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第五乃遊戯 存在しないモノを数えることは出来るか否か

 いつもの放課後。部室には何をするでもなく集まった、哲学部の部員たち。

 黒板で侘しげに白の可視光線を反射する文字。

「キャラクターを魅力的にする方法論」

 誰もその文字には目を向けず、らいかが握りつぶしてグシャグシャになってしまった紙切れを、雁首揃えて、新興宗教の勧誘よろしく胡散臭そうに見つめていた。

 

「プリンキピア・マテマティ館 特別ご招待券」

 

 ちょうど四枚ある。ちょうどというのは、哲学部の部員が四名だからである。部長のみつめは、その独特なネーミングに、興味を抱いた。一方で、冷静に考えることも忘れていなかった。普通のテーマパークだと聞いたが、入り口以前の問題、ネーミングが奇怪すぎはしないだろうか?

「らいか、それ、誰にもらったの?」

 らいかは地獄の番犬ケルベロスを想起させる獰猛さを宿した吐息を、傲然と部室に撒き散らしながら、平然と答えを返した。

「親戚のおじさんからもらったの。今度の休みにみんなで行こうよ」

 らいかの兵器的な握力で、限界までプレスされたチケットを、みつめは一分ほどかけて綺麗に広げた。シワだらけの紙の端に、住所とアクセス地図が記載されていた。

「ここから二駅くらいじゃない。そんな近くに遊園地なんてあったかしら」

「知る人ぞ知る遊園地だっておじさん言ってたよ。チケットも全然取れないらしいんだ。おじさんの同僚が行くはずだったらしいんだけど、急に海外出張が入っちゃったんだって。それでもったいないからってくれたんだ。ラッキーラッキーだよ」

 ラッキーを重ねて言った理由も、知る人ぞ知るテーマパークの存在も、他の部員である夜代、花歴にしても、いまひとつ腑に落ちていないようで、坐禅中の修行僧のような渋い顔をしてわずかに首をひねっただけであった。

「コアなマニアに受けるコンセプトみたいなのを掲げているのかしら」

「知らない」

 らいかが速射式ライフルの弾丸のように放った、極めて短い四文字を、みつめは頭の中でぐるぐると回転させていた。

「別にいいけれど、みんな何か予定があるんじゃない?」

 惑星の軌道をなぞるように旋回していた「し・ら・な・い」というひらがなが、ぱちんと音を立てて弾けたころ、夜代は厳かに首を左右に振った。花歴も、「ちょうど休みなんだよね、仕事もないし」と気だるそうに言った。

「じゃあ、決まりだね。みんなで行こうよ」とらいか。

「たまには、外で体を動かすのもいいかもね」

 そう言いつつも、みつめは不安を感じていた。らいかの親戚のおじさんなる人物がくれた遊園地のチケットが、この近辺にありながら、誰も聞いたこともないこともそうだったが、哲学部のメンバーで、遊園地を「普通」に満喫できるだろうか、という懸念も、確実に残っていた。人間電磁砲のらいかがジェットコースターに乗ったところで、世紀の大富豪に特売のもやしを与えるようなもので、感情に一ミリの変化も生じない気がしてならなかった。それどころか、あらゆるアトラクションを触れただけで営業停止に追い込んでしまう危険性もあった。夜代は極端な高所恐怖症に加えて、おばけが苦手である。花歴はどこかませていて、遊園地だろうが天岩戸から神様を引っ張り出す正念場だろうが、むやみにはしゃいだりするタイプではない。

 ついでに付け加えると、みつめ自身、幼い頃に遊園地へ行ったことはあったが、哲学の魅力に取りつかれてからは、考え方がすっかり変わってしまった。遊園地より図書館、○ッキー・マ○スよりバートランド・ラッセル。体のサイズはジェットコースターの身長不足ではじかれるのはいまだ変化なしだろうけれど、かつて楽しいと感じていた記憶は、すっかり様変わりして、その興味を失いかけてすらいた。

