真・アロエの実!
逃亡したベガをおいといて、俺とスピカはグリズリへと帰ることにした。
ロビンもグリズリに招待したのだが、
『幻想の森』のパトロールをしなければならないからという理由で丁重にお断りされた。
そんな感じで2人でグリズリへと戻るやいなや、いの一番にマリンがすっ飛んでくる。
鼻息は荒く目は大きく見開いていて、傍目からみても興奮しているのが分かるほどだ。
「マスター! す、凄いですよあの方々!
グリズリの癖のある植物達を、ものの数十分でグングン成長させてます!」
お、どうやら希少な植物の育成は成功しているようだ。良かった良かった。
一時はどうなるか心配だったけど、これでセイメル王国との貿易も順調に進みそうだね。
「うん、報告ありがと。んじゃ、ついでにそこまで案内してくれる?」
「お任せ下さいマスター!」
未だ興奮冷めやらないマリンに案内を頼み、
ピアニー達がいるであろうアロエの実の群生地へと向かう。
余談だが、アロエの実の群生地は村の中心部から遠く離れた森の奥深くに生えている。
長いこと住んできて分かったのだが、グリズリでは入手困難なものほど便利なものが多いというゲームのような傾向がある。
恐らく、いや間違いなくこの世界を作った奴が意図的にそういう配置にしたのだろう。
ニヤニヤいたずらっぽく笑いながら、「そうした方が面白いじゃろ?」と言う着物ロリっ子の姿が容易に想像できる。
とまぁそんな訳で、汎用性抜群のアロエの実も御多分に洩れず、入手困難な森の奥地にあるのだ。
ここまでグダグダと長いこと話したが、結局何が言いたいのかというと———
「もう疲れたぁ……」
この一言に尽きる。歩き始めて早いもので1時間、目的地に着くどころか周りの景色が一向に変わらない。
『森の奥地にある』だなんて先程は簡単に言ったが、この広いボワ島の森の奥地に行くのは容易ではないのだ。
ボワ島では転移系のスキルは使えない上に、森の奥地までの道は舗装されていない。
その上、川は超えるわロッククライミングするわ…… 運動があまり得意ではない俺にとって、目的地に辿り着くまでにめちゃくちゃ疲れるのだ。
シロやクロを呼んでもいいのだが、彼らは絶賛訓練中のはずだ。俺一人が楽をする為だけに、彼らの訓練に水を差す真似はできるだけしたくない。
……まぁ、マジでキツいなら呼ぶけどさ。
「頑張って下さいマスター! あともうちょっとです!」
お疲れ気味でテンションが下がりまくってる蓮とは裏腹に、マリンは元気一杯だった。
「マリン、それ10分前も同じ事言ってるぞ……」
「あはは、レーくん疲れたならボクがおぶってあげよっか?」
「いや、それは男として負けた気がするからいいや……」
レベルが98にもなり、ステータス面では向上している蓮ではあるが、残念ながら体力は中学校女子の平均ほどである。
それに比べて、魔物であるマリンの体力はアスリート並、Sランク冒険者であるスピカに至っては底がしれない程だ。
蓮がゼーハーしながら歩いているのに対し、彼女たちはキャッキャお話ししながらいとも簡単に歩んでいくのだ。
そんな現実を突きつけられ、蓮は自分の不甲斐なさを感じずにはいられななかった。
せめてこれからは情けない所を見せないためにも、特訓しようと心に堅く誓った——
「ん? そーいやおかしくねぇか?」
ここでふと、天から舞い降りたかのように疑問が浮かんだ。
「なぁマリン、ピアニー達全員群生地まで歩いていったんだろ? 俺達とのタイムラグなんてせいぜい1時間なのに、そんな短い時間で群生地まで辿り着いて育成までこなしたの?
