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020.十五です

「私はルシア・イナ・ディ・ブナンよ。早く言えばこの子の母親です」

「ブナン親衛隊見習いのヤヒマです」

「ああ、硬い挨拶はいいわ。私ね、ブナンに住んでた一般人だったのよ。だから貴族への礼儀とかそう言うのは間に合ってるわ」

「それは、ありがとうございます、助かります」

「楽にして。ねえヤヒマ、あなたは魔放士なんですってね?」

「本業は薬師なんですよ。けど、採取場所によってはとても危険な場合もあるので、魔放術も会得しました」

「そうなの。薬師って正直、あまり外に出ないのかと思ってたわ」

「そうですね、採取を他の人に任せればそうなるでしょうね」


 ダグラスとお茶を飲んでいる所に乱入してきた辺境伯奥方は、ヤヒマを見付けるとあっと言う間に隣に座り込んで、そのまま話を始めてしまった。お付きの人達が慌ててお茶やお菓子を用意したり、ダグラスが慌てているけれど全無視状態だ。

 まあ、苦手なタイプではないので、ヤヒマはそのまま辺境伯奥方とお喋りを楽しむ事にした。


「第一区画にシャルンって言うパン屋があったのは見たかしら?」

「あー、ごめんなさい、あまり第一区画はウロウロしてないので判りません」

「そうなの。そのパン屋の娘なのよ、私」


 その言葉にヤヒマは目を丸くして奥方を見つめてしまった。


「ふふふ、あのね、あの人ってほら、見た目が怖いじゃない?」

「ああ、はい、確かに」

「そうでしょう?だらかね、ずっと結婚できなかったの」


 そう言いながら、その後辺境伯と奥方の馴れ初めとか、歳の差二十七歳差のご夫婦らしく、奥方が押し掛け女房になったとか。そんな話をしてくれた。


「あの人ったら私の事子供だって言うから、副官のラスタを味方に付けて夜這いしたのよ」

「夜這い?」

「そう」

「奥様が?」

「ああ、ルシアでいいわよ。もうその時のあの人ったらすっごい慌てちゃってね」

「……やりますね」

「そうでしょう?あの顔で『本気か?』なんて聞いて来るもんだから、怖くて泣きそうになっちゃったわよ」


 何とも明け透けな話をしてくれる奥方に、笑いながら相鎚を返しつつ、おしゃべりに花を咲かせる。全く話に入れないダグラスにヤヒマが気を使って話を振るも、奥方に横取りされて結局黙って見ている事しか出来なかった。


「あ、ヤヒマ、まだ時間はあるかしら?」

「はい、大丈夫です。今日は休日なんですよ」

「そうなのね!じゃあお昼を一緒に頂きましょうよ」

「宜しいのですか?」

「勿論よ、来て!」

「は、母上!」

「あらダグラス、まだいたの?」


 母親のあんまりな言葉にダグラスは落ち込みつつも、ヤヒマは自分と昼食を摂る予定でいる事を伝えれば、「そうなのね。じゃあダグラスも来なさい」と妥協案のようでそうでない決定事項を告げられ、ヤヒマの腕を取った母親に、負けじとダグラスもヤヒマの手を取る。


「ダグラス、あなたは後ろを歩きなさいな」

「エスコートするのは僕ですよ」

「やあねえ気が利かない子になっちゃって。遠慮しなさいよ」

「は、母上こそ遠慮して下さいよ!」

「じゃあ私が」


 ヤヒマがそう申し出てみたが無かった事にされ、結局親子に挟まれる形で食事の場まで連れて行かれた。何故か仲良く三人で並んで座った所、やって来た辺境伯が一歩部屋に入った所で足を止め、眉間に深いしわを寄せてヤヒマを見て来る。


「あなた、そんな恐ろしい顔をヤヒマに見せないで」

「す、すまない。あー、ヤヒマ、歓迎する」

「ありがとうございます」


 結局四人で昼食を摂りながら、ヤヒマは辺境伯家の勢力図が良く理解できた。

 辺境伯は、奥方の事を愛してるんだなあって良く解って、とても羨ましいし微笑ましい。良い夫婦だなって思いながら見ていた。


「あの、ヤヒマ」

「はい?」

「ごめんね。母は少し強引な所があって」

「そうですね。でも、とても気持ちの良い方ですよ」

「そう、か。ありがとう、ヤヒマ」

「いいえ。お会いできて光栄です」


 そんな事をダグラスとコッソリ喋りつつ、楽しい昼食を終えた。

 仕事に戻って行く辺境伯を見送り、ヤヒマは再び奥方に連れられ移動する。


「ダグラス、夕食まで女同士のお喋りをさせてね」

「は、え?」


 ダグラスを追い払った奥方と二人、小さなサロンに入ったヤヒマは良いのだろうかと思いながらも、勧められるままにソファに腰を下ろした。


「ごめんなさい、凄く強引な方法を取ってしまって」

「いいえ、大丈夫ですよ」


 対面に腰を下ろした奥方が、何だか疲れた顔をしている事の方が気になっている。

 はしゃぎ過ぎたのだろうかと心配しながら奥方を見ていると、視線に気付いたのか笑顔を見せた。


「ちょっと……、偶にあるのよ。医師には血の気が薄いと言われているの」

「なるほど。少し、手を触らせて頂いても?」

「ええ、構わないわ」


 そうして振れた指先はとても冷たくて、さっき元気におしゃべりをしていた人とは思えない程だった。


「低体温、低血圧。階段を上がるだけで息切れと眩暈を起こしませんか?」

「時々あるわ」

「……本当なら、医師の指示で薬を常用すべきだと思うのですが」


 こっちの世界には無いのだろうか。鉄欠乏症貧血って言葉。

 上手く鉄分を摂れないのか作れないのか、同じ物を食べている家族は平気だったのに、私だけがそうだった。子供の頃からの付き合いだったから慣れもあって、結局凄く酷い状態になってから病院に行ったら、医者に『それで良く動けるね』と言われたほどの状態だった。


