別れと出会い
少し季節外れの作品になりました…。
「…え?」
「だから…オレたちもう別れよう。」
目の前が真っ暗になった気がした。何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。
でも、実際そんなことはなくて、私の目には片目を細めた陸人が、耳には陸人の浅いため息、そして胸がズキズキと痛むのを感じた。
私は陸人の苛立ったときの片目を細める癖を知っている。
付き合った当初は、そんな癖さえもいとおしく感じたのに。
「唯花…?」
陸人のその一言で我に帰る。私は必死に言葉をしぼりだした。
「なんで…。」
「…仕事が忙しくて、もう好きじゃなくなった。冷めたんだ。」
「陸人の仕事が忙しいのはいつものことじゃない。…他に好きな子でもできたの?」
「ちがう。…ただ、唯花のことがもう好きじゃないんだ。」
「そんな…。」
「ごめん。」
あっさりとした響きだった。あぁ、この人は私のことなんてどうでも良くなってしまったのだろう。
私は無理矢理に笑顔を作って、涙がこぼれ落ちそうなのを必死でこらえた。短く息を吸う。
「そっか。もう、しょうがないね。…じゃあね、さよなら。」
私はそう言うと、握りしめていた合鍵をテーブルの上に置いた。
これを返せば、この人とのつながりは無くなってしまう。
そんな女々しい考えが浮かんでくる自分に腹がたつ。
その考えを振り切るようにして、私はコートをはおり、マフラーと荷物を持って玄関へと向かった。
「唯花…。ごめん…。」
玄関まで追いかけてきた陸人がそうつぶやく。
私は自分の心が揺らぎそうになってしまった。でも、このままズルズルとこの人を好きでいたって、私の気持ちは報われないだろう。
「…気安く『唯花』だなんて呼ばないで。」
私は振り返らずに答える。声が震えるのを必死で隠した。
「私はもう、あなたの彼女、じゃない…。」
私はそのままパンプスをひっかけてドアを開く。
ガチャンという無機質な音が耳に残った。
外はもう真っ暗で雪が降っていた。
終電はもう逃してしまっただろう。
そんなことを考える私の頬には熱いものが流れていた。
なんで…。
駅へと向かう道は、街灯はあれど暗く寂しい道だった。
この道を、何度私はあの人と歩いたのだろう。
この幸せは永遠に続くと思っていたのに。
他に好きな人はいないって言ってたけど、そんなの嘘なの知ってる。
歩むスピードがだんだん速くなり、私の目からはとめどなく涙が溢れてきた。
あの人の家に行ったとき、見たこともない化粧品があったことも、
あの人から嗅いだことのない香水の香りがしたことも、
あの人のキスが短めになって、回数もどんどん少なくなっていたことも、
あの人のスマホにはいつのまにかロックがかけられていたことも、
全部知ってた。
知ってて知らないふりをしてた。
それほど、あの人のことが好きだった。
私は駅に着いたが、やはり終電は逃してしまっていた。
ホームのベンチに腰かける。無人駅のホームは誰もいなくて、寂しい場所だった。
真っ暗な線路をぼーっと眺めているうちに、あの人との楽しかった思い出が次々と溢れ出してくる。
「ずっといっしょにいようって言ったじゃん…。」
声にならない言葉をはきだし、私は暗いホームで涙を流す。
あの人と付き合っていた時間が長すぎて、失恋の痛みなんて忘れていたけれど、こんなにも痛いものだっただろうか。
涙が止まらなかった。
誰もいなくて本当に良かったと改めて思う。
私は膝に顔をうずめた。
「あの…大丈夫ですか…?」
「え?」
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