泣いた蓮を慰めるだけの話。
~一言で分かる前回のあらすじ~
ミラはこの作品の良心。
ミラはテキパキと材料の下ごしらえをして、あっという間に鳥鍋を作り終えてしまった。
その手際は熟練の主婦のそれに引けを取らない。
「はい、で、出来ました~ お口に合わないかも知れませんが……」
ミラが鍋の蓋を取ると、鍋の中に閉じ込められていた白い水蒸気が煙幕のようにボワッと溢れ出す。水蒸気が無くなり、鳥鍋の全貌が顕になる。ダシを多く含み、白く濁ったスープに、豆腐、ネギ、椎茸、白菜。そしてメインである鶏肉……
「う、美味そうなのじゃぁ…… は、早く食べようぞ!」
「ど、どうぞ、召し上がってください」
ミラのその言葉を待ってましたとばかりにベガは鳥鍋を小皿によそってガツガツ食べる。
ベガの顔から察するにこの鳥鍋は相当な美味のようだ。
「んじゃ、俺も食べようかな。いただきます」
俺は最初からメインの鳥を食べるだなんて無粋な事はしない。やはり鍋、うどん、おでんなど、ダシが重要なものはそのダシの宝庫であるスープから楽しむべきだというのが俺の流儀だ。
蓮は鳥鍋のスープがなみなみに入ったレンゲを口へと運ぶ。蓮は一瞬ビクッと体を震わし、目からは涙が一滴流れ出る。
「うむうむ、泣くほど美味かったんじゃな? 分かるぞ、確かにこれは天下一品の……」
「いや、そうじゃなくて…… 俺、猫舌だった……」
「よく猫舌の癖に『スープから楽しむべきだというのが俺の流儀だ。キリッ。』だなんて言えたもんじゃなぁ」
ベガがスプーンをこちらに指しながら呆れたように言及する。
「言ってないし! お前が勝手に人の心読んだだけだろ! それにいいじゃんか猫舌でもスープから楽しんだってさ! あとキリッってなんだ、俺そんな事思ってねーぞ!」
「けっ、そのキメ顔が物語っておるんじゃ。『自分、もの食べるのに流儀あるんですよ~ 通なんですよ~キリッ。スープから飲まない奴何なんすか? 素人かよ! それに引き換え自分流石だわ、心得てるわ~キリッ』ってな。あーやだやだ、めんどくさいのぅ。こーいうやつがいるから世の中自由が拘束されてくんじゃよなぁ~」
ベガは終始ムカつく顔をしながら、先程までの蓮を独断と偏見に基づく分析をした。
「そんな事思ってないし! 俺の心読めるんなら分かるはずだろうが! それと途中の無駄に上手いモノマネやめろ! その無駄な上手さがイライラの炎に薪をくべてんだよ!」
「『あぁこの駄神クソうぜぇ! ……だけどやっぱり俺が悪かった。超絶美少女で完璧な存在であるベガ様の言う事が全面的に正しいよ! ごめん、ごめんね! 俺みたいな無能が
ベガ様に口答えなんてするはずが無い!』って思っとるのか? 中々殊勝な心構えじゃ!」
「んな事思う訳ねーだろ! 勝手に人の感情改変してんじゃねーよ! 俺が思ったのは『あぁ、このクソロリ駄神めんどくさい!』ぐらいだわ! 大体自分で自分を卑下し始めたら終わりだね! 誰が自分の事を無能だなんて思うかぁ!!」
蓮の言葉はとても熱がこもっていた。しかし、その熱のこもり様は少し異常なほどであった。まるで、痛い所を突かれて過剰に反応してるかの様で……
ベガはその理由を蓮の心から読み取り、ここぞとばかりに責め立てた。
「ん? 気にしとるのか蓮よ? 自分が無能である事なんぞ嫌というほどあじわってきたもんなぁ? 勇者召喚で異世界に呼ばれて 『こ、これで俺もヒーローになれるかも!』って思っていたが、まさかまさかのハズレ職!」
ぴしっとメデューサに石にされたかのように蓮が固まる。そう、実は蓮はかなり『無能』という言葉を言われるのが心にくるのだ。
しかし、そんな事お構い無しにベガは責め続ける。
「周りからはお荷物扱い、魔王を倒す旅へと同行も許されずに一人置いてけぼりを食らう! 」
蓮がその場でプルプルと震え出す。
ミラが異変に気づいてベガを止めようとするが、曲がりなりにも神様であるベガはその制止を振り切る。
