マリンの苦悩?
~一言で分かる前回のあらすじ~
『真紅の魔女』とのハンディマッチ戦にギリギリで勝てました。
あの壮絶な模擬戦から3日、毎日スピカの地獄の訓練は行われ、ラオペ国の兵達の顔はどんどんやつれていった。
俺もその現状が可哀想に思い、スピカを連れ出したりして兵達に安寧をもたらしたかったのだが、いかんせん仕事に追われ始めたために出来なかったのだ。
実は、セイメル王国と国交を結ぶにあたってラオペ国の代表者を選出する事になったのだが、流石に5歳のスーにやらせるわけにもいかず、やむ無く俺が代表者となった。異世界に来て1ヶ月程で国王となったのだ。
しかし、国王といっても良いことはあんまり無く、ここ三日よく分からない資料に目を通したり、セイメル王国の女王であるアリスと晩餐会や建国記念式典の準備などでめちゃくちゃ忙しい。貿易担当のイエロー隊も必死に働いてくれてるが、それでも俺に回ってくる仕事は数多くあるのだ……
しかし! そんな激務も一段落し、今日からは自由時間がかなり増える。今日に至っては1日中フリーである。
そんなわけで、スピカとスーを連れてどこかに出かけようと思い、スピカのいる訓練場へと向かった。
ここ最近のマイブームは、この街の街並みを見ながら歩くことだ。ヒスイ達の尽力もあって、初めはただの農村だったラオペ国がどんどん国らしく発展していっている。建築物も三日前より格段に増え、道も中心部の方からレンガで舗装し始めている。
レンガといえば、セイメル王国から初めてレンガが届いたときのヒスイのはしゃぎっぷりは凄かったなぁ…… レンガを両手にピョンピョン跳ね回って、自分の頬でレンガをスリスリして喜ぶんだもん。部下であるグリーン隊もちょっと引いてたよ。
そんな風に街並みを楽しみながら歩いていると、正面からマリンがトボトボと歩いて来た。傍目から見てもとても気落ちしていて足どりが重い。
「マリン? そんなに気落ちしていてどうしたんだ? 何かやな事でもあった?」
俺がマリンに話しかけると、マリンは薄ら笑いを浮かべながら原因を話してくれた。
「マスター…… 実は、あんまり研究が上手くいってなくて…… アロエの実の増殖が行き詰まってるんです……」
マリンはそう言うと、がっくりと項垂れる。
「あんまり気にするなって。もっと時間がかかってしょうがない事だし、大丈夫だよ?」
「いえ! セイメル王国と貿易も結んだんですから、こんな所でつまづいてられません!」
未知の植物の研究なんて難航してしょうがないと俺は思うんだけど、いかんせんマリンは真面目を絵で描いたような奴だからな……
出来ないことに焦りを感じてしまってるんだろうなぁ……
「種の抽出までは出来たんですけど、そこからが大変でして…… 植えて数日経つといつの間にか腐ってるんですよ……もうわけが分かりません……」
マリンがまたもがっくりと項垂れる。
「さっきも言ったけど、難航してるのをあんまり気にしない方がいいぜ?」
「マスター……お気遣いありがとうございます。ですが、そうも言ってられないでしょう…… アロエの実は、貿易でメインとなる商品です……必ず、成功させないと!」
マリンは無理に元気に振舞おうとしているような気がしてならない。こーいう難問にぶち当たった時は、もっと人を頼ったり……
「あ、ベガに聞けばいいのか」
俺は今まで何故気づかなかったんだ?
