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004.何か、恥ずかしい

 宿屋の作りと言うのは何処でも同じなのか、一階に食堂があって二階が部屋となっている。食事を貰う為には食堂に行く必要があるけれど、先に言っておけば部屋まで運んでくれるらしい。

 この第四区画の宿屋であれば、変な冒険者が来ないと踏んで食堂で夕食を摂る事にしたのだが、確かに変な冒険者は来なかった。が、富裕層が住んでいる区画だけあって、客の格好が煌びやかで困った。

 お洒落で豪華な装いの女性を伴った男性が、女性を見つめながら食事を共にする所のようで、ヤヒマは自分の格好を見下ろして『無いな』と思う。

 パジャマ代わりの大きめのシャツとゆったりしているズボンを履いていた。

 後は寝るだけだからと思ったのが失敗だったとは思うが、後の祭りである。


 それでも、食べ始めれば着ている服など気にならずに食事を進める事が出来た。バルドが言うように、確かに美味しい食事に満足しながら、ヤヒマは食事を堪能する。

 そして、食後のお茶を頂いてから部屋へと戻り、ベッドに転がる。


 今日は色んな事があり過ぎて疲れたと思いながら目を閉じると、あっと言う間に眠りに付いた。存外に寝心地の良いベッドで、随分久しぶりにぐっすりと眠る事が出来た。


 一方、ヤヒマを宿に送ったバルドが帰城し、副官へと報告に赴くと、どうやら待ち構えていたようで直ぐに報告をと促して来た。

 どうやらヤヒマは既に逃げられないようだと、バルドは喉の奥で笑った。


「ではいつもの宿屋に?」

「はい。それと、冒険者のシストと言う男がヤヒマに付き纏っています」

「……冒険者ですか。ならばどうとでも出来ますね」

「後、聖導師を名乗る女が何かするかもしれません」

「聖導師?それを名乗る事が許されている者に女性がいるとは知りませんでしたね」


 副官がそう言いながら今日の入門記録を見て行くが、そこに聖導師がブナンに入った記録は無かった。


「……記録はありませんね?」

「聖騎士三人と共にいた女性です。どうも、頭の病気を患っているようで」

「そうですか。病気ならば仕方がありませんね。ああ、もしかしてこの方でしょうか、名前はヒメナ?」

「…………名を聞くのを忘れました」

「おや、珍しいですね。よっぽどだったのですか?」

「ええ……、まあ……」


 歯切れの悪い返答に副官がクツリと笑って、ヒメナの入門記録を読み上げた。


「エルギーダ皇国デリア地方出身。確かに教会に務めた記録はありますが、素養が無かったのでしょうね。神聖魔放術は素養が無い者には使えませんからね」

「一緒にいた三人は本当に聖騎士だったのですか?」

「三人、これかな?」

「確か、ラクロ、エダ、ノーマだったかと」

「そうですね、その三人は間違いなく聖騎士でした」


 含みを持たせた副官の言葉に、バルドは眉間に皺を寄せながら副官の言葉を待った。


「全員『元』が付いてます。新たな職には付いていないようですね」

「元、か」

「想像でしかありませんが、聖騎士の三人はヒメナと言う女性に騙されたのではないかと思いますよ。それで、聖騎士の職を奪われたのではないかと」

「……ヒメナは何の職業に付いているんです?」

総嫁(そうか)、ですね」

「それは、また」


 総嫁というのはこの国の古い言い回しで、身体を売って金を稼ぐ女性の事を指す。だが、身分証明にそれを書かれる事はないはずで、ヒメナというあの女性、よっぽどの事を仕出かしたのではないかと思った。


