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031.怪しい空模様

 来いと言われればお断りしますと簡潔に答えるし、無理に連れて行こうとするのならばこちらも無理を押し通す所存である。

 そんな事をヤヒマは思いながら、皇太子殿下の俺様っぷりを嫌という程見せ付けられ、辺境伯の吠え声に耳を傷め、ダグラスの子犬っぷりに和み、奥方の鋭い突きと抉りっぷりに心からの称賛を送っていた。


「辺境伯と皇太子の間柄って?」

「剣の師匠と弟子だ」

「ああ、そういう」


 物言いが遠慮なさすぎると思っていたら、そう言う事かと納得した。

 

「皇太子って結婚してるんです?」

「ああ。確か妃が五人ぐらいいたと思ったが」

「なるほど。それで勘違いしてるんですねえ」

「ん?」

「俺モテル、みたいな。金と権力しかないくせに」

「確かに、そうだな」

「そう言えば、殿下と一緒にいた銀色甲冑軍団、強かったですね」

「まあな。あれの強さは本物だ」

「そこは皇太子の軍って所ですか」

「まあそうだな」


 本来であればこんな会話をしているなど言語道断であるのだが、食事のテーブルでは舌戦が繰り広げられているので、少々声を出した所で問題ない。

 それに何より、皇太子のクズっぷりに逆に惚れ惚れしてしまう。


「皇族って、クズしかいないんですか」

「まあ、あまり良い噂は無いな」

「……ブナン辺境伯って、素晴らしい方ですよね」

「ああ。誇りに思う」


 そんなカオスな食事風景を眺めながらの苦行をやっと終えたバルドとヤヒマは、そのまま辺境伯と共に親衛隊宿舎へと戻り、そこが戦場と化していた事に絶句する。


「止めいっ!」


 辺境伯の声に親衛隊員達は動きを止めたが、皇太子の軍の人達は小バカにするように笑ってそのまま親衛隊員に殴り掛かる。再び戦場と化したそこに、辺境伯の指示によりヤヒマが大量の水を振らせて終了する。


「痴れ者が」


 皇太子の軍の人にそう辺境伯が吐き捨てた途端、そう言われた男が辺境伯に向かって剣を振り抜こうとした。

 だが、辺境伯本人に剣を弾き飛ばされただけでなく、親衛隊全員から剣を向けられ、尚且つ首元にはバルドの剣、額の中心にヤヒマが作り出した氷槍が迫る中、「止めっ」と辺境伯の声が無ければその男は即死していた事だろう。


 ピタリと動きを止めた全てを凝視した男は、ペタリと地面に座り込んだ。


 ブナン辺境伯親衛隊の本気を見た皇太子の軍の人達は、顔を蒼ざめさせながらその場から逃げて行った。

 それを、不満げな顔で見送った親衛隊員達は、そのままの顔を辺境伯へと向ける。


「気持ちは解るが、ここではやるな。やるなら森の中でやると良い」

「はい」


 そうして、辺境伯から二、三の注意事項を聞き、辺境伯が城へ戻って行くと今度は皇太子とダグラスがやって来た。

 全員から『何しに来やがった』という目を向けられ歓迎された皇太子は、それに全く気付かないのか、相当面の皮が厚いのか。ヤヒマの元へと真っ直ぐやって来て、再び莫迦な事を言い付けた。


「おい女。お前は俺の部屋へ来いと言っただろう」

「いい加減にしろっ!ヤヒマはお前の元へは行かせないからなっ!」

「はっ、女一人モノに出来ない腰抜けが何を言う」

「お前のようなクズがヤヒマに話し掛けんなっ!」

「女など取るに足りない存在だ。これが欲しいのならさっさと抱いてしまえば良いではないか」

「だから、そう言う事をヤヒマに聞かせるなと言っているんだ!」

「バルドと言ったか。お前も早くリオンに合流しろ」


 ダグラスと皇太子の噛み合わない会話、皇太子のクズっぷりにヤヒマは思わず笑いが込み上げる。


「ふふ、ふふふっ」


 その笑い声を聞いて、二歩引いたのは親衛隊員達。

 この笑い声が危険だと知っているからなのだが、さすがに皇太子相手にはどうかと全員がバルドへ視線を送った。バルドはそれを受け、コクリと頷きそして。


「皆、下がれ、ヤヒマの魔力が暴走するぞ!」


 棒読みでそう伝え、一応皇太子に危険を知らせたと言う体を装い、ヤヒマの背中を押した。そして、訓練場に雷が落ちまくる。

 

「あああ、魔力が制御できないー、誰かー、助けてー」


 と言いながら、小さな声で文言を唱えまくり、雷を落としまくってから最後についでとばかりに大量の水を掛けた。

 目を丸くして何度も瞬きを繰り返している皇太子を、ダグラスがここから避難を!と言って城へと連れて行ってくれた後、全員で笑いまくった。


「何ですかあの棒読み」

「ヤヒマも、助けてーってなんだよ」

「魔力の暴走なんて知らないから、それっぽくしなきゃって思ったんですけど」

「まあいいんじゃないか?」


 そうしてまた笑い合い、いつもの訓練へと戻って行ったのだが。

 夕食の最中に皇太子が乱入して来て、同時に銀色甲冑もやって来たので食堂で一騒動あった。まだ食べ終えていなかったヤヒマは、食事の載った盆を抱えて、食堂の隅に逃げた。そこで立ったまま残りを食べ、空の食器を戻す。