ちょっとおかしくない?」
蓮が息を切らしながらマリンに質問すると、
くるっと蓮の方を向いて即答する。
「それはですね、あのちょっと小さめのドラゴンがいらっしゃっいましたですよね?」
「あの幼生のドラゴンの事でしょ? レーくんが一番気になってた子だよね~」
そりゃあまぁ、やっぱりファンタジーと言えばドラゴンが不可欠だ。アニメやラノベ好きならば、ついついドラゴンに見入ってしまうのも致し方ないというものさ。
「あの方ピャピュニール様っていうらしいのですが、その方が巨大化して全員を背に乗せてひとっ飛びして下さいました。なんと10分もかからないで着いたんですよー!」
「ごめんもう1回言ってもらえるかな」
蓮は2つほど突っ込みたい箇所があったのをぐっと抑え、自分の聞き間違いである事を願って再度マリンの言葉に耳を傾ける。
「ピャピュニール様がひとっ飛びして下さいました」
「お前俺が突っ込みたい所をよく分かってるね!!」
1度は飲み込んだツッコミ衝動だったが、己の聞き間違いでは無いと知った蓮に、それを止める事は出来なかった。
「突っ込みたいところ1つ目ェェェ!!
あいつら飛んで目的地まで行ったの!?
楽して目的地まで行ったってことだよね?
それなのになんで俺達は徒歩なんだよ!」
「ちょっ、レーくん落ち着きなって……」
スピカは苦笑いをしながら止めに入るが、
疲れでテンションがハイになってしまった蓮を止めることは叶わなかった。
「これを落ち着いて受け流せるほどの広い心は持ち合わせてないよ! 今絶賛筋肉痛中なんだからね!?」
「だからボクがおぶってあげよっかって言ってるのに~」
「それは情けなさせすぎるからヤダ!」
いつもの蓮ならば、もう少し落ち着き払ってツッコミに準じることが出来たはずであろう。しかし、疲れというものは時として人を変える。蓮の場合、疲れてくるとワガママ・思考放棄・ハイテンションという3つの症状が現れる。
「突っ込みたいところ2つ目ェェェ!!
ピャピュニールってなんだよピャピュニールって!! 惜しいよ! そこまでファフニールに似せたんならいっそ最後までやりきれェ!」
「あ、ピャピュニール様は昔ベガ様に名付けられたそうですよ」
「やっぱりロリ神かよ!!絶対わざとそういう名前つけたぞあの野郎!!」
「あはは…… 確かにそれは否めないね~」
言いたいことを全部言い終わった蓮は荒くなった呼吸を抑えようと、深呼吸を数回して息を整える。
「ごめん、ちょっと取り乱しちゃった……」
蓮はきまり悪そうにそう言った。
「いえ、大丈夫ですよマスター。下手にストレスを溜められる方がまずいですからね。
……っと話してる間に着きましt」
「蓮さぁぁぁぁん!!!!」
「マスタァァァー!!!!」
「グホォ!!」
マリンが目的地に到着した旨を言うより早く、鮮やかな緑色と深緑色の2つの弾丸が蓮の腹部を襲った。
「マスター凄いんだよピアニー達! 植物達とすぐに友達になっちゃって!」
「蓮さんこんな楽園のような場所に連れてきてくれてありがとうございます!」
向日葵のようにパァっという明るい顔で2人はまくし立てる。しかし、まくし立てられている蓮の口からはヒューっと白いモノが——出てはいけないモノが——ひょっこりと顔を出していた。
「ちょっ、レーくん大丈夫!? 魂みたいなの出ちゃってるんだけど!?」
「大丈夫大丈夫、ステータスは高くなってるからさ…… あれ、あんな所に見たことも無いほど綺麗なお花畑があるや。ピアニー、あの花の名前はなんだい?」
蓮は口から出てしまった魂をラーメンをすするようにして戻したが、依然として虚ろな目のまま一点を見つめていた。
しかし、蓮の見つめる先には花畑など無く、
あるのはグリズリ特有の異質な植物達だけである。
「えっ? 花畑なんかどこにもないですよ?」
「えぇ? おいおいピアニー、ドライアドなんだからあんなに綺麗な花を見逃しちゃあダメだろう? 仕方ない、俺が取りに行ってやるよ……」
蓮はフラフラと樹林の方へ歩を進める。
「ちょっ、レーくんその花畑に行っちゃだめだよ!? 気をしっかりもって!」
「……ハッ! あれここどこ? 今清らかな川を渡ってたはずなんだけど? 」
「三途の川渡り始めてたのレーくん!?」
とまぁ蓮の生死をさまよう一悶着があったが、どーにかこーにか一線を超えずに済んだ。
