010.ブナンを堪能する2
午前中はお勧めのスポットと言えば良いのか、スポーツが楽しめる公園で遊んだ。
クリケットとバドミントンを混ぜたようなスポーツで、太めの板状のバットを振って布のボールを打ち合うのだけれど、これが案外難しい。思った所に飛んで行かなくて、何度も失敗してしまった。
そのまま公園の一角に出ている露店で買い食いをして昼食を済ませ、次に向かったのは第二区画の名物らしい、吟遊詩人の弾き語り。綺麗な歌声と、見事な竪琴に聞き惚れた。
洒落っ気など無い竪琴の音は済んでいて、歌を歌う男の人の声は心地良く耳に響いていた。
「何の歌だったの?」
「現辺境伯の武勇伝だな」
こそっとエユンに聞けばすぐに答えてくれる。
歌は装飾された言葉が多くて上手く理解できなかったけれど、要するにどんな魔物が現れても辺境伯がいるから大丈夫だと言う感じの歌だったと思う。
その後、また皆で第三区画へ移動し、皆でヤヒマが教えた影踏みをして走り回った。
そんな子供の遊びがとても楽しくて、ヤヒマは思い切り笑い続けてた。
「あ、そろそろ行かない?」
カレンの言葉にそうだなと移動し始め、最初にエユンが言っていたお勧めの所へと着いた時には、目の前に地平線に沈む太陽が見えてその光景に圧倒される。
「綺麗だろ」
「うん。すごく」
エユンの問い掛けにそれだけ答えるのが精一杯で、ヤヒマはその光景に見入っていた。
『カオル、ここにもオテントサマはいるんだよ』
泣き暮らしていた私に、そう言って顔を上げさせたのは彼女。
お天道様は太陽の事だと言ったのを覚えてくれていた人は、私の手を取って連れて逃げてくれた。決断は容易い事ではなかっただろうに、それでもヤヒマの手を握って離さなかった彼女。
そのお陰で、絶望せずに生きて来たのだ。
そっと自分の右手を見下ろし、ぎゅっと握りしめる。
そこにぬくもりは無いけれど、彼女がくれた温かさはヤヒマの心に残っていた。
「凄く楽しかった。皆ありがとう」
「私も楽しかったよ」
久し振りにはしゃいだ帰り道、そうして第三区画と第四区画を仕切る門まで送ってくれた皆に、別れの挨拶をして門へと入って振り返る。
「またね!」
「また遊ぼうねえ」
「またな」
手を振って歩き出し、振り返るとカレンが丁度振り返ったので手を振った。
そうしてまた皆が手を振ってくれたので、笑顔で手を振り返して帰路に着く。そんな普通の事がとても嬉しくて、何度も振り返っては互いに手を振り合っていた。
そうして宿屋に戻ると、主人に食堂に客がいると伝えられ、そのまま食堂へ行くとバルドとダグラスが二人で食事をしている所だった。
「あの、お待たせしてスミマセンでした」
約束は無かったはずだがと思いながらもそう言うと、昨日の報酬の話に来たのだと言われ、わざわざありがとうございますと礼を言う。
「何処かに行ってきたの?」
「はい。ルベニの人達と遊んで来ました」
「そんな可愛い格好で行ったなんて、妬けちゃうね」
「……あー、それはどうも?」
ダグラスの軽口に答えながら、ついでだから夕食を摂る事にする。
「バルドさんは何を食べたんです?」
「肉だな」
「あ、肉って言えば昨日、ダグラスさんにドラゴン料理を食べさせてもらったんですよ。あんな大きな塊肉が出て来るとは思わなくてビックリしました」
「ああ、あそこか。美味かっただろう?」
「思ったより肉肉しくて美味しかったです」
「広場で一緒にバナカンも飲んだんだよね」
「あれも美味しかったですね。トロっとした感じで甘さがあって」
「ブナン名物だからね」
運ばれてきた夕食を食べる頃には、二人共既に食べ終えていたけれど、ダグラスはデザートを食べようと注文していて、バルドはお茶を頼んでいた。
ヤヒマが食べている間は、ダグラスがデザートの感想を言いながら堪能していて、バルドはお茶を飲みつつそんなダグラスを笑いながら見ていた。
ヤヒマが食べ終わると、ダグラスがデザートを勧めて来たが、自分のお腹を見下ろしたヤヒマはそれを断った。
「今日はちょっと食べ過ぎましたので」
「そう?」
「油断大敵ですよ」
そうして三人でお茶を飲みながら、昨日の報酬の話になる。
結局戦闘もしたけれど、ドラゴンの時よりは働いていない事や、魔窟を閉じる作業をメインで行った事を考慮しての金額になった。
ドラゴンの時は採取のついでだったけれど、それにもちゃんと報酬を出すよとダグラスがヤヒマに言えば、ヤヒマは笑顔でお礼を言う。
貰えるものは貰うに限る。
そして、明日の昼少し前に城に来るよう言われて頷き、帰って行く二人を見送った。
遊び疲れてはいたがまだ興奮状態だったヤヒマは、ゆっくりと浴槽に身を浸して丹念に手入れをし、それから浴室を出た。そろそろ、決断する時だとヤヒマは思う。
このまま宿屋で過ごし、ブナンを出て隣国に行くつもりでいたが。
「……良いとこなんだよねえ」
ベッドに転がったヤヒマの呟きは、そのまま夜闇に消えて行った。