「魔王軍が攻めてきて見せ場があると思ったじゃろうが、残念ながらスピカ&マイン無双! 見せ場を完全に奪われる! その上自分よりも弱いと思っていた王女アリスでさえ自分よりも強いという追いうち!」
蓮の震えは段々と大きくなって目からは滝のように涙が流れる。ミラはベガを止めることはできないと察し、蓮を慰める事に方針を変えたが、泣き出した蓮の耳には何も入ってない様だった。
それとはうって変わってベガはノリノリで追撃する。
「名探偵コ〇ンのような頭脳! ドラゴ〇ボールのサ〇ヤ人のように戦闘力! ナ〇トの様など根性! ライトノベルの主人公のように、チートの如き有能なスキル、逆境にも負けない精神力、格上相手にも勝てる一発逆転の必殺技! このいづれかも持ち合わせておらん! 全てが中途半端じゃ! そんなお主が有能なわけがないじゃろ!」
ベガはビシッと人差し指を蓮の方に向ける。
指された蓮は目からは涙、鼻から鼻水、口からは鳴き声。傍目から見てもとってもみっともない様子である。
「ちょっ、ベガ様言い過ぎですよ! 」
ミラは流石にこれ以上蓮の事を気の毒で見ていられ無かったので、ベガに先程よりも強い口調で制した。ベガも蓮の情けない様子に自分がしでかした事の重大さにやっとのこと気づき、機関銃のような罵倒を辞めた。
「……すまん、流石にこんなになるまで責めるつもりじゃなかったんじゃ。ついロリという言葉にムカついてしまってのぅ……」
「もうやだぁぁこんな世の中ぁぁぁ! 勝手に呼び出されて勝手にスキル渡されて勝手に品定めされて勝手に雑魚認定されて!」
蓮は泣きながら今まで溜めに溜めてきた不満が爆発した。
「だ、大丈夫です、蓮さんの良い所は私も沢山知ってます! 」
泣き叫ぶ蓮を必死にミラがフォローする……が、蓮は泣き止まず、グリッと顔だけミラの方を向く。ミラはいきなりこちらを見られて一瞬身震いをした。
「例えば……?」
蓮はミラに何かを懇願するかのようにボソリと呟いた。
「ほら! 私を助けて下さったじゃないですか!あとは……えーっと……」
ミラは沢山いい所を言えると言っときながら、そのあとの言葉が続かなかった。
そのミラの態度に蓮はやはり自分は無能なのだと感じさせられ、またその場で泣き崩れた。
「嬢ちゃん、中途半端な優しさはかえって人を傷つけるんやで? ほれみい、蓮坊泣き崩れてしもたやないか」
かっちゃんは鳥鍋をもしゃもしゃ食べながら指摘する。
「あ、あの、それ共食いになりません?」
「ん? あぁ烏は雑食なんや、こんくらい大丈夫やろ。それよりもや、はよそこの蓮坊慰めてやっりーや」
「そ、そうですね…… で、でもどうやったら……?」
その言葉を待ってました! と言わんばかりに『八咫烏』はニヤリと笑った。
「あぁ、ワテに手があるでぇ~ 嬢ちゃん、あんさんがハグして優しい言葉かけてやったりーや。 そーすりゃ大抵の男は元気になるでぇ?」
「それじゃ! はようやってくれミラ!」
ベガとかっちゃんはナババをミラに食べさせる時と同じ黒い笑みを浮かべていた。
「えっ! そ、それはその…… 恥ずかしいというか、なんというか……」
ミラが顔を真っ赤にしながらモジモジしだす。しかし、その反応がかえってベガやかっちゃんの悪ノリに勢いをつけた。
「ええやんか! それしてくれんと蓮坊は復活出来んのやで?」
「そうじゃぞ! ここはどうか恥を忍んでやるのじゃ! 人命救助の時に恥ずかしがっていては助かる命も助からんぞ!?」
「蓮さんをこの状態にした張本人に命令されるのはなんか腑に落ちませんけど…… 分かりました、恥ずかしいけどやってみます!」
ミラは悲しくも押しに弱い女であった。ベガとかっちゃんの異常な押しに耐えきれずに言う通りに従う事を決めた。
ミラは顔を赤らめながら、ゆっくりと蓮を抱擁した。
「かぁー!ええねぇ! 眼福やでぇ!」
「そうじゃな! ミラ、もっとじゃ、もっと! 蓮の頭を胸に押し付けるのじゃ!」
「え、えぇ!? こ、こうですか……?」
ミラは蓮の頭を自分の胸に押し付けて、蓮の後頭部を優しく撫でる。
「ミ、ミラぁぁぁ……」
