断章 魔女からの挑戦状
魔女の一族に村を焼かれ、村人たちの魂はその魔女の手の中に落ちてしまった。唯一生き残った少女は勇者となって、魔女の足跡を世界各地で追い求めていた。そんな最中、ドイツのブロッケン山で夜な夜な忌まわしきサバトが行われているという情報を、魔女の生き残りから、その館の鍵と一緒に手に入れることに成功した勇者。森に囲まれた怪しげな館に突入すべく、荒廃した山道をひた走る。
館に近付くにつれ、禍々しい気配は強さを増していた。勇者は銀の大剣を手に、額の汗を拭った。やがて、空の月が溶けるように色を変え、血脈を宿す生命体のように天空で震え始めた。勇者は、空を自在にフワフワと浮かんでいる魔女と対峙した。
「ひょっひょっひょ。お前さん、よくもまぁこんなところまでおいでなすった。歓迎してやろうぞ」
「黙れ! 奪われた村人たちの魂、今ここで返してもらうぞ!」
とりあえずみつめは叫んでみた。
「愚かな。弱っちょろい人間ごときが、生意気な口を利くでないぞ。どれ、お前さんも、私の魂の奴隷にしてやろう。怖いか、震えておるぞ……くっくっく」
魔女はそう言って手に持っていた杖をくるりと向けてきた。
「ほれ、ちょっとした余興じゃ。お前さんの恋人に、ちょいと死の魔法をかけてやったわい。もう三十分と持つまいよ」
横にいたNPCの体に、幾何学模様の魔法陣が刻み込まれていた。
「なんと卑怯な……降りてこい! 悪魔め! この私と正々堂々と戦え!」
みつめは言っているうちに少し楽しくなってきたので、抑揚もきちんとつけて言ってみた。
「わしがお前と? わしはそんなに暇ではない。お前らの相手なんぞ、わしのペットがちょうどいいじゃろう」
魔女がまた杖を一振りすると、黒い閃光が迸った。闇の奥から、咆哮が聞こえた。姿を現したのは、獰猛そうで巨大なキマイラだった。魔女は館へと飛び去っていった。
「待て! こんなやつの相手をしている暇はないってのに」
背後から、NPCが馬車に乗ってやってきた。
「乗れ。魔女の後を追うぞ!」
馬車には大量の重火器から年代物の洋酒まで、いろんなものが積まれていた。試しに大砲の導火線に火をつけてみると、爆音とともに、襲いかかってきたキマイラのこめかみを粉砕してくれた。黒い血のようなものがどろどろと溢れ出していた。いかに獰猛な生物でも、大砲は効果的だと証明された。キマイラはその場で倒れてしまった。
大砲一発で倒れたキマイラを完全放置して、馬車は館へと突っ走った。館の前には、すでに魔女の使いたちが群れをなしていた。その群れを轢き殺しながら、NPCは馬車を、玄関前にピタリと綺麗に停車させた。勇者は鍵を持っていたので、急いで解錠すると、NPCがお決まりの台詞、「ここは俺たちがなんとかする」という製作者の怠惰が窺われる台詞を残して、放牧から戻った山羊のようにせかせか追い立てられた勇者一行は、館になかば無理やり放り込まれてしまった。
館に入ると、中は静かだった。ただ、恋人役として一緒にいたNPCの頭上に、二十分という時間が表示されていた。
「私の命はあと二十分だというの……助けて、勇者様!」
勇者、もといみつめは、自分よりも背が高く、育ちも良さそうで、汚れのない瞳と上品な出で立ちのそのNPCを非難のこもった目で見ていた。
「どうしようっかな。自分結構モテるんじゃない? ねぇ、そんなさぁ、自分より恵まれる人に言われても、助ける気もなかなか出てこないのが人間だと思わない? どうせ勇者に助けられて、はい、幸せに暮らしましたとさ、でしょ? こんな私みたいなひねくれ勇者に助けられたい?」
「みつめちゃんのバカ!」
そう叫んだのは、目からぼろぼろと大粒の涙を流していた、夜代だった。
「このNPCちゃん、今私この娘の名前をノンプちゃんって名前に決めたわ。ノンプちゃんはみつめちゃんを心から信頼してお願いしてるんだよ! 私なら絶対に放おっておくなんてできないわ。だけど、私にはノンプちゃんを助けてあげられないの。どうしてか分かる? 私には力がないからよ。でも、みつめちゃんにはそれがある。お願い……土下座だって夜伽だってなんでもするから、みつめちゃん、ううん、勇者みつめ! ノンプちゃんを助けてあげて!」
「なんかムカつくなぁ! 勝手に名前とか付けてんじゃないわよ。てかさっき、そいつの名前どっかに出てたよ。ミサ、とかそんな感じだったわよ。あと、そのお願いあんたの得にしかならない気がするんだけど」
夜代はハルマゲドン前夜の地球存亡機関のトップのような緊張感と冷静さをもって、頷いた。
「そう……かもしれないわね」
館を吹き付ける風が強くなっていた。その風に紛れて、窓から魔女の姿が見えていた。
