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008.ブナン名物料理

「夕食を一緒にと思ったんだが」

「もう済ませました」

「……では、何か奢るから共にどうだろうか」


 バルドの申し出に嫌な予感を覚えながら、ニコニコと笑いながらヤヒマを見ている男から距離を取りつつ、仕方なしに頷いた。バルドには借りがあるから、追い返す事が出来ない事が悔しいが仕方がない。

 お世話になったバルドの顔を立てる為に、渋々同じテーブルに着いた。


「ヤヒマ、こちらは、あー、同僚のダグラスだ」

「ダグラス・デイルです。よろしく」

「ヤヒマです。よろしくお願いします」


 食堂の円いテーブルを三人で囲み、夕食をと言ったのは嘘ではなかったようで、二人は普通に食事を頼んでいた。ならばデザートを食べてやろうと、主人に聞きながらデザートを三つほど注文すれば、バルドからクツクツと笑われる。


「女性は、体形を気にしてあまり食べないのだと思っていたのだがな」

「ここに来てから昼食を逃しまくっているので大丈夫です」

「過信し過ぎは良くないな」

「明日から歩き回る予定ですから大丈夫ですよ」

「ああ、確かに体力はもう少しあった方が良い」

「うっさいですよ。デカすぎなんですよ、あそこ」

「普通だろう。大体あれぐらいで息切れを起こすようでは」

「ちょっと待ってちょっと待って。色々配慮してぼかして会話をしているのは解ってるんだけど、そのせいで凄い会話になってる事に気付いて欲しいなあ」


 バルドとの言い合いの最中に遮ったダグラスは、困った顔をしながら二人を見ていた。ようやく自分達の会話が際どかった事に気付いたバルドとヤヒマは、小声でお前のせいだと押し付け合った。


「バルド、仲良くなったみたいだね」

「……まあ」

「僕とも仲良くなって欲しいんだよね。どうかな?」

「あー、間に合ってます」


 ヤヒマの答えにダグラスが一瞬呆けてから笑い出した。

 

「これは手厳しい。どうだろう、ブナンを案内するよ?」

「いえ、ルベニさんの店の人達が色々連れて行ってくれると約束してくれたので大丈夫です」

「そっか。じゃあ徐々に仲良くなってくれる?」

「まあ……、それなら」

「うん、今日は顔合わせだしね」


 そして、運ばれてきた食事を二人が食べているのを見ながら、ヤヒマも運ばれて来たデザートを頬張った。ミルクレープのようなそれは、あまり甘すぎない所が気に入った。黒い果実が添えられていて、その甘酸っぱさも丁度良く、ヤヒマは満足する。

 やっぱりブナンは食べ物が美味しい所だと思う。

 永住するのなら食べ物が美味しい所と思っていたし、ちゃんと考えてみようかなと思いながら、二つ目のデザートを口に入れた。


 ぷるんとしたゼリーに感動しながら、添えられていたクリームと一緒に頬張る。

 青い色のゼリーが何だかスライムっぽいけれど、美味しければ何でも良いと思いながら食べた。三つ目のデザートは、何層ものパイ生地にクリームが練り込んであって、上から粉砂糖が掛けられていた。

 これまた美味しい事に驚きつつ、パイ生地ではなく何か柔らかい生地だった事に目を丸くしながら食べた。


 バルドとダグラスは既に食事を終えており、食後のお茶を飲みながらそんなヤヒマを眺めていた。


「あー、美味しかったです。ごちそうさまでした」

「本当に美味しそうに食べていたね」

「すっごく美味しかったですよ。今度食べてみたらどうですか?」

「そうだね、また付き合ってくれるなら食べようかな」

「えー、時間が合えば」

「そうだね。今度はもう少し早く誘いに来ることにするよ」

「それはお気遣いありがとうございます」


 そして、本当にデザートを奢ってくれただけで帰って行く二人を見送り、ヤヒマは首を捻りつつ部屋に戻った。

 

 翌日、朝食を摂ってからルベニに薬を渡す為に宿屋を出て歩き出した所、後ろから「ヤヒマ!」と声を掛けられ振り向いた。


「あー、ダグラスさん。おはようございます」

「おはよう。何処かへ行く所?」

「はい。そちらは?」


 昨夜バルドに紹介されたばかりのダグラスと、二人の男達がいた。

 見覚えが無いが、「エグイ子だ」「容赦ない子だ」と言っていた事から、一昨日のドラゴン戦の時にいたのが解る。


「この二人も同僚で、紹介はいいよね?」

「え!?は、はい、俺達は空気です」

「はい、空気ですからお気にされませんよう」


 ダグラスの言葉に二人がそう答え、ちらりとダグラスを見上げればにっこり笑って返された。まあ、いいかと思いながら「それじゃ失礼します」と言って歩き出したヤヒマの隣に、ダグラスが並ぶ。


「何か御用があるのでは?」

「君を送ってからでも大丈夫だからそうしようと思って」

「いえいえ、辺境伯親衛隊の方々に送って頂くなど申し訳なく、辞退させて頂きます」

「第三区画へ行くんじゃないの?」

「……その通りです」

「あ、もしかしてルベニの店かな?」

「ええ、まあ」

「じゃあ同じ所だね。一緒に行こう」


 笑顔でそう促され強く否やと唱えられず、どうしようかと残りの二人へと視線を向ければ、すっと逸らされてしまった。くそ、役立たずがと思いながら、ダグラスと並んで歩く。


「昨日の格好も可愛かったけど、今日の服も可愛いね」

「それはどうもありがとうございます」

「ふふ、そんな用心しなくても。本心から言ってるんだよ?」

「そうですか」


 どうやら自分は、変な男を引き付けてしまうようだと、少しげんなりしながら歩いて第四区画から出る為の手続きを済ませた。

 二日もバルドと共にいたせいか、既に顔を覚えられていて「行ってらっしゃい」とまで言われる事に苦笑する。まあ、歓迎されないよりはいいかと思いながら、行って来ますと手を振った。