ミラは優しいなぁぁぁ…… 女神や、女神様や…… こんなミジンコよりも役に立たない俺をこんなに慰めてくれるなんてぇぇ……
蓮は両手をミラの後ろに回してより強く抱きしめた。
「えぇぞもっとやれやー!流石はミラ教の教祖やでー!」
「いいのぅいいのぅ!」
外野が野次を飛ばして場を盛り上げる。まるで酔っ払ったオッサンのようだ。しかし、そんな2人とは対照的だったのがミラである。
顔は恥ずかしさから真っ赤にしながら耐え忍ぶ。しかも相手は毎晩親友と添い寝している男なのだ。ここだけの話、ミラはその親友が密かにこの男に恋情を抱いているのを知っている。そのため、罪悪感のパロメーターがグングンと上昇しているのだ。
「あ、あのそろそろ大丈夫ですよね?」
ミラが蓮を離そうとした時、想定しうる限り最悪な事態が起きた。横の草むらがガサガサと動く。草むらの揺れが次第に大きくなり、真紅の髪を携えた可憐な少女が現れた。そう、今し方ミラが罪悪感を抱いた相手であるスピカである。
「やっほ~! ようやく追いついたよ~! レーくんの所に飛んだはずなんだけど変な場所に飛んじゃってさ~! 全く参ったまいっ……た……? あの、ミラ? なにしてんの……?」
スピカは蓮がミラの腕の中で泣いているのを見た瞬間、般若の様な顔になった。
そのあまりの迫力にミラは顔を青くするだけで何も答えられない。
「ス、スピカ…… あ、あのアリス王女とマインは……?」
「ん? 二人を置いて空間魔法で飛んできたんだよ? まぁ、そんな事よりもさぁ! 何してんのミラ! 何してんの!? レーくんに何してんのさ!? つ、付き合う前の男女がそんな事…… やっていいと思ってるの!?」
「ま、待って、待ってください誤解です! 蓮さんが再起不能にまで陥ってしまったから慰めてただけなんです!」
「だ、だ、たからってそんな破廉恥な……あ、ボクも昔やったか……」
スピカは、昔、蓮が自分のスキルで使役できる最初の魔物がイモムシである事を知って気絶してしまった時、気絶から立ち直った蓮に、心配のあまり抱きついてしまったことを思い出し、先程までの怒りが段々と沈静されていった。
「あはは、お互い様だったね…… ごめんよミラ、ついカッとなっちゃって……」
「いえいえ……」
二人が和解する所までをずっと見ていることしか出来なかったベガとかっちゃんは顔を青ざめて
「「『真紅の魔女』怖え…… 」」
とボソリと呟いた。
□□□
スピカの誤解も解け俺も何とか復活したので、鳥鍋パーティーを続けることにした。
「ミラ、ごめんな迷惑かけて。ちょっとこの世界に来てからずっと気にしてる所を突かれてしまって……」
蓮は鳥鍋を食べながらギロっと、先程の精神的傷害事件の犯人を睨む。睨まれた犯人は決まり悪そうに苦笑した。
「あはは、面目ない。 ちょっといじるだけのつもりじゃったんじゃが、まさかあんなに大ダメージうけるとはの……」
「というかさ、レーくんはなんであんなに泣いてたの? 何をベガちゃんに言われたの?」
スピカは鶏肉を頬張りながら俺に質問した。
そうか、スピカは俺とミラが抱き合っている所を見ただけで、そこに至る経過を知らないのか。
「えーっとね、俺が無能すぎるってベガに責め立てられて泣いちゃったんだよね……」
「……ん? 何言ってんの?」
スピカは心底意味が分からないという様な顔で聞き直した。
「いや、だから、俺がベガに責め立てられて泣いちゃったの」
「あ、いやそこじゃないんだよ。レーくんが意外と泣き虫なのは知ってたからね」
「えっ、な、な、スピカ? なんで? なんで知ってんの?」
俺はスピカの発言に驚きを隠す事ができなかった。確かに俺は泣き虫なんだけど、この世界に来てからは出来るだけ明るく振舞ってたし、勿論この世界では泣いたことも無い。
いや我慢してるってよりも、この世界に来てから自然と泣き虫が治ったって感じなんだよな? まぁそれは置いといて、この世界で泣いてないはずなのになんでスピカにはバレたんだよぉ!? 男の泣き虫なんかかっこ悪いじゃんか! バレてたなんて恥ずかしいぃ!
