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草刈り

作者: KAME

 壊れかけた手押し草刈り機のスイッチをONにして、エンジン紐を引っ張る。キュルル、キュルルと何度も引っ張る。エンジンが回るかどうかがまず問題だ。

 何度も引っ張っていると、ボボッ、ボボッとくぐもった呼吸音。機械のシンゾウが動き出し唸りを上げる。心肺蘇生完了。お前まだ生きてたんだな。

 四月にしては暑い日だ。今がこうだと夏はどうなるのだろう。きっと僕は溶けてしまうに違いない。少なくとも今年こそこいつはご臨終するだろう。熱で。

 僕は草刈り機の後ろに回り、バッファローの角みたいなハンドルを持ってアクセルを握り込む。年老いた草刈り機はノロノロと進み出す。

 家が稲作をしなくなって、もう十年以上になる。

 元々祖父母がやっていたのだが、二人がやめてからは誰もやらなくなった。

 まあ、それはそうだろう。そうなるだろう。

 今の時代、稲作なんて非効率だ。どこかに卸すわけではなく、家族で一年食べるだけの規模なら、会社勤めして市販を買った方がよほど楽だし美味しい。重労働のくせに割に合わないのが農業なのだ。

 かくして、我が家にはもて余すだけの土地が残った。

 草刈り機はバリバリと植物を噛み千切りながら進んでいく。もう田んぼをやる予定はないが、管理者として草刈りくらいの手入れはしなければならない。面倒なことこの上ない。

 それでもまあ、実のところ、こういう時間は嫌いではなかった。

 機械が進ませ、突き当たれば方向転換し、の繰り返し。難しいことなど一切ない単純作業だ。ぼー、っともの思いに耽りながら過ごす時間と考えれば、存外に悪くはない。

 草の香りが強くする。空は快晴で、風は心地よい。最近は花粉症もだいぶ落ち着いてきたし、これが終わったら軽く散歩するのもいいだろう。

 ガリガリ、と異音がした。

「ああ、クソ。これだから道路沿いは」

 ぼやきながら草刈り機をどけると、ひじゃけた空き缶が見つかる。ため息をついてゴミ袋に入れた。

 草刈りで一番嫌なのがこれだ。缶やペットボトル、お菓子の袋やタバコの箱等といった、心ないゴミが投げ捨てられているのである。

 拾う手間も嫌だが、どちらかというと精神的疲労感の方が大きい。見つけるたびに、小さな悪意を感じて陰鬱になるのだ。

 悪意といっても、それは僕や家族に向けられたものではないだろう。ゴミ箱以外の場所にゴミを捨てる人間は、単純に要らなくて邪魔だから捨てるのだ。それで迷惑を被る人間のことなど考えもせず。

 顔も知らない他人の小さな悪意。道路沿いの土地の草刈りでは、その積み重なりがけっこうな量になることを突き付けられる。何度も何度もゴミに進行を邪魔されれば、考えることも当然暗くなる。

 やはり、人間は性悪説こそ正しいのだろう。

 大した悪意なく、あるいは悪であることすら気付かず、僕たちはどれほどの罪を積み上げているのだろう。こんな田んぼ一つでこれでは、いずれ埋もれて身動きもできなくなるのではないか。


 ガササ、と地を這う音がした。


 エンジン音に追い立てられた小さなネズミが、草の中から跳び出したのだ。そいつは畦道を越え、やはり使われなくなって久しい隣の田んぼに逃げて行った。

 ふと振り返れば、草刈り機によって綺麗な平坦を取り戻した土地が見える。

 刈り取られる植物も、それで住みかを奪われる小動物も、きっと僕を許しはしないだろう。

 人は罪深い。そう思いながらも、アクセルを握り込む。

 やはり人間は、性悪説こそ正しいのだ。

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