焼き鳥って美味しいよね!
~一言でわかる前回のあらすじ~
ピアニーの力でアロエの実がグレードアップしました。
ある日の昼下がり、蓮はセイメルの街をのほほんと1人で散策していた。
いつもなら1人でいる時は少ないのだが、今日は皆色々と用事があるらしいのだ。
スピカはアリスとミラに朝一で連れてかれたし、スーやイアン達はいつもの訓練。
ピアニー達は住処の建設と、空いた時間に『幻想の森』に行ってロビンに会ってくると話していた。
というわけで、久しぶりに1人で羽を伸ばすことにしたのだ。
そのままプラプラ歩いていると、道の行く先に小さな出店が見えた。
その店の暖簾をくぐると、おばちゃんが威勢のいい声で掛け声を放つ。
「はい、いらっしゃい!」
「おばちゃんオススメはー?」
店には色んな種類の料理があったのだが、蓮が見知ったものはひとつもなかった。
「うーん、ウチの商品はみんなオススメだしねぇ…… あっ! これなんてどうだい?」
おばちゃんはそう言って、色鮮やかな丸い球体をコップいっぱいにいれて差し出した。
その球体からはフルーツのような甘い香りがプンプンする。
「それはね、『バルーンフルーツ』ってんだよ。食べたら頬がとろけるよ!はははは!」
おばちゃんは山賊のような豪快な笑いをした。
「んじゃそれでお願いするよ」
「毎度ありー!」
おばちゃんから商品を受け取り、早速一粒つまみ上げて口へと運んだ。
食べた瞬間、口の中いっぱいに甘酸っぱい苺の味が広がった。
「うまいな…… あれ? でもこれのどこら辺がバルーンなんだ?」
たしかに頬がとろける程美味しいが、どこにもバルーン要素がない。これではタイトル詐欺では無いか———
「ん、兄ちゃんこれ食べるの初めてかい?
それはゴム風船を膨らませるみたいに空気を送ってから食べるんだよ」
顔に出ていたのか、俺が聞く前に一番聞きたかった所を的確に答えてくれた。
「あ、そうなの? 度々悪いねおばちゃん」
おばちゃんのレクチャーを受け、言う通りに思いっきり空気を送ってみると、みるみるうちに膨らんで大きくなっていく。
「おお…… ホントに大きくなった……
どれ1口……」
パクッとかぶりつくと、パンっ!という破裂音と共に先程よりも濃厚な甘味と酸味が広がった。
「こ、これさっきとは比較できないほど美味しくなってるなぁ!」
あまりの美味しさにハマった蓮は、バルーンフルーツ片手に上機嫌で観光し始めた。
巨大な噴水や、活気溢れる商店街。
見れば見るほどアニメやゲームの中の世界のようで、それが蓮のテンションをさらに上げた。
そんなこんなでバルーンフルーツの数が半分をきった頃、蓮は歩き疲れて噴水近くのベンチに腰掛けて休んでいた。ぼけーっと噴水を見ながらバルーンフルーツを食べていると、背後に何者かの気配を感じた。
「おい! そこにゃ奴!」
ふと、辺りの静寂を突き破るような甲高い声が背後からした。ちらっとそちらの方を見ると、そこにはスーやピアニーより少し背の大きい猫目の女の子が立っていた。
「……もしかして俺のこと?」
「うむ、おにゃえだ! おにゃえ、その手に持っておるのはなんなんにゃ!?」
初対面だというのにかなり高慢な物言いをするロリっ子だな。
「さっき出店で買った『バルーンフルーツ』だけど……」
俺がそう言うと、その猫目の少女はスっと右手を差し出す。
「えっと……その手は何かな……?」
その子は黙ったまんま鋭い目付きでじっとこちらを見つめる。
———それを寄越せ。
目は口ほどに物を言うというが、その言葉通り、何を望んでいるのかひしひしと伝わってきた。
蓮はバルーンフルーツを1つつまみ上げ、その子の手の上に置くと、とっても嬉しそうな様子でパクッと食べた。
「……うまいにゃぁこれ! 」
美味しそうに平らげると、またも何も言わずに右手だけ差し出す。
中々図々しい奴だなぁと思いながらも、その子の望み通りに次々にバルーンフルーツをその子にあげた。
……まぁベガに比べれば可愛いもんだしな。
「……ふむ、なかなかに美味かったにゃ。
さて…… おい、おにゃえ!」
バルーンフルーツのカスを口元に付けながら、その少女はビシッと蓮を指さした。
「おにゃえ…… 妾の召使いに任命してやるのにゃ!」
……んん? 何を言ってるんだこの子は?