「準備は良いか? それではわしからの挑戦じゃ。そいつ(NPC)の命が尽きる前に、私の出す謎の答えに、たどり着いたならば、その娘の命も、村人たちの魂も返してやると約束しよう。だが、解けなかった場合は、お前さんの命もいたどくことになるぞ。ほほう、なんじゃ、その顔、信用しておらんという顔じゃな。だがな、わしら魔女の契約は絶対じゃ。それに歯向かえば、わしらとて命はない。さぁ、よく考えるんじゃぞ。村人たちの魂が隠されている部屋を探し当てることができれば、お前たちは自由じゃ。心して聞けよ、虫けらども。ひゃひゃ」
「それは、同じ意思を持ち、目的地へとたどり着くやいなや、交わったり、お互いに通り過ぎることもあれば、完全に別の道を進むこともある。また、それは一つの属性を持つものではない。全く別の道を目指して冒険する者もおる」
「部屋への鍵が『終わりて久しく、老いて醒めり』」
「それでは、ゲームスタートじゃ! 頑張れよ、おチビさん」
魔女はそう言って館の周りを高笑いしながらグルグルと旋回し始めた。
「誰がチビですって! 降りてきなさい! 八つ裂きにしてやるわ!」
「みつめちゃん、そういうゲームじゃないよ」
夜代になだめられ、みつめはがっくりと項垂れた。
「で、何だって?」
目の前には、問題文がふわふわと浮かんでいた。最後に、「魔女の言葉の謎を解き、村人たちの魂が隠されている部屋を答えよ」という問いへの、解答を入力する欄があった。
建物の内部は特殊な構造になっていた。「王」の字を横にしたような構造で、三本立てに走る真ん中手前が入り口で、正面の通路の先が3と大きな番号が振られた部屋になっていた。左の奥が1、手前が5、右側奥が4、手前が2の部屋だった。
1 4
| 3 |
牢獄| | |風呂、トイレ
|一一|一一|
書斎| | |キッチン
| 入 |
5 2
左側には地下牢獄と書斎が配置されている。その反対側には風呂トイレ、キッチン。このどこかの部屋に、村人たちの魂が隠されているという。NPCの頭の上に表示されている時間内に答えをはじき出さないと、NPCが死んでしまう。ちなみに、真相にたどり着いたプレイヤーは、夜のパレードで名前入りの花火を打ち上げてくれるというご褒美があるらしい。それほどまでに、難問だと多世里が補足をしてくれた。
入り口から少し歩くと、全ての部屋が見渡せるホールに出た。
「さて、それじゃ魔女の謎とやらを解いてみましょうか」
みつめは体を動かすよりも、頭を使う方がまだ得意だと自負はあった。夜代はずっとNPCに張り付いて慰めの言葉を投げかけているし、らいかは頭脳が筋肉か何かでできているのはスキャン画像を確認しなくとも自明である。花歴くらいしか頼りになりそうな部員がいなかった。みつめは心中嘆息した。
「花歴、わかりそう?」
「無理。私マジ理系だから、謎々とか無理」
とは言いつつも、花歴は顎に手を当てて、名探偵みたいに考え込んでいた。
「同じ意思、属性……」
みつめはひとまず、部屋に入って調べてみようと考えた。特にこだわりがあったわけでもなかったが、まずはここからだろう、と1の部屋の前にやってきた。が、扉には鍵がかかっていた。
「あれ。入れないわ」
少し戻って牢獄のドアを確認したが、そこにも鍵がかかっていた。書斎も、5の部屋も施錠されていて、入れなかった。
「どういうことだろう。キッチンはそもそもドアがなかったけれど、それ以外は全て施錠されているのかしら」
「いや、どこかに鍵が隠されているのかもしれないね。それをまず探して、中を調べる必要があるのかもね」と花歴。
「そうね、でも、どうやって探すのよ」
「そのためにもあの文字の意味を読み解かなくっちゃいけないんだよきっと」
「部屋への鍵が『終わりて久しく、老いて醒めり』」という文字にみつめはヒントが隠されているような気がして、何度も頭の中で反芻させていた。
「終わって久しぶりに、年を取って醒めた?」
「何のことだかさっぱりだわ」
頭を抱える二人は、背後から急に肩を叩かれ、飛び上がってしまった。
「うわぁ! って、らいか、どうしたのよ」
らいかは少し息を切らしていた。
「見つけたよ、鍵」と言ってらいかが手にしていたのは、紛れもなく、どこかの部屋の鍵だった。
「ちょっと、どうやって見つけたのよ」
「館の中走り回って探してきた。さすがに疲れちゃったよ」
らいかは壁に背をもたれさせ、本当に疲れたように言った。
「反則じゃない? ってか、どこで見つけたの?」
「その花瓶の底にテープで貼り付けてあったよ」とらいかは書斎横の花瓶を指差して言った。
