11話 神界の会談
目を覚ますと、そこは何もない空間だった。
天井も、床も、壁も、そんな境界なんて区別すら付かないような一面の灰色。見ているだけで気持ち悪くなるような、そんな光景だった。
俺はそれを見た後、自分の体に視線を落とす。
五体満足で無傷な体。吹き飛ばされた筈の左肩も、そこにはしっかり付いていた。纏わり付いていた筈の闇も、既にそこにはなかった。
「……夢、か?いや、どっちかっていうと天国的な場所って言った方がいいのか?ここは」
俺はここが何処なのか見当が付かなかった。だからこそ、そんな誰にも届く筈のない呟きを発した。
「……正確には、どちらも違うわよ」
「……!?」
だが、その呟きに対して唐突に返答が返ってくる。俺以外の気配なんて感じてすらいなかったというのに、すぐ後ろから声が掛けられて急いで振り向く。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
フィールと同じ黒髪を結ばずに膝裏程度まで伸ばし、同じくフィールと同じ蒼眼をしていた。大体、身長は170cmだろうか?結構高い。
だが、俺はその容姿よりもその女性の服装の方に目が行ってしまう。
服装は、魔法使いが良く着てそうな黒色のローブ。それだけなら、目が行くことも無かっただろう。そのローブが、見るも無惨な惨状になっていなければ。
鋭い何かに引き裂かれたかのように、綻び一つない斬撃の痕。それが、数十にも及ぶ数残されていた。
その切れ目から覗く肌も、無残に引き裂かれていた。血は流れていないものの、地球でいうR18Gの分類に入ると思われるほどの惨状だ。
「……なっ」
しかし、そんな惨状だというのにその女性は涼しい表情を浮かべていた。それが、俺には少し恐ろしく感じた。
「……この姿は気にしないで。数千年も経てば、この位慣れてしまうから」
俺のその表情を読み取ったのか、俺が質問する前に女性は告げた。出来る限り顔に出さないようにしていたのだが、バレてしまったようだ。
「……慣れた、ねぇ。それも、数千年も経てば、か。……あんた、一体何者なんだ?」
俺はその姿を見ても、言動や不可思議さからその女性を人間だと思えなかった。それ故に、俺はオブラートに包んだりせずに質問を投げかける。
しかし、その質問に対して女性は暗い表情を浮かべる。そして、溜息を吐きながら答えた。
「はぁ……一応、神よ。こんな惨状で、皆が想像するような力はもう持ち合わせていないし、地上に干渉するようなことも出来やしないけどね」
女性は神と名乗った。しかし、もうそう思われるほどの力は残ってはいないと。あくまで、神という種族なだけなのだと。
俺は、その返答に僅かに驚きながらもその答えに納得した。気配を感じなかったのも、数千年の時を生きているというのも、神という超越した存在なら納得できる話だ。名前を言わなかったことに関しては、なぜか触れてはいけない気がした。
だが、そうなると次の疑問が浮かんだ。
この女性は地上に干渉する事が出来ないと言っていた。だが、なら俺がこの女性と会う事は無かったはずだ。ならば何故俺はこの女性の前にいるのか。
「……なあ、あんたが地上に干渉出来ないっていうなら……ここは何処なんだ?」
俺はその疑問を女性に問いかけた。
それに対して女性は悩むことも無く、まるで何度も同じ事を言ってきたかのように答えた。だが、先程から浮かべている暗い表情はそのままだが。
「……ここは、神界よ。本来、誰の魂も此処に導かれる事はない。けれど、此処はその神界でも端に当たる……そして、冥界と隣接した場所にある。だから、死した者やその一歩手前の者の魂が迷い込むことが100年に一度くらいあるのよ」
本来、死んだ者の魂は冥界と呼ばれる所に行く。だが、此処はそれとは別次元だが近いゆえに迷い込む者がいると。そして、今回はそれが俺だったのだろう。
そうなると、俺は死んだのか。はたまた瀕死なのか。前に何度も死んだことがあるとはいえ、今回の事例は特殊すぎた。だから、無事に蘇れるかの不安がよぎる、
「……心配しなくても、貴方はまだ死んではいないわ。もっとも、生きてるとも言えないけどね」
またも俺の表情から読み取ったようで、女性は言葉を告げた。そして、その女性が虚空に手をかざすとパネルのような何かが現れ、一つの映像が映し出される。
『カイトっ!カイトぉっ!』