「え、やだよ」
俺が拒否すると、その子は口をあんぐりと開けて驚いていた。
「んなっ! これ程名誉な事はないにゃよ!?気でも狂っとるのかにゃ!?」
「いや気が狂ってんのはお前だろ!?
なんでいきなりお前の召使いなんぞにならにゃいけないんだよ!?」
「だーかーら! 妾の召使いになんてそうそうなれないにゃ、光栄な事にゃん!」
猫目の少女は必死にプレゼンを繰り広げる。
そして、その強引なまでの押しの強さは功を奏した。
蓮は周りに合わせるタイプだからなのか、非常に押しに弱い。というか、段々考えるのがめんどくさくなって流れに身を任せてしまう性格なのだ。
「分かった分かった…… 今日だけその召使いとやらをしてやるよ」
「初めっからそう言えばいいのにゃ!」
少なくともベガの相手をするよりは楽だろうし、小学生の遊びに付き合うと思えば微笑ましいもんだな。
「さて、それでは妾にこの国を案内してくれにゃ!」
「なーんだ、あんなに偉そうにしてたけど
単に迷子なだけかよ」
笑い混じりにそういじると、その子は口をとんがらせる。
「ちーがーうーのーにゃー! 妾が迷子なのではなく、妾の案内係が迷子なのにゃ!」
猫目の少女は精一杯自分は迷子じゃないと蓮に主張するが、当の蓮には全く響いていない。その証拠に、蓮は作り笑いを保ちながらはいはいと子供をあやす様に受け答えを行っていた。
その後、内心では間違いなく猫目の少女がはぐれて迷子になったのだろうと思いながら、1ヶ月ちょっとしか住んでいないセイメル王国の案内に挑戦した。
案内しながらこの猫目の少女についても色々と聞いた。
まず、この猫目で高飛車な所が特徴であるこの少女の名前はミティといい、ベネティア王国からやってきたらしい。
ベネティア王国というのはセイメル王国の隣国で、なんといっても国民全てが獣人である事が特色である。
つまり、見た目では普通の人間の子供にしか見えないミティも、実は獣人なのだ。
勘の良い奴なら薄々気づいていたかと思うが、ミティが語尾に「にゃ」と付けてしまうのは猫の獣人の癖である。
大人になるにつれてその癖は治っていくのだが、いかんせんミティは幼いのでまだその癖は治っていない。
獣人の特徴は話し言葉だけには留まらず、他にも数多くある。身体能力が高いとか、勘が鋭いとか、顔が整ってるとか。
その中でも郡を抜いて特徴的なのは、やはり見た目の面だろう。
今のミティの見た目はどこからどう見ても人間の子供だが、これは魔法によって変身しているらしく、ミティの通常の姿は頭にはピンと猫耳が付いており、腰の辺りにスルッと細くて可愛らしい尻尾が1本生えている。
本気を出せば全身猫の姿に変身出来るそうだが、まぁデフォルトの姿は半人半獣の姿だそうだ。そんな事をミティと話しながら、セイメル王国の商店街をぶらぶら歩き始めた。
「そんで、どこに案内すりゃいいんだ?」
「おい召使い、あそこから漂ういい香りはなんにゃ!?」
蓮の問いかけを華麗にスルーしたミティの見つめる先には、大きな文字で『やきとり』と書かれた屋台があった。
ジュージューと心地よい音と共に、ガツンと食欲に訴えかける香ばしい香りがその屋台から漂う。そしてタレのたっぷりかかったやきとりは、見ているだけでヨダレがこぼれ落ちそうだ。
「んー? あぁ、あれは焼き鳥かな。鶏肉を串にさして、タレや塩コショウを付けて焼いたものだよ」
「……ごくり」
ミティは、何かに取り憑かれたかのようにやきとりの屋台を見つめ続ける。
「……もしかして食べたいの?」
俺がそう言うと、機敏な動きでこちらを向いた。ミティの顔は花火が開くようにパァっと明るい顔をしていたが、すぐに我に返って腕組みしながらそっぽを向いた。
「妾は別に食いたいだにゃんて思ってないにゃ…… た、ただ! お、おにゃえがどうしても食べとくれと言うのにゃら、食べてやらん事もないにゃ!」