何か分からないことがあるのなら、アロエの実作った張本人に聞くのが1番良いに決まってる。俺もいつの間にか、自分達だけでやらなければという固定概念に囚われていたんだなぁ……
「えっ!? そんな軽々しく神様に助言貰っていいんですか?」
「大丈夫大丈夫。今まで助言どころかスキルもらってきたんだし、アイツ、意外に頼られると甘いんだぜ?」
俺がケラケラ笑いそういうと、待ってましたとばかりに「その通ぉぉり!!」と不意に背後から声がした。
「呼ばれてもないのにここに参上! 助言とスキルをホイホイ振りまいて、クレーム対応
一級品!!その上おだてられるとさらに甘くなる! 自分でもとても神様だとは思えない! 自他共に認める気軽な神様、その名もベガ様じゃ!」
なんとも自虐的な口上と共に、いつもの如く突然ベガが現れた。ここ最近で分かってきた事なのだが、ベガに会いたいな~って思った瞬間どこからともなく現れる。
もちろんいつもはソファでゴロゴロしているのだが、何かベガに聞きたいことや頼みたいことを思いついた時はすぐに俺の所まで来て、質問くれくれオーラを放つのだ。
そのシステム自体はとっても助かるんだが、
神様って暇なのかなって思う心の方が感謝の心より大きくなってきている。
「うんうん…… 意外と暇なんじゃよ……
じゃから、頼み事があるならバンバン言ってくれ。バランスを崩さない程度に助けてやろう!」
うん、やっぱり暇みたい。神様にあんまり頼らないという俺に相応しくないプライドは捨てて、ガンガン使えるものは使っていこう。
「まぁ、それよりもお主らの悩みはアロエの実の増殖方法じゃったな? そんな悩める子羊達には、これをプレゼントじゃ」
ベガは濃い緑のカバーに包まれた頑丈そうな本を手渡してきた。白い字で『グリズリ百科事典 ~ボワ島~』と書かれている。
この前ヴィーゼ島でくれたものの続編だと思う。
「この島の事は全てそこに書いてある。
勿論、植物の増殖方法も記されておるぞ」
「……なんでそういう大事な情報を、もっと早く教えてくれなかったんだ? その本をもっと早くくれていたら、マリン達の研究ももっと進んでたと思うんだけど?」
俺はベガを殴りたくなった心を必死に抑え、
平静を保って尋ねた。
「だってお主ら、ワシに聞きに来んのじゃもん。ワシはずーっと聞きに来るのを待っておったんじゃぞ?」
しょぼんとした顔で言われると、なんだか聞かなかった俺が悪いみたいな気がしてくる。
確かに、こいつの性格を考えたら聞けば喜んで教えてくれるのは火を見るより明らかだ。
……まぁ、今度からはお互いのためにもガンガン聞きに行くことを心に決めた。
「分かった分かった、次からはちゃんと聞くから。それでいいだろ?」
「うむ! それでいいのじゃ!」
まぁそんなわけで、新たに貰った『グリズリ百科事典 』を開き、アロエの実の項目を開く。そこには効力や回復薬の作り方までびっしり書かれており、それを見たマリンがどっと疲労に襲われた様な様子になった。
「わ、私達の…… してきた事は…… む、無駄だったんですかね……?」
……分かる、痛いほど分かるよその気持ち。
今まで何日もかけてしてきた事が、まさかこんなに簡単に知ることが出来たなんてなぁ。
マリンが毎日努力していた事は知っている分、余計に不憫に思える。
俺も、答えを無くして必死こいて宿題を終わらせたら、実はカバンの底に隠れてたという苦い経験を味わった事があるが、それに近いものだろう。まぁ、俺の場合は邪な理由だから月とスッポンか。
おっと、そんな無駄な事を思い出す前にマリンを励まさねば。
「マリン、今までの努力が無駄なんてこと、あるはずないだろ!」
「うむ、蓮の言う通りじゃよ。その本には、増殖の方法は元から書いておったが、回復薬の作り方なんて書いておらんかつたんじゃよ」
今日はやけにベガがいい子だな。いつもなら余計な一言で追い討ちをかけるというのに。
「……蓮、いい加減心の中を読まれとるって事を意識した方が良いぞ? 」
「お前が読まないって選択は無いのか?」
「あると思うか?」
ベガに聞き返された瞬間、そんな選択は無いという答えが脳裏に浮かんだ。
聞かなくても分かってた事だが、念の為に聞いてみただけだけさ……
「ま、まぁそれは置いといて、もうちょっとわかりやすく説明してくれよ」
「うむ。まず、この本には3つの機能があったのを覚えとるか? そのうち2つまでは教えたはずじゃが、思い出せるかの?」
3つ…… 確か、検索機能はあったよな。
それと…… その本に書かかれているマップが、更新する事だったかな?
「検索機能と、マップが最新のものに更新する事だよね?」
「えっ! そ、そんなにすごいものなんですか?」
「ワシ直々に作っておるからのぅ。そして! その2つ目の更新システムがキモなのじゃ!」
ベガはだんだん調子がのってきたようで、
曲のサビを歌ってるかのように心地よさげにスラスラ説明していく。
「蓮はマップと限定しておったが、この更新システムは全てに適応するのじゃ! 」
「えっ、じゃ、じゃあ…… もしかしてこの本に回復薬の作り方が載ってるのは……」
マリンが期待に目を輝かせると、ベガはにししと笑って答えた。
「マリンが思っておる通り、お主が回復薬を作る事に成功したからじゃ! お主がしてきた事は、全く無駄じゃ無かったんじゃ!」
マリンはベガの言葉で肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべる。
それにしても本当にどうしたんだよベガの奴。いつもの残念な感じが全くない。俺、ベガの事を見誤ってたのかもしれないな……
俺は今までのベガのイメージについて内省してると、ベガはにひっと笑うと、
「ま、ここ三日の事は全部無駄じゃったがな!」
「余計な一言つけ足してんじゃねぇよこのクソ駄神!」
前言撤回、俺のベガに対する審美眼は全く間違っていなかった!
