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001.ブナン要塞都市

 旅の薬師であるヤヒマは、便乗させてくれた商隊の荷車の中から、エルギーダ皇国一と言われる要塞都市を眺めて目を丸くする。


「立派だろう?あそこでは自給自足が基本でな」

「国境に広がるドラゴンフォレストに出来る魔窟から湧き出る魔物なんて、ブナン辺境伯の手に掛かれば赤子の手をひねる様なもんだ」

「そんなに強い軍隊がいるんですか」

「ああ。まあここだけの話、そのせいで皇都からは目の敵にされてるみたいだけどな」


 商隊の隊長であるルベニの言葉に、ヤヒマはそうでしょうねと苦笑しながら頷いた。

 

 街道を進むにつれ、両脇にある木々の間からちらちらと見えていたのは、ブナン要塞都市の見張り塔だろう。この辺りを一望できる高さを持ったそこから、何処までが見えるのか知りたい物だと思いながら見上げていたが、徐々にその全容が見えるようになるにつれ、その規模の大きさに圧倒された。

 築き上げられた擁壁はどんどん高さを増して行き、街道もそれに合わせて上り坂となっている。


 街道を跨ぐように造られた門は、隣国との国境門も兼ねているようで、武装した兵があちこちに見えていた。門の向こうはドラゴンフォレストと呼ばれる広大な森になっていて、街道はあるけれどそう易々と抜ける事の出来ない森でもあった。

 冒険者は腕試しを兼ねてこのドラゴンフォレストに入り、大抵は逃げ帰って来るのがおちなのだと、ルベニが笑いながら教えてくれた。


 その要塞都市の巨大な門に辿り着き、隊長のルベニに礼を言って荷車から降りる。


「個人の手続きはあっちの小さい門で受け付けしてるからな」

「何から何まで本当にお世話になりました」

「いいや、ついでだから構わんよ。それに、あんたの薬のお蔭で助かった」


 そうしてルベニとヤヒマはがっちりと握手をする。


「困った事があったら頼ってくれ」

「ありがとうございます。その時は頼らせてもらいます」


 仲良くなった商隊の人達に別れを告げ、ヤヒマは個人の入門を受け付けている小さな門へと歩き出した。

 空は青く澄み渡り、ぽこぽこと白く小さな雲が飛んでいて、良い天気だなあとのんびり空を見上げていたヤヒマは、耳に届いた忙しない鐘の音に驚いて周囲を見回した。

 

 冒険者達は既に剣を抜いて構えており、先程別れた商隊は護衛の者達がやはり抜き身の剣を構えつつ、辺りの様子を窺っている。何ともまあ、皆さん素早い事でとヤヒマはのんびりと思いながら、門の方へと近づいた。

 恐らく、誰の耳にも届かなかったであろう伝魔の声を受け取ったのは、ここにいる自分だけのようだった。だけど、門兵だけは戦闘の為にだろう、既に配置に着いて森の方へと視線を向けている事から、伝魔の声が届いていた事が判った。


『大発生、ダークウルフッ!』


 と叫ぶような声が届いたのだ。

 街道上で入門を待っていた者達は、門兵によって順に壁に沿うように並ばされて行く。

 ヤヒマの所にも門兵がやって来て、冒険者達と同じように壁に沿って並ぶよう命令されてしまった。残念だ、少し見たかったのにと思いながらも、厳つい冒険者の男達の間でフードマントのフードを深く被ったまま壁に背を預けて立っていた。

 

 やがて、地面が揺れ始め、木々が倒れる音や魔物の鳴き声であろう耳障りな声が届いてくると、周囲がざわめき始める。さすがに叫び声を上げるような莫迦な冒険者はいないようだが、皆が緊張しながらも武器を手にしてじっと様子を窺い続けていた。

 やがて、門兵達が慌ただしく動き始め、同時に魔力が放たれたのを感じた。


 その後も大きな魔力が動くのを感じながら、ヤヒマはただずっと壁に背中を預けて立っていた。


 その内、門壁に魔物が体当たりを始めたのか、寄りかかっていた壁が凄い衝撃音と共に揺れると、冒険者達は皆その場から離れて武器を手にして門へと駆け出して行く。

 ヤヒマは野次馬根性丸出しで冒険者達の後を追い、門の向こうに見える兵たちの戦い振りを眺める事となった。


「ダークウルフだっ」

「あんな集団見た事ねえ!」


 魔物の姿を目にした冒険者達が浮き足立ちながらそう言う。

 闇を身に纏った狼は、小さな家一軒ほどの大きさがあった。それが目に入る限りではうじゃうじゃと五十体はいるだろうか。良く解らないながらも、ヤヒマは黒い甲冑軍団が馬もどきに跨って狼たちの間を行き来しながら攻撃しているのを見ていた。

