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百万回の死  作者: 夜屋はや
周りから見た彼女の話
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エリダヌスに沈む者

「さすが第四クラスともなると察しがいいな」

 内心で驚き焦りながらもネヴェイユ次期大隊長の号令で休めの姿勢(リュート・オイヒ)から気をつけの姿勢シュティルゲシュタンデンに直った私たちにそう言ってカラカラと笑った。涼やかな群青の瞳にもふもふの九尾が特徴的な男子生徒の腕には本来あるべき監督生の証たる腕章が見当たらない。けれど、就寝前の点呼の時間に自身のフロアから離れて好きに動き回ることが許されているのは監督生くらいのもの。

 その証明に彼は丁寧に畳まれた腕章を胸ポケットから取り出すとこう名乗った。

「トスティネ寮の筆頭監督生を務めることになった第七クラス一一隊のエックハルト・ブラウンシュヴァイクだ。気軽にエコーと呼んでくれ」

 ブラウンシュヴァイク……シータには覚えがない。しかし、そのような名称の地方もなかったと記憶しているから、固有の姓を持つ特別な身分の者なのだろう。

 でなければ生まれた土地の名を姓として冠するのが《宝玉の庭》の慣わしである。

 なお、トスティネ寮とはシータたちが部屋を置いている居住域の総称だ。

 他に寮と名の付く場所は第一区画内だけでも二十を数え、紹介するには時間が掛かる。

 名称を並べるだけでも中々の長さとなるので、ここでは割愛するとしよう。

 居並ぶ私たちに視線を巡らせたエックハルト筆頭監督生は上級生らしい態度で言葉を続けた。

「乱れもなく上々……と言いたいところだが動揺が顔に出ている。いつ如何いかなる場合においても不測の事態を想定し構えておくように」

「ヤヴォール!」

 腹から声を出す。

 四十名余りの大声が空気を震わせた。

 反響した音が僅かな痺れと共に耳に残る。

「さっそくチェックに移ろう。代表者」

「ヤー! 第四クラス一一隊全四十三名無事に揃いましたことをご報告させていただきます」

「では順に前へ」

 ヤヴォールの大合唱が再びラウンジに響き渡った。

 ネヴェイユ次期大隊長の号令に合わせて最前列に並んだ私たちからまずは前へと進み出る。

 これまでは最後尾で他の班がチェックを受け終えるのを待っていたのに、何だか不思議な気分だ。

 入学したばかりの頃を思い出す。

 バクバクとうるさい心臓は口から飛び出してしまいそうな勢いで、不安と一緒に第一師団一一隊の第一班に所属するのだという実感が今になって湧いてきた。

 そうだ、私は一一隊第一班の班員なのだ。

回れ左(ケールト・ウム)!」

「背面良し」

回れ左(ケールト・ウム)!」

「正面良し」

 及第点を告げる監督生の声にほっと胸を撫で下ろす。

 班長がどのような人物であろうと自らの行いを疎かにしていてはそれこそ名折れ。

 第一師団の一員であることを誇るならまずは肩書きに見合うだけの自分であらねば。

 人に物を申せる立場にあるとは言えない。

「第一班の班長は飛び級で上がってきた元第三師団第一クラスの者だと聞いたが……」

 解散、の言葉が続くと思い重心の位置をズラした私は慌ててそれを戻した。

 上級生の間でも噂になっているらしい。

 話題性を考えるなら当然と言えば当然のことか。

 先程のネヴェイユ次期大隊長とのやり取りが頭を過ぎり、嫌な予感が背筋を強張らせる。

 まさかと思うが……。

「それが何か」

 そのまさかだと、予感を肯定するかのように抑揚のない声が素っ気なく言葉を返した。

 ミゾレ次期班長だ。

 不遜な振る舞いを貫く彼女に、この場に居合わせた同輩のほとんどが冷や汗をかいたに違いない。

 上級生の、それも監督生を前にしても態度を崩さないなんて!