「おい女!」


 振り返れば銀色甲冑の内の一人がヤヒマを見てニヤ付いていた。


「お前、親衛隊を相手にしているのだろう?」

「はあ、まあそうですね?」

「やっぱりな。今日は俺の相手をしろよ」

「宜しいので?」

「ははは、こりゃあいい、女は従順が一番だ。来い」


 そう言われたヤヒマは、それは遠慮なく術を放った。


『猛き風よ、切り刻めっ!』


 小さな風の刃を無数に出し、男を切り付けて行く風が食堂を吹き抜けた。

 騒ぎになったけれども知った事ではない。


『炎人よ、彼の者の息吹を燃やし尽くせ』


 ヤヒマの術に襲われた男は、悲鳴を上げながら食堂中を走り回る。それを追う炎人は、示された者のみを狙い追い続けた。


『影に住まう者、彼の者の影を縫い付け給え』


 そうして動きを止めた男に炎人が襲い掛かろうとするのを、仲間が必死に助けようとしているのを眺め、そろそろいいかとヤヒマは術を消した。

 いきり立つ男達に色々言われたが、ヤヒマはしくしくと泣きながら「だって、親衛隊の人達みたいに相手をしろって言われたからやっただけなのに」と暴露する。


「ああ、何だ、俺達のいつもの訓練じゃないか」

「ははは、止めろ、止めろおおっ!とか叫んでるから何事かと思ったぜ」

「まったく、情けねえなあ」

「き、貴様ら、いい加減に」

「いい加減にするのはお前らだっ!」


 駆け付けた辺境伯とダグラスが、皇太子を睨み付けているのだけれど、皇太子には全く効かない。


「……皇太子殿下。一つ、伺いたい」

「なんだ」

「此度の訪問、何か皇都の思惑あっての事ですか?」

「まあな。父上はこのブナンが邪魔で仕方が無いのだよ。潰されたくなくば、そのバルドとヤヒマを渡すが良い。そうすれば私が父に進言してやろうではないか」

「ほう、そうでしたか」

「どうする?バルドとヤヒマを寄こすか?それとも、ブナンを潰すか?」

「こちらこそ問い返す。皇都はブナンを敵に回すか?」

「辺境伯、答えは応だ。既に諸侯らの意見は揃っている」

「皇都のクズどもでしょう。あの役立たずの意見が何の役に立つと?」

「このブナンは豊か過ぎる。ここは私の弟が治めるが良いだろう」

「要塞都市は特殊故、貴殿の弟の手には余るがな」

「はっ、貴様如きが治めている所を、我ら皇族が治められないとでも思ったか!」

「ならば何故皇都はブナンのように豊かでは無いのだ?」

「そ、それは、ここが恵まれているからだろう!」

「そうではない。このブナンの歴史を紐解けば、自ずと見えて来るものが見えないなど、貴様にブナンを治める価値など無いわ」


 辺境伯の厳つい顔がさらに厳つくなっていた。

 それでも、皇太子は怯まない。


「辺境伯、一つ教えておこう。私がこのブナンに入った時、冒険者が大量に入ったのを知っているか?」

「貴殿のリオンの者達だろう?」

「なんだ、知っていたのか。それらは私の合図で一斉に蜂起する」

「そうだろうな」

「……街人が質だ。今すぐバルドとヤヒマを皇都に寄こせ。そうすればブナンはこのまま平和に過ごす事が出来る」

「なぜそこまでこの二人に拘る?」

「ブナンで腕の良いものと、魔力の高い魔放士。この二人が抜ければブナンの戦力は落ちるだろう」

「確かにその通りだな」

「お前の教えだぞ、ブナン辺境伯。腕の良い物を味方に付けろと言うな」


 その言葉に、辺境伯が溜息を吐き出した。


「確かにそう教えたな」

「そうだ。だからこそ私はリオンを作り、私の力を強固にして来たのだからな」

「その結束、試してくれよう」

「……は?」


 ヤヒマが見ている限り、ほんの一瞬の出来事だった。

 辺境伯と皇太子の間は、確かに五歩分ぐらい開いていたのに、瞬きをするその一瞬で、辺境伯は皇太子の目の前に立っていたのだ。たぶん、親衛隊の中でも数人しか見えなかったのではないだろうか。

 ヤヒマからすれば、瞬間移動をしたようにしか見えなかったが。


「きっ、きさ、」

「ほら、皇太子の首が落ちるぞ」


 そう辺境伯が伝えても、皇太子の後ろにいた銀色甲冑達は辺境伯の威圧に飲み込まれ、全く動けなくなっていた。

 右腕を後ろ手に拘束し、額を抑えられて上向けられている皇太子の首が晒され、いつでもその喉を掻き切れる状態であるにも拘らず、守るはずの者達は動けなかったのだ。

 

「このまま首を捻ろうか?」


 辺境伯がそう煽れば、ちっと舌打ちをした男がナイフを辺境伯に向かって振りかざそうとした途端、親衛隊員に床に組み伏せられた。またもや気付けなかったヤヒマは、何度も瞬きを繰り返す。

 と、そこでやっと皇太子が声を出した。


「もう良い、ここは私が引いてやろうではないか」


 尊大な物言いが物悲しさを誘い、ついつい憐みの眼差しを送ってしまう親衛隊員達。ブナンの親衛隊員は辺境伯が頷いたのを確認してから、皇太子と銀色甲冑達を見送ったのであった。その姿が食堂から消えるまで見送ったヤヒマは、自分がまだまだだった事を見せ付けられ、ガックリと肩を落としていた。





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