『フィールさん!怪我人は絶対安静です!安易に揺すらないで下さい!』
『『再生』っ!『再生』っ!『再生』っ!っ、駄目!全然効果が無いよ!?』
「っ!」
映し出された映像には、人の姿に戻ったフィールと、包帯などを使い応急措置を施すビアンカ、一心不乱に再生魔法を行使し続ける美雪、そして左肩が欠損し全身ズタボロとなった俺の姿が映っていた。
それは、今地上で起きている事なのだろう。
だが、その光景について俺はある疑問を浮かべた。
「……なあ。あんた、さっき『まだ生きてる』って言ったか?それって、このままじゃ確実に死ぬって言ってるように聞こえるんだが……」
再生魔法は殆ど意味をなしていない。左肩の血はまだ流れ続けている。再生魔法のお陰で次第に流れる量は減っているが、このままのペースでは出血死する方が早いようにも思える。
「……ええ、そうよ。このままじゃ、貴方は死ぬ。あの子の魔法じゃ、あの子の闇と相性が悪すぎるから」
フィールは正気には戻っているものの、冷静にはなってはいない。もっとも、冷静になった所で闇を払えるかは分からないのだが。
しかし、あの闇がある限り回復が間に合わず、手遅れになる事は免れない。そして、今の状態ではそうなる未来しか見て取れない。
「でも、それはあくまでこのまま放置したらの話。……だから、埋め合わせはするわ」
女性は俺の事を一瞬見た後、手を上に翳して指を鳴らす。その直後だった。
「……は?」
映像の中で纏わり付いていた闇が、突如として霧散する。そんなもの、初めから無かったかのように消え失せたのだ。
『っ、これは!?』
『き、消えた!?あ、でも傷が!」
『っ、カイト……!』
それと同時に、美雪のかけ続けていた再生魔法が効果を取り戻し、俺の体を急速に再生させていく。ただし、吹き飛ばされた左肩は血が止まっただけで元に戻る兆候は見られないが。
「……おい待て。今何した?地上に干渉するのは無理なんじゃ無かったのか?つーか埋め合わせってなんだ?」
「……私が撒いた種だから。干渉出来るのも、それが理由。それ以上は、語れないわ」
俺は最初に言っていた事を完全に無視したその事実を指摘する。だが、それに対して女性の口から出たのは溜息と曖昧で意味のない答えだけだった。
その様子を見れば、いくら聞いても意味が無いというのは察することができた。故に、俺はそれ以上の質問を諦める。
「……そろそろね」
だが、俺が他の質問をする前に女性はそう呟く。それと同時に、俺の意識が急に遠のいていく。
「あぐっ……なん、だ!?」
俺はそれに必死に抗う。俺のそんな様子を見て、女性は説明してくる。
「貴方が今死ぬ運命は絶たれた。なら、貴方には戻る体がある。……その戻る時が、今だって事よ」
「そういう、事かよ……。本当に戻れるんだよな……?」
俺が聞くと、女性は無言で頷く。俺はそれを見て、肩の力を抜く。
「……分かった。なら、俺はこのまま戻らせてもらうよ。……よく分からなかったが、ありがとな」
「……礼なんてしないで。私は、そんな善人なんかじゃないから」
俺が礼の言葉を言っても、女性はそれを拒絶した。だが、それに対して何か言う前に、俺の意識は再び闇へと落ちていった。
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「……ありがとうなんて、言われる権利なんかある訳が無い」
海斗がいなくなった空間で、女性はそう言葉を溢す。
「全く。相変わらず暗い言葉ばっかり。いい加減吹っ切ったら?」
それに答えたのは、先程までそこに居なかったはずの女性だ。
身長160cm程度で金髪碧眼。髪型は漫画で出てくるような縦ロールだ。服装は白を基調としたドレス(ヒラヒラは控え目)で、黒ローブの女性とは対照的な雰囲気に見える。
「……吹っ切れる訳無いじゃない。今も現に、私の所為で傷付いた者がいるんだから。それよりクリア。私、もう来ないでって言わなかったかしら?」
黒ローブの方の女性はそう言いながら、ドレスの女性……クリアの方へ振り向く。とても不満な顔をしながら。
だが、その不満をクリアはヒラリと受け流しながら言葉を返す。
「それは無理だよ。私達が恨んでないとはいえ貴方は反逆者。名目だけとはいえ監視はしてないと、上に立つ者として面子が立たないからね。まあ、私が会いたかったってのも勿論有るんだけども」
