12話 惨劇は過ぎて
「……っ、ぁああ……」
「っ、カイトっ!」
「よかった……意識を取り戻しましたか……」
「はぁ、はぁ、よ、良かった……」
俺が目を覚ますと、三人が顔を覗き込んで安堵の声を上げる。そして、正気を取り戻しているフィールは涙を流しながら俺に抱きついてくる。
それは、まるで割れ物に触るような弱々しい抱きつき方だったが。そして、俺の胸に顔を押し付けながら言葉を繰り返す。
「ごめんなさいっ!私の所為でっ!私の所為でっ!」
死の淵を彷徨よわせた事か。腕を吹き飛ばした事か。はたまた両方か。どの事を言っているかは分からない。正気には戻っていても、決して平静にはなっておらず、その言葉は最後までは言い切られてはいない。
だが、俺はそんな動転しているフィールの頭を右腕で撫でながら、言葉を伝えていく。
「構わねえよ。俺は、お前との約束を果たしただけだ。片腕は無くなっちまっても、お前も俺も、他の誰も一人たりとも死んじゃいない」
「で、でもっ!」
「お前が暴走しちまったのって、確か美雪まで拒絶されたからだったよな。……美雪が、いや、俺らまで拒絶されたのが我慢できなくて、あんな風になったんだよな?」
フィールは、俺の言葉を拒絶する。ただ涙を流し叫びながら、俺の許す声を否定し続けた。
自分がやった事は、決して消えないのだと。決して許されないのだと。只ひたすら、そう叫び続けている。
「でも、俺はそれを悪いとは思わない。……俺だって善人じゃ無いんだからな。たとえ暴れても、それに俺たちへの想いが込められてたなら。それを否定しようだなんて思いはしねえよ」
だが、俺はその声を否定する。
今回の事は、公正な目で見たらどう足掻いても悪に分類される事だろう。
だが俺は、俺たちは知っている。フィールが、何故こんな事をしたのかを。そして、それを知っている以上そうとは思えなかった。
フィールが俺の許しを否定し、俺がその否定を否定する。それは、永遠に続くようにも思われた。
だが、その終わりは唐突に訪れた。
「でもっ!私、は……っ……」
「っ、なっ!?」
先程まで叫んでいた筈のフィールが、突然糸が切れたかのように倒れてしまったのだ。その顔を見ると、一目で分かるほどに顔色が悪く、そしてうなされていた。
「っ、おい!如何したフィール!?」
「海斗くんっ!フィールさんから生気が感じられないよっ!?」
「早く休める所に!どんどん衰弱していってます!」
ビアンカと美雪がフィールに駆け寄り、様子を伺う。生気がなく、衰弱していっている。聞くだけでまずいと分かる状況だ。
「ここから近いところで休める所……ちっ、凄え行き辛いけどカエルムの屋敷くらいしかねえか!」
だが、そのフィールを運び込める所は彼処の屋敷しか無い。確実に龍人が抵抗するような彼処しか。
「……っ、ようやく正気に戻ったんだ!此処まで来て死んだりするなよ!」
しかし、俺はフィールを片手で抱き上げ、迷う事なくカエルムの屋敷に向かって駆け出す。傷が治ったといえども魔力はスッカラカン。アイテムボックスからアイテムを取り出す余裕すらない為そうせざるを得なかった。
「急ぎましょう!一刻を争います!」
「う、うん!」
そしてその後ろをビアンカと美雪が着いてくる。同じく全速力だ。
それから数分と経たないうちにカエルムの屋敷に到着、誰一人としていなかったので勝手に上がらせてもらいベッドにフィールを寝かせる。
「……ぅ……ぁ……」
「はぁ、はぁ、しっかりしろよ……!」
フィールは僅かに目を開けてはいるもののうなされており周囲は見えてないようだった。それほどに重症だということだが。
「っ、美雪、ビアンカ!頼む!フィールを見ててくれ!」
「っ、カイト様!何処に行くつもりですか!?」
俺は美雪とビアンカに頼んでから、その部屋を出ようとする。当然、ビアンカはそれを止めに来る。
「ここに、フィールに効きそうなものは見当たらねえ。俺も、そういった類のは持ってないからな。……だから、取りに行くだけだ」
俺はそう言いながら、アイテムボックスから転移石を取り出す。そして、それを見たビアンカは驚愕の声を上げる。
「カイト様!?魔力は残って無いはずじゃ!?」
「確かに残ってなかったけどな。まさか体力と引き換えに作れるとは思ってなかったよ。……これしか手段が思いつかねえんだわ。許してくれ」