 色々と論理と並べ立てつつも、実際に行ってみればきっと楽しいのだろう。そう思って、みつめは前向きに考えることにした。別に嫌いになったわけじゃない。楽しかった記憶を思い出せばいいのよ、とみつめはその手に持ったチケットを、古い記憶を呼び覚ましながら、感慨深げに眺めていた。

 スマホをいじっていた花歴が、さりげなく呟いた。

「この遊園地、変な噂があるらしいよ。何でも、急病人がいっぱいでるんだとさ」

 みつめは漠然と思考する。もしかしたら、この斬新なネーミングの遊園地、自分が経験し、思い描いた、あの楽しかった、いや今でもきっと楽しいであろう、遊園地とは、全く違う、別カテゴリの遊技施設なんじゃね? と悪い予感を抱いた。

 

 

 最寄りの駅から歩いて十分、比較的賑わっている活気に溢れた商店街を脇道に逸れ、油の臭いが充満する飲食店の寂れた通りを抜け、外国ワインの専門店と年季の入った理髪店の間にある歩道橋を登り、車がビュンビュン流れる大通りを超えた先に、「プリンキピア・マテマティ館」と書かれたアーチ式看板はどっしりと鎮座していた。

 

 哲学部のメンバーは駅で待ち合わせをして、そこから現地へと向かった。

 それぞれ私服で、夜代は髪を後ろでまとめ上げ、ボーダーシャツに、プリーツスカートをモノトーンで統一し、夜代自身の柔らかな肌の色彩と見事にコントラストを醸し出していた。その内面を見事に隠し通して、質自体は申し分ない夜代のあどけないながらも整った顔立ちにより、あるいはナンパ男の一人でも引っ掛けそうな雰囲気を作り上げることに成功していた。

 らいかはデニムのオーバーオールにTシャツというラフな格好だ。日焼けした褐色の肌に、生命力溢れるらいかの表情は、未だ疑うことを知らない純粋さをわずかに残していて、眺めているだけでも疲れが吹き飛びそうな、瑞々しい笑顔をたたえていた。

 花歴はさすがにモデルということもあって、クラシカルなテーラードジャケットにスキニーパンツとリボンスリーブのブラウスで大人びた雰囲気を醸し出していたが、胸元のカラフルな猫のデザインが遊び心を忘れていなかった。スタイルが良いせいで、元から何を着ても似合う彼女だが、最高の素材が、キレのあるメリハリメイクで神の息吹を与えられることで、道行く人々の目線を、ほぼ彼女一人で独占していた。

 最後のみつめは、空色のワンピースを腰の辺りで、ベルトを巻くことにより変化を付けてはいたが、少し大きめなそのワンピースと、まだ一度も染めたことのない黒髪が、小柄な体格と調和して、小学生感を十倍にも百倍にも変化させていた。彼女たちを見たものは誰しも、特にみつめと花歴が、同じ年の生まれだなどと、予想すらできなかったことだろう。

 

 ゲートでは眠そうな顔をした受付の女性が一人、頭をこっくりこっくりさせ、まどろんでいた。建物の外観を見る限り、さほど古臭くはないのかなという印象を受けた。四人はゲートで受付のお姉さんにチケットを手渡した。引き換えに入場特典とパンフレットを受け取った。

 中に入ると、開けた空間のど真ん中に血みどろの心臓のオブジェが飾ってあった。みつめはパンフレットを開いてみた。どうやらこのオブジェがこのテーマパークのシンボルらしかった。恐怖を売りにしたものだろうかと園の地図を見るが、お化け屋敷は敷地の奥にひっそりと、配置されているだけだった。

