006.薬師としては良い所
宿屋に戻り、面倒だからと言ってバルドも部屋を取った後、二人で食堂で夕食を摂る。
「あ、奢ると言ったのにこれじゃ駄目じゃないですか」
「いいさ。後でたっぷり美味い物を食わせてもらうからな」
「ええ……、怖いな」
「美味いと言えば、ルベニのおかみさんの料理は美味かったな」
「ですね、絶品でした」
「料理上手なかみさんか。羨ましいな」
「恋人に作ってもらったらどうです?」
「美味いとは限らないだろう?」
「確かに。バルドさんて割と庶民的な感じですよね?」
「庶民だからな」
「……副隊長さんなんですよね?」
「実力だ」
「うわ、なんかムカつく」
そんなやり取りをしながら食事を摂った後、それぞれの部屋に向かった。
何故か隣同士なのは、主人が変な気を回したからだろうか。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
それぞれの部屋に入り、ヤヒマは今日買って来た物を腕輪から取り出して行く。
魔空間に接続されている為、中は時間の概念が無い。お蔭で新鮮なまま取って置く事の出来るこの腕輪は、とても重宝していた。
まあ、迷惑料として分捕って来た代物なのだけれども。
それでも、お金があれば冒険者でも持っているこの腕輪は、特別に珍しい物でもないので、気にせず出し入れできるのはありがたい。
真新しい下着は身に着ける前に水を通す為、浴室に持って行く。
買い込んだ服は、ルベニのお店の皆と遊びに行く為の服で、一応女性に見える服を買ってみた。と言っても中古で売られていたので、値段は安かった。
これも一度洗っておこうと、浴室に持って行く事にして、それから買って来た石鹸を使い、洗髪剤として売られていた香り付きの物を使ってみた。
久し振りな感じに、何だか楽しくなる。
髪の手入れも肌の手入れも全然してこなかったけれど、ここに来てやっと自分が女だったと思い出したのだ。何となくずっと、男に見えるよう気を付けて来たけれど、結局あまり意味が無かった気がする。
ふう、と息を吐き出しながら浴槽に身体を浸し、心地良さに目を閉じる。
ブナンに来てから色々あり過ぎて、濃い一日を送り続けているけれど、まあそれも、その内良い思い出の一つになる事だろう。
翌朝、早い時間に目が覚めたヤヒマは、旅支度用の服を身に着けた。
シャツにズボン、ブーツに柔らかい革のチュニックだ。
防具代わりでもあり、お尻をすっぽり隠すぐらいに長いチュニックは、腰の所にベルトを撒いて剣をぶら下げる事が出来る。まあ、剣など握った事が無いし、魔物を捌く為の短剣は腕輪の中に入れている。
常に手ぶらで歩くヤヒマは、なるべく軽量で動きやすいのをモットーとしていた。
「はよう」
「おはようございます」
ドアを開けた途端、バルドと目が合って困惑しつつ挨拶を交わした。
丁度下へ降りる所だった格好のバルドに、ここで待ち構えていたのかなんて疑念は持ちようも無かった。共に下に降り、同じテーブルで朝食を頂きながら、今日採取する薬草を告げると、生えている場所を知っていると頼もしい答えが返って来た。
「良かった。バルドさんが知らなかったら、ギルドで聞かなきゃなと思ってたんです」
「ドラゴンフォレストの事なら何でも聞いてくれ」
「すごい自信ですね」
「それだけ森に入っていると言う事だよ」
そう言って笑ったバルドと、朝食を済ませたヤヒマはまだ早いけど今の内に行くかと言う事になり、バルドと共に歩いて森へと入った。
森の中はどんどん薄暗くなっていき、鬱蒼とした空気が周囲を包み込んで何となく気分が沈んで来る。
「なんか、雰囲気悪い所ですね」
「魔窟が頻出する森が明るい訳がない」
「ああ、そうか。一理ありますね」
そんなやり取りをしながら歩いている時、ごごごと地面が揺れながら音を立てた事に顔を見合わせ、同時に音がした方へ走り出した。
「魔窟発生、印を上げろ!」
「はい」
ドラゴンフォレストに入る前に、バルドに教えられた事だ。
魔窟を発見した際、即座に空に印を描くのだ。それを目印としてブナンから討伐隊がやって来るらしい。
「ヤヒマ、下がっていろ」
「戦います」
魔窟が開き切る前から魔物が湧き始めていた。
『滅せよ、白き炎よ!』
ごおっと音を立てて魔物に襲い掛かった炎が、最初に湧き出て来た魔物たちを無と化した。しかし、魔窟が開いて行くにつれドンドン数を増やして行く魔物は、容赦なくバルドとヤヒマに襲い掛かって来る。
バルドは既に剣を抜いて戦っており、持っている剣の魔力を解放していた。
魔剣から炎が出て魔物を焼き尽くして行く。
ならば自分も火炎系の魔放を使おうと、ヤヒマは術を放ち続けた。
『焼き尽くせ、炎の海!』
『息吹を燃やせ、火炎輪!』
戦い続けている内に、黒甲冑軍団がやって来たのが解り、ヤヒマは安堵の息を吐き出した。まだ開き続けている魔窟からは、続々と魔物が湧き出ている。たった二人で戦い続けるような事にならずに済んでほっとしたのだ。
