005.護衛は最強
「こんにちは」
「はい、いらっしゃいませ。あら、副隊長さん」
「ああ。注文していたマントが出来たと連絡をもらったのでな」
「わざわざすみませんね。あなたー、副隊長さんのマント持って来てーっ」
「おう」
奥から聞こえた声に、ヤヒマが笑顔になった。
「おう、副隊長さん、いらっしゃ、ヤヒマじゃねえかっ」
「ルベニさん、ご無事そうで何よりです」
「お前もだ。怪我してねえか?」
「大丈夫でした。そちらは皆さん大丈夫でしたか?」
店主であるルベニが出て来た途端、ヤヒマと重ねられていく会話におかみさんが目を丸くして驚いていた。バルドは薄く微笑みながらそれを眺めていて、黙って様子を窺っている。
「こっちは皆無事だった。ヤヒマ、お前戦っていただろう」
「はい、冒険者と共闘する事になって。でも、親衛隊の方々が来てくれたので助かりました」
「ああ、そうだったな。って、ああ、こりゃどうもスミマセン」
「いや、構わない。ヤヒマから事情は聞いている」
「ヤヒマから、え、何で副隊長とヤヒマが?」
「昨日、我々の依頼を請けて貰ってな。その縁で知り合った」
「そうでしたか。ヤヒマの薬は効くでしょう」
「そうだな、良く効いた」
薬など出していないのに、話を合わせてくれたバルドに感謝しつつ、ルベニにおかみさんを紹介してもらい、荷車に乗せてもらった事の礼を言う。
「じゃあ、あなたがうちの亭主に薬を作ってくれた薬師さんなんだね」
「はい。お困りの様でしたので」
「ありがとねえ。お蔭ですごい助かったんだって、昨日亭主が散々言ってたんだよ。その内探して礼をしなきゃって思ってたんだ」
「いえいえ、代わりにここまで乗せてもらいましたから、充分ですよ」
「そんなもん、ついでじゃないか。そうだ、良かったら一緒に昼食でもどうだい?美味しい料理をご馳走するよ」
「えっと、お邪魔ではありませんか?」
「構わないよ。家は店の皆で食べるから一人二人増えた所でおんなじなんだ。どれ、早速作るかね。店番変わっておくれよ」
「おう」
おかみさんが話を纏めると、店の奥へと姿を消した。
「家のかみさん、いいだろう?」
「はい。とても素敵な方ですね」
「そうだろうそうだろう。いくら副隊長だからってやらねえからな?」
「それは残念ですね」
ルベニの軽口に笑い合いつつ、奥へと通された。
商隊にいた人達とヤヒマが挨拶をしながら、互いの無事を喜び合うのをバルドは眺め、その後、ルベニがヤヒマに薬の依頼を出せるかと聞いて来た。
「構いませんけど、私で良いのですか?」
「ヤヒマの薬がいいんだ。今までギルドで売ってる物を買ってたんだが、効果が全然違うし、後味が無いのも良いな」
「後味?」
「薬ってのは、飲んだ後暫く苦さが残るもんだと思ってたんだよ」
「……そうですか。まあ、特にやる事も無いので引き受ける事は出来ますが」
「問題があるか?」
「持っている薬草に限りがあるので」
「ああ、そうか。取りあえず、欲しい薬を書き出してくる」
「はい、お願いします」
そうして、ルベニが書き出してきた薬は持っている薬草では足りないのが解り、さてどうしようかと首を捻る。
「材料が無い場合、ギルドのショップに売ってるかもしれねえから聞いてみると良い」
「なるほど。そうですね、そうしてみます」
「あ、ブナンには女性冒険者専用のギルドがあるから、ヤヒマが行くならそっちにしろよ?」
「そんなギルドがあるんですか」
「まあな。ここは冒険者が多いだろう?そうすると色んな奴が来るから、女性冒険者専用のギルドが出来たんだよ」
ルベニの説明にヤヒマはこくりと頷いて返す。
確かに、色んな冒険者がいるよなあと思いながら、何となくバルドへと視線を向けた。
「……付き合おう」
「よろしくお願いします」
一人でのこのこ第一区画へ行くのはさすがに怖い。
身を守る術は色々とあるけれども、来たばかりで色んな騒ぎに巻き込まれたヤヒマは、バルドがいてくれる事を心強く思っていた。
一方ルベニは、親衛隊副隊長のそんな珍しい姿を見ながら、若いってのは良い事だとうんうん頷きながら、そっと二人の行方を見守る事を決めた。
おかみさんの「昼食だよっ」と言う声に、皆が一斉に仕事の手を止め食堂へと移動する。ルベニの店で働いているのは全部で二十八人。
長いテーブルに皆が付いて、テーブルの上に出されている美味しそうな料理を一斉に食べ始めた。
わいわいとお喋りをしながら食べる昼食はたしかに凄く美味しくて、正直宿屋の食事よりずっと美味しいと思いながら、ヤヒマはおかみさんの厚意に感謝しつつお腹を満たしたのであった。
「ヤヒマ、今度俺のお勧めの所に案内するよ」
「ありがとうございます」
「お前、良いと思った女全員連れてってんじゃねえか」
「うるせえ黙れ」
「エユンのお勧めって、夕日がすごく綺麗なんだけど狙い過ぎなんだよねえ」
「ヤヒマ、駄目よ着いてっちゃ」
「じゃあ皆で一緒に行くのはどうです?」
「それがいいな、そうしようぜ」
「お前ら遠慮しろよっ」
ルベニの店で働いている人達は、皆気さくで良い人達であった。
軽口を叩き合いながら、お店の休みの日に皆でエユンお勧めの所に行く事が決まり、ヤヒマはそれがとても嬉しかった。
