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013.高給取りっ!

「相手は出来ればと思っている者がいるが、まあ、親衛隊の者ならばどうとでも理由付けが出来るんだ。どうだ?」


 思ってもいなかった辺境伯の言葉に、ヤヒマは何度か瞬きを繰り返した。


「宜しいのですか?」

「ん?ああ、構わんよ。庶民が相手となると庇えなくなるから無理だが、親衛隊ならば無理でも押し通す」

「ヤヒマ殿、辺境伯ならばそうしますからご安心ください」


 副官の後押しに、もう一度辺境伯へと視線を向ければ、力強く頷いてくれた。


「……期限は、ありますか?」

「あるぞ。ヤヒマはまだ十五なのだろう?」

「はい、一応は」

「この国の法律では、十八にならなければ結婚を認める事は出来ないのだ。だから、出来れば後三年はヤヒマの存在を知られたくないな」

「ですので、親衛隊の隊員として従事して頂けないかと思っています」

「そうだな。そうしてもらえると隠しやすくて助かる」

「それは、願っても無い事です。ありがとうございます、頑張ります」

「うむ。まあ、その三年の間に相手を決めてくれるとありがたい」

「その間は、窮屈な思いをする事になるでしょう。ですが、それでも宜しければ歓迎いたしますよ」


 ヤヒマの為に最大限の配慮をしてくれた事が解る答えに、嬉しくて何度も何度もお礼を言った。

 その後、一度ブナンを出て隣国に行ったと見せかける方が良いだろうと言う話になり、一人で森に入れるかと聞かれたので大丈夫ですと答えた。元々、そのつもりであったから、戦う用意は出来ていると伝えると、これは頼もしいと辺境伯が笑っていた。


 宿を借りた期限である翌日、朝食を摂ってからお世話になったお礼を言って宿を出た。外でバルドが待っていてくれて、馬に乗ってルベニの店に行き、やっぱり隣国へ行く事にしたと伝えて別れを告げる。

 どうしてと泣かれてしまったけれど、これもブナンを守る為に必要な嘘だと言い聞かせ、ごめんなさいと何度も謝った。


 出会いの記念にと、おかみさんがピンク色の口紅をくれた事でとうとう泣き出し、お礼と謝罪を繰り返してから店を出る。泣きはらしたヤヒマをそっと抱え込むようにバルドが馬を歩かせ続け、そして大門へと辿り着いた。


「本当に、お世話になりました」

「ああ。元気で」

「はい。ありがとうございましたっ!」


 そう言って頭を下げ、門兵の所で手続きを済ませる。

 街から出る時は面倒は無く、そのまま「お気を付けて」と出してくれた。


 振り返ればそこに、バルドがまだヤヒマを見ていて、笑顔で手を振れば片手を上げて答えてくれる。

 そうしてヤヒマは歩き出し、一人、森の中へと入って行った。


 歩き始めて三十分は経っただろうか、街道だったのであろう所は既に森の木々に侵食されていて、道の残骸が続いている。途中で全く魔物に襲われなかったのはたぶん、辺境伯が配慮してくれたからなのだろう。

 そうして一人、鬱屈とした森の中を歩いていると、不意に声が聞こえた。


「ヤヒマ、こっちこっち」


 聞こえた声に視線を巡らせ、そこにダグラスの姿を見付けてほっと息を吐き出した。


「お待たせしました」

「大丈夫だよ。泣いたのか、ヤヒマ」

「……はい。ルベニの皆に嘘を吐いたのが心苦しくて」

「そうか。後で僕も一緒に叱られてあげるよ」

「叱られて、そうか、バレたら叱られますね」


 そう言ってクスクスと笑い合ってから、ダグラスの馬もどきに乗せてもらう。

 フードを深く被り、顔を見せないようにしてから鞍にしがみ付き、森の中を走って城へと続く門からブナンに戻った。親衛隊員として働き始めるのは翌日からで、その日はヤヒマの部屋へ案内してもらい、食堂や訓練場、親衛隊員としての決まり事を教えてもらう。