「ヤヒマ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。まだいけます」
「ならいいが。もしかするとドラゴンが湧くかもしれない」
大きく大きく開いて行く魔窟を見ながら、バルドがそう言った。
こういった場合、嫌な予感は当たる物で。
「本当に出ちゃったじゃないですか!変な予言するからっ!」
「経験則だ」
「もう、禍事を口にすると本当の事になるって死んだお婆ちゃんに言われたでしょうっ!」
「すまない、今後は言わないようにしよう」
ドラゴンを目の前にしてそんなやり取りを済ませたバルドとヤヒマは、湧き出て来た魔物を倒しながらも、ドラゴンが出て来るのをただ見ている事しか出来なかった。
出て来る前に叩き潰せ!と言ったヤヒマに、無駄だとバルドが告げたのだ。
どうやらドラゴンは、魔窟から完全にその姿を現すまでは、こちら側に本体が無いのだという。霞のような物が見えているだけで、いくら攻撃しても無駄なのだと。
やって見なきゃ理解できない!と叫んだヤヒマの術が、ドラゴンの身体を通り過ぎたのを見てからは、ただ黙々と魔物を倒しながらドラゴンがその姿を現すまで待ち続けた。
「出たぞ!」
その言葉に振り返り、勢いのまま一発お見舞いすべくヤヒマは術を放つ。
『猛き風よ、かの物の鱗を剥がせっ!』
放たれた魔力の大きさに皆が一様に驚いたが、その術のエグさに一歩引く。
ヤヒマの言葉通り、ドラゴンを包み込んだ風の術は、鱗を剥がすように撫で上げて行ったのだ。お蔭で、辺りにドラゴンの血と咆哮が飛び散った。
「エグいな」
「容赦ないですね」
そんな感想を聞きながら、ヤヒマは次の術を放った。
『母なる大海、その傷口を流し給え!』
突然水球に包み込まれたドラゴンは、水球の中で凄い勢いで暴れ始めた。
「あれは、何を?」
「傷口には塩と言う決まりがあるじゃないですか」
そう答えたヤヒマに、共に戦っていた黒甲冑達が二歩引いた。
何て容赦のないとか、エグ過ぎると言われたけれど、ヤヒマは止めるつもりはない。
「じゃあ、止め宜しく!」
にっこり笑いながらそう言ったヤヒマは、あっと言う間に木の上に身を隠して気配を消し、ドラゴンを覆っていた水球も消した。
呆気にとられたのは一瞬、バルドの声に皆が一斉に武器を構え、ドラゴンと対峙する。
ふしゅー、ふしゅーと鼻息荒いドラゴンは、あまりの怒りに我を忘れているようだった。
目の前にいる人間全てを滅ぼそうと、狙いを定めてブレスを吐く為に口を開けた途端、全く別の場所から飛んできた凄い数の水球が次々に口の中へと押し込まれ、もがいている間に首を落とされたのであった。
勝利したと確信できたのは少し経ってからの事。
あまりに呆気ない幕切れに、互いに呆然としてから顔を見合わせ、やっと勝利したのだと確信した。
「ヤヒマ」
「はい。お疲れ様でした」
「ああ。ヤヒマも」
取り逃がした魔物は、他の隊がきちんと処分しているだろうとバルドが言うので、それならついでだからと、ヤヒマは魔窟を閉じた。
「あの、ありがとうございました」
「いえいえ、微力ながら助力出来た事、嬉しく思います」
後始末を黒甲冑達に押し付けたバルドとヤヒマは、今度こそ薬草を採取する為に皆と別れて歩き出した。
ルベの花びらを採りつつ、近くにあったラオの実も採っておく。
採取しつつ、バッタリ遭ってしまった魔物はバルドが屠りながら、思った以上の収穫にヤヒマは満足していた。
「ドラゴンフォレストって、薬草が多いですね」
「危険な森だから、あまり採取には向いていないからな」
「ああ、そんな利点が。薬師としてはとても良い所ですよ」
「そうか。ならブナンに住んでみたらどうだ?」
「そうですね、それもいいかもしれませんね」
この世界に来てしまってから、色々と面倒事に巻き込まれてきたヤヒマは、一つ所に落ち着いた事など無かった。ここならばと思っても、結局いつも巻き込まれて来たので、旅を続けて来たのだが。
「早めに決断した方が良いと思うぞ」
「そうですか?それは何故?」
「宿屋に払っている金が浮くからな。部屋を借りるならもう少し安く借りられる」
「ああそうか、そう言うのもありましたね」
バルドの言葉に頷きながら、ヤヒマは考え込んでいた。
永住するのならば、部屋を借りるより家を買いたい。小さな庭があって、家庭菜園なんて作ったりして。果樹を植えたり、虫と戦ったり、そんな普通の生活を送りたいのだ。
「部屋を借りる場合の相場をご存知ですか?」
「そうだな、場所にもよるが。第一区画はお勧めしないが一番安い。月契約で五百ジータだな」
「ジータはギッタより安いんですよね?」
「ああ。まあ安いなりの理由があるからそうなってる」
「第二区画は?」
「一番ばらつきがあって八百ジータから五ギッタと言った所か。第三区画で二千ギッタ、第四区画になると五万ギッタからだな」
第四区画ってすごいなと思いながら、バルドと共に歩きつつ街へと戻って来た。