レッツエンジョイ温泉!
〜一言で分かる前回のあらすじ〜
スピカとミティと一緒に温泉に来ました。
煙のように白い湯気が立ち上り、部屋一面な充満して蓮の視界を制限する。その温かいモヤを抜けると、そこには巨大な温泉がその場を占拠していた。その温泉の色はまるでサファイアのように青白く輝いていて、自然とその美しさに見とれてしまう。
また、ガラス張りの向こう側には山々や海まで見えてかなりの絶景だ。
「フォォォ!!! すばぁぁらしぃ!!」
テンションのメーターが振り切っていて、今にも温泉ダイブしてしまいそうな雰囲気だが、そこはぐっと堪えてまずは体を洗う。
汚れた体のままダイブしてしまったら神秘的なこの温泉を汚してしまう。
ちゃんとマナーを守らなければ温泉を楽しむ資格は無いのだ。
蓮は風呂に入る時は髪から洗うタイプである。十分に水分が染み渡った髪にシャンプーをつけて泡立てていく。前頭部から後頭部、耳の裏までよっくと洗って泡を流す。
次に体は腕に背中、足の指の間まで丁寧に洗って汚れを落とす。鼻歌交じりに体の隅々まで綺麗した所で、蓮は興奮した様子で青く輝く温泉に対峙する。
マナーてしては温泉に飛びこんで入ってなどやってはいけない。しかし、周りに人はいない上、自分の鼓動が抑えきれない。
ついに自分の欲望が理性を倒し、気のおもむくまま蓮は飛び込んだ————
ここで少し話は変わるが、ここ「真珠温泉」にある風呂は全部で3つ。
1つ目は蒸し風呂、現代風に言うならばサウナである。適度な温度が毎日保たれ、汗を流すのにはもってこいだ。
2つ目は水風呂で、サウナとの相性が抜群、火照りすぎてのぼせかけた体を冷やすのが癖になる。ここ真珠温泉のオーナーは特に水風呂が大好きな事で有名で、真珠温泉の水風呂は他と比べて異常に広く、その広さは部屋の大半を占める程である。
さて、3つの風呂の最後の1つにして、ここ真珠温泉の最大の目玉は、絶景の景色が楽しめる露天風呂である。
水風呂の奥の通路を通って外に出ると、水風呂よりも小さな温泉と相見える。
まるで山奥の泉を思わせるような雰囲気で、疲れを癒せる事間違いなしである。
さて、簡単ながら真珠温泉3つのお風呂について説明したが、勘のいい方なら何を言いたかったのか分かるだろう。
蓮が温泉だと思い込んだそれは、屋内にあり、大きさはかなり広いのである。つまり、彼が飛び込んだその先は温かいお湯ではなく———
「冷てえええぇぇぇぇぇ!!!!!」
思いっきり虚をつかれた蓮は、獣のように水風呂から飛び出した。
ショックで心臓がバクバクと動き、体は体温を保とうと熱くなりだす。
「な、なんで水風呂がこんなにも広いんだ!? それに、なんで水風呂しかないのにここ一帯に湯気が立ち上ってんの!!?」
自分以外誰もいない空間に、だんだんと板についてきたツッコミが反響する。
「クソ…… あ、あんな場所にドアがあったのか……」
大声を出した事で頭が冷えた蓮は、気を取り直して温泉へと歩を進める。
寒さでかじかんだ手でドアを開けると、先ほど窓から見えた山々や海が視界に飛び込んだ。太陽は山々へと沈み始め、オレンジの空がまた幻想的だ。
「大きさは普通だけど…… こっちの方が趣があっていいね!」
水風呂トラップで若干不機嫌気味だったが、温泉を見た途端コロッと上機嫌に舞い戻る。
「どれどれ……」
先程の失敗を踏まえ、ゆっくりと足の先から温泉へとくぐらせる。じんわりと温もりを感じ、少し速度をあげて腰まで温泉へと浸からせる。芯まで温まる丁度いい温度、キラキラと沈みゆく太陽の光を反射させる海、早くも空に浮かぶ煌々とした一番星。
そのどれもが素晴らしい調和を醸し出しており、蓮の口からは自然と吐息が漏れた。
「あぁ~ 気持ちぃ~」
思えばこの世界に来てから、ゆっくりと休めたのは今日が初めてかもしれない。休みが無かった訳ではないが、ギルド行ったり魔物が攻めてきたりで休む暇があんまり無かった。
たまの休みもベガに絡まれたりしたし、ラオペ国が建国されてからはさらに忙しくなった。やっぱり疲れが蓄積してるよねそりゃ。
もしかしてスピカはそこまで考慮してここに連れてきてくれたのかな……?