 銀色の甲冑軍団がそこに参戦すると混戦の様相を呈し始め、それでも、互いの邪魔をしないよう距離を取りながら攻撃を繰り返していたようだったけれど、素早く動くダークウルフにその内身動きが取れなくなってきたようだった。

 最初の頃に感じた魔力の動きは無くなっており、味方が何処にいるのか解らない状態の為に、下手に魔力を放つ事が出来なくなったのだろうと予測する。


 これが大発生と言う物かと、門の向こうで繰り広げられている生死を掛けた戦いを、ヤヒマはじっと見つめていたのだが。


「きゃああああああっ」


 突然の悲鳴に驚き、悲鳴を上げた女性冒険者から距離を取った。

 当然その叫び声はダークウルフに届いており、目の前の銀色の甲冑の残骸より、美味しそうな人間がいるのを目にしたダークウルフは、少しだけ時間をかけて門を飛び越えて来た。


「いやああああ、いやあああああああっ」


 人間が牙に刺さったままぶら下がっていた。

 それを目の当たりにしてパニックを起こしたのだろうが、それでよく冒険者などしていられるとヤヒマは思う。

 出来るだけ距離を取ったけれど、こちら側に魔物がやって来てしまった以上、戦わずに済むとは思っていない。仕方がないかと諦め、戦う用意をしておく。


 が、こちら側にいるのは血気盛んな冒険者達。

 腕に覚えがある者がやって来るのがこのブナン要塞都市である。


 元々ドラゴンフォレストに入ろうとしている冒険者が、ダークウルフに挑まない訳が無かった。

 抜き身の剣を掲げ、組んでいる仲間と共に協力しながら攻撃を仕掛けたまでは良かったが、他のパーティーから放たれた術に相殺され、剣で突っ込んだ彼はそのままの勢いで食われた。


 やっぱりかと思いながら、壁際に後退したヤヒマはそっと溜息を吐きだした。

 このあとやって来るのは冒険者達のパニックによる無差別無範囲攻撃だ。

 目に入るのはダークウルフのみ、下手に近寄れば味方だと思っている相手に切り捨てられる事だろう。魔放士達はそれぞれが得意な術を放ち始めるけど、落ち着かなければ魔力を上手く放出できる訳がないし、申し合わせが無ければ互いの術で相殺し合ってしまうのだ。しかも、狙い通りに術が当たればいいけれど、パニックになっている場合は何処に術が飛んで来るのか判らない。

 そんな中、奮戦しているのが門兵達で、彼らは一丸となって一体ずつ確実に仕留め始めていた。


 だが、悲しい事にパニックに陥っている冒険者には彼らの活躍は目に入らない。

 雄叫びを上げ、悲鳴を上げ、ダークウルフの関心を引きまくる。


 それを冷静に見ているのはヤヒマの他に、男三人のパーティーと、男三女一のパーティーだった。眉を顰めてはいるけれど、決して声を上げたりせずただ気配を消して様子を窺っていた。

 商隊の方が気になってそちらを見てみれば、護衛の者達に護られながらも、最初の位置から全く動いていなかった。


 なるほど、経験と言う物はこういう時に役に立つのだなと思いながら、ダークウルフたちが蹂躙しているのを眺めていると、いつの間にやら隣に気配がして顔を向ける。


 先程の冒険者達が集まって来ていて、皆が手を繋いで壁に背を預ける形となった。


 伝魔の術の内の一つで、手を繋いでいる相手にのみ声を伝える事が出来る術だった。

 なるほど、これならば余計な所に声が飛ばずに済むなと思いながら、誰かが話をするのを待つ。


『俺はアラド。剣士でS級だ。こっちのシストは魔放士A級で、クレイグは聖騎士S級だ。皆の名とジョブとランクを教えて欲しい』


 先程の男三人パーティーのリーダーなのであろうアラドが声を伝えて来た。

 先に答えたのは、男三女一のパーティーだった。


『私はヒメナです。聖導師で、こっちの三人は順にラクロ、エダ、ノーマ。三人共聖騎士、全員がA級です』


 ヒメナと言う名前を聞いて、思わず顔を見てしまったけれどどうやら良くある名前らしいと、少しだけほっとしつつも頷いた。

 