「恐らく、これは彼女への罰ではないかな。彼ら三人が元聖騎士と名乗らざるを得ないのと同じように、彼女の身分証に必ず総嫁と出るようにされているのだろうね」

「……一体、何をすればそんな事に」


 バルドがそう呟けば、副官がクツクツと笑う。


「なに、単純な事ですよ。一年と少し前、ヤックの教会で聖導師が傷つけられた事件があった事は知っていますか?」

「話は聞いています」

「恐らく、彼女たちが関わっているのでしょう。聖導師は教会預かりとは言え、国で保護されている重要人物ですからね」


 副官の予測に、思わず納得してしまった。

 しかし、彼女は自分が何をしてしまったのか全く理解出来ていないのだろうなと、聖導師と名乗った彼女を思い出し、共にいた三人の男を哀れに思う。


「もしや、自殺を?」

「恐らくね。三人の男はそうなのでしょうが、女性はどうでしょうね。まあ、道連れになるしかないでしょうが」

「……むざむざ見逃すのですか?」

「元聖騎士達が決めた事ですよ、バルド。それに、身分証明に総嫁などと書かれる女性ですから、三人もの男と共に逝けるのは幸せな事でしょう」


 副官の言葉に肩を竦めれば、それでその話は終わりになる。


「それにしても、バデラワン神国から逃げて来たとは」

「逃げて?」

「ええ、逃げてですよ。バデラワン神国が神聖魔放術の素養がある者を、むざむざ他国に出すと思いますか?」

「……確かに」

「元々ザラシュ国から旅をしていたそうですから、バデラワン神国の考え方は理解できないでしょうね」


 バデラワン神国は神の教えを忠実に守る国である。

 と言っても、歪められた神の教えに何の価値があるのかは判らないが。


「ヤヒマは、A級魔放士と言い張りましたが」

「ギルドではなんと?」

「登録していないそうです」

「ほう、それはまた。面白い人物のようですね」

「そうですね」


 そして、副官命令でバルドはヤヒマの監視を給わった。


「……監視、ですか」

「ええ、監視です。何も無ければそれで良いのですがね」

「危険人物には見えませんでしたが」

「あの子はそうでしょうね。けれど、周りがそれを許さない」


 副官がそう思うような何かがあったって事かとバルドは思いながら、ヤヒマの監視をする事になった。


 翌日、昨夜の食事時の反省を生かし、ヤヒマはきちんとした格好で食堂へ降りて行った。と言っても旅をしているから、ちゃんとした格好と言っても汚れの無い服と言うだけではあるが。


「おはようございます。良く眠れましたか?」

「はい、とても寝心地の良いベッドでした」

「それは良かった。空いているテーブルにどうぞ」

「はい、ありがとうございます」


 宿屋の主人の声に答えてから、まだまばらな食堂で朝食を頂いた。

 朝食も美味しくて、もしかしたらブナンは食べ物が美味しいのではないだろうかと思う。ある程度の食材が使えるのならば、後は料理の腕だけなのだから。

 焼きたてのパン、具だくさんのスープ、新鮮な野菜のサラダにスクランブルエッグ。

 見慣れた料理がテーブルに乗り、それを黙って頂いた。

 

 部屋に戻り、さて今日は何をしようかなと首を捻った後、そう言えばルベニの商隊の皆は無事だっただろうかと今更ながらに気が付いて、ルベニの店に行く事にした。

 店の場所は第三区画だと言っていたから、散歩がてらに歩くつもりである。


「出かけて来ますね」

「はい、夕食前にはお戻りですか?」

「あ、はい、戻ります」

「畏まりました。ではこれをお持ち下さい」


 宿屋の主人に渡されたのは、細いブレスレットに細い金属板が付けられている物だった。金属板に宿屋の名前が彫られている。


「これは?」

「第三区画へ出た後、再びこの第四区画へ入る為の物です。この宿の客である証拠ですね」

「なるほど」

「兵士にこれを見せれば入れますから」

「解りました。では行って来ますね」

「はい、行ってらっしゃい」


 宿屋の主人は恰幅の良いお腹を揺らして笑顔を見せ、ヤヒマに手を振ってくれた。

 黄色い熊のキャラクターのようだと思った印象通り、何となく似ているなあと思いながら宿屋を出た。


 そして、偶然か必然か。

 城の方から歩いて来たバルドとバッタリ会う。


「…………おはよう」

「おはようございます」


 甲冑ではなくラフな格好をしていると言う事は、どうやら休日なのだろう。

 白いシャツに黒いズボン、ブーツも黒。上から黒いロングコートを羽織るように肩に引っ掛けているその格好は、バルドに良く似合っていた。


「何処かへ行くのか?」

「ええ、まあ」

「大丈夫か?」

「あー、少し、不安ですが」

「……第三区画に用事があって行くのだが」

「お供しましょう!」


 バルドの申し出に直ぐに乗っかったのは、シストよりバルドの方が危険が無いだろう事や、申し出がスマートだったからだ。決して、シャツから見える胸元が色っぽかったからではない。