「お、レーくん気持ちよさそーだね!」
「うん、温泉好きだからね……」
……あれ? ちょっと待て、なんでスピカの声が聞こえるんだ?
「妾も温泉好きにゃよ!」
「ふふっ、なら良かったよー!」
スピカだけでなく、ミティの声まですぐ近くから聞こえる。蓮は顔を真っ赤にしながら恐る恐る声の方向に顔を向けると、バスタオルに包まれた2人の女性の姿があった。
蓮は慌てて目を逸らしたが、その2人は気にすることなく蓮の入っている温泉へと身をくぐらせる。
「ちょっ、ス、スピカ!? な、なんで男湯にいるの!?」
「あれ、言ってなかった? この温泉混浴なんだよー」
茹でたタコのように真っ赤な顔でそう言うと、スピカはとぼけた様子でのらりくらりと答える。
「い、言ってないよ!」
「あ、もしかしてレーくん照れてるのー?」
「照れるのも無理もないのにゃ~」
スピカとミティが小悪魔のようにニヤニヤと笑う。ここで照れてるだなんて言ったら、後々までいじられるに違いないし、謎の敗北感を味わってしまう。男は度胸、ここはドーンと構えなければ!
「て、照れてなんか……!」
強がりを含んだおれの言葉を聞くやいなや、スピカはニタリと微笑んだ。
「なら一緒に入っても大丈夫だねー♪
やったねミティちゃん、作戦成功ー!」
「うむ、流石の手腕にゃスピカ!」
2人はパァンとハイタッチすると、俺の両隣を占拠する。どうやら全てスピカの手のひらの上で踊らされていたようだ。
スピカの目的は初めから俺と一緒に風呂に入る事だったのだろう。そうでなければ混浴のある温泉になんて連れてこない。
そして、混浴だなんて教えたら俺がついてこない事も予想して、わざと混浴である事を俺に伝えなかった。
トドメは一緒に入っても大丈夫なように俺から言質を取った。照れてないだなんていうちっぽけな見栄を俺がはる事までお見通しだったってわけだ……
蓮は2人のハイタッチからそこまで深く理解し、同時に強い敗北感を味わった。
「完敗だよスピカ……」
「あはは、一度レーくんと一緒にお風呂に入りたかったんだよね~」
そう言ってスピカはグイグイ蓮に体を押し付ける。蓮は赤面しながら後退しようとするが、不思議な力によってそれが阻まれる。
「な、なんで動けないんだ!」
突然の事で蓮は慌ててじたばたもがいてみるが、何故か体はピクリとも動かない。
焦りの色が濃くなる蓮をよそに、スピカは蓮に体をもたれかける。
「ちょっ、スピカ!? なんか体が動かないんですけど!?」
「あはは…… ごめんねレーくん、ちょーっと実力行使をさせてもらったよ~」
スピカが発動したのは周りのの液体を使役する魔法である。蓮の性格上、ちょっと体を寄せるだけでも照れて逃げて出してしまうのが容易に予想出来たためにこんな強硬手段に出たのだ。
「やっぱりスピカか……」
「うん、だってレーくんともっと仲良くなりたいんだもん……」
スピカはちょっと顔を赤らめながらそう言い切った。その反則的なまでの可愛さは蓮を胸キュンさせるのには十分すぎる威力で、照れてそれっきり黙ってしまった。
さて、ここらで1つ整理しておこう。勘違いしやすいのだが、この傍から見ればただのカップルである2人は実は付き合っていない。付き合っていないのに同棲状態で暮らしていたり、一緒にお風呂に入ったりしているのだ。そんな友達異常恋人未満の2人が、こんなにイチャイチャするのはおかしいのではないか———蓮はショートしながらそう思わずにはいられなかった。