日本にいた頃のゲームや小説、アニメなどによっては魔力は使い過ぎると体力が減るという設定があった。但しそれは、裏を返せば体力を犠牲にすれば魔力を作れるということ。
それを試しにやってみたところ、意外にも成功した。だから俺はアイテムボックスを確認し、今の現状を打破出来る可能性の有る物を取り出したのだ。
「俺が都合の良い物を持っていなくても。流石に夢幻列島まで行けば大体の物は揃うはずだ。だが、直ぐにとは行かねえんだ。だから、お前らはフィールの側に居てやってくれ」
俺が取り出したのは、夢幻列島行きの転移石だ。あそこを降りる前に、素材がなくなった時の為に用意しておいたのが吉となった。
だが、それを聞いたビアンカと美雪は俺にしがみついてでも止めようとしてきた。
「む、無茶ですよ!片腕だってないんですよ!?」
「そ、そうだよ!それならせめて私達も!」
一人で行くのは危険だから、私達も着いて行く。だが、俺はそれを拒否する。
「……頼む。ここは、俺に任せてくれ。少なくとも、このままじゃダメなんだ。誰かしら行かなきゃいけないんだよ。それに、看病ならお前らの方が得意な筈だからな」
俺はそう言いながら、二人を振り払いすぐさま転移石を発動させた。そして、眩い光が俺を包み込む。
「カイト様!」
「海斗くん!」
しかし、俺の姿が消える直前。二人は同時に何かを投げつけてきた。俺はそれを片手で無理やりキャッチして物を確認する。
それは、俺が美雪に渡した杖『スターダスト』とビアンカが作ったであろうよく分からない魔導機械だった。
「せめてこれを!無いよりはマシな筈です!」
「私もこれを!」
「……ありがとな!行ってくる!」
だが、ビアンカの方の機械を確認する前に俺の姿がかき消えてしまいそうだったので、咄嗟に礼を告げる。
そして、その直後。俺の視界は暗転した。
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「…………」
フィールが倒れてから5日。
夢幻列島から1日で薬になりそうな物を掻き集め戻ってきて、そこから生命力を回復させる為の薬は作った。
しかし、それを飲ませてもフィールはまだ起きない。多少顔色は良くなったものの、依然として目を覚まさない。
「……カイト様。少し、休んだらいかがですか?5日間、一睡もしてないのですから」
「……いや、いい」
ビアンカや美雪は俺に眠るように言ってくるものの、そんな気にはなれない。あれっきり、全く眠くならないのだ。
「……そうですか。ところで別件なのですが。義手の馴染みは如何ですか?」
「ん、ああ。やっぱり違和感は有るが、無茶しなきゃ普通に問題は無さそうだ。強いて言うなら頑丈性か」
「ふむ……やはり落ち着いたら改良しなければダメそうですね……」
「俺としてはお前がこんなもの持ってた事に驚きだがな」
俺はそう言いながら左腕を上げる。
鈍い銀色に輝く腕は、元の腕とは大きくかけ離れているものの俺の意思通りに指先まで細かく動く。見た目がこれでなければ、普通の腕と言われても判別はつかないだろう。
俺が夢幻列島に行く時にビアンカが投げ渡してきたものは俺が今つけている義手だったのだ。なんでも、意思伝達とかなんとかの練習で作ったものらしい。馴染むかどうかの不安はあったようだが、結果的には問題無く馴染んだ。
「これのおかげで多少はマシに戦えたからな。……まさか彼処まで生態系が変化してるとは思わなかったから片腕じゃヤバかった」
「本当に無理ばかりするんですから……。私達の身にもなって下さいよ」
「……悪かったな」
今言った通り、夢幻列島の生態系は俺たちがいた時と比べると急変していた。それこそ、あの時の俺たちじゃ生き延びれない程に。恐らく、原因は俺たちだろうが。
たった4ヶ月程度でドラゴンが群れをなす種に変貌していたり、サーベルスパイダーが劇毒を会得したり、クラウディアが風魔法と雷魔法なんてものまで手にしていたり。兎に角、今まで以上の魔境と化していたのだが……そこは多くは語るまい。
「……カイトだから、しょうがない」
「「……!?」」
だが、そんな会話をしている途中。三人目の人物の声が挟まれる。そしてそれは、5日間の間求めて止まなかった声。
「……おはよう」
「フィール……お前……!」
「目が、覚めたんですね……!」
俺は目を覚ましたフィールの手を握る。本当は抱きついてしまいそうだったが、病み上がりでそれは良くないと思い思いとどまった次第だ。
