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幼馴染ざまぁの流行にうんざりしてたら、学年一の美少女がイチャラブを提供してくれた

作者: 高峰 翔


 俺、一ノ瀬一颯(いちのせいぶき)は日本最大級の小説投稿サイト「小説家になろう」にてアマチュア作家ながら、まあまあな人気がある。

 帰宅部で時間があったし、年齢=彼女いない歴の妄想ラブコメを文字にして投稿したら、いつの間にかという感じだ。

 

 そうして現在、連載作品の完結を機に、とある事情で筆を折ろうとしていたのだが。


「よかった、間に合った……」


 放課後の屋上で一人黄昏ていたら、学年一の美少女と名高い神崎心さんがいきなり突入して来た。

 何やらゼーハーと息を切らして、セミロングの黒髪を激しく揺らしている。


 もう何て言うか、芸能人を軽く超えて物語のお姫様みたいな可愛さに思える彼女は次の瞬間、衝撃的な言葉を口にした。


「あなただったのね、一ノ瀬君。いや、ワンワン先生」

「……ど、どうしてその名前を」

「だって私、ワンワン先生の……一ノ瀬君の大ファンだから」


 姓と名の最初の漢字がどっちも一だからワンワン。

 そんな安直なペンネームで神崎さんが俺を呼んだ。

 そして、真剣な眼差しで俺のファンだと公言している。


 全く意味が分からない。


 この際、百歩譲って神崎さんが俺のペンネームを知っていて、しかもファンであることは飲み込もう。


 だけど。


 どうして、ワンワン=一ノ瀬一颯だと結び付けられたのか。


「ツイートを見たの。画像付きで、短い文が添えられた最新のツイートを」

 

 ここまでかなり走ったのだろう。

 可憐で清廉な美少女に似合わない大粒の汗を拭いながら、神崎さんは言葉を続ける。


「夕焼けに照らされた住宅街の画像……この学校の屋上から見える景色だよね。私も好きなんだ。だから一目で分かった」


 なるほど、それで駆け付けたのか。


 安易に写真をアップロードするものじゃないな。 

 噂には聞いていたが、特定できる人は特定できてしまうらしい。


『小説を書くモチベーションが無くなった』

 

 たったその一文だけで良かったのに、夕焼けの画像を貼りつけたのは何の意味もない。

 ただ、こうして感傷に浸っていたらいつの間にか一緒に投稿していたのだ。

 

 深夜に降ってくるクソダサポエムと一緒。

 ツイートしたあと、我に返って恥ずかしくなる。


 というか、その余計な画像のせいでこんなことになっているのだから一層笑えない。


「ねえ、一ノ瀬君。もしかして、小説書くのやめちゃうの?」

「……まあ、うん」

「なんで? どうして? 私、ワンワン先生の小説もっと読みたい」


 神崎さんは涙を浮かべながら、俺にぐんぐんと近づいて来た。

 

「ゴッドハートって名前、知ってるでしょ?」

「知ってるも何も、初期から応援してくれてる古参ファンの名前だけど……」

「あれ、私」

「……マジで?」

「神崎心だから、ゴッドハートなの。ほら、証拠もあるよ」


 そう言って、神崎さんはスマホの画面を見せて来る。

 そこにはゴッドハートのアカウントが表示されていた。

 どうやら、神崎さんが俺のファンということは本当のことらしい。


「良かったら、話を聞かせてくれないかな」


 可愛らしい顔で上目遣いにそう言われてしまったら、断れるはずもなかった。

 

「……ということで、俺はもういいかなって。何と言うか、疲れちゃったんだ」


 要約すると、小説家になろうのランキングが"幼馴染ざまぁ"作品に支配されていて、新作が入り込む余地がないということだ。


 俺が知っている現実世界(恋愛)ジャンルのランキングはラブコメや純愛物語で溢れていた。

 思わず胸焼けしてしまったり、砂糖を吐き出しそうになる――そんな、妄想や理想を詰め込んだ主人公とヒロインの甘くじれったい作品の数々。


 それが、今はどうだろう。


 プロアマ問わず、最近ランキングで見かける作品と言えば、"幼馴染ざまぁ"の流行りに乗っかった作品ばかり。


 とりあえず序盤で幼馴染と縁を切って、その後は主人公が急速にモテ始める。


 言わば、幼馴染は添え物だ。


 流行りに乗って人気を手に入れるための犠牲と言ってもいいんじゃないか?