 周囲を見渡すと、客の姿はちらほらと見えるが、この遊園地で何よりも目を引いてはばからなかったのが、各アトラクションの、目を覆いたくなる独特さであった。

 そのどれもが目眩を起こしそうなピンクで彩られ、建物や飲食店、お土産店ですらサーモン・ピンクで塗りたくられていた。遠くに見えるジェットコースターは受付から地面の塗装まで全てピンク、酔わせるという意味ではある意味正解かもしれなかった。敷地の西側にある観覧車は、全てが同じ色で、どこに誰が乗っているのか、遠くから見る楽しさを凡庸な苦痛に変化させ、錯覚の大海へ迷いこませる意識への攻撃をしかけていた。専門家たちから非難が巻き起こるのを今や遅しと待ち構えているかのような、ピンク色にペイントされた樹木たち。入り口付近の噴水が出す水の色も、ワインならぬ桃ジュース色、その周囲の花は当然のこと、ベンチまで徹底して桜色をしていた。

 四人は色彩感覚を奪われないように、適度に目を真っ青な空へ逸らしながら、まずどこへ行こうか、4人で相談を始めた。

「私遊園地なんて久しぶり。まぁ、この色彩感覚の壊れた空間を、遊園地と呼ぶならの話だけど」

 みつめは周囲を見渡しながら、呆れ半分に言った。それに夜代が答えた。

「とりあえず一番近くにあるのに入ってみる? 雰囲気だけでもつかめると思うな」

 雰囲気はもう無理やりつかまされている気がしないでもなかったが、みつめは首肯した。

「そうね。じゃあ」

 と言ってみつめが見つけたのは、今自分たちがいる広場から一番近い室内型アトラクション、その名も「キューピッド」。入り口には弓矢を勇ましく構えたアマゾネス風の女傑の大看板が置かれていた。しかし、外観だけでは、今ひとつ何の施設かわからなかった。

「こういう漠然としたのが意外と面白かったりするんだよね」

 花歴は少なからず興味があったのか、思いの外声を弾ませて言った。

「そう? 私はもっと有名なキャラクターをモチーフにしてる方が好きだけどな」とみつめ。

「みつめちゃんって意外とキャラクターのぬいぐるみとか好きだもんね」

 夜代の言葉にみつめは声を裏返した。

「う、うるさいわよ、誰がファンシー好きだって? 夜代の妄想もそこまでいくともうわびさびとしか言いようがないわね」

「わびさび?」

「ねぇねぇ、誰かこっち見てるよ、ほら」とらいか。その指差した先をみると、同じ年代だろうか、女性が一人、こちらを熱心に見つめているのに気が付いた。その女性は、みつめたちに気付かれたと知るやいなや、こっちに走ってやってきた。四人の前にやってくると、息を整える間も惜しむように、突然、自己紹介を始めた。

「はじめまして、私桃乃っていいます。もしかして、同じ学校の相沢みつめさんたちでは?」

「どちら様?」

「同じ学年の桃乃ですよ。もう、覚えてないの?」

 やけに馴れ馴れしい口調だった。みつめが人間違いでは、と口を開こうとした時、夜代が、あぁ、と手を打った。

「えーっと、たしか、隣のクラスの桃乃多世里ももの たよりさんじゃないですか?」

 夜代の言葉に、その女性は、顔をぱっと明るくさせて、嬉しそうに胸の前で両手を合わせた。

「ほらー。覚えてるじゃないの、もう。まさかこんなところで会えるなんて、嬉しいわ。偶然に感謝ね」

「夜代、知り合いなの?」

 夜代は、困惑したように首を振った。

「ううん、名前くらいしか知らないんだけど」

 夜代の困惑をよそに、桃乃という同級生は、興奮したように喋り続けた。

「ねぇねぇ、哲学部って悩み相談、とかっていうのをしてるんでしょ。じゃあ、私も何かお願いしちゃおっかな。何がいいかしら……そうね。今日一日、私たちと一緒に遊んでくれない?」

 みつめは強引に話を進めようとする自称同級生を掣肘する。

「待って。どうしてみんなこう……今日は遊びに来てるのよ。悩み相談は営業時間外よ。そもそも、一緒に遊ぶのがどうして悩み相談なのよ。あなた友達いないの? ってか、今流しちゃいそうだったけど、私たちって言った? 他にも誰か一緒なの?」

