カメ吉の受験勉強
ある川のほとりにカメの親子が住んでいました。
母一人、子一人のふたり暮らしです。
お母さんカメは息子のカメ吉に、将来、いい暮らしをさせようと、小さいころから勉強ばかりさせていました。
カメ吉は小さいころからお母さんに
「いま勉強しておけば、将来きっと幸せに暮らせるからね」
と教えられてきました。そのため、勉強することがある意味正しいことだと思っていました。
カメ吉もだんだんと大きくなり、いよいよ来年学校に行ける年まで大きくなりました。
お母さんカメはもちろんカメ吉の将来を考えて、カメ吉に良い学校を受験させようと思いました。
お母さんから、その学校を紹介されたカメ吉は
「いままで、お勉強してきた成果が出せる」
そう言って喜びました。そして、お母さんに
「この学校を受けるよ、お母さん」
と言いました。
それからカメ吉は勉強をがんばりました。しかも、そのがんばりはこれまでのがんばりよりも二倍も三倍ものあるがんばりでした。
年を越してすぐにある入試までどんどん月日が流れていきました。森のセミたちが鳴き止み、河原にオレンジや赤の落ち葉の絨毯が広がり、今度は雪が白いカーペットをひきなおし、初日の出が山から川までさんさんと照らしたとき、ついにカメ吉の入試の日がきました。
朝、カメ吉は受験勉強で使ったカバンに筆箱と教科書とノートと自分の顔の載った受験票を持って玄関のドアを開けました。
そこでお母さんが
「これ、持って行きなさい」
そう言ってカメ吉に、真っ赤な布に金や白の糸できれいに刺繍されたお守りを渡しました。
カメ吉はお守りを大事そうに受け取り、お母さんにウン、とうなずいて受験会場に向かいました。
会場の手前から、ちらほらと本に目を落として歩く、ウシや、キリン、ウサギ、スズメ他にもたくさんの動物たちが会場へ向かっていました。
「さすがにいい学校は、たくさんの受験生が目指すんだなぁ」
カメ吉はそう思いましたが、プレッシャーを感じてはいませんでした。なぜなら、いままでずっとしてきた勉強に自信があったからです。小さいころから勉強しかせず、カメ吉は勉強で出来ているといっても、言い過ぎではありませんでした。
入試が行われる教室に入ると、ネズミやカバ、オオカミにサル。他にもたくさんの動物たちが席に着き、本に目を落としていました。
しかし、カメ吉はその教室の机の置き方に驚きました。机が縦に一列並んでいるのです。その縦に長い教室にも驚きました。縦に百脚ほど机が並んでいるのです。
初めてくる受験会場に驚きながらも、カメ吉は自分の受験番号のシールが貼ってある机を探しました。自分が前の黒板からどんどん遠ざかっているのがわかりました。
驚くことに、カメ吉の席は一番後ろの席でした。縦に並んだ机の最後尾でした。ひとつ前の席には、悪そうなワニが座っています。
カメ吉は平常心を失いかけましたが、自分の席に座り、心を落ち着けて試験時間を待ちました。
しばらくして、前の引き戸がガラッ、と開き、メガネをかけ、スーツを着たフクロウが五人、入ってきました。
「えー、これから、試験に関する注意をお知らせします。後ろの方、聞こえますか」
そう言って、壇上のフクロウはカメ吉に少し大きな声で聞きました。カメ吉は両腕を上げて、両手を握り、丸を表わしました。
フクロウはそれを見ると、持っている注意が書かれた紙を読み上げました。脇では他のフクロウたちが試験の準備をしています。
「えー、それでは、試験開始まで、いましばらく、お待ちください」
そう言って壇上のフクロウはまわれ右して、黒板に試験時間を書きました。一番後ろのカメ吉を気遣って、少し大きく書いてくれました。
そして、準備をしていた他のフクロウたちが試験を配り始めました。カメ吉は一番後ろの席なので、試験が全然来ませんでした。
試験がカメ吉までようやく来た時、教室は何の音もしませんでした。みんなが緊張して音を出さないことに、さらにみんな緊張するのでした。
しかしカメ吉は自信に満ち溢れていました。やっといままでのがんばりを目の前の一枚の紙に表わせることに、ある種のうれしさを感じていました。
「えー、それでは、始めてください」
フクロウがそう言って、みんなが裏向きの試験を振り向かせました。カメ吉はいったん深呼吸をして、試験をめくりました。
その問題にカメ吉は驚かされました。
あなたがいままで一番大切にしてきたものを書いてください
試験は、上のほうにその一文があるだけで、他は名前を書くところ以外、真っ白でした。
カメ吉はビックリして思わずペンを置きました。どう書けばいいのか、どう答えればいいのか、どうやったら点数が高いのか、まるでわからなかったからです。