 まあ、この流行りに対して不平不満を持つことはあれど、批判するべきではない。

 誰でも自由に好きな作品を書いて投稿できるのがweb小説投稿サイトの良さだ。


 それに、"幼馴染ざまぁ"だからつまらないなんて事は絶対に無いし、面白い作品が沢山あるのは知っている。

 

 しかし、やはり色々と思う所があるというのが正直なところだ。

 

 今現在、ランキングに載る新作は全て"幼馴染ざまぁ"作品。

 一話、二話ですぐに表紙入り、四桁ポイントを軽々と稼ぐ。


 そこに古き良き正統派のラブコメ、純愛作品の姿が無いのがただただ悲しい。


「確かに今、"幼馴染ざまぁ"の勢い凄いもんね」

「まさか、神崎さんが知ってるとは思わなかったよ」

「こう見えて私、web小説結構読むんだよ?」


 ニヤリ、と笑う神崎さんはやっぱり可愛い。

 学年一の美少女がラノベ好きで、web小説にも目を通していて、さらには俺のファンだなんて出来過ぎた展開だ。

 

 それこそ、アマチュア作家が書いたご都合主義のweb小説のよう。


「でもさ、"幼馴染ざまぁ"は一ノ瀬君が筆を折る理由にはならないんじゃない?」

「十分なるよ。連載作品を終えて、いざ新作を書こうとしたらこれだ。執筆のモチベーションが起きるわけがない」

「……ファンが待ってるって言っても?」

「それは……」


 ずるい、と言おうとしてやめた。


 たった一人でも読者がいるなら、その人の為に書き続けろ。


 そんな綺麗事で筆を持つ事は出来ないけど、実際に読者を目の前にして心が揺らぐ。


「一日だけ私に頂戴。一ノ瀬君の考えを変えて見せるから」


 可愛らしい顔で上目遣いにそう言われてしまったら以下略。






 屋上でのやり取りがあった翌日の土曜日。

 キャピキャピ女子のたまり場、スイーツパラダイスで完全アウェーの状態の俺は何故か今、夢にまで見たラブコメ展開を経験している。


「はいっ、あーん」

「あ、あーん……」

「どう? おいしい?」

「あっ、はい。おいしい、です……」


 目の前でニコニコと天使の様な笑みを浮かべる女の子にあーんをしてもらう。

 もう少し具体的に言えば、芸能人顔負けの超絶美少女――神崎さんにミニケーキを食べさせてもらった。

 たったそれだけなのに、量産型の安っぽいケーキがデパ地下の高級ブランドみたく上品な美味しさに様変わり。

 あーん、恐るべしと言ったところか。下手な錬金術よりも効果がある。


 これは俺の痛々しい妄想ではなく、れっきとした現実だ。

 その証拠に、何度かつねった頬からはじんじんとした痛みが感じられた。


「あっ、ねえ。口元にクリームついてるよ」

「えっ、嘘。どこ? こっち?」

「もっと右の方だよ。違う、もっと下らへん……もうっ、一ノ瀬君はおっちょこちょいだねー。私が取ってあげるよ」


 呆れたようにため息を漏らしたと思えば、しょうがないなあと目を細めてやんわりと笑う。

 元々整った容姿をしている上に表情が豊かで、度々浮かべる愛嬌溢れる笑顔が太陽のように眩しい。

 まさに理想のヒロイン。アニメの世界から飛び出たキャラクターのようだ。

 

