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10話 折れないで、くれよ

 フィールはゆっくりと、俺たちのいる方へと進んでくる。初めて龍化した筈なのにその動きに違和感というものは一切なく、まるで初めからそうだったかのように歩みを進める。


 それに対して、俺は血を流しながらフィールの方へ走っていく。苦痛で顔が歪んでいるのが自分でも感じ取れる。


『……そんな体で、何が出来る』

 

 フィールはそんな俺を認識すると、先程の咆哮ではなくれっきとした人の言葉を発する。それに若干驚いてはいるものの、それを表には出さずに告げる。


「やってみなきゃ……分かんねえだろうが。それに、この程度で止まったら、約束が果たせねえんだよ……!」


 俺はそう言いながらフィールに飛びかかる。


「……っ、らぁああ!!」

 

 俺は魔力が流れ出るのも、体に先程より大きい激痛が走るのも無視して身体強化を全開で発動させ、フィールの首の一つを鷲掴みにして背負い投げの要領で地面に叩きつける。


 『なっ、がぁっ!?』


「ーーっ!」


 全力全開で引っ張ったからか、相当に重そうなフィールを投げる事は出来た。しかし、その分俺にかかる負担も相当に大きい。


 体は動いているとはいえど、傷は残っているしその傷口には闇が纏わり付いている。さらに、それはフィールに近付けば近付くほど力を増して俺を蝕む。


 接触するレベルで近付けば、その蝕む速度は再生速度を上回る。魔力が流れ出て、体が痺れ、傷を焼き凍てつかせる。ゆえに、止めるならば僅かな時間すら無駄には出来ない。


 短期決戦。それも、体力を消耗した状態でケリをつけなければ勝ち目は無い。側から見たら、絶望としか言えない状態だ。


 だが諦めるという選択肢はない。ただし、時間が無いために大分手荒にはなるし俺の体の無事も保証はできないが。


「っ、がぁぁああ!」


『ーーーっ!!何度もっ!』


 しかし、2度目は流石に通じない。体が持ち上がった瞬間。四枚の翼を羽ばたかせ、掴みかかってる俺ごと空へと舞い上がる。


『堕ちて砕けよ砕けて潰れよっ!決して抗えぬ力に飲まれっ!『グラビティア』!』


 そして、首をしならせ俺を弾き飛ばした後。半ば叫ぶようにしながら、先程使っていた魔法を発動させる。それと同時に、俺の体が通常とは比べものにならない速度で地面に引き寄せられていく。


「はぁっ!」


「間に合ったっ!」


 飛行を発動させる間も無く地面に叩きつけられる直前。走ってきたビアンカと美雪が俺の体をキャッチし衝撃を殺す。しかし、地面へと引き寄せられる力は続く。


 だが、少し時間が貰えれば飛行を発動させて重力を緩和する事は可能だ。そうして重力をちょうど打ち消すように飛行を発動させて、それが掛けられていない状態へと戻す。


「……わりぃ、助かった!」


 俺はビアンカと美雪に礼を言ってすぐに態勢を立て直し、フィールのいる場所に目を向ける。


 見ると、フィールはやはり間髪入れずに次の魔法を発動させていた。


『はぁ、はぁ、『溶』っ!』


 フィールはそう言った後、滑空しながら地面へと突撃していく。普通なら、ただ地面に激突するだけだっただろう。


 しかし、フィールが地面に接触した時。まるでそこが液体だったかのように地面に吸い込まれていった。


「……なっ!?」


 その場所を見ても、そこが液体だなんて事は無い。手がかりといえば波紋を描いたように固まっている岩があるだけだ。


「……っ、カイト様!龍人達のいる方にフィールさんが!」


「ちっ、そう来たか!」


 確かに龍人達の前には結界を張っておいた。しかしそれは、地面の下にまでは張られてはいない。


 そしてそれに気づいていたフィールは手段までは分からないが地面の下を通り結界を素通りしようとしている。しかも、俺が駆けつけるのが間に合わない速度で。


「座標指定、空間固定、標的確認!ぶっ飛べ!『テレポート』!」


 だから俺は、龍人達全員を対象にしてテレポートを発動させる。その瞬間、龍人達はその場から姿を消す。


 要するに、大分離れた適当な場所に弾き飛ばしたという事だ。結界を張るより魔力の消費が大きいので使いたくは無かったが、こうしないと間に合わない故の緊急措置だ。


 そしてその直後、龍人達がいたその場所の地面から炎を纏ったフィールが物凄い勢いで飛び出してくる。


 フィールが飛び出して来た地面は紅く赤熱し溶岩となっていた。それを見て、フィールが溶岩の中を泳いできたという事に気付く。あの一瞬で地面を溶かして入った瞬間に固めたのだと。


