①
祝福のファンファーレが空高く鳴り響く。
一際賑やかな人混みの中心で、仲睦まじく幸せそうに肩を寄せあい人々に手を振る新郎と新婦を淡いブルーのレンズに焼き付けた。
瞳を閉じて、スゥ、と一つ大きく息を吸い込む。
そして、セレナの真っ赤な唇から歌声が紡がれる。
その声は少し掠れていて、女性にしては低くセクシーなバリトンボイスだ。
セレナの歌声が響き渡ると、新郎新婦に祝福の歓声をあげていた民衆達の声がシン、と静まり返った。
セレナは国一番の歌姫。
今日はこの国の王太子と、王を支える忠実な臣下の娘との結婚式で祝いの歌を披露するよう国王陛下に賜り隣国での巡業を切り上げ一年ぶりに懐かしい母国へと帰ってきた。
皆、甘くどこか切ないセレナの歌声に聞き入り、中には感動の涙を流している者もいる。
それだけセレナの歌声は人々を魅了し、時に狂わせる特別な力があった。
セレナがこの日歌っているのは、この日の為にセレナ自身が書き下ろした新曲のラブソングだ。
穏やかで明るいテンポのメロディに、恋人達を祝福するような、優しく慈愛の籠った歌詞がセレナの歌声にのせて紡がれる。
「まぁ!!セレナよ、セレナが私達の為に歌ってくれるなんて!!」
突然の、セレナのサプライズでの登場にマリーは興奮ぎみに僕の袖口を引いた。
先程までの緊張して固くなっていた表情とはうってかわって、高揚する感情を隠せずにいる彼女はまだどこかあどけなくて、実際の年齢より幼く感じた。
「やっぱり何度聞いても彼女の歌声はとっても素敵だわ!!ね、ルイ様?」
「……ルイ様?!」
ボウッと立ち尽くし、セレナに目を奪われていた僕にマリーが驚き声を上げた。
「どうされたのですか?!」
「どうもしないよ」
「でも、涙が……」
「え?」
マリーは、気遣わし気にこちらの様子を伺っている。
僕はマリーの視線の先にある自身の頬に触れ、初めて自分が泣いていたことに気付いた。
「なんでもないんだ。ただ、本当に綺麗な歌声だったから……」
胸がチリチリと焼け焦げる。
平然を装って絞り出した声は果たして震えていなかっただろうか。
ー
ーー
ーーー
「こんな所に毎日通っていいのか?お坊っちゃま」
「……問題ない」
彼女との出会いはお忍びで訪れた街外れの寂れた飲み屋。
そこで彼女、セレナは舞台ともよべない店の隅っこにある一段上がっただけのステージで歌っていた。
騒がしい店内では誰も彼女の歌声に耳を傾けたりしない。だけど彼女はいつもひっそりと店の一部のように歌い続ける。
初めて店を訪れたとき、騒がしい店内で唯一彼女の声だけが不思議と僕の耳に届いたのだ。
まずその澄んだ歌声に耳を奪われ、そして誘われるように視線を彼女に向けて目を奪われた。
たぶん、これが一目惚れっていうやつなんだろうな。
それから僕は三日と開けずにその街外れの飲み屋へと足を運んだ。
店の端でフードを目深にかぶり、彼女に声をかけることも出来ず、ただセレナの歌声に耳を澄まし、その姿を食い入るように見つめた。
そんな日々がどれくらい続いただろうか。
ある日、いつものようにセレナのステージを聴き終わり店を後にしようとした時だった。舞台終わりのセレナが突然僕の前の空席に腰掛け、話しかけてきたのだ。
ドッドッドッ
心臓があり得ない早さで拍動し、痛いほど締め付ける。
彼女が、目の前にいる。
彼女が、僕を見つめている。
彼女が、僕に語りかけている。
肘をついて気だるげに、いたずらっ子のように微笑んでセレナはテーブルに乗っているツマミのナッツを細くて長い指先でつまんで、唇へと運んだ。
その姿を食い入るように見つめる僕はきっと大層間抜けな面をしていただろう。
「僕はお坊っちゃまでは、ない」
何とか我にかえって、彼女の少し馬鹿にしたような態度に訂正をする。
彼女はたぶん僕より少し年上で、世慣れた彼女に世間知らずのお坊っちゃまだと思われていることが恥ずかしくて居たたまれなくて、ただの男として見て欲しくてムキになる。
そんな僕を見て彼女は目を丸くすると、ふわりと表情を和らげプッと吹き出した。
その顔は楽しげで、やっぱり僕を少し馬鹿にしていたけれど、不思議とプライドは傷つかなかった。
彼女の笑うと少し幼くなる表情が、好きだと思った。
僕が十四歳。
セレナが十七歳。
これが僕たちの始まりだった。