「第三区画に知り合いでもいるのか?」

「そうなんですよ。ここまで乗せて来てくれた商隊のお店があるんです」

「店の名前は?」

「え?えー、たぶんルベニだと思います」

「ああ、ルベニ商隊に世話になったのか」

「ご存知で?」

「ああ。これから行こうとしていた所だ」

「……そうですか」


 思わず疑いの眼差しでバルドを見上げたヤヒマに、バルドはクツクツと笑った。


「あそこでは、親衛隊のマントの作成を頼んでいる」

「ああ、黒い生地!載ってましたよ!」

「そうか。まあそう言う訳だ、共に行こう」

「仕方がありませんね、お供を許してあげましょう」

「それは光栄です、ヤヒマ殿」


 そんな軽口の応酬をしてから歩き出し、第三区画との門まで近づいて来た途端、「ヤヒマちゃーん」と呼ぶ声に眉間にギュッと皺を寄せた。


「しつこいな」

「本当に」


 冒険者ってのは、依頼を請けて仕事をするから、お金がある時は仕事をする必要は無いみたいだけど、若い内にガンガン稼いでしまわなければ歳を取ってから辛いのではないだろうか。まあ、シストがどうなっても知った事ではないが。


「なんで副隊長さんがヤヒマちゃんと一緒なんです?もしかして、あっと言う間に仲良くなったとか?」


 手続きを済ませて第三区画に入った途端、シストは無遠慮にそう聞いて来た。笑顔なのにギラ付いている目が気持ち悪い。バルドがブナンの高官である事を考えたらとても不用意な発言だけど、後ろにいるクレイグが窘める気配はない。


「下世話な男だな」

「ヤヒマちゃんて、副隊長みたいな人が好み?もしかして一緒に泊まったの?」

「それに私が答えると思うのは何故です?」

「ええ、ヤヒマちゃんて副隊長が好みだったんだ。副隊長って何かすごそうだよね、どうだった?大きすぎてヤヒマちゃんがゆるゆるになっちゃった?」


 爽やかな笑顔でなんて事言うんだこの下種野郎がとヤヒマが拳を固めた瞬間、バルドの拳がシストの左頬に綺麗に入った。


「彼女を貶めるような発言は慎め。下劣極まりない」


 無様に転がったシストが憎々しげに顔を歪めて立ち上がり、ヤヒマを睨み付けてから立ち去って行くのを見送った。クレイグもここは引き時だと解ったのか、シストと共に去って行った。


「……ヤヒマ、あれがブナンにいる間、絶対に一人になってはいけない。あれの目付きは少しおかしい」

「はい」


 自分の何があそこまでシストの興味を抱いてしまったのかが判らない。まあ、変な思い込みでもあるんだろうなと思いながら、バルドの言葉にヤヒマは素直に頷いた。


「すまない、騒ぎになってしまったな」


 先程から騒ぎを見ていた街人達から、副隊長格好良いとか、あんな男に負けないでと言うヤジが飛んでいる。ヤヒマは既にフードを深く被って顔を隠しているので、顔がバレてはいないとは思うが、用心するに越した事は無い。


「行くぞ」


 ヤヒマの肩を抱いて歩き出したバルドは、すまない、通してくれと言いながら野次馬をかき分け、やっと静かになってからヤヒマを解放してくれた。


「大丈夫か?」

「はい、私は大丈夫ですけど、バルドさんは大丈夫なんですか?」

「ああ、怪我は無い」


 バルドの恋人に誤解されるのではないかとそう思っての言葉だったが、どうやら違う意味で聞いたらしいバルドがそう答えた。


「いや、ええ、怪我が無くて何よりです」

「あれぐらいどうという事は無い。そろそろ、ルベニの店が見えて来るぞ」

「え、何処です?」


 そうして、バルドと並んで歩きながら、ヤヒマは気恥ずかしい思いを隠しつつルベニの店に辿り着いた。





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