「……それは何度も聞いたわよ」
「何度も言ってるからね。そして、それ以外の理由は無いから他に言いようは無いし」
「……それも何回目かしらね」
「100からは数えてないかな」
黒ローブとクリアはそんな他愛無い話を続ける。だがその途中で黒ローブの方が気力を無くしたように口数を減らしていく。
「……はぁ」
「……何時まで苦しみ続けるつもり?いくら悩んだ所で、貴女には何も出来やしない。今回は何時もと事情が違ったから何とかなったみたいだけど、根本の解決なんて出来ないんだよ。それなのに、そんな塞ぎ込んじゃってさ」
「……だからって、吹っ切れるわけ無いじゃない。私の犯した罪は、永遠に消える事は無いんだから」
クリアが口を厳しくして言っても、黒ローブは意見を曲げようとはしない。気力を無くしていても、その言葉にだけは確固たる意志が感じられる。
それを見たクリアは、はぁ、と溜息を吐く。そして、疲れたように呟く。
「……このやり取りも数百回やってるね」
「……ええ、そうね。何度も何度も、同じ事を」
これに関しては黒ローブも同意する。こればっかりは、クリアの言う通りなのだ。もっとも、そうさせてるのもクリアなのだが。
「はぁ……まあ、取り敢えず何時ものようにお茶とお菓子持ってきたからさ。適当に世間話でもしようよ」
「……私ここから出られないから噂話すら聞かないんだけど?」
「まあ、そうなんだけど。でも、知りたいでしょ?他の皆が今はどうしてるか、とか」
「まあ、気にならないわけじゃないけど。……特に、ここ1000年位来てないクロナの事とかは」
クリアは、何処からともなく机、椅子、紅茶、お茶菓子を取り出して置くと、自身が座り黒ローブにも座るように促す。黒ローブはそれに対して少し文句を言いながらもおとなしく席に着く。
「じゃあ、そこら辺からだね。あの子は……」
その後は、クリアの言っていた通り唯の世間話だ。クロナと呼ばれた神は激務に駆られて此処に来る暇が無いだとか、ある神が管理していた世界で超大幅なトラブルが発生して他の神に救援を求めていたりだとか、ある神が邪神へと堕ちただとかそういった他愛のない話だ。
そんな話を続けても、黒ローブは微笑み一つ浮かべる事はない。クリアはそれを見て内心「まだ駄目か」と毒付いたりしているがそれは悟られることはない。
そして、テーブルの上のお茶菓子が無くなった頃合いで、クリアは立ち上がる。
「ごめんね、私はこの後仕事があるから。だから、そろそろ行かなくちゃ」
「……ええ、そろそろ頃合いだと思ってたわ。じゃあ、さようなら」
それに対して、黒ローブは立ち上がりもせず手を振る。まるで今すぐ出て行けという雰囲気を込めて。
クリアはそれに対して不満を表そうとしたがそれを抑え、最後に警告だけを残していく。
「じゃあ、帰るよ。でも、その前に一つ。……貴女、また邪気が強まってるよ。このままじゃ、貴女が邪神になるのも遠くないかもしれない。それだけは注意しておいてね」
クリアはそう言い残すと、影も形も残さずにこの部屋から消え去る。そして、部屋に残されたのは黒ローブの女性1人だ。
「……邪神になるのも遠くない、ねぇ。そんな事言ったって、如何しろって言うのよ」
黒ローブの女性は椅子から立ち上がり意味もなく適当に歩きながら呟いていく。
「過去の罪は消えない。それを償うことも出来ない。その被害者達を助けることすら出来ない。……私だって、こんな連鎖から逃げ出したいわよ」
その呟きに答えるものは今度こそいない。誰もいない空間に、寂しく響いていくだけだ。
「……出来るわけ無いじゃない。今日だって、数十年前だって、数百年前だって。私の所為で苦しんでる者はいるんだから。そんな者たちがい続ける限り、彼らを置いて逃げ出すなんて、出来るわけ無いじゃないのよ……」
黒ローブの女性の流した涙は灰色の床に落ち飛沫すら上げずに吸い込まれていく。
だが、それを見ているものはこの世の何処にも、誰一人として存在していなかった。
この話は、本来の予定なら書かれることのない話でした。分類的には説明回に入りますが、話が曖昧すぎて説明になっていないですが。
なお、黒ローブは力がほぼ失われているので戦闘能力は皆無ですが、クリアさんの方。
彼女、戦わせる予定こそ全く無いですけど戦闘能力が半端ない設定になってます。まあ、神だから仕方ないかもしれませんが。