「ちょっ、ス、スピカ! そーいうのはちょっと早すぎると思うんだけど!」
「ん~? ボクとレーくんの仲なら大丈夫だよ〜」
いつもなら恥ずかしがるスピカが、今回は全く引こうとしないばかりか逆にグイグイ攻めている。
これには深い理由があった。
スピカは大事なお客様の接待の準備を朝からアリス、ミラ、マインの4人でこなしていた。せっせと働いたおかげで、蓮に会いにいく数十分前には全ての準備が終わったため、来客が来るまで4人でだべっていた。
主に蓮の話で盛り上がって楽しんでいたところ、事件は突然起こった。
「そーいやスピカ、蓮さんとはうまくいったんですか?」
ミラはスピカにそう質問した。
ここに集まっているメンバーはスピカが蓮の事を好きだと知っており、何回もスピカの恋愛相談に付き合ってきたメンツである。
そのため、蓮とスピカの関係が進んだかどうかはかなり気になる点なのだ。
「……ふぇっ!?」
珍しくかなり素っ頓狂な声が漏れ出たスピカの反応を見て、周りの女性達はため息交じりに大体の事———蓮との進展なし———を察した。
「まぁだ告ってないんですかこのヘタレは……」
「いや、でもほら、まだボクには早いかな~なんて……」
「毎晩一緒に添い寝してるくせに何言ってんのよ」
アリスがため息交じりにそう言うと、スピカは言い訳をつらつらと述べるが、マインの一言で一刀両断された。
「はぁ…… スピカは魔物を倒す時の積極性を少しでも蓮さんに出せればいいんですけどねぇ……」
「そりゃあ無理な話ですよミラ! スピカはヘタレですから!」
「確かにアリスの言う通りです。折角レオンさんとアリスのファインプレーがあったというのに、この子はぜーんぜん活かせてないですからね……」
3人の嘲笑がスピカの頭の中に響く。
そして、スピカは恥ずかしさでついカッとなってしまった。
「……ボ、ボクだってやる時はやるんだよ!!」
言った後で自分の言っている意味に気づいたスピカは言葉を撤回しようと思ったが、時すでに遅し。この言葉を聞いた3人は邪悪な笑みを浮かべていた。
「あらあらあらぁ……? それってつまり……?」
「蓮さんに……?」
「告白するって事ですね!」
———とまぁ、スピカが積極的なのはこういう理由だったのだ。
あの3人の前で宣言した以上、失敗したら姑のごとくねちっこくいじられるに決まっている。
(大丈夫、大丈夫落ちついて…… あの日から思いを伝えるために何回も何回も練習したじゃん! 深呼吸深呼吸!
あぁでも、もしふられちゃったらどうしよ…… でもでも、告白しなきゃいつまでたっても付き合えないし…… いやまぁ、このままの関係でも十分だけど…… いや! なに弱気になってるんだボクは! よし、女は度胸!当たって砕けろだ!)
うじうじと考えぬいてよーやく覚悟を決めたスピカは、思いを告げようと試みる!
「レーく……」
「蓮! いつまでそこでイチャイチャしてるのにゃ! 妾とも遊んでたもー!」
恋する乙女の言葉は、元気いっぱいのミティによってかき消されてしまった。
「うわっぷ! ちょ、俺今動けねぇんだからやめろよミティ!」
「にゃははは! よいではにゃいか!」
蓮とミティはそれっきり遊び始めてしまい、スピカは絶好のタイミングを逃した己のヘタレっぷりを悔やむほか無かった。
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亀更新ですがこれからも楽しんでくれたら嬉しいです!