「多世里さん、大丈夫なんですか、こんな見つけ方で」
花歴の問いに、多世里はさらりと返した。
「時間が経つごとに魔女からのヒントが出される仕組みになっていてね、その中にその鍵の位置を示すヒントもあったから、特に問題はないわ。それはあくまでヒントのヒントにすぎないから。本命は走って探しても見つけられないわきっと」
多世里がいいというなら、特に問題はないのだろう。その口ぶりからすると、どうやら多世里は答えを知っているようだった。
書斎の脇の花瓶の底にあったからには、書斎の鍵かと思って、みつめは書斎のドアの鍵穴に差し込んでみた。カチャリと小気味良い音がして、ドアが開いた。
書斎の机の上には、3の部屋の鍵と、風呂、トイレの鍵が綺麗に並べられていた。その鍵に触れた瞬間、古い時代の決闘の様子が描かれた一枚の絵の壁の、横にある小窓の外に、真っ黒な魔女の影が現れた。
魔女が、本来なら書斎の鍵の位置のヒントを出したのだろうが、例外的に見つけてしまったので、一つ飛ばして、二つ目のヒントを出しにやってきた。
魔女の出した謎々に対して、みつめは、自身の脳を隅々まで動員させて、次々とそれを破った。結果、部屋の鍵を全て開けることに成功した。3の部屋には1と4の、風呂、トイレからは牢獄の、牢獄からは5、5の部屋からは2の鍵を、それぞれ獲得した。その最後の2の部屋の机の上には、小さな羊皮紙が置かれていた。そこには、こう書かれていた。
「0+1」
「0+6=0+15」
「1+0+g+0+1」
「4+2=2」
しかし、その羊皮紙を見つけ出した時には、すでにNPCの頭上の残り時間も五分を切っていた。
みつめは再び脳を回転させた。
「それは、同じ意思を持ち、目的地へと辿り着くやいなや、交わったり、お互いに通り過ぎることもあれば、完全に別の道を進むこともある。また、それは一つの属性を持つものではない。全く別の道を目指して冒険する者もおる……つまり、同じ目的地で交わったり、通り過ぎる……別の道……」
必死に考えるみつめの頭に、ピカリと電球が灯った。
「これ、アルファベットのVのことじゃない?」
横で聞いていた花歴が、指で空中に線を引いて確認した。
「そう、同じ目的地で、交差する箇所で交わるとY、通り過ぎればX、別の道……角度を変えるとKがそうなのかな」
「別の道を目指す、これはきっとNとかZじゃないかな」
「で、そのVが何を……そうか!」
花歴もひらめいたようだった。
「そう、Vはローマ数字で『5』を表す」
「じゃあ、答えは『5』の部屋ってこと?」
みつめはさらに考え込んだ。まだ、他のヒントが何を意味するのかが解けていなかった。当てた人の名前で花火を打ち上げてくれるという大掛かりな謎解きが、そんな簡単な答えなはずがなかった。
「いいえ、違うわ、きっと。「部屋への鍵が『終わりて久しく、老いて醒めり』」の意味を解かないと。そんな簡単な答えじゃないはずよ」
みつめの冷静な謎解きに反比例するように、花歴は焦りをつのらせていた。
「数字の付いた部屋が5までなんだから、ここで答えを出せば、久しぶりにちょっと年老いちゃったけどみんなの魂が解放されて目を醒ます的な?」
花歴が推測を並べている間にも、時間は無情にもゼロに近づいていた。後一分を切っていた。
「だとしたら、あのヒント「0+1」たちが何を示すのか……部屋を開ける順番と何か関係があるのかもしれない」
「でも、ゼロの部屋なんてないじゃんか。ちゃっかり挟まってるgは? 牢獄って英語で何? あ、プリズンとか? g関係ないじゃん。書斎って英語でなんて言うの? わかんないし」
「書斎は確かスタディよ。トイレも風呂も違うし……あぁ、もう十秒しかない!」
花歴が、問題文の回答欄に大きく「5」という数字を書き込んだ。
「ちょ、ちょっと、まだ……」
「今はこれしかわかんない!」
NPCの頭上の時計は、ぴたりと停止――
しなかった。
そのまま、00:00:00が表示されると、屋敷がまるごと、吹っ飛んだ。
「呪いはどうしたの!」と花歴が思わず叫んだ。
みつめは爆破落ちに突っ込む余裕さえなかった。思考を得意とする哲学部の部長という立場にありながら、謎が解けなかったことのほうが、みつめにとっては辛いことだった。
さて、ここまでお読みいただきありがとうございます。
あなたはどの部屋に村人たちの魂が隠されているかわかりましたか?
ちなみに次の話では答えが出てきません。どこかで解答発表します。
解けたらあなたは凄いです。いや、こんなの簡単だよ五秒で解けたよ、という方がいたら、天才だと思います。
ちゃんと答えはあるので、良ければチャレンジしてみて下さい。