007.男二人が取り合った女
門兵に呼び止められ、ギルド長の呼び出し状を渡されたヤヒマは、首を傾げながらバルドを見上げた。
「たぶん、昨日の件だろう。俺も行こう」
「ありがとうございます」
「……遠慮って物が無くなったな?」
「使えるものはとことん使えと言う死んだお婆ちゃんの教えを守ってます」
「そうか」
そして、指定されたギルドへ向かうと、むさ苦しい冒険者達が出入りするそのギルドを見た瞬間、ヤヒマは眉間に皺を寄せる。何故上半身裸なのか、そして何故髭を剃らないのかと思いつつ、まるで山賊のような冒険者達を遠巻きにしながらギルドに向かう。
バルドが一緒にいるお蔭で、変に声を掛けられずに済んでいる事に感謝しながら、呼び出し状をカウンターで見せると奥へと案内された。
案内された部屋には男が大きな机で仕事をしており、その仕事の手伝いなのか、他にも机が並べられていて男が三人仕事をしていた。
「ギルド長、呼び出し状を持ったヤヒマさん案内しましたよ」
「おう、来たか」
机から顔を上げたギルド長は、その凶悪な顔を歪めてにかっと笑って見せ、ヤヒマとバルドにソファを勧めてくれた。
「呼び出しなんてして悪かったな。とりあえず何か飲むか?」
「いえ、お気になさらず」
「そうか」
見た目はマフィアのボスそのものの男は、歳の頃なら六十代半ばと言った所か。白髪交じりの灰色の髪は短めに整えられていて、鍛えているのだろう身体は年齢の割にとても硬そうだった。
「昨日、冒険者の一人で魔放士のシストって奴から訴えがあった」
その名前にヤヒマとバルドが顔を歪める。
「まあ、事情を聴きたくて来てもらったんだ。あまり畏まらないで欲しい」
「そうですか。彼は何と?」
「魔放士ヤヒマと恋仲であったが、ブナンに来てから親衛隊副隊長に心変わりをし、それをなじった所、殴られたと」
ギルド長に聞いたそれに、ヤヒマは長い溜息を吐きだした。
「まず、私とシストが恋仲だったと言う証拠を提示するよう言って下さい。その証拠があるのならば、もう一度呼び出しをお願いします」
「ん、そうか。親衛隊副隊長は、何か言っておくか?」
「殴った事は認めます」
「そうか。まあ、あのバルドが殴ったんだ、よっぽどだったんだろ?」
「恐縮です」
「ちいと、こっちでも気を付けておくが、そっちも気を付けろよ?こういう冒険者は割と多くてな」
「多いんですか」
「まあな。事実を捻じ曲げて自分を正当化しようとする奴ってのは、本当に多いんだ」
「……気を付けます」
「ああ。所でバルド、城に戻るか?」
「はい、戻ります」
「悪い、これを辺境伯に渡してくれねえか?」
「解りました。お預かりします」
気安いやり取りに、ギルド長とバルドは知り合いで、辺境伯とも知り合いなのだろうとヤヒマは理解した。
「さて、今度は別の話だ。薬師ヤヒマ、ギルドに登録する気はねえか?」
「無いですね」
「そうか。じゃあ個人的に依頼を出すのは可能か?」
「個人的にならば、ですけど。滞在予定は十日ですし、それ以上はまだ考えていませんから、ギルド長の依頼を請けるのは難しいですね」
「そうか。残念だ」
「申し訳ありません」
「いや、いいんだ。ブナンを気に入ってくれると嬉しいんだが」
ギルド長の言葉に曖昧に笑って終わりにしたヤヒマは、バルドと共にギルド長の部屋を後にした。むさ苦しいギルドから早く出るべく、バルドにくっ付くようにしながら歩いていたヤヒマは、不意に腕を掴まれ慌ててバルドの腕を掴んだ。
何事かと足を止めた二人の視界に、シストの顔が目に入る。
左頬に大きなガーゼを付け、相変わらず目をギラ付かせてヤヒマを見て来るその顔に、うんざりして溜息を吐き出した。
「ヤヒマ、随分じゃないか」
ざわついていたギルド内に、三人の微妙な雰囲気が伝わったのか、徐々に静まり返って行く。そんな中、得意気にシストがヤヒマを罵った。
「次から次へと男を変える女だったとはね、全く僕も騙されたもんだ」
ヤヒマを庇うように動こうとしたバルドを抑え、ヤヒマは深く被ったフードの中からシストの言葉を黙って聞き続けていた。その内、ギルドの職員がギルド長を呼んで来て、どう言う事だと問い掛けて来る。
「ギルド長、この女ですよ。殴ったのはこっちの男です」
「この二人は俺の呼び出しに応じて来ていた。先程話を聞いた所だ」
「ならどうしてこの二人を捕まえないんですか?僕は被害者ですよ」
「お前の話を完全に信じる為に、お前とヤヒマが恋仲だったと言う証拠を見せてもらおう」
「そ、んなの、簡単です。この女の尻にほくろがあります」
「尻、ねえ。どうする?」
「いつからヤヒマと恋仲だったか教えてもらえるか?」
バルドの言葉にシストが睨み上げ、「ずっとですよ!」と怒鳴った。
「ずっととは?正確にいつからと教えてもらえないか?」
「何故そんな事をお前に言わなきゃいけないんだ!」
「確認の為だ。ずっと、恋仲だったと言うのならば共に旅をして来たのだろう?」
「そうだ、彼女とはずっと一緒に旅をして来た!」
「何処を?」
「ど、何処って、何処だっていいじゃないか!」