「死ぬかと思ったよ…… んで、なんでロリっ子達は飛んで来たの?」
「スーはピアニーちゃんが凄かったって言いたくて!」
「私はこの桃源郷に連れてきて頂いた感謝を伝えたかったのです!」
ロリっ子達の目はキラキラと輝いていた。
「そ、そうか…… なら次からは飛びつくのはやめような? お前らの潜在能力高すぎて、俺の防御力じゃ防ぎきれない事を実感させられたし」
「「うん、分かったマスター(蓮さん)!」」
ロリっ子達に再教育を施し、ズキズキ痛むお腹を擦りながらアロエの実の元へ向かった。
そこにはフォーレ達とグリーン隊の皆がせっせと住処を作っていた。
そこに近づいていくと、現場監督をしていたイアンとヒスイがこちらに気づいて俺の元へと駆け寄る。
「あ、マスターお疲れ様でございやす。フォーレ殿達が住む場所を作るために、あっしの判断でヒスイ達に頼みやしたが、差し出がましい事でごぜぇやしたか?」
「いやいや、ありがとうねイアン。引き続きフォーレ達の事頼んだよ。ヒスイも頑張ってね!」
そう言いながらヒスイの頭を撫でると、こそばゆそうにしながらも喜んだ。
「お任せ下さいマスター! レンガを手に入れた私達に不可能はないです! あ、マリンも手伝って下さい、私の頭だけじゃ設計できません! さぁ、いくですよー!」
「えっ、ちょっ、ヒスイ! 貴方その目をしてる時はガチの時ですよねぇぇ……」
蓮が感じ取った彼女の雰囲気は、
クロウや蓮にレンガを強請った時のそれだった。その有無を言わせぬ雰囲気のままむんずとマリンの首根っこを掴み、目を爛々に輝かせて作業に戻った。
「なんかヒスイさんとキャラ被ってるような……? いえ、気のせいですそうに違いないです!……それじゃあ行きましょう蓮さん!」
ピアニーの聞いてはいけない切実な悩みを聞いてしまった気もするが、まぁスルーして先へ進もう……
「さぁ! この私が手塩にかけて育てたアロエの実がこれです!」
テッテレーと自分で効果音をつけたピアニーの手の先には、以前とは見違えるほど大きく育っているアロエの実があった。
以前のアロエの実は1本の全長1mちょい程の茎にびっしりアロエが生えている。そのアロエの部分をアロエの実と呼称して食べていたわけだが、ピアニーが育てたものは根本から違っていた。
まず、形状からして違う。
ピアニーの育てたものは大きな木に変貌をとげており、葉っぱの代わりにアロエが枝に付いていた。そして、所々にエメラルドのように光り輝く丸い実をつけていた。
「……なにこれ? 俺の知ってるアロエじゃないんですけど?」
「フッフッフッ…… 私がこの子に触れたとたん、いきなりこの形状に進化したんです!
それでですね、今まで皆さんがアロエの実と呼んでいたものはアロエの葉っぱで、本当のアロエの実はこの宝石のようなものだったんです!」
ふふんと胸を張りながらピアニーが説明する。
「ピアニーって本当に育てるの上手いんだね……」
「蓮さん疑ってたんです!?」
「ピアニーちゃんごめん、実はボクも半信半疑で……」
「スピカさんもです!?」
なんていうかピアニーってちょっと抜けてる感じがあるから、頑張ったけど育てられなかったとかそんな感じなるんじゃないかなって心配だったんだよね。でもまぁ、そんな不安も杞憂だったみたいだね。
「ふふん、私をバカにするのもここまでです!! 正真正銘のこのアロエの実は、以前のあのアロエの実——いや、アロエの葉と呼んだ方が正しいですね…… まぁそれよりも効能が強いんです!」
「えっ、そうなの?」
「勘ですけどね!」
「勘かよっ!」
ピアニー、さっきヒスイと自分のキャラが被ってることを悩んでたけど、少なくともそのアバウトさ加減は似てないから安心しな……
意外に思われるかもしれないけど、ヒスイは結構考えるタイプだもん。
「まぁまぁ、食べてみれば分かりますって!
さ、どうぞどうぞです!」
ピアニーに手渡されたアロエの実は、プリンのようにぷるぷるしていた。
生唾をゴクリと飲み込み、思いっきりガブリと噛み付いた。
「……ナニコレメチャクチャウマイ」
「レーくん!? なんかカタコトになってるんだけど!?」
「イヤウマスギテ…… いやこれ本当に美味いよ?」
「あ、治ったねカタコト…… ってうわぁ!
