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009.ブナンを堪能する1

 ぐつぐつと煮立っている鍋の中では、薄切りにされたドラゴン肉が踊っていた。

 添え物なのかそれとも臭み消しなのか、共に入っている野菜は鍋の周囲にしかない。本当に肉を楽しむ鍋は、直径三十センチほどの大きな土鍋だった。

 こちらにも土鍋があるとはと、そんな所に感心しながら鍋の中の肉を取り、器に出す。白っぽいたれの入った器に肉を入れ、思い切り齧り付いた。


 硬いと思っていた肉はそれ程でもなく、かと言って柔らかいとも言えず。

 何となく、猪の肉を思い出しながら咀嚼して飲み込んだ。


 ドラゴンステーキは、縦二十センチ、横三十センチ、厚みは十五センチあるのではないかと思うような肉の塊だ。外側が焦げているのは当たり前の事のようで、それを削ぎ落して食べるもよし、焦げごと齧り付いて食べるもよしと言う、何ともワイルドな物だ。

 ダグラスはステーキの焦げた所を丁寧に切り取ってくれた上、細かく切ってくれたのでお礼を言って頬張った。


「う、硬いですね」

「そうだね。でも、美味しいでしょ?」

「ですね。お肉食べてるって感じがいいです。肉汁はあんまりないんですね」

「家畜とは違うからかな?」

「ああ、確かに。このソース美味しいですね」

「野菜を使っているらしいよ。それ以外は秘密なんだって」

「まあ、そうですよね」


 頑張って半分食べようとしていたのだけれど、想像以上に大きな鍋と肉の塊に、それぞれを三分の一ほど平らげた所でヤヒマはごめんなさいと謝罪した。


「いいよ、大丈夫大丈夫。これぐらいなら食べられる」


 そう言って、本当に全部食べてくれた事に感謝しながら、せめて勘定は出させて欲しいと頼み込んだ。


「じゃあ、半分こ。ね?」


 自分のわがままで余計な金を使わせてしまったと思いながらも、ダグラスの申し出に頷いた。定食屋を出てから、ダグラスの案内でまだ見た事が無かった第二区画の通りを練り歩く。

 通り沿いの店や露店をひやかしつつ、噴水がある広場で一休みした。


「あ、ダグラスさん、バナカン飲みませんか?」

「ああ、僕が」

「いえいえ、案内賃です」


 広場の片隅に出ていた露店に、大きくバナカンと書かれた店でジュースを買った。

 紙コップが無いからなのか、普通のグラスで出してくれる所なので、飲み終わったらグラスをきちんと返却するらしい。

 二つ買ってダグラスに一つ渡せば、満面の笑みで礼を言われた。


 ダグラスの顔はどちらかと言うと王子様系のキラキラしい感じだから、そんな風に嬉しそうに笑われたら惚れてまうやろー、なんて思いつつヤヒマはバナカンを口にする。


「お、おおう、これは面白い」

「ブナンで作られている果実なんだよ。これが一番実りが良いんだ」

「なるほど」


 バナナとみかんを足して二で割った味でバナカンかな、と苦笑する。そんな訳ないのにと思いながらも、どことなく懐かしい味に満足して飲み干した。

 グラスを返却してから再び歩き出し、またいろんな店を冷かして歩いた。


「ヤヒマは、変わった人だね」

「え、やっぱりですか?」

「やっぱりって、自覚あったんだ」


 くすくす笑いながらそう聞かれれば、ヤヒマも笑いながら頷く。


「何となく、浮いてる感じが拭えなくて。自分なりに馴染もうとはしてるんですけど、やっぱり何処となく馴染み切れてないって言うか」


 それはずっと自分に纏わりついていた違和感だ。

 仕方がないと諦めながらも、努力はし続けている。


「まあ、国が変われば人も変わる。地方によっても様々だからね」

「……そうですね」


 国どころか世界を違えているけど、それは誰にも言うつもりがない。

 この世界に来て十年と言う節目でもあり、そろそろ本格的に何処かに落ち着きたいと思い始めてもいる。根無し草な生活は、誰かと一緒でなければ結構つらいものだと実感していたから。


「ヤヒマ。ブナンを気に入ってくれると嬉しい」

「……気に入っていますよ。たぶん、皆さんが思うよりずっと」


 良い所だと、本当に本気で思っている。

 確かに魔物の脅威はあるけれど、ブナンの兵力はそれを補って余りある。

 それに何より、食べ物が美味しい。やっぱりそれに尽きると思うのだ。


「そろそろ、送って行くよ」

「ありがとうございます」


 夕焼けには少し早いぐらいだけれど、紳士的なその申し出をありがたく思いながら受ける。そうして歩いて行く途中、見張り塔の鐘がけたたましく鳴った。


『魔窟発生、インセクト!』


 伝魔の声が届き、ダグラスを見上げれば彼にも届いていたようで、互いに視線を合わせて苦笑した。


「行かなくちゃ」

「手伝いは必要ですか?」

「んー。魔窟を閉じる手伝いなら欲しいかな」

「ではそれで」


 街人達が避難する中、ダグラスとヤヒマは二人城へと駆けて行く。

 途中、人がいなくなった頃合いを見計らったヤヒマが、術を掛けた。一歩が五十歩程になる術で、速移動が可能になる術だ。


「これは凄いね」

「旅するのに便利だったんですよ」


 そう言いながらあっと言う間に城に付いたけれど、既に親衛隊は出払っており、兵士達がそれぞれに走り回りながら配置に着いたり、街の守備に回っていた。そんな中、ダグラスの甲冑を持って走って来た男の子から、詳しい状況を聞きながら甲冑を身に着けて行くダグラスを、少し離れた所から眺めていた。