 みつめの問いに、多世里は突然声を低くした。その顔からは、生気が完全に消え去っていた。

「誰かいる、ですって? 見えないの? 私の隣にほら」

 多世里はまるで誰か本当にそこにいるかのように、甘くとろける視線で、隣の虚空を熱心に見つめた。

「わ、私たちには見えないんだけど……」

 夜代が恐る恐る言った。多世里の一睨みが夜代に鋭く飛んでくると、夜代は体を大きく震わせて、みつめの後ろに隠れてしまった。

「いるのよ、ここに」

 鬼気迫る声色に、みつめはたじろいでしまった。

「わ、わかったから」

「遊んでくれる?」

 みつめは内心冷や汗をかきながら、頷いた。

「え、えぇ。私たちも初めて来たから、もし桃乃さんが何度か来たことがあるっていうなら、おすすめとか案内してもらえると私たちも助かるっていうのはあるかも」

 その言葉に、多世里は表情を激変させ、声にも生命力を取り戻した。多世里の急激な躁鬱の変化が、全員の心に着々と警戒心を芽生えさせた。

「そうなの~。ありがとう、ほら、行きましょう。私ここの遊園地は全部知り尽くしてるから、きっと楽しんでもらえると思うの。みんなの意見を聞かせてくれたら、私がコーディネートしてあげるから、これだけは行きたいって要望とか、ある?」

 多世里は本当にこの遊園地を、隅々まで知り尽くしているようだった。希望を各々伝えると、アトラクションの詳細や待ち時間、空いている時間から、効率的なルート周回、飲食店のメニューや金額、従業員の性格や交代の時間、果ては一日ごとの入場者数まで、暗記しているようにすらすらと言ってのけた。

 それが本当の数字なのかは分からないが、おおよそ予想を超えるものでなかったから、ひとまず信用してもよさそうだと、多世里があっという間に組み上げてくれたプランで、周ることに、一同は賛成した。

 

 

 最初のアトラクション、その名も「キューピッド」。最初に来たらまずここからという多世里のアドバイスに従って、四人はその西洋風の小城を思わせる建物に足を踏み入れた。

 中は薄暗く、ピンク色の照明が怪しげな雰囲気を演出していた。外からは判別できなかったが、中では人がそこそこ並んでいた。多世里はその列を無視して、脇に控えていた従業員に話しかけた。その従業員は、軽くお礼をすると、ロープを外して、誰も並んでいない列へ案内してくれた。どうやら、特別待遇のチケットか何かを持っているようだった。

 全く並ばずにスラスラと進めることに、多少の優越感を抱きながら、一行は重厚な扉の前で立ち止まった。門番の格好をしたスタッフが、眼鏡を渡してきた。

「なにこれ3D? ただの眼鏡にしか見えないけど」

 みつめは率直な感想を述べた。

「いいえ。違うわ。入ってからのお楽しみよ」

 全員が眼鏡をかけると、スタッフが重厚な扉を開けた。内部は予想していたよりはるかに広かった。

 そこは、古い蒸気機関車の内部だった。いや、厳密には、そこはただの質素な壁に囲まれただだっ広い空間だった。しかし、目の前には確かに、蒸気機関車の車内があった。座席一つ一つが全て本物のようだった。あの眼鏡のおかげで、何もない空間に本物そっくりの機関車が目の前に広がっていた。同時に、立っている場所は電車の動きに連動してグラグラと揺れ、かすかに香ばしい香りも漂っていた。本当に触れそうな座席に手を伸ばすと、本当に手に皮張りの感触が伝わってきた。

「えぇ?」

「ふふ。これは単なるヴァーチャル・リアリティではないわよ。体の電気信号を制御する最先端のシステムを利用して開発した、W’(ワールド・ダッシュ)という遊技用システムだから、それが本当に存在しているように、触れることもできるわ。さぁ、来たわよ」