「ヤヒマ、そう言えばブナン名物を食べた事はある?」

「名物?」

「そう。ここでの名物は何と言ってもドラゴン料理だね」

「……それは、美味しいのですか?」

「食べてみたい?」

「そうですね、興味が沸きました」

「じゃあルベニの店で用事を済ませたら食べに行かない?」

「うーん、そうですね、行きましょう」

「よし、行こう」


 悪い人ではないとは思う。ただ、何か隠し事をしているのだけは何となく感じていた。

 

「こんにちは」

「あら、ヤヒマじゃないか」

「おかみさん、こんにちは。先日は美味しい食事をありがとうございました」

「いいんだよそんな事。また食べにおいで」

「はい、ありがとうございます」

「とっ、」


 ダグラスを見たおかみさんが慌てたような声を上げたけど、一歩進み出たダグラスが何かを言ったのか、直ぐにルベニが呼ばれた。

 ちらりとヤヒマへと視線を流したおかみさんに、困った顔をしながら笑みを返す。

 やっぱり、ダグラスさんてたぶん、辺境伯の息子とかそう言う感じなんだろうなと、ヤヒマは思いながらルベニと会話をしているダグラスを眺めていた。


 ダグラスとの話が終わってからヤヒマへと向き直ったルベニは、少し硬い顔をしていたが、頼まれていた薬を持って来たと伝えると笑顔を見せた。


「無理を言ったようで悪かったな」

「いえいえ、大丈夫です。これが本業ですからね」

「そうか。うん、確かに。これが報酬だ、確認してくれ」

「はい、失礼します」


 薬の注文を貰った時に、多めの報酬金額を提示されていたけれどそれはたぶん、このブナンでの正式な売買金額だろう。店員の話を聞いたからこそ、ヤヒマはちゃんと理解していた。


「はい、確かに。また何かありましたらご利用ください」

「ああ、助かったよ。ありがとな」

「こちらこそです」


 そして、ダグラスと共に来ていた二人がバルドと同じようにマントを受け取った後、ルベニの店を後にする。


「あー、と。俺達は先に戻るな?」

「そうだね。ヤヒマ、二人きりでもいいよね?」

「そうですね」


 そして空気の二人と別れ、まだ昼食には早いからとダグラスに連れられて行った先は、要塞都市内にある放牧地であった。第一区画と同じ最下層ではあるけれど、二重防壁になっている所を利用したそれに、ヤヒマは感心しながら家畜を眺める。


「農場もあるんだけど知ってる?」

「いえ、知りませんでした」

「あの防壁の向こうに農場があるんだ。要塞都市の食料を賄う事が出来るから、割と大規模なんだよ」

「と言う事は、この要塞都市は籠城戦が可能ですね」

「うん、そう。そのお陰で皇都からあまり良い印象を持ってもらえないんだけどね」

「でも、魔物が出た時の非常手段の一つでしょう?」

「そう、その通りだよヤヒマ。全く、ヤヒマに理解できることがどうして皇都では理解されないのかねえ」

「……大変そうですね」

「まあね。そう言えば、ヤヒマはここに来た最初の日、ダークウルフと戦ったんだってね」

「はい、他の冒険者と一緒にですけど」

「神聖魔放術が使えると聞いたよ」

「少しだけですよ。聖導士には及びません」


 そう答えたヤヒマに、ダグラスがクスクスと笑う。

 

「あの時、皇都から無茶を通されていてね。魔物討伐の時皇都から来ていた者達が邪魔をしていたんだ」

「ああ、もしかして銀色甲冑軍団ですか?」


 ヤヒマの言葉にダグラスが笑い出す。

 そうして「そう、それだよ」と言うので、ヤヒマがあの時見たままの事を語った。


「共闘する時は互いの力が匹敵していなくてはいけないですよね?」

「勿論だよ」

「あの銀色甲冑軍団は、黒甲冑軍団の戦闘に割り込み、そのくせ碌な戦いも出来ず邪魔にしかならず、結局魔物の餌になるだけの集団にしか見えませんでした。あのせいで黒甲冑軍団の怪我人が多かったのでは?」

「その通りだよヤヒマ。随分辛辣だけれど事実だね」

「ええ、事実ですよ。あの人達がいなければ、ダークウルフが門を超えて来る事は無かったと思いますよ」


 そう思えるぐらいには、黒甲冑軍団、辺境伯親衛隊の動きは見事だったのだ。

 戦闘時の練度の高さは、どれ程の魔物の相手をして来たか良く理解できたぐらいだ。


「逆に言えば、あの銀色甲冑軍団がいながら良く戦死者を出さずに済みましたよ。本当にお強い方達ばかりですね」

「そうか。ありがとう、そう言ってくれると本当に嬉しいよ」


 そして、ダグラスお勧めのドラゴン料理を食べさせてくれると言う定食屋は、第二区画と第三区画の丁度間ぐらいにあった。特殊な立地なのに、人気のお店であるようでヤヒマとダグラスは少し並んでいる列の最後尾に付き、ダグラスからブナンの色んな話を聞きながら時間を潰した。


「鍋とステーキ、どっちにする?」

「え、どっちも食べたいので、半分こしませんか?」

「いいの?」

「ダグラスさんが良ければ」

「僕は構わないよ」

「じゃあ、それで」


 そうして、ドラゴン鍋とドラゴンステーキが並べられた時、ヤヒマの頭を過ったのはカメラがあればと言うただそれだけだった。





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