「はい、取れたよ」


 こちらに伸ばされた細く長い人差し指が優しく肌に触れ、思わずドキッとしてしまったのは俺が恋愛経験ゼロのチェリーボーイであることとは関係ないだろう。

 世の中の男性諸君は美少女にあーんしてもらった挙句、口元についたクリームを拭って貰ったら誰でもハートを射抜かれるに決まっている。

 少なくとも俺は今、心臓にピンク色の矢が二本突き刺さった。

 これで本日十九本目。


 多分、そろそろ恋の病とか何とやらで心臓が止まって死ぬんじゃないかな。

 仮に本当にポックリ逝ってしまったら世界初の事例になるはずだ。

 死因はキュン死か……いやだな、家族や親族、そして友達にお亡くなりになられた理由はキュンキュンし過ぎですって説明されるの。葬儀の席とか地獄みたいな空気になるのが今から目に見えてわかる。


 ここは俺の名誉と尊厳の為にも何としてでも生き残らなきゃ……。


 って、おい! 覚悟を決めた傍から君は何をしようとしているの!?

 ちょっ、俺の口元から拭い取ったクリームをゆっくりと自分の口に近づけて……まさか、やめろ! そんな事されたら致命傷に――

 

「いただきまーす……って、これは流石に恥ずかしいかな」


 えへへ、と笑う神崎さん。

 その笑顔でまたハートの矢が刺さった。

 

 オシャレな店で昼食を食べて、最近話題の恋愛映画を見て、そして今に至る。


 これはもう完全にデートだ。


 そして、神崎さんもそう言っていた。


 あくまで、()()()()()だということを忘れてはいけないけれど。


「どう、作品に活かせそう?」

「……うん、かなり」

「それはよかった」


 どうやら神崎さんは俺が少し前にツイートした内容に目を付けたらしい。


『新作は恋人がひたすらイチャラブする作品にしたい』


 そのすぐ後に。


『よくよく考えたら、恋愛経験ないから書けるわけなかった』

 

 渾身の自虐まで見られていたとはかなり恥ずかしい。


 でも、そのお陰でこうして神崎さんが目の前にいる。


「ようするに"幼馴染ざまぁ"に負けない"イチャラブ"作品を書けばいいんでしょう? 一ノ瀬君にはそれが出来ると思う」

「随分と簡単に言ってくれるね」

「だって私、一ノ瀬君のファンだよ? 信じてるもん」

「それは……ずるい」


 今度は言い切ってしまった。


 何が信じてるもんだ。


 惚れてまうやろ!

 

「参考資料がないって言うなら、私がこうやって手伝うからさ! だから――」

「分かった、書くよ」

「本当!?」

「本当。ここまでしてもらったら書くしかないだろ」

「やった、嬉しい!」


 我ながらとてつもなく単純だ。


 だけど、人間そんなもんだと思う。


 待ってろよ、小説家になろう!

 待ってろよ、幼馴染ざまぁ!


 俺がとびっきり甘いイチャラブ作品を書いてやる……。


「頑張ってね、一ノ瀬君」


 神崎さんのとびっきりの笑顔に、ハートの矢が以下略。


後書き下の☆を押してもらえると、一ノ瀬君の代わりに高峰翔が来週イチャラブ作品を投稿します。


また、現在連載している作品のリンクをこちらも後書き下に貼っておきますので、良ければ読みに来てくださいな。

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「氷の令嬢の溶かし方 ~クールで素っ気ないお隣さんがデレるとめちゃくちゃ可愛い件~」
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イチャラブ新作前に、じれじれ甘々な純愛物語をどうぞ
― 新着の感想 ―
[良い点] 幼馴染ざまぁ全てが悪いとは言わないが量産型の模倣作ばかりがランキングを占める現状には辟易していた。 今こそイチャラブ勢逆襲の時
[一言] 幼なじみざまぁに食傷しているので、甘々イチャラブよろしくです。
[良い点] 神崎さん小悪魔?好きなラノベが読みたいのはわかるけど、普通の男子にそんなことしたら心鷲掴みだよ? ランキングに入りやすい感じのテンプレとは少し変わった趣向の短編で面白かったです。 [一言…
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