 多世里が指差した先、少し離れた座席から、簡素な純白のドレスをまとった女性が立ち上がった。その女性はもじもじと指を絡めていたが、やがて重く口を開いた。

「あなたは私の全てを奪っていった。この心も、体さえも……あなたがいないと私、生きていけないの。ねぇ、どうしてそんなに悲しそうな顔をするの。オデットの丘で語り合ったあの熱情の輝きは? 燃えるような抱擁や慈しみはどこへ行ったの?」

 神妙な面持ちでそう言ったNPCは、さっと腰をかがめ、ドレスの端を捲り上げた。生足にくくりつけられていたベルトから、素早い手つきで、なぜかサバイバルナイフを取り出して、その切っ先を向けてきた。

「あなたが他の人のものになってしまうくらいなら、私はあなたを永遠のものにするわ」という謎の台詞を振りまきながら、襲いかかってきた。

「えぇ!?」とみつめが驚嘆の声とともに、いつの間にか手に持っていた、というか持たされていた銃を上げると、目の前に「心臓を狙え!」という警告文が出てきた。みつめはいつの間にか手にもっていて、すっかり手に馴染んでしまっていたハンドガンを仕方なく胸の前で構え、妖しく光る心臓目がけて躊躇なく引き金を引いた。

 ハンドガンの先から出てきたのは、弾丸ではなく、赤い球だった。球が心臓に命中すると、女性は大きな悲鳴を上げて、その場に倒れこんだ。

「ちょっと、後味悪いわね。私このNPCと、なんとかの丘で語ったことも、抱いたこともないから、特に恨みとかもないのだけれど」

「果たしてそうかしら?」

 妖艶に笑う多世里を流し見ていると、倒したはずのNPCが、ヨロヨロと立ち上がっていた。

「え、なによ」

「その娘は今あなたが仕留めたの。早く逃げるか、求愛でメロメロにして行動を制限しないと、どこまでも追いかけてくるわよ。さぁ、新手が来たわ」

 蒸気機関車の連結部分から、別の女性が五人、みつめたちに向かって走ってきた。

「回避とかはその都度表示されるから、指示に従ってね。彼女たちにつかまると大量に押し寄せた挙句に乗っかられて窒息しちゃうから。そうなったらゲームオーバーね」

「コンセプトが全く理解できないゲームね!」

 みつめはあっさりと背後から忍び寄っていた金髪ブロンドに押し倒され、次から次へと押し寄せる大群に、呼吸ゲージをあっという間にゼロにされてしまった。目の前に、ゲームオーバーという赤い文字が表示された。

「最新技術でどうしてこんなクソゲー作ろうと考えたのかしら……うぅ……ちょっと本当に苦しいじゃないの。アトラクションでこれはダメっしょ……」

「みつめちゃん!」

 夜代の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

「大丈夫よ、命に別状はな……」

 夜代は、自分からNPCにつかまって、叫んでいた。

「みつめちゃん! 私このゲーム大好き!」

 夜代は感触を楽しむように、NPCの体を触りまくっていた。

「色々問題あるんじゃない? このゲーム!」

 みつめは叫んでみた。

 らいかと花歴は、見事に集まってくる敵を捌いていた。感心したように多世里が声を上げた。

「二人共、上手だね。でも、ここからが本番だからね」

「へへ、私意外とこういうの得意なんだ。らいかはそもそもチートだから、どんなやつが来ても負けないと思うよ。楽勝楽勝」

 多世里は、怪し気に笑った。

「それは楽しみね。さぁ、最高の試練を乗り越えられるかしらね。フフフ……」

 

 

「まさか、最後で特定のNPCを誘導して部屋に閉じ込めておかないと機関車爆発しちゃうなんて……裏の裏をかかれた気分」

 悔しがる花歴。

「惜しかったわね。でも、機関車の場面はまだステージ一よ。ステージは五十一まで用意されてるからね。ちなみに私はクリアしたことあるけれど、十時間くらいかかったわ。また今度挑戦したらいいわ」

