002.気持ち悪い男
「私怖かったです……。何もしてないのにそこの女に蹴られるし、すごく痛いです」
「蹴られた?」
「はい、思い切り蹴られたんです」
「どこを?」
「膝の後ろを。きっと痣になってるわ」
「どうして蹴ったのか聞いても?」
「蹴って倒さなきゃダークウルフの口の中でしたよ」
「それだけ近付かれながら気付かなかったのか?」
「だ、だって、怖くて怖くて」
「アンタが『アラド様、頑張ってー』って叫んだせいでダークウルフに見付かったんじゃない」
「そんな事言ってないもん!どうして意地悪するの!」
「僕今すごい手の平返しを見た!女なんて信じられない!」
「えー、これが女代表にされると嫌なんですけど」
シストの言葉にヤヒマがそう答えると、ヒメナがわんわんと泣き始めた。
「そんな事言ってないのにー、どうして意地悪するのーっ」
何とも耳障りなその泣き声にうんざりしながら、ヒメナは黒甲冑男に押し付けてアラド達にお疲れと声を掛ける。
「協力感謝する。正直、君の術は正確だしシストより魔力があるね」
「そう言えば、聖魔術も使えるんだよね」
「え?では神聖魔放術も習得済みですか?」
「いやいや、ほんの少し、さわりしか習ってないですよ」
「それであの聖魔術は放てないでしょう」
「シスト君、黙っててくれないかな」
シストの暴露に反応したのは聖騎士であるクレイグ。
聖魔術を使えるのは神殿で聖魔術を習わなければならない為か、聖騎士として気になるらしい。
「何処で習ったのか伺っても?」
「あー、バデラワン神国でちょっと」
「本格的ではないですか!あの国での聖魔術の教えはどうなってるんです?聖騎士はどれ程おりましたか?」
「クレイグ、とりあえず落ち着け。街に入ってから聞いてもいいだろう」
「あ、すみません。気が急いてしまいました」
「いえいえ、お気持ちは解りますので」
ヤヒマはそう答えながらも、この三人とは遠く離れた宿を取ろうと心に決めた。
子供のように声を上げて泣いていたヒメナは、どうやら黒い騎士に体よく追い払われたらしく、三人の聖騎士と共に入門の為の受け付けを始めていた。その素早さに驚きつつ、馬上から見下ろされる目を見ないように視線を巡らせる。
「君は、聖魔術が使えるのか?」
シストちくしょう恨むからなと、ヤヒマは心の中で盛大な舌打ちをしてから黒い騎士と目を合わせた。
「はい。白い炎が使えます」
「頼んでもいいだろうか。依頼料は弾む」
黒い甲冑男にそう言われたヤヒマの顔がぱああっと輝き、「喜んで!」と即答する。それに黒い甲冑男が少しだけ引きながらもヤヒマに頼み、ヤヒマは集められた遺体に安らかな眠りを捧げから白い炎で焼き尽くした。
その後、黒い甲冑男の導きで共に森の中へと入り、ダークウルフの死体から色んな部位を取った後、これも全部焼き尽くす。銀色甲冑の人達の遺体が多く、黒い甲冑は一人も戦死者がいないようで、やっぱり黒い甲冑軍団は強いのだなとヤヒマは思いながら、言われた通りに白い炎で遺体を焼き尽くした。
「すまなかったな」
「いいええ。お支払いお待ちしてます」
「ああ。私はブナン辺境伯親衛隊副隊長、バルド・レオーニだ」
「えー、魔放士のヤヒマです」
「魔放士か。ランクはどれぐらいだ?」
「A級です」
「A級?君が?」
バルドの声に、何故かくっ付いて来ていたシストとクレイグがうんうんと頷いている。
特にシストがわざとらしい事にむかっと腹を立てつつ、「A級です」ともう一度答えた。
「ふむ、そうか。宿はギルドで取るのか?」
「考え中です」
「同じ宿にしようよ」
「いやいや、男性ばかりのパーティーに割り込もうなんて、そんな事出来ませんので私の事は全く気にせずお三方で仲良くどうぞ」
「女の子入った方が楽しいよね?」
「俺は別に」
「私はバデラワン神国の話が聞きたいです」
「はい二対一で決定!」
「私は反対なので、二対二ですよ。交渉は決裂しました」
「えー?アラド、仲良くなりたいなあって正直に言った方がいいんじゃない?」
「勝手になればいいだろう?」
そんなやり取りの中、バルドがヤヒマに声を掛ける。
「付きまとわれているのか?」
「あー、いえ、今はまだ」
「……正直だな」
「まあ。何が気に入られたのかさっぱりですけど」
「君の魔力だろうな。少々変わっているようだし」
バルドの言葉に、ヤヒマはにっこり笑って返した。
笑顔でけん制するに限るのだ。
「引き離してやろうか?」
「助かりますけど、そのまま連れ去られるのは嫌なのですが」
「信用無いな」
「そりゃあ、会ったばかりですし」
どいつもこいつも面倒くさい、何故お疲れありがとうと離れてくれないのだろうかとヤヒマは思いながら、森へと視線を巡らせた。
ドラゴンフォレストは魔窟が頻出する所で、その名の通り、ドラゴンが多く湧き出て来るのでも有名だ。とは言っても先程のようにダークウルフが出て来る事もあるし、湧き出る魔物はその時によるようだけれど。
結局の所、ブナン辺境伯が治める要塞都市の守りが無ければ、エルギーダ皇国は頻出する魔窟から湧き出る魔物にあっと言う間に潰されるのだろうなと思う。
あの銀色甲冑軍団が何者だったのかは知らないけれど、黒甲冑軍団に比べて練度がとても低かったし、邪魔にしかなっていなかった。あれと共に戦わなければならなかった黒甲冑軍団は大変だっただろうなと、そんな事を思いながら森を眺めていると、何やら動く物が目に入った。
