんは、耳まで赤くなっていた。
「…困るよ。」
私は静かに目を伏せる。
「あの人と別れたばっかりなのに、今はもう翔くんのことしか頭になくて困っちゃうよ…。」
翔くんが息を飲むのが分かった。繋いだ手から、お互いの心臓の音が聞こえてきそうだった。
「…唯花ちゃん。改めて言わせてください。…僕と付き合ってください。」
翔くんの優しい声が私の中に響く。私は繋いだ手を強く握り返した。
「よろこんで。」
一瞬の沈黙のあと、私たちはふふっと笑った。
雪はもうやんでいて、きれいな星空がそこにはあった。
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次回作の参考とさせていただきたいので、この話の改善点、良かった点を感想で教えていただけると幸いです。