生意気でツンツンとした口調でそう言うミティだが、チラチラと羨望の視線をこちらに送ってくるし、本心では間違いなく焼き鳥を食べたいのだろう。ここで、俺のイタズラ心が刺激された。
蓮はミティに「ちょっと待ってて」と告げると、屋台の方へと駆け寄った。
「はぁ…… おじちゃーん、もものタレ2つとナンコツの塩2つー」
「はいよっ!」
屋台のおじちゃんから焼き鳥を受け取り、
ミティの元へと戻る。
「ほら、食べな。俺の奢り」
「ふ、ふん! し、仕方ないな、食べてやるにゃ」
蓮が焼き鳥を差し出すと、上から目線の態度のままミティは差し出された焼き鳥に手を伸ばした———が、伸ばした手は空を切った。
愕然としたミティの見たものは、自分の身長よりも高い位置に移動した焼き鳥と、意地悪そうな黒い笑顔の蓮だった。
「あ、いいよ食べたくない時は食べなくて。ぜーんぶ俺が食べちゃうからさぁ~」
ニヤニヤしながら、蓮は4本ある焼き鳥のうち1本に手をかける。ミティは涙目でその手の行方を目で追っていた。
その視線に気づきながら、わざと鶏モモのタレを大げさに美味しがりながらほおばった。
「うまぁ……」
「ひ、ひ、酷いのにゃ! 今のはその串をくれる流れだったにゃ! 自分ばっかり食べてずるいのにゃ!」
「え~? だって食べたくなさそうだったし」
「にゃっ!? そ、それは…… うぅ……」
ミティは何か言い返そうと言葉を探したが、
蓮の言われた事にぐうの音も出なかった。
「食べたい」と言えれば済む話なのだが、高飛車で意地っ張りな性格のミティにとって、素直に言おうと思ってもつい上から目線で生意気な口調になってしまうのだ。
その上、ベネティア王国では一々そんな事言わなくても周りの者が気を遣ってくれたため、自分の悪癖を増長させてしまった。
そんなわけで、今更素直に頼むことも出来ずに諦めようと俯いていると、焼き鳥の香ばしい匂いが先程よりも強烈に感じた。
その匂いにつられて顔を上げると、焼き鳥を2本こちらに差し出している蓮の姿があった。
「食べたいっていえば食べさせてあげる」
蓮の顔はニヤニヤしていた。
ミティが己のプライドと食欲とで葛藤するのを見越してわざとそんな意地悪な事を言っているのだ。
いつもはどちらかといえばいじられる側だが、可愛いものをみると少し意地悪してみたくなる性分で、ついミティにも意地悪をしてみたくなったのだ。
「……たぃにゃ」
ミティはモジモジと数瞬葛藤した後、小さな声でぼそぼそと何かを言ったが、語尾の「にゃ」くらいしか聞き取れなかった。
「ん? 聞こえなーい」
「うぅ…… た、食べたいにゃ」
聞き返すと、ミティは頬を赤らめながら上目遣いでそう言った。その魅惑的な表情を見ると、何かイケナイ事をしている気分に陥ってしまう……
「よ、よく出来ました! はい、冷めない内に食べなー」
ミティの顔にちょっと見とれたのを隠すように、慌てた様子で焼き鳥を渡した。
お待ちかねの焼き鳥をパクッと1口食べると、ミティの食欲に火をつけた。
パクパクパクパクと、グルメリポーターのように美味しそうに焼き鳥を頬張っていく。
「そんな急いで食べなくても焼き鳥は逃げないよ……」
「こんにゃに美味しいものがあるとは……! ほ、他には美味しいものはないのかにゃ!?
にゃ、にゃああるんにゃよな? 教えてもらってやってもよいにゃ!」
「ん~? そんな言い方でいいのかなぁ?」
またも素直になれずに上から目線が出てしまったミティにクスクス笑いながら尋ねた。
ミティは慣れてないのだろう、ちょっと照れながら蓮を見つめて。
「お、教えてくださいにゃ!」
蓮はニコッと笑うと、
「任せとけ! 次はお好み焼きについて教えてやるぜー!」
そう言ってお好み焼き屋へと歩を進めた。
やっぱり獣人は出したかった……!