「何か来ます」
ヤヒマの声に即座に反応したのはバルド。
あっと言う間に黒甲冑軍団が揃い、戦闘準備に入っていた。
「君たちは門の向こうへ!」
「はい」
門に向かって走り出したヤヒマ達を守るようにその場に留まっていた黒甲冑軍団は、門扉が閉じる音を聞いた途端、馬もどきの腹を蹴って駆け出して行った。
森の中へと姿を消して行くのを見送り、入門の為に個人の受け付けをしている方へ歩いて行く。
「ああ、君たちか。さっきはありがとう、お疲れさん」
「いいえ、どう致しまして」
個人の入門審査は、五つの机が並べられている所に一人ずつ座って許可証を発行してもらう。身分証明の提示が義務付けられていて、大抵の街では犯罪者はここではじき出される仕組みだ。
発行される身分証明は縦五センチ、横八センチの長方形の魔属板で出来ており、最初に血液を垂らして登録するので、他人が持つ事は出来ない。
魔導具に身分証明を置き、繋がれている水晶球に手を乗せれば確認が出来る。
登録されている魔力を検知する魔導具で、名前と職業がこれで確認されるのだ。
「登録は薬師なんですね」
「はい。旅をする為に魔放術を習っただけなんですよ」
「そうでしたか。確かに採取場所によっては身を守る術が必要ですからね」
「その通りです。入ってもいいですか?」
「はい、どうぞ。ブナンはあなた『達』を歓迎しますよ」
門兵の何気ない一言に、アラド達とセットだと思われているとガクリと肩を落としながらも、ヤヒマは笑顔で受けて歩き出し、ブナン要塞都市の中へと足を踏み入れた。
外から見た限りではわからなかったけれど、人の多さに圧倒される。
冒険者が集う街だけあって、賑やかな門前通り。露店からの呼び声や、良い香りのする宿屋など、活気に包まれた所であった。
凄いなあとそのパワーに圧倒されながら歩いて行き、第一区画から第二区画へと階段を上がる。ルベニに聞いた通り、第一区画は冒険者が集う場所であったけれど、第二区画は街人が多く住む所と言った風情で、落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「こっちの宿屋は値段が高いよ?」
「そうですか」
「美味しい食事だけどちょっと不潔な所と、清潔感溢れているけど食事がまずい所、どっちがいい?」
「どっちも嫌ですね」
「えー?じゃあ、スープが絶品でお酒の種類がたくさんある所なんだけど、男しか泊まらない所は?」
「私一応女ですから」
「んー、」
「あの、何故後を着いて来るんです?」
「そりゃあ、仲良くなりたいから?」
「私はバデラワン神国の話が聞きたくて」
「……もう一人は?」
「勝手にしろって。だから勝手にしてる」
リーダー、仕事しろ。
「ねえねえ、ヤヒマちゃん。もしかして第三区画に行くの?」
「散歩してるだけですよ。折角なので色々見たくて」
「そっかー。付き合うよ」
「いえ、戦闘の後ですからゆっくり休んだ方が宜しいのでは?」
「じゃあヤヒマちゃんも休もうよ。条件は一緒でしょ?」
シストの言葉に足が止まった。
ヤヒマはこういう男が大嫌いだ。
シストを睨み付けるも、ギラ付いた目でヤヒマを見つめていて気持ち悪い。
「私より弱いのにまともに休みもせず、次の戦闘が起こった場合、あなたに何が出来るんです?」
「うわ、キッツー、事実だけにキッツー」
「あの、バデラワン神国の事だけでも」
「百聞は一見に如かずと言いまして、聞いただけでは判らない事などたくさんあります。旅をしていらっしゃるようですから、ブナンから出てバデラワンを目指しては如何ですか?」
「それはそうなんだけど、僕達目的がある旅だからねえ」
「目的を果たしてからでも遅くはないでしょう。人生は長いのですからね」
そんなやり取りをしていると、先程の黒甲冑軍団が門から入って来たのが見えた。
街人達や冒険者達が彼らを歓迎しているのを眺めていると、ゆっくりと馬を歩かせていた戦闘の黒甲冑が目の前で止まった。
「君か」
「先程振りです」
ベンテールを上げて顔を出したバルドに声を掛けられ、少々むすっとしながら挨拶を返したのは申し訳ないと思うが、今はちょっと取り繕えないので素通りして欲しかったと、ヤヒマは心の中で思う。
「少し、良いか?」
「……はい」
バルドは馬から降り、ヤヒマだけを連れてシスト達と引き離す。
「やはり付き纏われているのか」
「そのようです」
「……共に行くか?」
「そうします」
シスト達よりはましかもしれないとそう判断したヤヒマに、バルドはこくりと頷いた。
「すまないが、先程の報酬の話をしたいからヤヒマは連れて行く」
「そうですか。ヤヒマちゃん、またねえ」
あっさり引いたシストにほっとしながらも、バルドの馬に乗せられたヤヒマは、思った以上に視点が高い事と街人からの視線がとても痛くて、フードを目深に被ってやり過ごす。
そして、第三区画に入ってから振り返り、シスト達の姿が無い事を確認してからバルドに話し掛けた。
「あの、ここでいいです。助けてくれてありがとうございました」
「いや。大丈夫か?もう少し先に行ってからの方が良いと思うが」
「…………じゃあお願いします」
素直に受けたのは、何となく自分でもそう思ったからだ。
どうしてあそこまで気に入られてしまったのだろうと、首を捻りつつ、面倒な事になりませんようにと祈ったのであった。