□□□
「スーちゃん、見て見てこの葉っぱ光ってるよ! それにほら! あっちにもこっちにも綺麗な花が咲いてるよ~」
「わぁ…… あ! あそこにイスみたいな花があるよ! 行こうよスピカ姉ちゃん!」
「あ、ホントだね! 行こっかスーちゃん!」
二人は幻想的な森に心を奪われたようで、この森に来た時からこの調子ではしゃいでいる。まるでおもちゃ屋に来た小学生のようだ。
「レーくんも来なよー! この花、ソファみたいにふっかふかだよー!」
「……君達、目的忘れてない?」
「忘れてないけど…… ボク、この森は昔っからお気に入りなんだよー! 少しくらい羽を伸ばしてもいいでしょー?」
「そーだよマスター!」
二人はそう言うと、また面白いものを見つけたようで、そっちの方へ向かって行った。
俺達一行は今、セイメル王国から数十キロも離れた『幻想の森』に来ている。
というのも、ベガがくれた本によると
アロエの実の増殖には栽培スキルという特殊なスキルが必要である事が発覚したのだ。
しかも、ボワ島にある希少な植物を増殖させる事は、数多くある植物の中でも最高難易度を誇り、栽培スキルのレベルが最大でなければ太刀打ち出来ないという事も発覚したのだ。
さらに厄介な事に、この栽培スキルは特定の魔物にしか取得出来ないため、ベガの力をもってしてもスキルを与えることは出来ない。
というわけで、俺達は栽培スキルを持っている特殊な魔物を仲間にしようと考え、こうして探しに来ているわけである。
ベガにオススメの魔物を教えてもらったところ、ゲームやアニメでも出てくるほどメジャーなモンスターのドライアドが一番だと教えてくれて、生息地であるこの森の事もやけに詳しく教えてくれた。
ここ『幻想の森』では、昔からドライアドが棲むと噂されている由緒正しい森だそうで、
それを裏付けるのが、この美しくも不思議な植物の数々だ。グリズリにも沢山不思議なものが映えてるが、ここの植物はそれに勝るとも劣らない。
「しっかしすごいねこりゃ。木や草の1つ1つが喜んでるみたいで…… 」
あれ? なんかあの茂みの向こうが、一際光り輝いてる…… もっと綺麗な花とかあるのかな?
俺は光のする方へと向かうと、その光は強くなったり弱くなったりしながら、フワフワと動いているのが分かった。
俺は走る速度を上げて、その光に追いつこうと試みる。Lv98のステータスのおかげか、グングン光との距離を縮めていった。
そしてようやく、光を目視出来るほど近づくと、その光はとても綺麗な花が光っていたものだと気づいた。
大きな牡丹のような花で、今まで見てきた花の中ではベストワンの綺麗な花だった。
花に心を奪われるなんて、初めての経験だ。
俺はそのままフワフワ浮かんでいる花を見ていると、その花はふわりふわりとこちらに寄ってきていた。
俺との距離が近づいて来るにつれ、俺はある違和感に気づいた。
いやまぁ、フワフワ発光しながら浮かんでる事自体、地球育ちの俺にとっては違和感しかないのだが、俺がその花に感じた違和感はもっと強いものだった。
花だと思っていたものは、小さな少女の髪だったのだ。そして、先程からずっとその少女とがっちり目が合ってしまっている。
少女は不思議そうに俺を見たまま右に飛ぶので、俺もその少女から目を離さないように右を見る。今度は左へ飛ぶので、俺も左を見る。同じように上下に飛んだり、俺の周りをぐるっと飛ぶので、俺もその不思議な少女から目線を離さないように動いた。
そこまですると少女の顔に動揺の色が見え、今度は先程よりも素早く動く。
俺も負けじと少女を目で追う。Lv98のステータスのおかげか、結構目で追うのは難しくなかった。
一通り少女が飛ぶと、流石に疲れたのか息をきらして汗をかいていた。
ちょっと心配になってきたので、声をかけてみようと思う。
「えっと…… 大丈夫?」
少女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、俺の目と鼻の先ぐらいまで近づいてくる。
「や、やっぱりあたしの事見えてるです!?」
花のような髪を風になびかせ、その少女は
ありえないと言わんばかりにそう言ったのだった。