『……余計な真似をっ』


 纏わり付いた(溶岩)を振り払いながら、フィールは此方に振り向き毒づく。その溶岩が周りの木々を燃やしているのは気にも止めずに。


「あいにく、こうしなきゃ、約束すら果たせねえんでなっ!『物防結界』!」


『っ、ぐっ!?』


 フィールの言葉に対して俺は自分を鼓舞する意味も含め叫びながら、物理攻撃を防ぐ結界を張りそれを叩きつける。防御手段を攻撃に使われた事に驚いているのか、フィールはそれをそのまま食らう。


『っ、乗っ取り奪えっ!掌で踊れっ!繋がりは絶たれる定めなりっ!『オペレイト』!』


 しかし、その結界に押されながらもフィールはまたも詠唱を紡ぐ。そしてその瞬間。張っていた結界が突如として進行方向を変えた。


「くっ、何処ぞの賢者みたいなことしやがって!」


 これに関しては、アウィスとの訓練中に同じような事をやられた事があったので何をしてるかははっきりわかる。簡単に言うと、魔法の操作権を奪われたという事だ。


「「「「「「「「「キュゥゥゥゥォォォオオオオオン!!!!」」」」」」」」」


 そして、その結界の後ろを追随しながらフィールは滑空してくる。その風圧だけでも木々が抉れ地面が削れている。


「っ、やばっ……!」


 だが、急いで避けようにも多少体が痺れている所為で動くのが僅かに遅れてしまう。


 そして、その僅かにより飛び退くにも距離が足りず、結界に当たる……その直前。


「はぁあああ!!!!」


「おまっ……!」


 先に退避行動を取り安全圏にいたビアンカが、俺を引っ張るようにして危険地帯から遠ざける。しかしそのせいで、ビアンカが攻撃範囲に入ってしまう。


 ドゴォォオオオオン!!!


 そんな爆音を立てながら、ビアンカのいる所をフィールが猛スピードで蹂躙していく。舞い上がる土煙に隠れ、ビアンカがどうなったかすらも分からない。


「おい……嘘だろ……?」


「ビアンカさんっ!?返事して!」


 俺と美雪は最悪の事態を想定する。そして美雪が叫ぶも、ビアンカの返事はない。


 そして、土煙が晴れても。そこにビアンカの姿は無かった。


「っ、そん……な……!」


 美雪は悲痛な表情を浮かべながら口元を抑える。だが、その悲痛な表情はすぐに変わることになった。


「だぁああ!いいっ加減目を覚まして下さいっ!」


『あぐぁっ!?』


 俺と美雪はその声にギョッとしながら視線をその声の発生源……着陸したフィールのいる位置へと向ける。


 そこで見たのは、大分ズタボロになりながらも身体強化を発動させ、腕に何か機械を装着しながらフィールに腹パンをかましているビアンカの姿だった。機械は見たところ風の魔石を使用した拳の威力上昇用の推進機関といったところか。


「ビアンカさんっ!『再生』!」

 

 美雪はそれを見て喜びの表情を浮かべ、そして再生魔法を発動させる。ビアンカはフィールの攻撃を食らったといえど闇が纏わり付いているわけでは無いので普通の速度で傷が治っていく。


 だが。


『洒落臭い!』


「ぐぅぅ!!?」


 フィールは体を高速で回転させ、尻尾でビアンカを横薙ぎする。


 ビアンカは咄嗟にそれを防ごうとしたものの、それに乗せられた重量は覆しようのない衝撃を生み、ガードをしたビアンカを大きく吹き飛ばす。


「おおおおおっ!」


「ぐっ、あっ、ありがとうございます……!」


 俺は吹き飛ばされたビアンカをなんとかキャッチして衝撃を押し殺す。そうでもしないと、あの威力は死んでもおかしくない威力だ。


 フィールの身体能力はそこまで高くは無い筈なのだが、少なくとも人形態の二倍以上には跳ね上がっており、さらに重量が乗せられている為に破壊力は計り知れない程になっていた。


 近づけば痛烈な物理攻撃が、離れれば無慈悲な魔法攻撃に晒される。冷静さを欠いているために隙が大きいのが救いだが、それでも辛い。


「……ビアンカ、お前は右から頼む」


「……分かりました」


 俺はビアンカにしか聞こえないような声量で告げた後、左に跳躍した後フィールに向かって走る。ビアンカも、それと同時に右からフィールへと迫っていく。


『いい加減に、邪魔を、するなぁっ!』


「危なっ!?」


「二度は食らいませんよ!」

 