 一行は「キューピッド」を出て、レンガで舗装された大通りを奥に向かって進んでいた。次なる目的地は、冒険気分を味わいたいというらいかのリクエストから、物々しげな鉄の門扉が高く聳える、「バーバリアン」というアトラクションにやってきた。アフリカのジャングルを思わせる演出から、急に戦後の日本の食卓が映し出され、プレイヤー(嫁)が、味噌汁の味に鬼のように怒り狂った姑からボートで太平洋をアフリカ大陸目指して逃げるという、まさに別の意味でも冒険的なアトラクションであった。ボートの操縦と姑の網膜から放たれる灼熱のレーザービームの緊急回避に脳みそを酷使した結果、避けきれずにボート爆破、終了となり、お腹も空いていたので、一行はレストランに向かうことにした。その間も、多世里は誰もいない横の虚空へと甘えるような声を出したり、はしゃいだり、まるで本当に返事が返ってきているかのように、大仰に驚いていたりしていた。

 


 レストラン「メ・エハム」では、みつめはクリームパスタ、夜代はハムサンドを食べた。多世里のおすすめということもあり、味はなかなかのものだった。多世里がトイレに行くと言って席を外すと、夜代は、こっそりとみつめに耳打ちをした。

「多世里ちゃん、ずっと見えない誰かとお話してるね。私ちょっと気味悪いよ。いろいろ紹介してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと怖いかも」

 みつめはパスタを頬張りながら、返事をした。

「うん。でもなんだかんだで楽しいかも。内容はともかくとして、体動かしてると気分良いわね。来てよかったかも」

「みつめちゃんがそんなこと言うなんて、珍しいね」

 みつめ自身も少し不思議な気分だった。

「ねぇ、多世里さんはどうしてあんなことをしていると思う?」

 みつめはうーん、とパスタを咀嚼しながら考えてみた。

「大切な人と一緒に回っている気分に浸りたいとか、かな。あとは、大切な人と回った過去の記憶を失くさないように、とか」

 多世里がただ自分たちを驚かせるためにやっているのではないということはわかっていた。あるいは、その人物が何者が知ることができれば、多世里の行動も理解できるかもしれなかった。しかし、面と向かって訊ねるには、まだ心の距離があった。何より、出会った時の多世里の裏の顔がまだ脳にしっかりとこびりついていたので、進んで訊ねたいことでもないというのが正直な感想だった。

「さりげなく聞いてみようかしら」

 ちょうど、多世里がトイレから戻ってきた。みつめはジュースを一口飲んで喉を潤すと、できるだけ自然を装って、話題をひねり出した。

「次はどこに行くんだっけ?」

 多世里が答えた。

「『ラビリンス』よ。ここは頭を使うわね」

「まともなシナリオだといいけれど……。ところでさ、ずっと気になってたんだけど、多世里さんのお友達……とはどういう関係なのかしらね。私たちまだ何も聞いてなかったけれど。別に、話したくないっていうのなら、無理強いはしないけど。ただ、少し気になっただけなんだけれど」

 みつめの婉曲的な質問に、多世里は、夢を語る詩人のような陶酔した声色で、深い畏敬の面持ちをして言った。

「私たちは愛し合っているの。誰よりも深く、深くね」

「恋人なの?」

「そうよ。素敵だと思わない?」

 みつめは適当に、「えぇ」と聞こえるか聞こえないかの、返事をした。見えない人間が素敵かどうかなんてわからない。そしてやはり、予想通り、多世里は大切な人との思い出に、浸っていたのだ。あまり深く追求されてしまうと、また多世里の裏の顔を拝んでしまう事態にもなりかねない。みつめは急いで話題を転換させた。

「さて、そろそろ行きましょうよ」

 一行は次のアトラクション、「ラビリンス」に向かった。道中、多世里はまるでそれが自分の責務であるかのように、虚空に熱い視線を送り、語りかけることをやめなかった。みつめたちはそんな彼女の抱く過去の思い出を、推し測ることすらできなかった。ただ黙って多世里の後をついて歩いた。

 


次回『断章 魔女からの挑戦状』

謎解きになっています。お時間がある方は是非挑戦してみて下さい。

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