動揺している蓮とは裏腹に、スピカはクスッといたずらっぽく笑って答えた。
「あはは、おーしーえーなーいっ! 少しくらい秘密がある方が女の子は可愛いでしょ?」
「なんだよその理論……」
秘密なんか無くてもスピカは可愛いんですけどね!!
「ボクがわけ分からないのはレーくんが無能ってとこさ。ベガちゃん、なんでそんな事言ったのさ?」
スピカは話を本題に戻し、ベガに質問する。
しかし、何故かベガは真剣な顔をして何かを考えこんでいるようで何の反応も示さなかった。ベガが真面目な顔しているだなんて、キャラに全く合ってない。いったい何考えてんだろ?
「おい、ベガ? 何考えてんの?」
「ん? いやいやなんでもないぞ? それで? なんじゃったかのぅ?」
明らかに何か隠してるな…… 怪しい……
んーしかし、話さないんなら何ともしようがないか。食べ物の事とか、どーせくっだらねぇ事だな、うん、そうに違いない!
「お主ワシをなんじゃと思ってるんじゃおいゴラァ! ……まぁいい、先程の件もあるし許しておこう。それで、このクソ野郎が何故無能なのかって話じゃな? まず、蓮はハズレ職じゃろ? そのせいで他の召喚者とは違って置いてけぼりを食らっておるし、知能もない、戦闘力はない、根性もない、スキルも弱いし、精神的もない。その癖今のように余計な一言多い。じゃから無能じゃなぁと思って……」
改めて聞いても心にくる言葉だ、我ながら情けない……
「いやいやいや、何言ってんのさベガちゃん? レーくんは作戦立てるの上手いんだから知能も優れてるんだよ? この世界に来てまだ1ヶ月も経ってないから、あんまり強い魔物を使役出来ないのに魔王軍相手にトラウマを植え付けたんだよ? よっぽど上手い作戦がなきゃ出来ないさ!」
スピカの話を聞いてベガが決まりの悪い顔をするが、スピカは続ける。
「それにレーくんに戦闘力が無いって? そんな事ないさ! 現に戦闘とは程遠い生活をしてきたのに、初めての戦闘で初めて武器を扱って、魔物を倒していったんだよ? そんな事はボクやレオン……いやあの戦闘狂ならできそうだな……まぁ、到底一般人には真似出来ないよ!」
「えっ蓮さんの世界って武器を扱わないんですか? あんまり怯えてなかったですからてっきり戦い慣れしてるのかと……」
いやまぁ、ミラを助けた時はアドレナリンどぱどぱ出てたし、何よりスー達がいたからびびってなかったんだけど、確かにそう言われると変だな? 俺は元の世界……確かベルダーだっけか、そこで生きてた頃は自他ともに認めるほどのチキン野郎だった。喧嘩なんかした事ないし、雷が鳴ったら必要以上に怖がった。勿論、夜に一人でトイレにも行けない。そんなチキン野郎だったのに、この世界……プセマに来てからは泣き虫同様自然と治った気がする。もしかしたら何かが取り憑いてるのかも? なーんてな!