 ハハッとエックハルト監督生は笑った。

「聞いた通りの愛想の無さだな」

 室温が下がったような気がして、息を呑む。

 内臓を氷の御手で鷲掴みにされたかのような気分だった。

 昨年度、彼女の指導を受け持った相手に会えるとするなら文句を並べ立てて、その不十分さと我々が被った、これから被るであろう迷惑の数々を頭に叩き込んで忘れなくさせてやりたい。

 第三師団がどんな異端者の集まりでも組織として最低限の秩序は守って然る可きだろう。

「その態度でよくトップに立てたものだと俺は思うが、君自身はどうだ?」

「さあ。私は担当の教官ではありませんので」

「例えどんなに成績がよくとも素質がなければ班長という立場には就けないだろう」

「答えを知りたいのなら聞く相手を変えた方がよろしいかと存じます」

「ミゾレ第一班長! 態度を慎みなさい!」

 ネヴェイユ次期大隊長から叱責が飛ぶ。

 そのまま本人の代わりに非礼を詫びようと動いた彼女を、しかし、エックハルト監督生は片手を挙げることで制した。

 嫌な緊張感に包まれる。

「何か言うことは?」

 蒼玉(ザフィア)の双眸を真っ直ぐに見つめ返してミゾレ次期班長は答えた。

「二分前です」

 ……は? 二分前?

 時計を確認すると定刻の二分前だった。

 だから何だという話だが。

「意味を聞こうか」

「思い当たる節があるのなら私が述べるまでもないでしょう」

 沈黙が落ちる。

 数秒、数十秒。そう長くはない時間だ。

 なるほど、とエックハルト監督生は頷いた。

「最後に一つ聞いておこう。場を改めたとして、さて、愛想の無い君は俺の呼び出しに応じるかな?」

「ご配慮をいただけるのであれば最大限の時間をご用意致します」

 変わらない無表情。抑揚のない声音。

「よろしい。では第一班は解散! 第二班のチェックに移る」

 何がなんだか分からないまま、条件反射で返事の声を響かせて指示に従い体の向きを変える。


 部屋に引き上げてから、事なきを得たのだと理解した私たちは肺に溜まった空気を空になるまで吐き出した。

 ここ数年で一番の安堵にほっと胸を撫で下ろす。

 どれだけの罵倒を浴びせられるか、始業前からどんな罰則を言い渡されるかとヒヤヒヤしたが……。

 無事だったことだし、じゃあ明日に備えて寝ましょうか。

 なんて話になろう筈もないことは言うまでもないだろう。

 安堵の次に胸を占めたのはミゾレ次期班長に対する怒りである。

 いったい何を考えているんだ、とまず真っ先に詰め寄ったのはゼネッタだった。

「ネヴェイユ大隊長や監督生の先輩に対してあんな態度を取るなんて……! 今日が初日だから見逃してもらえたのだろうけど、普段なら絶対に許されないことよ」

「そう」

「その態度! それを直すべきだと言っているのが分からないの?」

「申請を出していない生徒は点呼の後には速やかに就寝すること。憤るのは勝手だけど規則は守って」

 ロフトの梯子に足を掛けミゾレ次期班長はベッドに上がる。

 そのまま横になったようで下にいる私たちからは姿が見えなくなった。

 以降、いくら声を掛けても無反応。

 あからさま過ぎる狸寝入りにルッティが皮肉を吐いて挑発しようと、舌打ち一つ返って来ない。

「あら、だんまり? それとも言い返せないのかしら」

「今すぐベッドに入るか、許可を得てくるか。どちらかにして」

 ようやく口を開いたかと思えば棘を含んだそんな言葉で。

「最悪だわ」

 思わず口から漏れた言葉に、ルッティがええ本当にそうね、と頷くと本当に最悪だわ、とレナが便乗してきた。

 あまりに直接的な言葉での非難にさすがのミゾレ次期班長も無視を貫けなかったのか起き上がって顔を見せ……。

「一分以内に消灯します。それまでにベッドへ入りなさい」

 こちらの言葉にはまったく耳を貸す気がないらしい。

 ゼネッタが苦言を重ねたが、やはり無反応。

 きっかり一分後に彼女は有言実行で部屋の明かりを消してしまった。

 私たちはまだベッドに入っていないのに!

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