「楽しみにしてるね」
「待ってるわ」
そう言って見送ってくれた店の人達と、ルベニとおかみさんにお礼を言ってから店を後にする。その後、バルドと共に教えられた通りに女性冒険者専用のギルドに案内してもらい、バルドを外に待たせたままヤヒマは中へと入った。
男性は徹底して中に入れないようにしている為か、働いている人も皆女性しかいない。ギルドの中は確かに女性のみで、掲示板の前をうろついていたり、テーブルで何か食べているのも女性だけだった。
カウンターで薬草を買いに来た事と、ギルドに所属していない事を伝えると、身分証明の確認をされてから臨時の許可証を渡された。
階段を塞いでいるドアに、この許可証をかざせば良いと教えてもらったので、その通りにしてドアを開け、階段を上がる。
ショップには二十人ぐらいの女性冒険者達がわいわいとしながら品定めをしているようで、なるほど確かに女性専用の店はありがたいなと思いながら、並んでいる商品を眺めた。
武器や防具を扱っている店もあったけれど、店員も女性で徹底しているなと苦笑しつつ、ぽつんと区切られている薬草の店へと足を向ける。
たぶん、独特の匂いがあるから離れているのだろうなと思いながら、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
ドアから二歩ほどの位置にカウンターがあり、その向こうに天井から薬草がぶら下がっていたり、壁際に置かれた棚に、整然と薬瓶が並んでいたりして、何だか自然と笑顔になる。
「あの、色々と買いたい物がありまして」
「薬草名と必要な数をおっしゃって頂ければ大丈夫ですよ」
「ええと、では。綿雪草を二十、コッカの実を五、雲糸を十、エルバの種を三十……」
かなりの種類と数を伝えると、椅子に座って待つよう言われたので大人しく腰を下ろして待っていた。独特の薬草の匂いを嗅ぎながら、ヤヒマは懐かしさに目を閉じる。
この世界に来てからヤヒマを保護してくれた女性は、いつも薬草の匂いがしていた。
母とも呼べる年齢の彼女から、本当にたくさんの事を教えてもらったのだ。
その彼女が亡くなった時は、本当に悲しくてつらかったけれど、教えられた通り、一人でも生きて行く為に歩いて来た。
『大丈夫だよ、カオル。いつか、この世界を好きになってくれたらそれで良い』
彼女の言葉がふいに蘇り、ほろりと涙が零れ落ちた。
いけない、油断し過ぎだろうと思いつつ、マントの袖で涙を拭う。
「あの、ご気分でも悪くなってしまいましたか?」
掛けられた声に顔を上げると、店員が心配そうな顔でヤヒマを見ていた。
「いえ。母の、匂いだと思ったらちょっと」
「……そうでしたか。お母様も薬師だったのですね」
「はい。とても腕の良い薬師でした」
店員はそんなヤヒマを見てみぬ振りをしてくれて、落ち着くまで黙って待っていてくれた。
「すみませんでした」
「いいえ、あまりお客様が来ないので、大丈夫ですよ」
それから、在庫が無かった物を伝えられ、代わりの物があるか確認してもらうと、店員も薬師のようで既に確認済みである事に笑い合う。
「同じ薬師ですね。私はカリーナと言います」
「ヤヒマです。よろしくお願いします」
「私も、よろしくお願いします」
在庫が無い薬草は、下のカウンターで依頼を出せば冒険者が狩りのついでに採取してくれるらしい。でも、ドラゴンフォレストに入るからか、依頼料が他の所より高めなのだと教えてくれた。
「いくら狩りのついでに採取が出来るとはいえ、命の危険には変わりがありませんからね」
「そうですね」
「なので、ブナンでは薬が高価になってしまうんですよ」
「それは仕方のない事でしょうね」
なるほど、そう言う事ならばブナンの薬の値段と同等で売らなければと思う。
わざわざ火種を作る事は無い。
「お世話になりました、ありがとうございました」
「こちらこそ。またよろしくお願いします」
そうして薬草店を後にして、女性用の細々した物を売っているショップに足を向ける。旅をしている間、身なりにあまり気を遣わなかったけれど、もう少し気を付けるべきだったと後悔したばかりだ。
下着類も扱っているその店で、色々と買いこんでから外に出てみれば、すっかり夕焼け空になっていた事に驚く。
待ちくたびれた顔のバルドに、何度も何度も頭を下げて謝り、夕食をご馳走させてもらう事にした。
「楽しかったのなら何よりだ」
「はい。思わず時間を忘れました」
「買いたい物は買えたのか?」
「ええと、足りない薬草があったので採取に行こうと思ってます」
「……採取?」
「はい。ドラゴンフォレストにあるって聞いたので採りに行こうかと」
「一人で?」
バルドの問い掛けに、ヤヒマはぐっと詰まってしまった。
今までのように一人でふらふらと行こうと思っていたが、ここへ来て早々のあの面倒な出来事を思い出したのだ。
「……副隊長さんの休日って、どれぐらいありますか?」
バルドが恐らく自分の監視をしているのだろう事は何となく気付いている。
どうせついてくるのなら、ブナン親衛隊副隊長の護衛が手に入るという事だと算段を付けたヤヒマの言葉に、溜息を吐きだしたバルドは「明日も休日だ」と答え、結局一緒に採取に向かう事になったのだった。