ブナンに来てから毎日が怒涛のように過ぎたせいか、今日で七日目だと知って何だか疲れてしまった。今日は城に行くからさらに疲れるのだろうなと覚悟しつつも身支度を整える。と言っても、昨日のような格好ではない、いつもの旅支度ではあるのだけれど。
「のんびり歩いて行こうかな」
窓から外を見てそう考えたヤヒマは、食堂で朝食を摂った後、城を目指してのんびりと歩いて行った。第四区画は富裕層が住むだけあって、通り沿いの店が何となく気取った感じに見えるが、ヤヒマとはあまり趣味が合いそうにないなと覗き見つつそう思う。
やはり、第三区画の店が一番雰囲気が好きだなと思いながら、ゆっくりと歩いて行き城門に辿り着いた。
門番に昨日ダグラスから受け取った許可証を見せ、開けられた小さな門から中へと入り、詰所へと案内された。そこで出されたお茶を飲みながら待っているとバルドがやって来たので驚きながらも、早く着いてしまった事を詫びる。
「構わない」
簡潔な答えを貰ったヤヒマは、バルドの馬に乗せられぽこぽこと歩く馬の上で揺られていた。
「のんびり、歩いて行くつもりだったんですよ」
「城に入ってからも遠いからな」
「はい。なので、早めに着いたんですけど、何だかスミマセン」
「いや、大丈夫だ。それに、魔窟が発生していなくて良かった」
「だから、禍事を口にすると」
ヤヒマがそこまで言った途端、見張り塔から鐘の音が鳴り響く。
『魔窟発生、エイプ!』
伝魔の声にバルドは小脇に抱えていた兜を被り、ヤヒマを鞍にしがみ付かせて駆けさせる。既にそんな事に慣れている自分が怖いと思いながらも、ヤヒマは次々に合流する黒甲冑達と共に、印が上がった森の中へと連れられて行った。
今度の魔物は猿型のせいなのか、とてつもなく移動速度が速かったようで、魔窟に辿り着くまで戦闘になる事数十回。それでも皆が無事に魔窟に辿り着くのだから、戦闘力の高さに感心する。
「三人行動!」
バルドの声が響いてそれぞれが戦い始める。
命令通り、三人一組で一体を相手にしているからか、それとも全員の腕が良過ぎるのか。次々に屠られて行く猿型の魔物は、どんどん数を減らして行った。自分達の不利を見て取ったのか、逃げて行く魔物にヤヒマは追い打ちを掛ける。
『凍てつく冷気よ、氷槍となりその身を貫け!』
ヤヒマがぶんと右手を振った途端、無数の氷槍が飛んで行って逃げて行った魔物を全て屠った。森の木の枝を渡っていた魔物たちは、凍り付きながら地面に落ちて砕け散る。
「……エグいな」
再びそんな感想を貰ったヤヒマは、にっこり微笑んで再び大量の水を掛けた。
そうしてから魔窟を閉じ、笑うバルドを小突いて急かし、城へと戻る。途中、戦闘場面に出くわしたので、バルドに頼んで全員盾を上に向けるよう怒鳴ってもらった。
同時に、上から無数に降り注いだ氷槍が魔物たちを屠る。
唖然呆然としている兵士に激を飛ばし、生き残った魔物を倒すよう命令しているバルドを見上げ、いかめしい顔も色っぽいなと思いながら視線を逸らした。
そして、二人で先に城に戻り、バルドの案内で再び辺境伯副官の所へ連れて行かれる。
「ヤヒマ殿。この度の活躍、本当にありがとうございました」
「助力出来た事に安堵しております。どうか、頭を上げて下さい」
そうして副官からの話を大人しく聞き続けた。
ブナンに来てから、ドラゴンと戦ったり魔物討伐をしたり、魔窟を閉じたりと色々確かに動き過ぎたとは思っていた。通常の魔放士とは違って、神聖魔放術も使えると知れれば、利用される事など理解していたのだが。
「辺境伯副官殿。伺いたい事があります」
「なんなりと」
副官の話を聞き終えたヤヒマが、改めてそう問い掛ければ笑顔で答えてくれる。
「要塞都市は住人の人数制限をしていると思うのですが、今は受け入れ可能ですか?」
「可能です。確かにヤヒマ殿の言う通り制限を掛けてはおりますが、今はまだ余裕を持っている状態ですね」
「……やがて制限されると言う事ですよね?」
「そうですね、百年後には制限するかもしれません」
副官の答えにヤヒマは首を傾げる。
「限りある食糧では無いのですか?」
「封鎖した場合の事も考慮した上での事ですよ。それに、居住区には確かに人が多いように見えますが、それ以外の区画はまだありますからね」
と言う事は、ヤヒマが見て来たのは居住区のみと言う事かと思いながら、改めて要塞都市の大きさに驚いた。
「宜しければ、上から見下ろしてみますか?」
「…………いえ、今はまだ止めておきます」
「そうですか。決断されたならいつでも来て下さいね」
「はい。ありがとうございました」
そうして、これまでの報酬と先程の報酬を渡され、お礼を言って副官の部屋を後にする。その後、バルドと共にダグラスの所へ行くと、既に昼食の用意がされていて待たせてしまった事を詫びた。
「構わないよ。バルドと一緒に森に行ったんだってね」
「はい」
ヤヒマの少し硬い表情に、ダグラスはバルドへ視線を送ったが、バルドは肩を竦めただけで答える事は無かった。