「それと、ヤヒマの服を作らせているからね」

「服?」

「ブナン辺境伯親衛隊は、全身黒で、マントにドラゴンと剣の紋章を刺繍するのが決まりなんだ」


 ダグラスの言葉に、そうか、制服かと納得した。


「ヤヒマが身に着けている物を作らせるように言ったんだ。装備を変えて動けなくなってしまったら危険だからね」

「そうですね。ご配慮頂いてありがとうございます」


 今日はゆっくり休んでくれと言って、ヤヒマの部屋まで送ってくれたダグラスにお礼を言った後、ヤヒマの部屋として割り当てられたそこを見回した。

 と言っても六畳ほどの広さに、ベッドと小さなチェストが置いてあるだけの部屋だ。

 窓は小さく、石造りの城の中故にゴツゴツしている部屋は、何とも味気ない気がする。


 周囲はとても静かだけれど、今は皆仕事をしているからだろう。


 その内、カーテンでもぶら下げれば少しは変わるだろうかと思いつつ、ベッドの寝心地を確かめた。硬いけれどもそれ程悪くないと思いながら立ち上がり、置いてあるチェストの引き出しを開けて行く。

 手入れはされているようで、すっと開いた事に感動しながらここに何か入れる事は無いなと思った。そう言えば、浴室は無いのだろうかと案内されなかった事に不安を覚えながらも、後で周囲の人に聞こうと決める。


 手持ち無沙汰になった為、特殊な回復薬を作っておこうと思い立った。

 所謂『魔薬』と呼ばれているそれに、最初聞いた時はビックリしたけど、意味が解ればどうと言う事も無かった。


 魔力を使って作る魔放薬の事で、ゲームに出て来るポーションやエーテルと同様、体力回復と魔力回復を主とした薬の事だ。冒険者が重宝するようで、これが一番売れる。

 なので、薬師はこぞってこれらを作っているのだけれど、普通の薬だって需要はある。

 そんな事を思いながら腕輪から大きな布を取り出して床に敷く。

 それから材料を取り出して行って、一つ一つ丁寧に並べて行った。


 魔薬を作るのは錬金術が近いんじゃないかと思う。

 魔力を載せた特殊なペンで紙に陣を描き、その上に材料を載せると出来上がると言う、本当に特殊な物だからだ。


 この世界では魔力を持っているのが当たり前で、魔放と書くのは、魔力を放出するからだった。法で縛るのではなく、自在に操る為の術なのである。

 だから、決められた呪文のようなものは存在せず、魔力を放出する時に唱える文言は、何となく自分の頭に浮かんだ言葉でいいらしい。何とも大雑把な感じがとても気に入っていて、ヤヒマも頭に思い描いた通りに魔力を動かせているのだと思っている。


 魔方陣に魔力を流しながら、出来上がったポーションとエーテルを眺めながら思う。

 これって、普通は液体だったよね、と。

 ヤヒマに薬の作り方を教えてくれたヘレナの薬は、全て錠剤だったので今まで疑問に思った事も無かったけれど、そう言えばギルドのショップで見たのは瓶に入った液体だったなと気が付いたのだ。


 これは、もしかして知られたらまずい事なんじゃないだろうかと、今更ながらにそれに気付いたので、道具を全部腕輪の中へとしまい、魔薬は封印する事に決めた。


 この世界に来て、身体は子供、頭脳は大人を地で行く存在になってしまった時、絶望して泣いた。しかしどうやらザラシュでも想定外の事だったらしく、四十八年と言う地球での知識を持っている私は疎まれたけれども、今となってはそれが怪我の功名とも言えるだろうと思っている。