 ダグラスの馬が連れて来られ、身支度を整えたダグラスがそれに跨った後、ヤヒマに向かって手を伸ばす。


「ダグラス様、そちらの方は?」

「魔放士のヤヒマだ。魔窟を閉じる作業を依頼している」


 馬首を返し、腹を蹴って駆けさせるダグラスの前に座ったヤヒマは、目の前の赤いモヒカンを見つめながら、コイツを馬とは認めないと心の中で思っていた。

 大門から出るのではなく、城が建っている第五区画から直接外へと向かう為の門がある事を初めて知る。開け放たれていたそこから外に出ると、空に描かれた印を頼りにダグラスは馬を駆けさせた。


 途中、兵士達が戦っている所に遭遇したが、ダグラスは向かってくる魔物を物ともせず切り伏せてそのまま馬を駆けさせ続けた。操駆は見事な腕前で、一度も不安になる事が無く魔窟の傍まで来ることが出来た。


 ギチギチと、甲殻類特有の音が聞こえて気持ち悪いと思いながら、親衛隊の戦いぶりを眺め、こちらへ逃れて来る昆虫型の魔物をダグラスとヤヒマが屠り、そうして静かになった魔窟に近寄った。


「ヤヒマ、来てくれたのか」

「魔窟を閉じる依頼を請けました」

「頼む」


 バルドだろう人が声を掛けて来たが、ベンテールを下げている為顔は見えない。ただ、声でバルドだろうと思ったのでそれに答え、ダグラスと共に魔窟の傍へ行って魔窟を閉じる。神聖魔放術でなければ閉じる事が出来ないその穴は、ヤヒマが放った魔力によってピタリと閉じた。


「あ、エグい子だ」

「エグい子」


 そんな声が聞こえる中、ヤヒマはにっこり笑ってぐるりと周囲を見回した。

 昆虫型の魔物だったせいか、黒甲冑に緑色の粘液が付いていたり、恐らく足であろう物体がぶら下がっていたりしているのを見て、なにも言わずに術を放った。


『滔々と流れ行く聖なる水よ、穢れし者達を清め給え』


 頭上から避けきれない程の大量の水が落ちて来て、まともにそれを浴びた黒甲冑達が呆然とヤヒマを見て来る。


「汚かったので、つい」


 にっこり笑ってそう言われた全員が、何も言えなくなって甲冑の中の水を出して行った。ヤヒマの後ろではダグラスが腹を抱えて笑っており、バルドは苦笑しながらヤヒマを見つめていた。


「戻るぞ!」


 ダグラスの声に全員が馬に跨り、再び森の中を疾駆する。

 逃げた魔物を屠りながら戻れば、既に日が沈んで宵闇が辺りを支配していた。


「ヤヒマ、送って行くよ」

「よろしくお願いします」


 ダグラスの申し出をありがたく受け、そのまま馬に揺られて宿屋に戻った。

 報酬は明日持って来てくれると言うので、お待ちしてますと言って見送る。


 疲れていたヤヒマは部屋に食事を運ぶようお願いしてから上がり、夕食を済ませてから浴槽に身を浸している最中、あまりの気持ちよさに眠りそうになって慌てて出た。

 やけに疲れているのは、ダグラスと散々歩き回ったからだろうかと、湯の中で足を解していたのだけれど、眠気に勝てなかったのだ。

 倒れ込むようにベッドに寝そべったヤヒマは、そのままぐっすりと眠りに付いた。


 翌朝、まだぼうっとしているヤヒマの元にやって来たのは、ルベニの店で働いている二人で、今日が約束の日だった事を思い出したヤヒマは、慌てて身支度を整えてから食堂へ降りた。


「ごめんね、ついでにここで朝食を摂ろうって事になったから早く来すぎちゃった」

「大丈夫。ちょっと、寝坊しちゃっただけだから」


 この間店に行ったときに仲良くなったカレンは、初めて着た女の子らしい服を褒めてくれた。紺色地のワンピースで襟と袖口が白く、スカートの裾に二本の白いラインが入っている物だ。恐らく子供用であろうそれが、丈がぴったりだったので買った。

 膝が少し出るぐらいのスカート丈なので、編み上げの茶色のブーツが合っていると思う。


「ねえねえ、髪いじってもいい?」

「うん」


 カレンと一緒に来たイルマがそう言ってくれたのでお任せすると、可愛く整えてくれて嬉しくなる。


「ありがとう。すごいねイルマ」

「妹の髪をいじるのが好きでね。前に見た時から触りたかったんだ」


 全く手入れしていなかった髪だから気になったのだろうけど、そう言ってくれたイルマに感謝だ。女の子同士の会話が楽しくてお喋りしていると、他の人達が宿屋へ迎えに来てくれた。


「ごめんて、お喋りが楽しくてつい」

「すげえ待ってたんだからな」

「ごめんなさい」


 待ち合わせ場所は宿屋ではなく、第三区画の広場だった。

 待てども来ないヤヒマ達を、もしやと思って迎えに来てくれたそうだ。間にある兵士が立っている門は、さすがルベニの従業員と言えば良いのか、ルベニで働いている事を証明するだけで通れた。


「行こうぜ」

「うん」


 今日、ヤヒマにブナンを案内してくれるのは、エユン、ユハニ、エトの男三人と、カレン、イルマの女二人だ。男女同数になるように配慮してくれたのかなと思いながら、ヤヒマはブナンを堪能する事にした。




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