 こちらに来てからはヘレナが良く見ていてくれたお陰で、その症状は出て来た事が無いのだけれど。


「信用できないのならば飲まなくてもいいです。ですが、毎日これを飲んでみて下さい。一月で随分解消されるはずです」

「……これは?」

「私に薬の作り方を教えてくれた人が、私の為に作ってくれた薬なんです。と言ってもこれは私が作ったので、古い物では無いのですが」


 少しでも症状が現れた時に飲んでいる薬だ。

 頻繁に飲んではいけない物だけど、日本の薬のように良く効くわけではないから、常用しても特に副作用は無いのだけれど。


「あなたも、これを?」

「はい。体質的な問題ではないかと言われた事があります。上手く、血液を作る事が出来ないみたいで」

「そう……、体質の問題なのね」

「はい。医師ではないので詳しい事は判りませんけどね。ああ、飲む前に辺境伯にお見せして成分を調べてからの方が宜しいかと思います。万が一体に合わなかった場合の対処法もありますから」

「ああ、そうね。その通りだわ」

「はい。医師を呼んでそれから飲んで下さいね」

「ええ、そうさせてもらうわ。ありがとう、ヤヒマ」

「いいえ。お役に立てると良いのですが」


 そうしている間に血色が戻ってきた奥方に、薬の中身を書いたメモを渡した。

 何がどれだけ入っているかも明確に書き出したヤヒマに、奥方が笑う。


「薬師は、薬の成分を誰かに教える事は無いのでは?」

「そんな危ない薬師の薬は飲んじゃ駄目です」

「そうなの?私、そう言う物だと思ってたわ」

「駄目ですよ。体に合わない物があるかもしれないのに、出した薬の成分をきちんと公表しない薬師は危険です」

「そうなのね、ヤヒマのお蔭で一つ賢くなれたわね」


 そうして笑い合った後、奥方が話し始める。


「ちょっと、強引過ぎる手段を取ったのはね、あの子の事が心配だからなの」

「ダグラスさん、ですよね?」

「ええ。甘やかしたつもりは無いのだけれど、どうにも頼りなく見えてしまって。ねえ、ヤヒマはあの子の事をどう思う?」

「そうですねえ、十七と言う年齢を考慮してですが。とても可愛らしい所があるのは中々に揶揄い甲斐があって宜しいかと思います。ですが、一度一緒に森に入った時のあの剣捌きは、正直親衛隊員達にも勝る素晴らしい物でしたね」


 ヤヒマは正直に思っている事を伝えた。

 あまり取り繕うべきではないと思ったからだけど、どうやら正解だったようで満足気に頷いてくれた。


「やっぱり頼りないわよね。何て言うか、もっとしっかりしなさいって言いたくなるのよ」

「それは、お付き合いなさる女性で変わるのではないでしょうか」

「そうかしら?」

「はい。か弱い方なら守る為に強くなるのでは?」

「そうならいいんだけど。でもねえ、あの子に似合いの年頃の方達って、皆すごいのよ」

「すごい?」

「そう。何て言うのかしら、狡猾って言うか」

「ああ、解ります」


 女狐と、言われる人たちの事だろうとヤヒマは思う。

 まあ貴族のお嬢様って、抜け目が無さそうだからなと関係ないヤヒマはそんな事を考えていた。


「小さな頃からあの人が剣を握らせてきたのよ。だから、剣の腕は確かに一流だと思ってる」

「はい。このブナン辺境伯のご子息ですから、必要な事でしょうね」

「そうなのよねえ。辺境伯がいる限りブナンは倒れない、何て言われるぐらいだし」


 奥方のその言葉に、そう言えば吟遊詩人がそんな歌を歌っていた事を思い出した。ついでに、ルベニのお店の皆の顔も思い出し、会いたいなあと思いながらもその思いは封印する。


「あの子が後を継いだ時、皆は着いて来てくれるかしら?」

「んー……、無責任な事を言いますが。割と、どうにでもなると思いますよ?」


 ヤヒマの言葉に奥方が困り顔を見せた。


「そう言うものかしら?」

「そういうものですよ。でも、周囲に翻弄されるようでは見放されるでしょうけどね」

「あああああ……、やっぱりもっとビシビシ鍛えた方が良いわよね?足りないわよね?」

「いえいえ、まだ十七ですし、辺境伯もお元気でいらっしゃいますから大丈夫ですよ」

「でも、あの人は若い時からあんな感じだったって聞いてるのよ」

「何も親子だから同じだと思わなくてもいいじゃありませんか。統治するには色んなやり方がありますし、現辺境伯は今現在の統治の仕方があっているのでしょうが、ダグラスさんには別のやり方が合うのだと思いますよ」


 そんな話をしていたら、奥方がふいに真面目な顔になってヤヒマをじっと見つめてきた。


「ヤヒマ」

「はい?」

「あなた、本当に十五なの?」


 突然のその質問にどう答えればいいのか解らず、しかしここは恐らく惚けるべき所だと解っていた為、頷いた。


「十五です」

「…………やっぱり家の子鍛え足りなかったわ」


 そう言った奥方の目が据わっていて、ヤヒマは心の中でダグラスにお詫びした。




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