ちょっ、レ、レーくんどうしたのそれ!?
なんか身体中光り輝いてるだけど!?」
「えっ?」
スピカに言われて自分の体を見てみると、確かに俺の身体が緑色の光に包まれていた。
「うわっ、本当じゃん…… あれ、でもなんか悪い気はしないぞ? さっきまで全身を襲っていた疲れも吹っ飛んだし、いつもより体が軽い感じがする……」
「ホントにー? ならスーも食べるー!」
パクッとアロエの実に食いつくと、スーも同じように緑色の光に包まれる。
「わぁ…… これ凄いねマスター! 美味しいし、疲れも無くなっちゃうし…… これ! もっと作ろーよ!!」
スーは満面の笑みを浮かべ、アロエの実にむしゃぶりついた。
「しっかし、実際のところ正確な効能はなんなんだろうなぁ…… 」
アロエの実を食べながらそうぼやいた。
「ドライアドの私でもそれは分からないんですよね…… 元の世界にある植物なら全て分かるですけど、この世界にある植物達は初めて見ますし…… 育てる事なら得意なんですけどね……」
「そっか…… ピアニーにも分からないとするなら……」
「……呼んだかの?」
この幼い声のトーン、姿に合わないジジイ口調、唐突な現れ方。そして、ピアニーにも効能が分からないと聞いた時に、知っているかもしれない候補に自然と思い浮かんだ銀髪着物ロリっ子。
「……呼んだじゃろ?」
いつも通り唐突にベガが現れた。
「お前、逃げたくせによく顔を出せたな?」
「……もう時効じゃと思って。それに、お主あんまり怒っとらんじゃろ?」
蓮はぐっと言葉を飲み込んだ。
ベガに言われたことが図星だったからだ。
そう、実はそこまで怒ってない。
居眠りが原因でこの世界に転移させられたと知った時ですらあんまり怒ってないんだし、
あの程度の事で今更怒るわけが無い。
今までその場のノリに合わせて声を荒らげる事はあったが、本心から怒った事は生まれてこの方一度も無い。
その良くいえばおおらかな性格な上、ここ1ヶ月の経験で身についた常軌を逸した適応力。
そのため、今回の件にもいつものように目を瞑ってベガに説明しろと促した。
「うむ…… その実の効力はピアニーが言う通り、葉っぱよりも効力が高い。
葉っぱは主に傷を治すが、実の方は傷だけでなく体力も回復させ、ステータスを一時的に向上させるのじゃ。傷だけを治すなら葉っぱ、他諸々の事は実というふうに使い分けた方がよいぞ」
「へぇ…… ベガの癖に意外と博識だな」
「ん? いやこれ読んだだけじゃけど?」
ベガの右手には、幻想の森に行く前に見た
『グリズリ百科事典~ボワ島~』が握られていた。
「てか、これ見ればボワ島の事ならなんでも分かると言ったじゃろ……」
「あぁ、そういやそうだったな…… あ、でもそんな分厚いやつ持ち歩けないし……」
「ん、何言っとるんじゃ? 使役すればいつでも呼び寄せられるじゃろ?」
ベガは脈絡もなくそう言い放った。
「いやいやいやいや、俺のスキルで使役できるのは魔物だけだからね?」
「あ、言っておらんかったかのぅ? こいつはれっきとした魔物なんじゃよ。今ここにあるのは体の一部じゃが、本体は『ブックバード』と呼ばれる本で出来た鳥なんじゃよ」
そう言うと、ベガは空間に歪みを作って片手を突っ込む。その手を引き抜くと、ギャアギャアという鳴き声をあげる、本で出来たプテラノドンのような生物が首根っこを掴まれながら姿を現した。
「こやつが『ブックバード』じゃよ。確かお主、使役レベルが9になっとったよな?
それなら友好関係結ばんでも使役できるはずじゃよ」
「そ、そうなんだ……」
ギャアギャア鳴きながら抵抗する『ブックバード』を使役するのは気が引けたが、このままだとベガに握りしめられてくたばってしまうかもしれない。現にちょっと泡を吹き始めている……
早くアイツを使役して、悪魔の魔の手から解放してやらねば!
新生活忙しくて更新遅くなりそうなのでご勘弁を