 本当に五歳まで脳が退化していたら、奴らの言う事を鵜呑みにしてまんまと騙され続けていたに違いないのだから。


「ヤヒマ、いる?」

「はいっ」


 考え込んでいたヤヒマの耳にダグラスの声が聞こえ、慌ててベッドから立ち上がってドアを開けた。


「副官が話がしたいって呼んでるんだけど、どうかな?」

「大丈夫です」


 そうしてダグラスの案内で副官の部屋まで歩いて行った。

 ヤヒマに割り当てられた部屋から凄く遠くて、何度も階段を上がった事だけは覚えているけれど、階段の位置が全部違うからどこをどう曲がって降りたらいいのか判らなくなってしまった。


「どうかした?」

「え、あー、帰り道が判らなくなったなと」

「大丈夫、送って行くよ」

「……スミマセン、ありがとうございます」


 恐らく戦闘時を想定して建てられたのであろう城は、内部構造が複雑だ。

 それでなくともやたらと大きな建物なのだから、地図があっても迷うに違いないとヤヒマは思う。そう、ヤヒマは方向音痴であった。


「気にしないで。副官の話が終わったら、一緒に食堂に行こう」

「はい、そうですね」


 見た目は王子様っぽいダグラスは、金に近い淡い茶色の髪を弾ませながらにっこりと笑って見せた。父親譲りだろうアイスブルーの瞳は、冷たい印象を与えがちだろうに、笑顔でいるからか温かく見える不思議。


「ヤヒマ殿をお連れしました」

「どうぞ」


 副官の声にドアを開けたダグラスは、ドアを開けて副官に敬礼してから一歩下がりヤヒマを通す。「失礼します」と言ってから部屋に入ったヤヒマは、副官に促されてソファに腰を下ろした。


「ヤヒマ殿、改めて、これから宜しくお願いします」

「こ、こちらこそよろしくお願い致します」


 そんな常識すっかり忘れてたとばかりに焦ったヤヒマが、立ち上がって副官に頭を下げた。ここに来るまで、権力者に会って来た方だと自負しているけれど、こういう普通の対応をされた事が無かった為、色々と困惑する事ばかりだ。

 

「いつも突然で申し訳ありませんね」

「いえ、私は大丈夫ですので」


 今後は上官になるのだろう副官相手に、軍隊に身を置いた経験のないヤヒマはどう答えれば良いのか判らない。会社の上司に対する礼儀で良いのか、それとも、最上級の礼儀が必要なのかと頭を悩ませる。


「どうぞ、畏まらず」

「……はい、ありがとうございます」


 気遣われてしまった事に恐縮しながら礼を言い、一度深呼吸をしてから真っすぐに副官へと視線を向けた。


「あなたの給金の話や、仕事の話をしますね」

「はい。お願いします」


 そして、ヤヒマは明日から親衛隊見習いと言う立場になる事や、親衛隊の訓練に混じる事を告げられる。訓練と言っても、武器を持って行うのではなく、隊員相手に魔放術を使った戦闘訓練を行うよう言われた。

 

「ええと、要するに共闘訓練と捉えた方が良いですか?」

「それもあります。後は魔窟から出て来る魔物に対抗する為、魔放術に慣らしておきたい面もあります」


 副官の言葉になるほどなるほどと感心する。

 旅をしている間、どこにでもいる冒険者たちの戦いぶりは見て来たけれど、彼らの場合、個々の力で捻じ伏せると言う感じの戦いばかりだった。けれど、ここは軍隊。個より全が優先される所なのだと理解する。


 それから色んな事を説明され、親衛隊の一番の優先事項は、見張り台の鐘が鳴ったら即森の上に浮かぶ印を確認し、一刻も早く魔窟が現れた所に行く事だった。バルドに問答無用で連れて行かれた事があったから、それは良く理解しているつもりだ。


 そしてこれが一番重要だったかもしれない。

 ヤヒマに提示された月払いの給金は、十五万ギッタと言うとんでもない額だった。





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