 フィールは再び尻尾を横薙ぎする。それを俺たちは飛び越えるように回避し、さらに距離を縮めていく。


 そして、ついに手が届く距離に到達する。だが、俺とビアンカがその首を掴もうとしたその時。


『今此処に不動不可視の絶対防壁を展開す!『ウォルガ』!』


「がっ!?」


「ぐっ、なっ!?」


 人形態の時に近づくことが出来なかった原因となっていた魔法を発動される。龍形態になってから使ってはいなかったので心の底で油断してしまっていたのかもしれない。


 それにぶつかってしまった以上、隙は必ず発生する。意表を突かれたなら特にだ。そして、それほどの近距離でのその隙は致命的すぎた。


『吹き飛べ!』


「ぐあぁぁあああ!?」


「ーーーーっ!!」


 勢いの止まった俺たち目掛けて、見るからにやばい鋭さを持つ爪が薙払われる。俺はそれを鞘入りの剣で受け止めたものの、剣は折れ曲がり、その勢いを抑える術のない俺たちはそのまま吹き飛ばされる。


 ビアンカはちょうど俺が盾になる位置にいたために直接的な衝撃は食らわなかったが、俺は曲がった剣以外に衝撃を緩和してくれるものは無かった。ゆえに、ビアンカよりも多大なダメージを負う羽目になった。


『はぁ、はぁ……いい加減、全部消え去れっ』


 そして、フィールは吹き飛んで倒れている俺たちの方を一瞥した後、九つの首全てで大きく息を吸い込む。


 俺は、今までの経験でその行動が何を意味しているかが手に取るように分かる。夢幻列島で普通のドラゴンが何度も使用してきたありきたりにして強力無比な攻撃手段。かくいう俺も、何度か使用している遠距離攻撃。


 ブレス。魔法の中でも詠唱を必要としない特異な魔法の一つ。息を吸い込んだり、口に魔力をチャージしたりと予備動作自体はあるものの、その分威力は通常の魔法より遥かに高い。


 フィールの口元に、鮮やかな光を放つ九つの輝きが溜まっていく。赤、青、水色、黄、緑、茶、白、黒、そして灰色。九つ全ての属性の魔力が徐々に収束されていく。


「……っ、狙いは完全に俺たちか……」


 九つの首は全て俺とビアンカに向けられている。例え一つを避けたとしても、残り八つを避けるのは恐らく不可能だろう。


 更に、今頃になって減っていた魔力の残量が祟り、空間魔法で逃げようにも転移させるのは1人が限界そうだ。


 縮地を使えば逃げれない事は無さそうだが、いかんせん障害物が多すぎる。ここが森だという事が完全に裏目に出ている。


「……悪い、ビアンカ、美雪。後は頼んだ」


「カイト様……?っ、まさかっ!?」


 俺はビアンカに一言告げた後、ビアンカに邪魔されない内にあの魔法を発動させる。


「……『テレポート』」


「待ってくださーー」


 ビアンカが言葉を言い終える前に俺が発動させたテレポートにより、ビアンカの姿が掻き消える。場所は美雪がいるところ、要するにブレスの範囲外だ。


『……掻き消えろ』


 その直後、フィールの口から九つのレーザーが俺めがけて放たれる。


 俺はそれを避けようともしない。と言うより、避けれるだけの余力なんて残ってはいない。ただそのブレスを前に立つことしか出来ない。


「……悪いな、フィール。約束、果たせなかった。あんな事言っておいて、何も出来やしなかった」


『……っ』

 

 ブレスは止まらない。さらにそれは途中で収束し、全てを飲み込むと思わせるような漆黒の直線へと変化を遂げる。


「お前と過ごした時間は、たったの二ヶ月程度だったな。でも、俺はその時間が凄く楽しかったぞ。そして、お前がいてくれたからこそ俺は今此処にいる」


『ぁ……ぁあ……!』


 フィールは突然ひ弱な声を上げると、ブレスの放出を止める。だが、既に放たれたそれが止まることはない。


「……頼むから、折れないでくれよ。フィール……」


『や、ぁあ……!』


 フィールは今にも泣きそうな声を上げる。その様子を見れば、目には既に正気の色が戻っていた。


 しかし。俺はそれ以降何も言うことは出来ず。ブレスの残流は俺の左肩を飲み込み消し去り、その衝撃と激痛、そして纏われていた何かに侵食されたことによって意識が保ちきれなくなり、俺は意識を闇へと落とした。

最後のブレスが肩に当たった理由としては、疲労と焦りで狙いが僅かに疎かになっていた事が挙げられます。まあ、心臓貫いていたら流石の海斗でも即死なので御都合主義とも言えるのですが。

一応、今回の話での死者はいません。重症患者一名程度です。

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