「……うん、迷惑かけた。ごめん」
フィールは倒れる前とは打って変わり落ち着いた表情を見せていた。まだ声は弱々しいものの、それを見るだけで俺の心は安らいで行く。
「迷惑だなんて思ってねえよ。……それより、体は大丈夫なのか?」
「うん、おかげさまで。……よっ」
フィールはブランケットを退かし、ベッドから飛び降りる。だが、その際僅かにフラついたのが目に映った。
「おい、大丈夫か?」
「っ、大丈夫。若干体は気怠いけど……精々その程度。時間経過でどうとでもなる」
「それはダメだと思うんだが」
「……いや、大丈夫。むしろ、時間経過以外じゃ治りそうにない」
フィールがその後言ったことによると、あの時使ってた力……よく分からない、あの黒い闇のようなもの。あれは魔力に似た何かのようで、生命力が失われたのはその力が生命力と繋がっているからだとか。
「うーん……俺にはよくわからないが、取り敢えず大丈夫、なのか?」
「うん。……だから、美雪も呼んで。もう、こんな所いたくないし、次行く場所も決めなきゃいけないから」
俺がフィールに問うと、帰ってきた返答は早く出ようの一言だった。それはつまり、結果的に復讐はしないという決定をしたという事だった。
「あ、ああ。それはいいが、結局復讐は良いのか?」
「……もう、龍化は普通に出来そう。それが目的だったんだから、これ以上関わる必要なんてない」
その声は氷のように冷たく、決して曲げられないような威圧感を伴っていた。ここにカエルムやランドが居なかったのは幸いと言うべきか。
俺はそれに対して頷き、別の部屋にいる美雪を呼びに行……こうとしてすっ転ぶ。
「……カイトっ!?」
「あー……いや……気にすんな……そういえば5日間寝てなかったからな……」
転んだ理由は何て事はない。フィールが起きて気が緩んだ結果、恐ろしいほどの睡魔に襲われただけだ。情けない限りだが。
「……本当にごめん」
「別にいいっての……どうせこれ飲めば一発だからな……っ!」
俺はそう言いながらも毎度お馴染み超強力ポーションを一気飲みし眠気を無理やり吹き飛ばす。ダメージを回復するのが効果な故に症状不明なフィールには使えなかったが、眠気覚ましには充分使えた。
「あー……目は覚めるけど安定の苦さだな全く。じゃあ、美雪呼んでくるわ」
そう言って、俺は美雪を呼びに行く。気配が感じ取れるために一発で探し当てられ、直ぐに四人全員部屋に集まる。
「よかった、起きたんだね」
「ミユキにも、心配かけた。ごめん。……それで、次は何処に行くの?」
「次は帝国領でしたよね。ならば、距離的にも水上都市『フィーネ』でしょうか。魔水の名産地です」
フィールの問い掛けに、ビアンカが答える。次の目的地は、中々物珍しいものが見れそうな場所だ。
「……帝国領に行けば、三大国領全制覇」
「あ、私もだね」
「俺もだな」
「……あれ?私は……」
そして気付く。一番長生きな筈のビアンカが、一番活動範囲が狭かったことに。
「……引きこもり」
「地上に出てから4ヶ月だっけ?それなら仕方ないと思うけど……」
「でも300年以上地下住まいだよな……」
「ぐっ、どれも否定が……」
ビアンカはそれに対して顔を歪める。だが、その中でフィールはふふっと笑みを浮かべた。
それに気づいた俺たち3人は同時にフィールの方を見つめる。
「ん?どうかしたか?」
「……あんな事が起きても。直ぐにこうやっていつも通りの雰囲気になる。それが、少し嬉しくて」
「ははっ、確かにね。でも、そっちの方が私達らしいかもね」
「今思うと、私が出会って間もない頃もこんな感じでしたね。そう考えると、カイト様達が旅を始めてからずっとじゃないですか?」
「……確かに」
「その通りだな」
俺たちは四人で笑いあう。
そこには、5日前の惨劇の記憶など入る余地は無い。
今はただ、四人で笑い合い、そして語り合う時間だけが過ぎていった。
そのせいで、結局出発したのは2時間後位になってしまったが。
はい、と言うわけで第4章完結です。
今回は大分急展開でしたね……。海斗の目が覚めてからフィールが倒れてその目が覚めて。此奴ら倒れてばっかりな気が?
まあ、それはさておき。次回からは、今の所は第5章の帝国編をお送りするつもりです。現予定では折り返し地点まで来ました。
それでは皆様。これからも、『生産スキルを甘く見るなよ?』をよろしくお願いします!