「重要だろう?記録を見れば彼女と君が一緒に旅をしていたかどうか直ぐ解るのだからな」
「き、記録なんて」
「ギルド長、彼らがここに来る前に立ち寄った所は?」
バルドの問い掛けにギルド長がカウンターへと頷いて見せ、カウンターの職員が魔導具を操作して答える。
「リークの街です」
「ほう。その時には既にヤヒマと恋仲だったのかな?」
「リ、リークからの旅で会ってそれから恋仲になったんだ」
「では最近の話だろう?リークからブナンまでは徒歩か?」
「そうだ」
「なら移動に十日と言った所か。何処で出会った?」
「か、街道を歩いていて出会ったんだ。そうだろう、ヤヒマ?」
「リークからブナンへの街道ね。ヤヒマは一人で歩いていたのか?」
「そうだって言ってるだろうっ!」
シストの声に皆がバルドへと視線を向けた。
「ヤヒマ、カウンターへ行って身分証明を」
「はい」
バルドの言葉に頷いて、カウンターへ身分証明を渡した。
水晶球に手を置くと、バルドがカウンターの職員に話し掛ける。
「ヤヒマはブナンに来る前、何処にいた?」
「え、ええと、ラトル、です」
「ギルド長、ラトルからブナンまでヤヒマはルベニ商隊の荷車に乗って来た。ルベニに確認してくれれば直ぐに解る」
「そう言う事か。解った、悪かったな」
「いいや。二度と彼女を煩わせないでくれればそれで良い」
バルドの言葉に凶悪な笑みを作ったギルド長は、ヤヒマに向かってニヤリと笑みを見せた。どう見ても何かを企んでいるような笑みではあったが、そこは流して軽く頭を下げる。
「そうか、バルドがなあ」
「……失礼します」
「ああ。こっちは任せてくれ」
ギルド長が請け負ってくれた事に安心して外へと出た。
怖いもの知らずな冒険者達は、バルドに次々に声を掛けたり腕を叩いたりしていたが、軽く頷いて答えつつ、その場を足早に後にしたのであった。
「あー、気が重い」
「そうだろうな。勝手に事を進めてしまって悪かった」
「いえ、バルドさんのお蔭で助かりました。尻を見せろって言われたらどうしようかと思いましたし」
「ああ……、まあ、ああいった変な冒険者ばかりではない、と、思うのだが」
「あれが過半数を占めるなら逃げます」
「だろうな。まあ、惚れられた武勇伝だと……、すまん」
「いいえどう致しまして」
今でも、何がそんなに気に入られたのかさっぱり判らないのだ。
身だしなみに気を付けて女性らしく振舞っていたのならともかく、フードを目深に被って顔を隠し、ヨレヨレのシャツにズボン、皮のチュニックを身に着けていたヤヒマは、女らしさから一番遠かっただろう。
よっぽどヒメナの方が女性として魅力的だったと思うのだが。
「そう言えば、ヒメナはどうしたんですかね?」
「ヒメナ?」
「あー、ええとほら、聖導師の女性ですよ」
ヤヒマの言葉にバルドは「ああ」と一言答え、さてどう答えようかと思い悩む。
「彼女達も何処かのギルドに顔を出してはいると思うが。探してみるか?」
「いやいや、わざわざ探すような事はちょっとあれですけど、まあ、元気にハントしてるんだろうなと思っただけです」
「そうだな、聖騎士が三人も付いているんだ。ドラゴンフォレストでも大丈夫だろう」
「そうですか」
ヤヒマが言ったハントは、狩りは狩りでも狙う相手が違っているが、バルドに説明した所で理解しないだろう。まあ、元気であるならそれで良いと話を切り上げ、今日の夕食は何だろうなと思いながら通りを歩いた。
ブナンに来てから、一日二食しか食べる事が出来ていない。
明日はちゃんと三食食べたいものだと思いながら、結局バルドをずっと付き合わせてしまった事を詫び、お礼を言った。
「いや。充実した休日だった」
「……ふっ。私に感謝しなさい」
嫌味かこの野郎とヤヒマが言い返せば、バルドは笑いながら「感謝する」と答える。
何だか毒気も抜けてしまい、城に戻って行くバルドを見送った。
宿屋に戻ったヤヒマは、待ち受けていたらしい主人に昨日の騒ぎから今日の騒動まで根掘り葉掘り聞かれ、何故かすっかり男二人が取り合った女だと言う話が広まっているようでげんなりした。
まあ、あれだけの人の前で騒いだのだから仕方のない事かもしれないと、ヤヒマはその噂が早く無くなる事を祈りつつ、ベッドに潜り込んだのであった。
翌日は宿の部屋に閉じこもり、ルベニに依頼された薬の調合をする。
調合する為の機材は全て母のお下がりで、使い慣れたその道具を腕輪から取り出して次々に調合して行く。魔力を伴う薬、所謂魔薬と呼ばれる物とは違う種類の為、一つ一つ丁寧に作って行った。
ヤヒマの薬は全て錠剤で、雲糸と言う特殊な糸で粉状の薬草を纏めて錠剤にする。
これはヤヒマに薬の作り方を教えてくれた母のやり方で、それを忠実に守っているのだった。
「よし、出来た」
依頼の物を全て作り終えた時には、部屋の中が夕焼け色に染まっていて、今日も昼食を摂り損ねた事にガッカリしながらも、ヤヒマは道具を片付けてから食堂で夕食を摂ったのであった。
「ヤヒマ様、お客様です」
「え?」
部屋に戻ろうとしていたヤヒマに主人が声を掛けて来る。示された方へ視線を向ければそこに、バルドと見たことの無い若い男が立っていた。