しかし、他の動物たちのペンを動かす音がカメ吉に聞こえました。みんなすごい勢いで書いているようなのです。
でも、カメ吉には何を書けばいいのか見当もつきませんでした。目をつむり、頭を抱えて考えても何も思い浮かびませんでした。
少し、あきらめることを考えて、目を少し開けた時、またあの一文が目に入りました。
「あぁ、やっぱりわからない」
そうカメ吉が思った時、ピンと頭に答えがひらめきました。自分がいままで大切にしてきたもの。
カメ吉は、真っ白なところに大きな文字で「勉強」と書きました。
自分がいままで一番大切にしてきたもの。その答えしか見つかりませんでした。
「えー、筆記具を置いてください」
そう言って試験が終わりました。はたしてこれが正解なのかそうじゃないのか、カメ吉は不安でいっぱいでした。
「えー、これで試験は終了です。えー、それでは、一番後ろの方、試験用紙を回収してください。」
そう言ってフクロウはカメ吉に促しました。
不安のいっぱいのカメ吉は試験を持って立ち上がり、ひとつ前のワニの試験を回収しました。
ワニの試験には、大きく「友情」と書いてありました。
「あぁ、もしかしたらこれが答えかもしれない」
そう思ってカメ吉は、また不安になりました。
次にまたひとつ前のリスの試験を回収しました。
リスの試験には、大きく「愛」と書いてありました。
「あぁ、もしかしたらこれが答えかもしれない」
そう思ってカメ吉は、また不安になりました。
次々に回収していった試験には、「夢」や「家族」、「努力」や「正直」、そういったものや、見えないくらい細かい文字でたくさん書かれた解答もありました。そのひとつひとつが、カメ吉をどんどん不安にさせました。
壇上のフクロウに集まった試験を渡すころには、カメ吉は絶望していました。
「えー、これで試験は終了です。みなさん気をつけて帰ってください」
そう言ってフクロウは教室を出て行きました。
自分の席に戻る間、他の受験生の顔が目に付きました。
「みんな自信ありそうな顔しているなぁ」
カメ吉はひとり、帰る準備をして、逃げるように教室から出て行きました。
それからカメ吉はずっと何も考えられない日が続きました。そのまま、合格発表の日を迎えました。
カメ吉はひとりで会場に向かいました。自分の合格不合格よりも、どんな答えを書いた動物が合格したのか、自分の目で確かめたかったんのです。
学校の広場には大きな大きな掲示板が置いてありました。掲示板の元には自分の番号を探す動物たち、自分の番号が見つかって喜ぶ動物たちでごった返していました。
「あぁ、みんな正解してたんだ」
カメ吉は自分の番号ではなく、みんなの喜ぶ顔が目に付きました。みんなを一通りうらやましがったあと、自分の番号を探し始めました。
「あった。あった。あったよ」
カメ吉は目を疑いました。自分の番号があったのです。
「やった。やった。あれで正解だったんだ」
カメ吉は学校に入れることよりも自分の解答が正解だったことに喜びました。
しかし、カメ吉はアレッ、と思いました。自分の周りで合格を喜ぶ動物たちは、ネズミやカバ、オオカミやサル、リスにワニ。どうやらあの教室にいた動物たちのようなのです。それだけではありません。他にも、ウシやキリン、ウサギやスズメ、見かけた動物たちはみんな番号を見つけて喜んでいました。
もしかして、受験したみんなが合格したのかもしれない。そんな考えを抱きながら、カメ吉は入学式を迎えました。
入学式には学校のアリーナに入りきれないほどの動物が集まりました。やっぱり考えていた通り、受験した動物はみんな合格したのかもしれない。
そう思っていると、入学式が始まりました。フクロウの先生が開始を宣言し、パンダの校長先生がステージに上がりました。
「本日は、お集まりいただき、誠にありがとうございます」
そう言って校長先生は挨拶を始めました。
「実は我が学校は、受験したみなさん全員を合格にしたんです」
カメ吉は驚いて顔をあげました。
「みなさんが書いてくれた、一番大切なもの。ひとつひとつ目を通しました。家族に友情。お金や健康と書いた人もいました。わたしは、みなさんひとりひとりの答えを見たかったのです。今年の試験の問題に正解なんてありません。今はどうしても、いい暮らしができるよう、お金を判断基準にした将来設計を聞きます。その設計の仕方が性に合わない方もいらっしゃいます。わたしは、その両方を認めたかった。だからみなさんの答えそれぞれを正解にしたんです」
その後、その学校を出る動物たちはみんなそれぞれが生きがいのある生活を見つけ、ひとりひとり大切なものを守っていくのでした。