蓮が阿呆な事考えている内にスピカはまくし立てる。
「まだレーくんにはいい所はあるんだよ? ボクがトラウマを抱えてるって知っても嫌な顔一つせずに優しく接してくれたし、ラオペ達を守るためにSランク冒険者であるボクに立ち向かえる程勇敢だったりするし、心もとても広いし! レーくんには良いところが沢山あるんだよ! 謝ってよベガちゃん!」
スピカは凄まじい剣幕でベガへと詰め寄る。
ベガはそのスピカの気迫に押され、タジタジになりながらも俺に謝った。
しかし、それ以上にスピカからの褒め殺しにあった俺は、ただただ顔を赤く染めるだけで、ベガの謝罪なんて全然耳に入ってこなかった。
□□□
「……どうしたのさベガちゃん? いきなり二人で話したいだなんて? ボク、ミラが作ってくれた鳥鍋堪能したいんだけど?」
スピカはミラが作ってくれた鳥鍋を皆で食べていた所にベガに呼び出されたのだ。
「いや……色々聞きたいことがあってのぅ……」
ベガはいつものひょうきんな態度とは違って、低めの重い声で真剣な様子であった。
「なぁ、スピカよ…… お主、いったい何者なんじゃ?」
「……ぷっ、あははははは! 真面目な顔で何言い出すかと思えば……はははは! お腹痛い……」
スピカはよほどベガの言ったことがおかしかったのか、吹き出してしまった。
そんなスピカに構わずベガは話を続ける。
「……お主はさっき、おかしな事を言ったのじゃ」
「おかしな事?」
「あぁ、蓮の奴が泣き虫だって事じゃ。奴はこの世界に来てからは1度たりとも泣いておらん。つまり、お主は蓮が泣き虫だと言うのは知りえない事なのじゃ。蓮はあまり気にしなかったようじゃが、ワシは見逃さんぞ?」
ベガが話すにつれて、スピカの笑顔が段々と消え失せていく。
「……なんとなくそーかなって思ったの。一緒に暮らしてみるとそーゆー事に気づくもんだよ?」
スピカはベガから目を逸らしながら答えた。
「……何となく気づいたじゃと? ははっそれは無理じゃよ。めんどくさがり屋や、短気、甘えん坊、気が小さい……これらは確かに何となく気づくこともあるじゃろう。しかしな、泣き虫だけは泣かないと分かるもんじゃ無いんじゃよ。泣いているところを見ないで泣き虫であるだなんて断定する事なんか不可能じゃ!」
「……」
スピカは口を閉じ、無言のままベガを睨む。
「それにな、おかしな点はもう一つあるんじゃよ。お主、蓮は戦争なんか経験してない、武器を使ったことがないと断言しておったな? しかし、なんで断言出来たんじゃ? 予言にもそんな事は伝えられて無かったじゃろ?」
スピカは一段と表情を強ばらせる。数瞬経ったあとにスピカはゆっくりと口を開いた。
「それは、剣の扱い方とか、戦闘の時の様子とかを見て判断したん……」
「それは嘘じゃ!」
「……何がさ? 何が嘘なのさ!?」
ベガはたっぷりタメをつくり、スピカの目を見つめながら確かめるようにゆっくり言う。
「お主、自分で言っておったじゃろう? 蓮の奴は作戦を立てるのも上手く、剣の扱い方も上手かった、と。現にミラの奴は蓮は戦闘慣れしてるもんだと思ってた程じゃぞ? あれだけ剣の扱いも上手く、突飛な作戦までたてて大勝利を収めたのなら、普通は初戦闘だなんて思いもせんじゃろ? ……もう一度聞くぞ、お前何者じゃ?」
ベガがより強く睨むと、スピカは数秒睨み返したが、大きなため息を一つつくと表情を緩めた。
「降参だよ降参! ボクもレーくんが泣き虫って言った時にはしまったって思ったんだよね~ 全く口が滑っちゃうのはよくないねー! あははっ! それで? ボクの正体だっけ? ボクはね、すこーしばかりレーくんのいた世界……いや、レーくんに詳しいだけの少女さ! 別にベガちゃんが思ってるような悪者じゃあないよっ!」
