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百万回の死  作者: 夜屋はや
周りから見た彼女の話
3/15

その少女、化け物につき

 その男の逸話は真偽の程が分からない噂話も含めると非常に多い。

 中から有名なものを挙げるとすれば、やはり異名の由来となった話になるだろう。

 男は一流の召喚士で《精霊種を統べる者》に始まり《軍神》や《死神》までもを従えていた。

 ある時、男は《不死鳥》の召喚に成功する。

 《不死鳥》はその血肉を食らった者に不老不死を与えるとされる存在だ。

 男が何を求めてのことか、召喚後どのようにして血肉を口にしたかは諸説あり定かではない。

 けれど、実際に不老不死の体を得た男はそれからずっと、生きた相手を生きたまま切り刻んでいるという。

 狂ったようにずっと、ずっと……。

 だからこその異名。

 《不老の気狂い》は百年以上は昔の人物である。

 故に、若い世代にはただの作り話とも受け取られガチだが住民録を手繰っていくと北東の端も端、一歩踏み出せば領外へと出るヘルメグソルンの村にて、今もなお健在であることが分かる。


 少女がやって来たのはそのヘルメグソルンの村からだった。


 ――六月の下旬。

 毎年、梅雨明けの頃を予定して行われる養成学校の入学試験は今年も初夏の日差しが汗を滲ませる中、受付を開始した。

 筆記・実技・面接の三部門によって構成される試験は、結果から適性を審査し、出身や身分に関わらず能力に見合った通学先を選定する為のものである。

 合否はない。

 あえて言うなら受験した全員が合格者である。

 ――それぞれの庭にはその化身たる《守》が存在し、《守》に捧げるエネルギー物資・オルトノーレを賭けて日夜戦を繰り広げている。その為の人材確保を目的としている故に。保護者、扶養者の同意の下、齢にして四から十の、家督を継がぬ者、親を亡くした孤児、軍人の家系に生まれた者……そういった子供たちが必ずいずれかの養成学校に入学できる仕組みとなっているのだ。

 今年の試験も各地区ごとに設けられた受験会場において例年通りに恙無つつがなく……。

 と、言えたら良かったが、北東の外れに近いナハルバーグの会場では異例の事態に僅かな緊張が走っていた。

「ミゾレ・タカハシという名の子供が現れたら自分の元へ通してくれ」

 軍の本部より遣わされて来た元帥付きの秘書官からそんな指示が出された。

 養成学校は軍の管轄とされている。

 教職員を務めているのも試験を執り行うのも軍属の者であるが、絶対数の少なさから近隣の村々の受験生を一括して扱っているような、地方の会場に元帥の秘書が顔を覗かせるというのはそれだけでも酷く珍しいことだった。

 ミゾレ・タカハシとはいったい何者なのか……。

 事前に受け付けた書類で確認を取ると、ヘルメグソルンからやってくる八才の少女らしい。

 ヘルメグソルンといえば、だ。

 一般には《不老の気狂い》の村として誰も、それこそ敵国の兵さえ近付こうとはせず、彼以外には住人もいないとされている村……。

 驚きと戸惑いの理由が塗り変わったのは言うまでもない。

 試験に携わる皆々がいったいどんな化け物が来るのだろうかと、どこか戦々恐々とした心持ちで待ち構えていた。

 受付を担当した者は少女が訪れた時、また別の意味で戸惑ったという。

 腰まで伸びた濡れ羽色の髪。

 白を基調とした衣装。

 名乗らなければ内部寄りの町に住んでいる娘が間違って迷い込んだのではないかと思えた程、彼女は華奢で、小綺麗で、特徴のないただの人の子だった。

 けれど、保護者や施設の職員に伴われてやって来る他の子供たちのように彼女を伴う大人の姿はなく、問うと一人で此処まで来たと言う。

 村三つ分は離れた先から、武器として伺えるのは腰のフォルダーに収めた短剣一本のみ。

 かなりの軽装である。

 慣れた調子で必要な手続きを済ませる無機質な黒曜石の双眸にようやく足元から這い上がって来るような気味の悪さを感じた。


 その後。

 事前の指示に従って元帥付きの秘書官の元へ通された彼女は人払いのなされた一室で面談を受け、試験の開始に合わせて受験生の列に加わった。

 秘書官の方が彼女と何を話したかは分からない。

 ただ、目を離さぬようにと。

 彼女の背を視線で追いながら告げた相手は酷く難しい顔をしていた。

 その表情が意味するところは会場に居合わせた全員がすぐに痛感こととなる。

 問題が起きたのだ。

 筆記の部を終えて実技の部へと移った折。

 戦闘能力を測る為に組手の総当り戦――クジによって組み分けされた何名かで行われ、勝ち点を競うものである――で重傷者が続出し、一部で試合がその機能を果たさなくなるという……。

 先に言っておくと武器の持ち込みや魔術の使用は禁止とされている。

 純粋な肉弾戦で、子供同士のやり取りで、かすり傷以上の怪我が発生するなどと誰が考えるだろう。

 審判役に当たった試験官は後にこう語った。

「戦場に放り出されて敵と遭遇した時と同じような気分だったよ……」

 ある子供は危うく首の骨を折られるところで、その審判役が間に入って一命を取り留めた。

 別の子供は両腕が使えなくなるところで。

 また別の子供は鼻の骨を折られた。

 四人目の子供は首を絞められ気絶。

 五人目の子供は頭を地面に叩き付けられ気絶。

 いずれも攻撃を受けた複数の部位の骨にヒビが入る以上の怪我を負っている。

 全てミゾレ・タカハシの手によるものである。

 また、審判役が間に入った時、彼女は酷く色の無い声音で言ったそうだ。

「ああ、そう言えば殺しては駄目なんでしたっけ」

 殺すことこそ当たり前のような。

 手を血で染めることに対して何の感慨も抱いていない。

 ――筆記の部のテストでも満点を記録したミゾレ・タカハシは面接の部の結果と合わせ、その高過ぎる実力と感情が欠落しているかのような言動。加えて短絡的かつ暴力的な思考回路を持つことから監視及び制御を目的としてクラウフォルン衛士養成学校への入学を決めた。

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