『私はヤヒマ。魔放士でA級』


 そう答えると、アラドと名乗った男が訝し気にヤヒマを眺めて来たけれど、どう答えようとヤヒマの勝手である。確かにA級の魔放士が単独で旅をしているのは珍しいけれども、そのまま疑いの視線を流し、話を進めさせてもらった。


『一緒に攻撃しようとしてるんでしょ?作戦は?』


 そう聞けば、さすが冒険者でもレベルが高い人達で、何が得意なのか伝えあった後、臨時のパーティーが結成された。

 シストと共に同じ術を放って、確実に一体ずつ仕留める事を決めた時には、門のこちら側は充分に酷い状態になっていた。けれど、全てを助けられるようなヒーローなんていないのだ。


「行くぞ」

「おう」


 聖導師であるヒメナが最後方、ヤヒマとシストはその前でダークウルフの足止めを行いつつのけん制、聖騎士が防御しながら最前まで迫り、剣士が止めを刺す。それがあっさりと功を奏して倒してしまったので、ヒメナが大はしゃぎしていた。


「すっごい、皆すごーい」


 うるさい莫迦黙れと思いつつ、周囲に残る元気なダークウルフは後十数体。

 門兵達も確実に仕留めてはいるけれど、どうしても商人達を守るのを優先させているのは否めない。仕方がないと思いながらも、次の標的へと進んで行く。

 臨時のパーティーとは言え、動きやすいのは助かる。

 ヤヒマはそんな事を考えつつ、魔力放出量に気を付けながらシストと共に同じ術を放ちつつ、確実に仕留めて行った。


「すごいっ!アラド様、頑張ってーっ!」


 いつの世も、恋する乙女は元気で良い。

 元気で良いが、お蔭で一気に注目の的だ。


「ちっ」


 今度は恐怖で叫びそうになったヒメナを蹴り飛ばし、シストを押し倒して避ける。

 丁度門から飛び出して来たダークウルフが、一気にこちらへと跳躍して来たのだ。転がってすぐに立ち上がって体勢を立て直し、仕方なく一人で倒す事にした。


『滅せよ、白き炎!』


 ごっと音を立てて一瞬にして燃え尽きたダークウルフを見ながら、蹴り飛ばしたヒメナをじろりと見降ろし、転がしたシストへと手を伸ばす。シストは礼を言いながらヤヒマの手を取って起き上がった。


「君、聖魔術も使えるんだね」

「まあ、少しだけですけど」

「少しであの術は使えないでしょ」


 そう言いながらギラギラとした目でヤヒマを見て来るのが怖くて、シストの言葉に曖昧に笑って返し、戦っているアラド達の元へ急いで駆け付け魔力を放った。

 持ち堪えてくれていた事にほっとしながら、次のダークウルフへと走る。


「待ってよ、待って、置いてかないでよっ!」


 どうしてこう学習能力が無いのか。

 ヒメナを邪険に扱っている事が判ったのか、盾役の聖騎士三人が抜け、アラドたち三人とヤヒマだけが次々にダークウルフに挑んで確実に倒して行った。ヒメナ達は戦う事を放棄したようで、壁際に戻ってじっとしていたけれど、どうもヤヒマを睨んでいるようで視線が面倒くさい事になっている。

 命を助けたってえのにこれかと、うんざりしながらもアラド達と共に戦い続けていると、門が開いて黒い甲冑の人達がやって来た。


 この人達の強さは別格と言っても良かった。


 残っていたダークウルフは六体だったけれど、二人組になってあっと言う間に屠ってしまったのだ。

 唖然としながらも門の向こうへ視線を向けるとそこは、死屍累々の地獄絵図になっていて、さすがのヤヒマも気分を悪くする。


「遅れてすまない。怪我は無いか?」

「大丈夫です」

「そうか、良かった」


 黒い兜のベンテールを上げ、そう話し掛けて来た人にアラドが答えると、ヤヒマ達を見回した後頷いて見せた。

 そこに、学習能力のない女の声が割り込んで来て、ヤヒマは溜息を吐きだした。





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