「なんで蓮や蓮の世界に詳しいのかを白状してもらえんかのぅ?」
スピカは少し考える様な素振りもみせる。
考え終わると、ベガの方を向いて話し始める。
「そんなの恥ずかしくて話さないなっ! もー少し時間が経ってからじゃないと…… それに最初に話したいのはレーくんにだから、ベガちゃんにはそれの後だねー」
「……それだと信用しづらい。お前は先程まで嘘をついてたんじゃぞ? 何故詳しいのか教えん事には信用できんのじゃ」
「……もしかしてレーくんの事を心配してるのかな?」
「ああ、そうじゃ。奴はワシにとっても特別なんじゃよ。蓮に不利益を被らせるような信用ならない奴はワシが止める! そう誓ったんじゃ!」
ベガが強い口調で返すが、スピカは笑顔を保ったままに答える。
「ベガちゃんも人のこと言えんの?」
「っ!」
ベガの顔色には焦りと動揺の色がみえた。
攻めていた側から一転攻められる立場へおいやられたのだ。
「お主、いったいどこまで知っておるのじゃ…… 事と次第によっては問いただす必要があるぞ?」
先程よりも一段と威圧感が増す。目は血走り、鋭い目付きに。眉間のしわは深くなり、身体中から何とも形容し難い不気味なオーラが漂う。一般人ならベガの目の前に立つことすらできないだろう。
「……んや、多分そんなに知ってないよ。ボクが気づいたのはベガちゃんって心が読めるって言ってたけど、多分レーくんの心しか読めないってことかな。ボクの心が読めるんならこーやってボクを問いただす必要ないもん。ただ……」
スピカはタメをつくると、笑顔から真面目な顔になって言い放つ。
「何故、神様であるベガちゃんがレーくん以外の人の心を読めないのか…… 逆に、何故レーくんの心は読めるのかって事は気になるんだよね~」
ベガはその問いに答える事ができずに黙ってスピカを睨む。スピカも黙って睨み返す。
そんな二人の間を夕方の不穏な冷たい風が吹く。空はグリズリ特有の水色やオレンジ、黄色などの薄く明るい色の比率が多い色合いから、紫や緑、青色など暗くて濃い色の比率が増える。金や銀の色の雲が消え失せ、不気味な真紅の満月と共に灰色の雲が浮かび上がる。
重苦しい雰囲気の中、ベガがようやく、その重たい口を開いた。
「すまんがそれは言えん。まだ、な……」
「そう…… ならボクもまだ、言えないかな」
スピカはベガの言葉に少し俯きながら答えた。そのまま会話が途切れるかと思われた時、スピカは顔を上げ、柔らかな表情で続けた。
「でも、これだけは言えるよ…… ボクはレーくんの事が好き。だからレーくんが困る様な事はしない。それは神にも誓えるよ?」
少し笑みをこぼしながらスピカはそう言い切った。
暗く濃い色合いだった空に、光り輝く星々が散りばめられていく。数分前までは赤黒く不気味な印象だった月がルビーのような輝きを放つ。
「そうか、神に誓う、か。つまり、それはワシに誓うって事じゃぞ?」
ベガはそれまでの真面目な素振りを壊し、いつものおちゃらけた雰囲気でにしし、と笑った。
「うん、そーゆー事さ! それで、そーゆーベガちゃんはどうなのさ? 誓えるのかい? 神にさ?」
「神には誓えんのぅ。代わりと言っては何じゃが、『真紅の魔女』に誓うかのぅ」
「それはつまり、ボクに誓うってことだねっ!」
スピカもベガに応えるように、にしし、と笑う。
「おーいスピカー! ベガー! もう暗くなってきたし、早くスー達見つけに行くぞー!」
二人にとって特別な人が遠くで呼んでいる。
「どれ、行くとするのじゃ!」
「そうだね!」
来週は更新出来ないかもです……




